【怪奇小説】青虫ラーメン〜瀬戸内寂聴がベルを鳴らす〜
〜瀬戸内寂聴がベルを鳴らす〜
死神酋長の魔法の指先のおかげで、珍保長太郎は退院できた。
珍保長太郎は病院を出られたが、隣のベッドのオナニー好きの老人と豚野餌吉はあの世に飛び立ってしまった。今回は席取りゲームで二名が座れず一名だけが座れたということである。
神さま、仏さま、または瀬戸内寂聴が次のゲームの開始のベルを鳴らすときはいつか。それは誰にもわからない。順番に追い出されて行くだけだ。
その夜。なんとも不景気な寒々とした初秋の夜だった。魔女だの宇宙から来た太古の知性体だの、その手のものがばっこしそうな暗闇に代田橋は覆われていた。
珍保長太郎はラーメン珍長の二階の狭い部屋で寝ていた。ほんとうは住居使用をしてはいけない物件だったのだが、近くの赤堤に住む高齢の大家が細かいことを注意する気力がなくなっていたので、ずるずると住み着いていた。
基本的に一階の店舗のための倉庫や物置として使うのが前提となっている部屋なので、狭くて住みにくい。しかし、他にアパートを借りるような余裕はすでになくなっていた。不潔な飲食店の二階部分らしくネズミがちょろちょろ走り回っている。
「ネズミが住めるなら人間も住める」
と珍保長太郎は、よく意味がわからない理屈をつけて寝泊まりしていた。
大家も以前の元気なときは、『店舗物件に寝泊まりは困る』と文句を言って来たのだが、なにしろ古い老朽家屋である。ほかに借りるような人間はいない。壊して建て直すか土地を売った方が儲かるのだが、大家も高齢かつ貧困なので、この建物を壊す金と気力がない。たぶん自然に崩壊するまで壊す気はないのではないか。それまでは誰かが住んで家賃を落としてくれたほうが大歓迎というところなのであろう。
その二階で珍保長太郎がぐったりしていると、オッパイデカ子がやってきた。さっそく夫婦気取りである。
客のぶんざいで店主の部屋にやってくるとは、ずうずうしいにもほどがある、と珍保長太郎は思ったが、なにしろセックスして中出ししてしまった弱みがある。じつに文句が言いにくい……。
オッパイデカ子は京王ストアで買ってきた、いろいろな食料品の入ったビニール袋を持っていた。わざとらしく、袋から突き出ている長いネギ……。このネギ、夫婦らしさを演出するために計算して買って来たのではないか、と珍保長太郎は邪推した。
ヤクザなど同じく、こういう人の弱みにつけこんで支配しようとする人間に対してはきっぱり断ることが大事である。
珍保長太郎は、あまり迫力のない顔に、にらみをきかせてオッパイデカ子を見た。さて断ってやるぞ、と思い顔の筋肉に力を入れたとたん、腹の傷口に激痛が走った。
「あたたたた」
金がなくて早めに退院したので、まだ、完治していないのである。珍保長太郎は泣きそうになった。
そもそも、手術してまだろくに傷口がくっついていない病人とセックスしてしまうオッパイデカ子もどうなのか。おかげで、治りかけの傷口が開いてしまった。腹の中の腸の傷口なんてどうなっているのか。へんなところで激しい運動をしてしまったため、もう一回ちょん切れているとか、ぐにゃぐにゃ動いて玉結びになっているのではないか。
それくらい、退院した今でも痛いのである。予後が悪い。表面だけは治って見えても、内部が腐ってふくらんで来るかもしれない。
珍保長太郎は不吉な未来像しか描けなかった。世界は死につつある。
「ああら、たいへん。苦しくて痛くて辛そうね。はあはあ」
オッパイデカ子が、うれしそうに言う。口先では同情しているふりをしているが、その濁った大きな目が笑っているように、珍保長太郎は感じた。
この悪魔、人の苦痛を楽しんでいやがる……。
「もう死にそうですよ」
と珍保長太郎は答えた。
さて、どうやってきっぱりと断ったら良いものか。
『あの性行為は、ぼんやりしてよくわからなくてやってしまっただけです』
とでも言おうかと思ったが、それではまるで泥酔してレイプしてしまった犯人のようで、どうにも説得力がない。
『酒を飲んでいたから無罪です』
と主張するようなものだ。
それで無罪にしてくれる裁判所がこの世にあるとは思えない。こんな感じで、珍保長太郎がためらっているところに、すかさずオッパイデカ子がカミソリのように切り込んだ。
「ああら、風邪かしら。病み上がりで体力が弱ってるところに、風邪の菌でも感染してしまったのね。かわいそうな店長」
どこから風邪が出て来たのだ、と珍保長太郎は思った。
ところが、そこがこの悪魔の策略だったのである。手のひらの上で、いいようにころころ転がされる珍保長太郎。なにしろ、まだ、きつい痛み止めを飲んでいるので、頭がらりらりして即答即決ができない。
「いや、別に風邪では……」
珍保長太郎はもごもごと反論を試みた。
失策である。
ここは、きっぱりと断りを入れるべきだった。
珍保長太郎の弱点は、これである。重要なときに、もごもごと煮え切らない発言をしてしまう癖がある。恐れていた通りに、あっさりとオッパイデカ子にねじ伏せられた。
「風邪に間違いないわ。100%風邪ね。あら、体温がある! 熱があるじゃない!」
もう100%風邪にしてしまうオッパイデカ子。お得意の既成事実化である。
この時点ですでに珍保長太郎がいくら否定しようとも、『風邪をひいてる』ということが決まってしまった。一度、決まったものは現実と事実が異なろうとすでに事実なのである。これは過去の世界の歴史の中でも、随所に見られるできごとである。
「すっごい高温だわ!」
オッパイデカ子は恐竜に踏みつぶされる科学者のように絶叫した。なれなれしく珍保長太郎のおでこを触っていた。ぷよぷよした太めの手のひらである。なにやら、ぬちゃあっとした不快な粘液感があった……。
体温が高くて汗をかいてるのはオッパイデカ子の手のほうじゃないか、と珍保長太郎は思った。
反論しようと思ったが、『いったい、この女の手のひらは、いかなる物質により、このようにぬちゃぬちゃしてるのだろうか?』という科学的推察が頭をよぎってしまい一瞬、遅れた。理数系なのである。
またしても、そこに切り込むオッパイデカ子。
「風邪だからどうしたらいいのかしら。あら、偶然、長ネギを買って来ていたわ!」
わざとらしく長ネギを出すオッパイデカ子。
ぜったいに偶然じゃないだろう、と珍保長太郎は思ったが、それより、すでに風邪が既成事実化してしまってることに気付き、恐れおののいた。
どこに向かっているかは知らないが、話が自分を置いて先に進んでしまっている。ひじょうに嫌な予感がする。
「私ってラーメンを作るのが実はうまいの。だから、たまには私が作ってあげようと買って来たんだけど。店長、風邪には肛門に長ネギを差し込むと良いって知ってますか」
オッパイデカ子がへんなことを言い出す。きわめて不穏な方向である。
「知ってるけど知りません!」
恐慌に落ち入りそうになりながらも、珍保長太郎が、なんとか答える。パニックになったら確実に負ける。血みどろの戦場のようになってきた。戦いの戦太鼓が聞こえる。
「ぜったいに都市伝説だと思います!」
きっぱりと断言する珍保長太郎。してやったり、と思ったが、その自信は一瞬で無惨にも砕かれた。
「そんなことはないわ。私、知っていますから」
オッパイデカ子はあっさり否定して、珍保長太郎の身体をつかむと、くるりとひっくり返した。比喩ではなく物理的にである。珍保長太郎は大柄な方なのであるが、それを猫の子をひっくり返すようにやすやすと裏返しにした。
合気道か……。
珍保長太郎の、らりらりの頭にそんな言葉が思い浮かんだ。この女、意外なことに格闘技の心得があるらしい。逆さまになりながら、そんな余計なことを考えていたせいで、珍保長太郎はオッパイデカ子の次の行動が読めなかった。
するりと珍保長太郎のトランクスを脱がすと、抵抗する隙を与える前に肛門にネギを差し込んだのである。
「むぎゃああああああああああああ」
珍保長太郎は発情した猫のような声で鳴いた。その昔『猫弾きのオルラルネ』という小説があって、その中に猫の肛門に指を入れて演奏するシーンがあった。珍保長太郎はそれを思い出していた。
「むきゅほほほーーーーーーーっ」
声にならない声とはこのことである。珍保長太郎は完全にパニック状態になっていた。負けである。『俺は完敗している』 と珍保長太郎は死にそうな気持ちになっていたが、その間にも長ネギは絶妙な動きで肛門に刺激を与えるべく前後に動いていた。
「ほわほー、ほわほー」
『ネギレイプ』という新しい日本語が珍保長太郎の頭の中で産まれた瞬間に死んで行った。おそらく、どこに広まって行かない言葉であろう。そもそも、『ネギで風邪を治す』 というのは、このようにネギで肛門を犯すことではないだろう、と珍保長太郎は、しごくごもっともな反論をしようと口を開いた。
「きゅもきゅも、ねぎゅできゃぜをにゃおすって……」
ところが、口を開けるとこのような奇声が出てしまう。これでは、感じて喘ぎ声を出してると思われかねない。
それとも……。
俺が出しているのは……。
すでに喘ぎ声なのか……。
これでいけない。そんなことになったら、俺はもう人間ではない。珍保長太郎は、必死の覚悟で反撃に出た。ネギを動かせないように、肛門の穴をぜんりょくで締め付けてみた!
「むきょおおおおっ!!!!!」
摩擦力が強くなることで、快感が全身に広がってきた。尾てい骨が電気ウナギのように、しびれる。やばい、勃起して来た。
「店長ったら、こんなに硬くなって……」
オッパイデカ子に、この世でいちばん言ってほしくなかった台詞を、つぶやかれてしまう珍保長太郎。
今すぐ、死んでしまいたい。
生き恥をかく前に。
今すぐ。
今すぐ。
珍保長太郎は肛門の奥に前立腺があり、アナル性交ではここを刺激されてイクのだという、どうでもいい雑学を思い出した。思い出さなければ良かった。思い出したとたん、猥褻なふんいきの長ネギが、直腸内で前立腺らしき部分を刺激するビジュアルが頭に思い浮かんでしまった。
ビジュアル化されることで、情報が具体化され、珍保長太郎の快感はますます強くなってしまった。
どぴゅどぴゅどぴゅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ
白いタンポポの穂が珍保長太郎の長いチンポの先から吹き出た。詩的に表現してみても、珍保長太郎の羞恥心はすこしも、いやされなかった。
「あっあっあっあっ」
珍保長太郎の屈辱と恥辱を無視して、快感は断続的に押し寄せて来た。長い入院で禁オナしていたせいもあり、恥ずかしいほどの分量の精液が、何度も穂先から出た。
「おほほほほっ。こんなにたくさん出して。ずいぶん、たまっていたのね。これで風邪は完治したんじゃないかしら……」
勝ち誇ったように笑うオッパイデカ子。いいとも、今宵の覇者はお前だ、と珍保長太郎は負けを認めた。『風邪』と『射精』の関連が理解できない、とも思ったが、もはや反論する力は、残っていなかった。
珍保長太郎は腐ったサバのように横たわっていた。
そのぐったりした身体の上に、裸になったオッパイデカ子が、のしかかって来た。
「うわあ、もう一回戦やるのか」
と珍保長太郎は、もうろうとした意識の中で考えたが、あにはからん。オッパイデカ子は無防備な首筋に口を這わせてから噛み付いた。
かぷっ。
ちゅーちゅー。
「うわああああああああああああああああっ」
すでに生き恥をかくことによって人類としての操を捨ててしまった珍保長太郎ではあるが、さすがに、これには驚いた。こんなに驚いたのは産まれて初めてである。なにしろ、セックスがはじまると思ったら、吸血がはじまった。
「むがっ!むがっ!むがっ!」
もちろん、珍保長太郎も暴れて引き離そうとしたが、オッパイデカ子ががっしりと押さえつけてるので動けない。
この女、合気道の他に柔道もやってるな、と珍保長太郎は考えた。退院したばかりで体力が弱ってる自分が相手とはいえ、かなりの腕前に違いない。
病み上がりで血が少ないせいもあり、珍保長太郎は気が遠くなって来た。視界に星が現れた。もうすぐ気を失うだろう。
ちゅー。
ちゅー。
オッパイデカ子は熱心に血を吸い続けた。
あらすじ
代田橋でまずいラーメン屋を営んでいる珍保長太郎。来店した地元の暴力団員と喧嘩になり、居合わせた客のひとりが死亡、珍保長太郎も重傷を負う。指名手配された暴力団員は、逆恨みして、珍保長太郎の女友達をシャブ漬けにして廃人にしてしまう。怒りに燃えた珍保長太郎の孤独な復讐が始まる!
登場人物
珍保長太郎 :『ラーメン珍長』店主
豚野餌吉 : 客
オッパイデカ子 : 謎の女
ヤクザ悪左衛門 : 暴力団
糞賀臭男 : 暴力団
歯糞全身男 : 暴力団
死神酋長:医者