【怪奇小説】ヒトデ男の恐怖~水銀ラーメン~
~水銀ラーメン~
珍保長太郎は、建築中の豊洲新市場の地下に行き、水銀をたっぷりと含んだ土を盗んできた。日本共産党の調査によると、大量のベンゼンやヒ素も入っているという。
これはいい。
俺の目的にぴったりだ。
前知事も、ちょうど良い置き土産を残してくれたもんだ。
ラーメン珍長の調理場で、悪臭を放つ泥土を見ながら、珍保長太郎はニヤニヤと笑った。
匂いは赤堤沼の泥に似ている。
ま、泥なんてどれも同じということだ。
問題はその成分だ。
「猛毒の水銀、ベンゼン、ヒ素のたっぷり入ったラーメンを出す! 豊洲新市場スペシャルだ! これはいいね。食べたやつは、もんぜつして苦しみ抜いて死ぬ。ギャハハハッ! ゲラゲラゲラッ! ゆかいゆかい! さいきんは不景気や借金でストレスの溜まることばかりだ! これで大量に人を殺して、うさを晴らしてやる!」
悪魔のような発言をする珍保長太郎。さすが、殺人鬼である。誰か早く逮捕して、電気椅子に座らせた方が良い。
珍保長太郎は悪臭を放つ泥土をグツグツと煮込んでいた。そこにいつもの豚骨スープを注ぎ込んだ。豚骨スープというものも、客観的に見ると、ひどく悪臭を放っているので、悪臭と悪臭が相殺されて、『悪趣味な豚骨スープ』という程度のものになった。
匂いを嗅いだだけで、猛毒だとバレてしまうようなものだと、客が食ってくれないので、これくらいがちょうど良いだろう。一応、大さじのスプーンで味見をしてみた。毒薬をちょくせつ入れているわけではないので、これくらいなら死にはしないだろう。
「普通に豚骨の味だな。あんがい、うまい。いつものうちのラーメンよりうまいくらいだ。舌がちょっとピリピリするが……。これは、フグのヒレ酒を飲んで、すこし痺れるようなものだろうか。こういう毒のあるものは、やたらとうまかったりするものだからな。これはあんがい、ほんとうに人気メニューになるかもしれんな。食ったやつはみんな死ぬけど……」
具合が悪くなるかと思ったが、むしろ身体がホカホカして元気が出たくらいだ。ちょっとばかりの毒だと、人間の神経に作用して、活発にさせるのかもしれない。
「これを人体実験するときが楽しみだ……。ガッハッハッ!」
鬼のように大笑いをする珍保長太郎。口が耳まで裂けていた。
「ウ……ウルトラメン?」
その日の夕方。いつものように、初老の常連、かつては子供番組でウルトラ忍者を演じていたという元役者のウルトラが、びっこをひきながらラーメン珍長にやってきた。
なぜか、今日に限って店長の機嫌が良い。新メニューを食えという。
「いえ、ウルトラーメンです。じつのところ、このラーメン珍長、不景気で倒産寸前なんですな。そうなっては、困ります。そこで、俺が板前人生のすべてをかけて開発した新メニューです。命懸けですよ。なにしろ、リアルに命懸けで開発しましたからね。食った途端死ぬかも知れません」
ここで一拍、間を空けてユーモアのある笑みを浮かべる珍保長太郎。内心は吹き出すのをこらえるので必死だった。
「そこでぜひ、当店のありがたい常連客ナンバーワンである、俳優のウルトラさんに、試食していただきたいのですよ!」
ウルトラは、ちょっと怪訝な顔をした。この店長には、今まで自称俳優や虚言症などと悪口しか言われたことがない。それなのに『俳優のウルトラさん』と、持ち上げて来た。それでも、久しぶりに俳優と呼ばれたことは、ウルトラの自尊心をくすぐった。
この調子だと、サインを求められるかもしれんな。
常連の店に、自分の書いた色紙があるなんて照れ臭いな。
これだと他の客に正体がばれて、食ってる途中に、サインを求められたりして、落ち着いていられなくなるかもしれんな……。
勝手に妄想の翼をひろげるウルトラ。自己愛が強いタイプなのであろう。
一人でニヤニヤしだしたウルトラを見て、珍保長太郎は不審に思った。
気でも狂ったか。
気持ち悪いな。
ウルトラは夢見るような目で、小声でこうつぶやいた。
「……色紙はあるのか?」
「はっ?」
まったく理解のできないという顔の珍保長太郎を見て、ウルトラは現実に戻る。
「いや、なんでもない」
なんか知らんけど真っ赤になっているウルトラ。
それを見て、珍保長太郎は心の底から軽蔑を感じた。手元に千枚通しがあるので、これをプスッと眉間に刺してから後頭部まで貫通させて、店の前に干物としてぶらさげてやりたくなった。
しかし、どうせ水銀ラーメンを食ったら、悶絶して死ぬのだ。
それも、もうすぐだ。
それまで、がまんすることにしよう。
うふふふ。
内心の笑いを隠すのに苦労をする珍保長太郎。できあがった猛毒のラーメンをウルトラの前に置いた。笑い出さないように、できるかぎりのきびしい顔をする。
「水……いや、ウルトラーメンです! 試食なのでお代はけっこう!」
かつて見たことがない店長の真剣な表情にウルトラは心をうたれた。目の奥がなんとなく笑ってるように見えるが、それは気のせいだろう。
「わかった! 店長が命を削って作った一世一代の自信作! 私も命をかけて食いましょう!」
ちょっと芝居がかっている気もしたが、こう宣言してウルトラは食い始めた。
調理場の奥の方では、すっとんきょうな顔をして、バイトのバカが、この漫才のようすを見ていた。彼はなにも知らされていなかった。
ずるずるずる。
ぷはーっ!
ずるずるずる。
ぷはーっ!
無言でどんどん水銀ラーメンをすするウルトラ。
珍保長太郎は、いつ苦しみだすか、と胸をときめかして待っていた。
「うまい! こりゃあ、うめえや! 店長さん、あんた。うでをあげましたね!」
あんがい、うまいらしい。べたほめをしているウルトラ。そのうち、激痛が全身を貫いたならば、うまいなどとは言っていられなくなるだろうが……。
「くくく……」
こらえようと思ったが、ここまで食ってしまったら、もう死んでいるのと同じだ。冷酷に悪魔のような笑みを浮かべる珍保長太郎。
死ね……。
死ね……。
デス……。
デス……。
デス……。
ウルトラが食い終わってドンと丼を置いた。このおやじ、ラーメンを液体のように一気食いした。
「デス?」
目を丸くする珍保長太郎。ウルトラはその顔を見て、料理の感想を聞きたくて緊張しているのだと誤解した。
「非常にうまい! 店長、これはいけまっせ! 人気メニューになること、間違いなしだ! 俺が太鼓判を押します! このアクション俳優、門前正月が太鼓判を押しましょう!」
この男、門前正月という名前だったのか。
珍保長太郎ははじめて知ったが、それどころではなかった。
すこし考えてから、ウルトラが付け足す。
「マスコミ各社にプレスリリースを流すべきですよ。新聞や雑誌。最近だとインターネットのグルメサイトもはずせませんね。グルナビに食べログだ。その時は、この私、門前正月の名前を出してもいいですよ! とくべつにサービスしましょう! 往年のアクション俳優、門前正月さんもお気に入りの新メニュー、とかいうコピーでどうですかね?」
常日頃から、脳内にウジのわいているウルトラは、あらぬ妄想を口から垂れ流していた。
「は、はあ……」
珍保長太郎はウルトラがなにを言っているのか、よくわからなかったが、さっきからそれどころではなかったのである。
こいつ、なんで死なないの?
珍保長太郎の心の中は、この疑問符でいっぱいになっていた。
「うう~ん? なんか元気になってきたぞ。なんだ、こりゃ。身体がホカホカと暖まってきた。しかも、いつも憂鬱な俺の心の中がすっきり爽快! いちめんの青空が広がっていまっせ! たはーっ! てへーっ!」
奇声を発して手足をブルンブルン回し始めたウルトラ。
ま、ちょっとは水銀がきいてるようですね。
「店長! このうまさの秘密、わかりました! 漢方入っているでしょ? 薬膳……、そう薬膳ラーメンだな、こりゃ! いやあ、一本とられたなあ! はっはっはっ! 頭と身体を同時に治すラーメン! こりゃあ、ブームになりますよ!」
「店長、やりましたね。新しいラーメン、ばかうけしてるじゃないですか。おめでとうございます」
この様子を見て奥から出てきたバイトのバカが店長に言う。ところが店長はよろこぶどころか、なにかに気を取られて、言葉がまったく耳に入っていないようだ。「店長?」
「ごちそうさま! 今日もカウンターのハエのように、不平をこぼしながら、だらだら酒に溺れようと思ってたけど、体調がやたらといいのでこのまま帰ります。ちょっとジョキングでもするかな。ハッハッハッ」
さわやかに去っていくウルトラ。この男、片足が悪いようでいつもびっこをひいていたのだが、なんとそれも治っていた。けいかいにリズムに乗って走っている。
へなへなへな。
がっかりして力の抜けた珍保長太郎は、その場にしゃがみ込んでしまった。
あらすじ
呪われた町、代田橋。ここでは今日も怪奇現象が勃発していた。どうやら河童のような生き物が、赤堤沼から現れて、人間を襲って食っているらしい。『ラーメン珍長』のコックで殺人鬼の珍保長太郎は事件の解明に挑む!
登場人物
珍保長太郎:『ラーメン珍長』店主
バカ:新実大介
ヒルアンドン巡査:安藤正義
弱虫探偵団
モヤシ:坪内文二
キチガイ:今金弓彦
デブ:田淵哲
モヤシの母:坪内伊佐子
モヤシの兄:坪内拓也
中学生:唐木政治
中学生の弟:唐木将紀
ウルトラ:門前正月
奥さん:中島ルル
旦那:中島圭太
娘:中島グミ、5歳
小犬:モップ
元プロレスラー:三船龍太郎
大家:生源寺荘子