【怪奇小説】ウンコキラー〜塩だッ塩をまけッ〜
〜塩だッ塩をまけッ〜
今年は猛暑なので小便は蒸れてすぐに発酵した。柔らかい白色の調理師用スラックスが、乾いた尿でごわごわになる。自分が臭い。珍保長太郎はズボンを着替えるためにラーメン珍長に戻った。バカが、かいがいしく迎える。
「お帰りなさいませ、店長」
まるで嫁のようである。実に不愉快で腹立たしい。少しでも「臭い」などと言おうものなら、即座に喉をかき切ってやろうと、身構えていたが、バカは少し鼻をクンクンさせただけで余計なことは言わなかった。その代わり、バカは別な爆弾を投下した。
「店長、留守のあいだに警察が来ましたよ。店長が出前でいないとわかると、後でまた来ると言ってました」
ぎょっ!
不必要なまでに驚く珍保長太郎。ポーカーフェイスとは、ほど遠い性格のようだ。
「お、俺はやっていない……」
誰も聞いていないのに、血相を変えて弁明をはじめる珍保長太郎。見ての通り、頭と行動はあまり、まともとは言い難い人物である。おそらく、警察が怪しいと睨んでくわしく調査したら、いくつもの過去の隠された犯罪が浮かび上がってくるのではないか。
珍保長太郎は警察ほど苦手なものが、この世にはなかった。なぜか目があうと必ず職務質問してくるからである。前からパトカーがやってきたら、意味なく横道に曲がって避けるくらい嫌いだった。
「な、なにかやったんですか?」
きょとんとしたハゼのような顔でバカがたずねる。
「いや、なんでもない」
見るからにうろたえる珍保長太郎。挙動不審である。どう見ても犯人にしか見えない。ハアハアと息を荒くついて、脂汗をだらだら流す。冷静を装っているが、目玉が落ち着きなくメリーゴーランドのようにクルクルと回っている。うっ。うっ。ううう〜。
「なにもやってないと言ってるだろうッ!」
だしぬけに怒鳴り出す珍保長太郎。
バカがびっくりして店長を疑惑の目で見つめている。目の前に警察がいるわけでもないのに、この調子である。もし、警察署に連れて行かれ、本格的に尋問されたらどうなることやら。
あることないこと自白して、最近の10年間の東京の未解決事件のぜんぶの犯人にされてしまいかねない。10回くらい死刑判決を受けそうだ。しかも、その半分は、ほんとにやっていそうだ。
「犬め……。いまわしい国家の犬どもめ……」
けんのんな形相でブツブツ独り言を言いはじめる珍保長太郎。店長が気持ち悪いことを言い出したので、バカは働いてるふりをしながら、遠いところに少しづつ移動した。
がらがらがら。
店のドアが開いた。入って来たのは目つきの悪い身体のがっしりした男が二人。一人が中年でもう一人は若い。彼らの姿を見て、珍保長太郎の目が狂気で光った。バカが話していた刑事らしい。憎しみのこもった目で二人を睨みつける珍保長太郎。よくわからないが、睨まれてるので睨み返す刑事。しばらく無言で睨み合った。
彼らは北沢警察署の刑事だと自己紹介をした。中年の方が巡査長の青田剛、もう一人の若い方が、赤井達也で身分は巡査。珍保長太郎はさっそく二人に『刑事青赤』と名付けた。
「我々はウンコキラーの連続殺人事件を捜査しています。ラーメン珍長さんは、この商店街でもう10年も商売をしているそうですね。なにか不審者を見たとか、怪しい人物を知っている、とかいう情報はないでしょうか」
青の方がおんけんに質問する。
だが、珍保長太郎にはそれがまるで蟹工船の小林多喜二を拷問している警官のような口調に聞こえたらしい。キチガイだから仕方がない。店長の顔色がみるみる険しくなっていった。
「ここで10年やっているそうですね……だと? つまり俺の情報を前もって調べたということか。 なんの疑いのない人物の経歴など調べるわけがない。この俺が……」
大きく息を吸う珍保長太郎。
「容疑者として浮かび上がっているということかッ!?」
ちょっと驚く刑事青赤。駅前商店街のただのラーメン屋に聞き込みに行ったら、どう見ても殺人鬼にしか見えない人物が出てきたのである。こういう手合いはかえって困る。彼らはすっとぼける犯人を追い詰めるのは慣れているが、全身から犯人です! と主張しているような人物は、どう扱ったら良いかわからない。
「ええと……」
絶句する刑事青。
店長がよくわからないが、いきなり警察に食ってかかってるので、バカは慌てていた。なにかが店長の琴線に触れたのであろう。この店長、尊敬はしているのだが、気が小さいくせに短い。バカは手振りで店長を止めようした。だが、珍保長太郎は目玉を充血させて絶叫した。ゴリラのようにうでを振り回す。
「この腐れ犬どもめッ!」
警察官といえども人間である。こういう態度に出られてむっとしないわけがない。
「お前ッ! なんか後ろめたいことがあるのかッ!」
刑事青が珍保長太郎に負けない大声で怒鳴り返した。凶悪な犯人を相手にするのは慣れているのである。ちょっとひるむ珍保長太郎。やはり、気が小さい。
「経歴など調べていないッ! 商店街で聞き込みをしていて、ここで聞くと良いと言われて来ただけだッ! だが、店長がこういう人物だとわかって俄然興味がわいたよ。どれどれ、名前は珍保長太郎か!」
刑事青は壁に貼り付けてある食品衛生責任者の許可証の名前を見て言った。慌てて、珍保長太郎が飛びついて名前を手で隠そうとする。もちろん、すでに読み上げられているのだから手遅れである。ますます怪しい挙動のラーメン店店主を見て、刑事青はつけくわえる。
「そういえば、同じく商店街で、あんたが出入りしていた暴走族に大怪我を負わせたという話を小耳に挟んだぜっ! 根っから暴力志向のある人間のようだなッ! きさまはッ!」
「な…なにをッ!」
本当のことを言われて、うろたえる珍保長太郎。
「カッとするとなにをしでかすか、わからない人間なんじゃねえのか、お前ッ!」
恫喝する刑事青。
まったくその通りです、とバカは内心うなずいていたが、命が惜しいので顔には出さないようにした。
「クズはクズだッ! クズを殺してなにが悪いッ! クズを人間扱いする必要はないッ!」
どんどん一人で犯人になっていく珍保長太郎。会社では絶対に出世しないタイプである。
「もちろん、この『殺して』というのは例えで、現実に殺したという話ではないがね!」
いちおう、言いつくろったがなんの弁護にもなっていない。
相当に機嫌が悪くなった刑事青赤。勝手に激怒しはじめた珍保長太郎を、あやしそうにジロジロと見つめる。どうやら、確実に容疑者リストのトップに躍り出たようだ。バカが援護に入る。
「どうも、すみません。てへってへっ。この人、いわゆる『ガンコ店長』ってやつで、気が難しいんですよ。頭の中の配線がどこがどこにつながってるか、さっぱりわからない。すぐに変なスイッチが入る。でも、口は悪いんですが性格はもっと最悪なんですよ。その代わり……」
変な間を開けるバカ。
「ラーメンの味はもっとまずいんですよ! だから、気にしないでください」
なにを言ってるのかわからないが、とりあえず店長をかばってるつもりのようだ。このバカは、世渡りがうまいのか悪いのか、よくわからない。
「また来るからな。こんどはそのまずいというラーメンを食ってやる」
捨て台詞を残して出ていく刑事2名。
「塩だッ! 塩をまけッ!」
珍保長太郎はバッサ、バッサと去っていく刑事の背中に塩を投げつけた。
「鬼は外ッ! 鬼は外ッ!」
混乱してるようで、かなり間違っていた。
あらすじ
代田橋でウンコを口に詰めて殺す『ウンコキラー』による連続殺人が起きていた。犯人だと疑われたラーメン屋店主、珍保長太郎は真犯人を見つけるべく、孤独な戦いを始めた!
登場人物
珍保長太郎 :『ラーメン珍長』店主
バカ :新実大介
刑事青赤:
刑事青、青田剛
刑事赤、赤井達也
ミザリー、神保千穂
キャリー、小杉浩子
死にかけ老人、大山田統一郎