【怪奇小説】ウンコキラー〜玉川上水でお前も死ね〜
〜玉川上水でお前も死ね〜
「店長、どうして店の床に歯がぽろぽろと落ちているんですか」
翌朝、手下のバカこと新実大介が、店内の掃除中に余計なことを言い出した。
「うるせえ」
すげない店長。
「さらに、床には、なにかの肉の断片が転がっており、血のしみをおおざっぱに拭いたあとが見られるんですが、これ、違法性はないですよね?」
疑り深い目で店長を見るバカ。
「殺すぞ」
目つきが厳しくなっていく珍保長太郎。だが、新見はバカと呼ばれるだけあって、店長の危険な様子には気づいてもいない。ちょっと考えたふりをしてから、店長に言った。
「店長、やっぱり通報していいですかね?」
ガシッ!
やにわに珍保長太郎はバカの長めの髪の毛をわしづかみにした。それから、一度、後ろに引いて反動といきおいをつけてから、全力で顔面をカウンターの角に叩きつけた。
ガッ!
「ギャッ!」
悲鳴をあげるバカ。まるで痛がっているように見える。それでも珍保長太郎は、バカの髪の毛をはなさず、何度も何度も根気よく、顔面をカウンターの角に叩きつけ続けた。人生、努力が肝心だ。今回は口のあたりを重点的に狙ってみた。
「ごふっ!」
ボロボロボロッ!
バカは口の中から血の塊と1ダースばかりの折れた歯を吐き出した。それから、砂場で砂浴びをする犬のように、酸化した脂でべたべたするラーメン屋の不潔な床の上を、楽しそうに転がり回った。
「これで少しは静かになるだろう……」
珍保長太郎はまんぞくそうにつぶやいた。
「それにしても……」
昨夜『正義は、なされたりッ!』と絶叫したときは、これですべてが解決したように思えたものだ。ところが、しばらくたってから冷静になって考えてみると、なんということだろう……。あたりまえだが、なんの解決にもなっていないではないか。よくあることである。
ICレコーダーに自分とミザリーの会話を録音はしていた。しかし、聞き返してみると、これはむしろ、単に自分が気の狂った人殺しであることの証拠にしかなっていない。
これはいかん。珍保長太郎は不満足さに歯ぎしりした。手にしたICレコーダーを見つめていると、すっかりゆううつな気分になってきた。もしかして、鬱病になったのかもしれない。
もうひとつ重要なことだが、どうもウンコキラーの正体は、ミザリーではなかったような気がしてきた。ミザリーは言わば誤認逮捕というやつである。冤罪で死刑になる運の悪い人間はこの世には、ツグダニにして食えるほどいる。だから、間違って個人的に死刑執行をしたからといって、誰にも責めることはできないだろう。その点には自信がある。
正義や倫理というものほど、ゆらぐものはない。時代の流れとともに、白が黒になったり、黒が白になったりする例はいくらでもある。そんなに意味はない。気にしなくて良い。
それより、重要なのは真犯人をあげることだ。大切なのは真実、それのみだ。それができないならば、自分がこのままウンコキラーの犯人とされて、電気椅子で処刑されてしまうことだろう。おそらく、この調子では、その日はそう遠くはない……。
とりあえず、ミザリーの死体は早朝のひとけのない時間帯を見計らって、京王線のホームの下を流れる玉川上水に捨てた。
太宰治がより高度なアクメを得ようと、彼女にチンポコを入れたまま、お互いの身体を縛って身投げしたことで有名な玉川上水だが、この近辺では大部分が暗渠となって緑道の地面の下を流れている。ところが代田橋のここでは、どういうわけか、10mほどの区間が地上に出ていた。
ここに死体を放り込むと、暗渠の中に流れて入って行き、見えなくなる。なかなか便利な場所じゃないか。血に飢えた亀や巨大化した鯉が、どういうわけか、うじゃうじゃいる。暗渠の中で、こいつらがすべてを食い尽くすことであろう。珍保長太郎は何度か死体の処理に、ここを利用していた。鯉の丸々とした太り具合を見ると、他にも利用しているものがいるのかもしれない。
「ポンポンが痛い」
歯のなくなったバカを見ながら、珍保長太郎は陰気そうにつぶやいた。少しも幸せそうには見えない。珍保長太郎はこう見えても神経が細いのである。けっこうな長期間になってしまった逃亡生活。その緊張とストレスから珍保長太郎はまったくウンコが出なくなってしまった。たいへんな便秘である。
「ええい、腹が張る」
トイレには何度も入るのだが、ウンコは出ない。出したくでも出てこない。おそらく事件が解決するまでは、出ないであろう。腹の中で数週間分のウンコががちがちに固まってコンクリートのようになっている。考えただけでも臭くて恐ろしい。身体も心も調子が悪い。これが逃亡者の苦しみというやつなのだろうか。
「どうにかしないと電気椅子以前に便秘で死ぬ……」
珍保長太郎は虚空を見つめながら、追い詰められた獣のようにつぶやいた。
あらすじ
代田橋でウンコを口に詰めて殺す『ウンコキラー』による連続殺人が起きていた。犯人だと疑われたラーメン屋店主、珍保長太郎は真犯人を見つけるべく、孤独な戦いを始めた!
登場人物
珍保長太郎 :『ラーメン珍長』店主
バカ :新実大介
刑事青赤:
刑事青、青田剛
刑事赤、赤井達也
ミザリー、神保千穂
キャリー、小杉浩子
死にかけ老人、大山田統一郎