【怪奇小説】青虫ラーメン〜樹木希林が全身癌〜
〜樹木希林が全身癌〜
こんな感じで、ただの変態とわかった吸血巨乳美女のオッパイデカ子に夜な夜な血を吸われながら、珍保長太郎はラーメン屋で働いていた。意外な展開がひとつあった。けっこうな人気店になってしまったのである。と言っても、行列ができてなかなか入れない、というようなレベルではないが、前の閑散とした店からは想像もつかない混みようであった。
理由はひとつ。珍保長太郎がラーメンを作らなくなったからである。オッパイデカ子は、押し掛け女房になって珍保長太郎と二階に住み着いてしまったのだが、ちょうど、同じタイミングで失業してしまったので、そのままラーメン珍長の手伝いを始めた。このオッパイデカ子が最近は主にラーメンを作っていた。
見た目は美人で巨乳だったので、陰気な50目前男がひとりだけいるより、ずっと人気が出た。店内がぱあーっと明るくなったと言っても良い。珍保長太郎は、お前らはこの女のほんとうの姿を知らないのだ、とちやほやする客を見ながら思っていたが、オッパイデカ子の唾液の中には人を操る成分くらいは入っているらしく、口にはしなかった。
さらに、この吸血巨乳美女。意外と料理がうまかった。一流のコックのうでがうんぬんというレベルの話ではないが、なにごとにもおおざっぱでやる気もない珍保長太郎の作るものにくらべれば、はるかにましだった。
珍保長太郎は、もちろん、まったくオッパイデカ子を歓迎していなかったのだが、なにしろ、まだ腹の傷が痛い。その中も腸も痛い。『ホルモンが痛い』 と珍保長太郎は料理の材料のように言っていた。だから、ろくに働けないのでオッパイデカ子がいないと、現実的にどうにもならなかった。日常生活もままならないのである。
そんな弱みに付け込んでやろうというのがオッパイデカ子の魂胆であることはよくわかっていたのだが、珍保長太郎は断りきれなかった。ヤクザも弱みに付け込んで、人を操るのがうまい。
おそらく、オッパイデカ子とヤクザ悪左衛門は、似たような人格を持っているのではないか、と珍保長太郎は疑っていた。俺はどうもこういう人間にまとわりつかれる運命のようだ。
「それにしても素人が作ったラーメンのほうがうまいとはどういうことか」
店を切り盛りするオッパイデカ子のじゃまにならないように、厨房の奥でスポーツ新聞を読んでいた珍保長太郎が、ぶつぶつ言った。今では、座ってスポーツ新聞を読んだり、青虫がヤクザの丼に遠征したりしないように見張る(一般人なら可)のが、珍保長太郎の仕事であった。
自分のラーメンをうまいと言ってくれたのは味覚が腐っていた豚野餌吉だけであった。こういう皮肉な事態となった今では豚野餌吉が恋しいような気すらして来た。なんとなく、味方が一人減ったような気分だった。
恋しいと言っても、豚野餌吉の肛門に長いチンポを入れて獣姦したいとか、ディズニーランドでディストニーなデートをしたいとか、あたりまえだがそういうヤオイな話ではなく、死んでしまってるのがわかってるから安心して恋しいなどと言ってるだけである。
もし生き返って実際に目の前に現れたら、0.5秒のためらいもなく再び殺して、今度こと確実にあの世に送ってやりたい、という気分になるのは確実である。
ところで、ヤクザ悪左衛門だが、こちらは市民二人を刺して一人は死亡、もう一人は重傷をおったので、あたりまえながら、警察に追われる身になった。珍保長太郎の脳内法律では豚野餌吉は豚だから人権はないので、こちらは無罪で、自分を刺した分だけ罪を背負えば良いのではないか、と考えていたが、日本の警察は動物と人間の区別もつかないらしい。
ヤクザ悪左衛門は今も逃げ回っていて、どこかに潜伏中である。おかげでラーメン珍長に来なくなったので、ひじょうにせいせいしていた。あとは、オッパイデカ子が消えてなくなってくれれば大満足なのだが、こちらはいろいろな諸事情の問題で、なかなかうまく行かない。
すでにオッパイデカ子は、ラーメン珍長の一部になってしまっている。ここは人生をあきらめて、その存在を認めるべきか……。とはいえ、毎晩、血を吸われるのも、どうなのか。人間は小さな蚊ですら、血を吸われるのを忌み嫌うものだが、オッパイデカ子は蚊よりはるかに大量の血を吸う。
今までの人生で殺して来た蚊にあやまって罪をゆるしてあげたいほどの、血の吸い方である。
「全身がレバーでできてるんじゃないから、そんなに血は出ないよ……」
珍保長太郎は、キチガイが道ばたでわけのわからないことを言ってるみたいな調子で、ぶつぶつ言っていた。後ろをむいてるので客に聞こえないのがさいわいであった。店の中はにぎやかだった。
「かんぜんに敵の罠にはまってしまったようだ。右にも左にも動けない」
人生ではよくあることである。珍保長太郎は、いつまでもぶつぶつ言っていたが、オッパイデカ子はいそがしそうに働いていた。頭の中はともかく巨乳で美人なので大人気なのである。
「おかみさん、若くてぷりぷりだね」
ひじょうにどうでも良いことを言う近所のおやじ。前から町内では見かけてはいたが、オッパイデカ子が店に出るようになってから、よく来るようになった。わかりやすい糞虫である。
「あら、いやだ。まだ結婚はしてないんですよ。でも、きっともうすぐだわ。うふふふ」
血を吸った河合奈保子のような笑みを浮かべるオッパイデカ子。
「こんなかわいい子と結婚をしぶってるなんて店長は目が腐ってるね! ぐあっはっはっ」
ほんとうにどうでも良い会話をする近所のおやじ。珍保長太郎なら、さくっと無視をするか、機嫌が悪かったら、いらいらしたそぶりでペッと床につばを吐いていたかもしれない。その点、オッパイデカ子は愛想が良く、人あしらいがうまい。
ばかな……!
きさまはこの女の正体を知らないのだ。
俺も正確なところは知らないけど、怖いからあまり知りたくない!
珍保長太郎は心の中で近所のおやじに叫んでから、ふたたび、スポーツ新聞を読む仕事に戻った。トップ記事は『樹木希林が全身癌!』 だった。
ある日のこと。店は閉店間際。すでに客はいない。オッパイデカ子は血走った大きな目で珍保長太郎を見ながら、鉄ヤスリで長い犬歯を尖らせていた。ますます貧血で顔色が青くなって行く珍保長太郎は、視線に気付かないふりをして、スポーツ新聞でその後の樹木希林の容態を追っていた。
ガラガラガラ!
店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ……」
とすっかり女将の風格がついて来たオッパイデカ子が口を開いたが、入って来た二人組を見て、語尾をにごした。あまり、いらっしゃってほしくない人間だったのである。
「くっせーっ! まったく豚くせえ店だな!」
「やいやい、コロヤローッ」
入るなり怒鳴っている。一人目が糞賀臭男。もう一人が歯糞全身男。どちらも珍保長太郎の心の中での呼び名である。どうしてそういう名前かというと、そんな感じだからである。この二人の若いチンピラ、ヤクザ悪左衛門の子分らしい。小物のさらに下だから、ほんとうに見るからになさけない小物の風情である。ジャージとトレーナーを着て、そこらを歩いてるヤンキーとあまり変わらない、というか、ほとんど、同じであろう。
「アニキは、お前らのおかげで全国指名手配になってしまったんだよ。まったく、ひっでえことをするラーメン屋だ! お前、人間一人の一生をぼろぼろにしたってのわかってんのか? いいか、日本国憲法では誰にでも人権はあることになっているんだ。アニキは確かに多少、ワルだったがワルでも人権というものがあるんだ! それなのに、きさまらのせいで、今では追われる身だ! どう考えてもお前が悪い!」
「そうだ、憲法違反だ! 豚、くっせーっ!」
まさに言いがかりとはこのことである。人を刺しておいて、刺された方を加害者呼ばわりするとは、どんな思考回路か。ヤクザ悪左衛門が指名手配になったことを逆恨みしてるのである。
しかしながら、こういう愚かしい考え方こそ、日本における下層階級のヤンキーや賤民、貧民と呼ばれる部族の人々には、おなじみのものなのである。よくあるでしょう。タバコをトイレで吸っていることを告発したら、恨まれてリンチにあう。万引きしているのを捕まえて警察に突き出したら、店に火をつけられる。クズはこういう考え方しかできないのである。
だから、クズなのであるが、なにしろ脳みその働きが正常な日本人に比べると劣っているのだから、どこが間違っているか、理解できないのである。おそらく、一生、理解できないであろう。子供、孫、ひ孫……。ばかはばかのまま遺伝し続けて、一族全員子々孫々、100万年経っても低能なままなのである。
100万年前の血筋から劣っている知能の低い下層階級民め!
珍保長太郎は、そう言いそうになったが、どう見ても自分も下層階級の一員なのでやめた。つばが自分にかかる。そこで、なんとなく、あたりさわりがなさそうなことを言った。
「うちはトンコツじゃないので、豚臭くはありません」
最近はオッパイデカ子が、いろいろ工夫してるようだが、豚骨を10時間煮込むようなたいへんなことはしてないし、基本的に業務用の缶詰スープを溶かしているだけなので、そんなに臭くはない。
「なんだと、こらっ! お客様のあげあしをとって、あざわらう気か! あったまに来た! もう許せねえ!」
「そうだ、ぶくぶくぶく」
なにを言っても悪く取る。三下ヤクザの常套手段である。ようするになにを言っても、油に火を注ぐ結果にしてしまうのである。
ぶくぶくぶくと言ったのは、痩せている歯糞全身男の方。見ると口から泡を吹いている。
やばい。
この男。
シャブ打ってる。
よく見ると目も血走ってるし、あきらかに二人ともシャブ中である。客に覚せい剤を売っているうちに、自分たちも中毒になってしまったのだろう。珍保長太郎は前にシャブ中の人間を見たことがあった。シャブ中の人間は始末が悪い。なにをするかわからない。
「うだら、たこーーーーーっ」
ぐわしゃーん。
ばりーーーん。
太ってる方の糞賀臭男がテーブルをひっくり返した。
ああ、やばい、やばい。
また、ヤクザ様が発狂している……。
珍保長太郎はうろたえて、途方にくれた。神さまや瀬戸内寂聴に助けを求めたくなったが、ことあるごとに瀬戸内寂聴の悪口を言うように心がけているので、ぜったいに助けてくれないだろう。
「なにをするの! やめなさい!」
オッパイデカ子が止めに入ったが殴り倒された。ぐったりして、海岸に打ち上げられたのクラゲのように、ひらたくしぼんでしまう。中の空気が抜けたのかもしれない。
「ああ、吸血鬼になんてことを……」
珍保長太郎はヤクザの命を心配したが、やはり、ここはいちおう、怒って戦うふりをしたほうが世間体が良いかな、と思いそうした。酔っぱらいの客の撃退用に木のバットが店に置いてある。
あまり気は進まなかったが、それを手にとると高々と振りかざした。頭の中の予定では、これを振り下ろしたが、相手がすばやくよけて反撃されることになっていた。つまり、反撃しても無駄だとわかっているが、いちおう反撃したので『義務』は、はたせているんじゃないかな、ということだ。この義務というのがなにを指すかは正確には、よくわからないのだが、おそらく『神の義務』とか『人の義務』といったたぐいのものであろう。
というわけで、相手がよけるのがわかっていたので、珍保長太郎は心おきなく全力で歯糞全身男の頭めがけてフルスイングした。
ぼこっ
あっさり当たった。ヤクザだから喧嘩し慣れているというのは都市伝説だったようである。広島か九州のヤクザなら強い気がするが、このへんの地元ローカルなチンピラは弱いのだろう。
歯糞全身男の頭がぱっくりと割れて、中から滝のように血が吹き出た。たちまち、鮮血で真っ赤に染まる歯糞全身男。もうすぐ秋の紅葉が始まる。その先取りであろうか。
「ぶくぶくぶくぶく」
口から血の泡を吹く。まだ生きているが、脳挫傷は始末が悪い。今は動いていても、脳の中に血が広がって行き明け方あたりにぽっくり逝きかねない。珍保長太郎は殺人犯になりかけて、うろたえたが、やはり次はもうひとりのヤクザ、糞賀臭男に向かって行くべきだろうな、と考えバットを、これまた全力で振り下ろした。
ばこーん
今度こそ、よけられるだろうと思ったのに、またしても確かな手応えがあった。こいつら、格闘センスゼロだ。だがしかし、こっちの方は頭の骨が硬いらしく、すぐさま、珍保長太郎から、バットをうばうと、珍保長太郎の頭を力一杯殴った。
ぐこーん
ようやく思った通り反撃された。珍保長太郎はみょうな満足感を覚えながら気絶した。
あらすじ
代田橋でまずいラーメン屋を営んでいる珍保長太郎。来店した地元の暴力団員と喧嘩になり、居合わせた客のひとりが死亡、珍保長太郎も重傷を負う。指名手配された暴力団員は、逆恨みして、珍保長太郎の女友達をシャブ漬けにして廃人にしてしまう。怒りに燃えた珍保長太郎の孤独な復讐が始まる!
登場人物
珍保長太郎 :『ラーメン珍長』店主
豚野餌吉 : 客
オッパイデカ子 : 謎の女
ヤクザ悪左衛門 : 暴力団
糞賀臭男 : 暴力団
歯糞全身男 : 暴力団
死神酋長:医者