【怪奇小説】ヒトデ男の恐怖~お前も同じ姿にしてやる~
~お前も同じ姿にしてやる~
ウルトラ忍者に言われて、不遇な親子、中島ルルと娘のグミは『ラーメン珍長』にやってきた。ちょっとのことでは驚かない冷血鬼の珍保長太郎も、これには目を丸くした。
母親が、娘のつばの広い帽子を脱がす。顔がドロドロに溶けてどこにもない。口のあたりに丸い穴が空いているだけだった。食事の時は顔の包帯はしないのだ。
バイトのバカなどは、小心者なのでオロオロして、興味深げに見るのは失礼ではないか……、と目を必死にそらしていたが、店員が客を見ないのは、これはこれで失礼ではないか……、と思い直しては、最初に戻るので、キョロキョロした、ただの不審人物になっていた。
「ウルトラマンとかいう変な人に勧められたので、ウルトラーメンを食べに来ました」
ルルが意外としっかりした声で注文した。
「ウルトラマンではないんですが……。ま、ウルトラ忍者なんて誰も知りませんよね。俺もぜんぜん知らないんです。きっと妄想です。了解しました。ぜんりょくで水銀……、いやウルトラーメンを作りましょう!」
元気よく珍保長太郎が答えた。水銀ラーメンを食わせるのは門前正月についで二人目である。
うまい具合に歯車が回り始めたぞ。
この調子で大量虐殺になるまで、コツコツと頑張ろうではないか。
人間、努力が大切だ。
グフフフフ。
にわかに嬉しそうになった店長を、バカは不思議そうな顔で見た。それから母娘に水を出しに行く。見るまい、と思っても、つい顔のない娘の方を見てしまう。手がふるえて、水がこぼれた。布巾でテーブルを拭くバカ。
「きっと、あなたもなんと醜い姿かと思っていることでしょう……」
落ち着いた声で、ふいにストレートの直球を投げる母親。完全に目が据わっている。どんな地獄を見たのか。
「ギョッ!」
店員のバカはデッドボールをくらったような悲鳴をあげた。本や漫画ではギョッ!というセリフが出てくるが、実際に口にする人間は見たことがない。バカは自分の口から、それが出てきたので驚いた。
「いや……。それが……。そんな……。いや……。でも……」
バカは金魚のように口をパクパクさせた。どう答えても失礼になる。どう答えたら、政治的に正しいのか、思いつかなかったのだ。
「オホホホ。どうせ、みなさん、本当は興味津々なのはわかっているんです。だから、こっちから言います」
明るい声でルルが言った。ルルは珍保長太郎とバカに恨み節を語り始めた。
「それはひどい!」
娘の顔が、こんなふうになった顛末を聞いて、バカがふんがいした。
「これもすべて、あたしが悪いんです」
ルルは涙を流しながら言った。
「あたしがもう少し早く、あの人に見切りをつけていたら……。でも、いつか、あの人も更生していい人になるに違いないと、辛抱していたんです。なんと、愚かなあたしでしょう」
ルルはテーブルを拭いた布巾で涙を拭う。その途端、感情の堰が決壊したように大声で泣き出した。
「あたしのバカ! あたしのバカ!」
「奥さん。それじゃ演歌に出てくる耐えるばかりの女みたいですよ。昔の人じゃないんだから。自分ばかり責めたって、なにも解決しませんよ」
バカが、わかったようなことを言う。口先だけでは立派なことを言う人間なのである。テレビのバラエティ番組に、こういう人間がよく出てくる。
「ええ……、なにも解決しませんよね。もう無理です」
ルルがバカの目を見て答える。バカは少し勃起した。
「だから、自殺する前に、おいしいと評判の、このラーメンを食べに来たんです。これが最後の晩餐です」
きっぱりとルルが言う。ずっと前から決めていたのだろう。迷いがない。
「うわーッ! だめです! そんなの、だめです! 店長、なんとか言って止めてください!」
自分のふところの広さでは対応ができなくなったので、バカは珍保長太郎に助けを求めた。
ところが、さすがの冷血鬼、珍保長太郎である。少しも止めようとしない。ただ、できたラーメンを運んできた。
「ウルトラーメン一丁! おい、バカ。子供に受け皿をお出ししな。いや、この口で食べ物は食えるのかな?」
血も涙もない珍保長太郎に、バカはふんがいしたが、小鉢と、あとよくわからないが、念のためにフォークも持ってきた。
「だいじょうぶです。中に歯はあります」
葬式のような雰囲気の中で母娘は水銀ラーメンを食った。
こらえ切れなくなったバカが珍保長太郎につめよる。
「店長、ひどいじゃないですか。これほど、かわいそうな人たちは、見たことがありませんよ。少しは同情したらどうですか。それでも、温かい血の流れている人間ですか? そうだ。ひとっ走り、交番まで行って、ヒルアンドンを呼んできましょうか? ああ、それがいいな。自殺を説得して、止めてもらいましょう」
「だまれ、バカ! だから、お前はバカと呼ばれているのだ!」
珍保長太郎はバカを一喝した。
「この人たちは、他の人が想像もできないほどの苦しい人生を送ってきたのだろう。それが今、ようやく楽になろうとしている……。他人に止める権利はないッ!」
きっぱりと言い切る、珍保長太郎。
「俺たちに出来るのは最高のラーメンを出して、冥土のみやげにしてもらうくらいさ……」
思わぬ優しい声で珍保長太郎がつぶやく。目尻に光ったものが浮かぶ。この男は虚言症なので本気にしないように。
「うう……」
言葉に詰まるバカ。しかし、なっとくはできていないようだ。
一方、ルルとグミのかわいそうな親子。水銀が大量に入ったラーメンをむさぼり食っていた。期待していた以上にうまかったからである。
そもそも、ルルはラーメン自体があまり好きではない。だいたい、どの店も女性向きにできていない。不潔で汚い。臭い。そのうえ、脂っこいものが嫌いだ。だが、そんなルルが、目の玉を丸くしてドリンクを飲むように麺をすすっていた。瞳孔が完全に開いている。
これはうまい!
どうしてか、わからないけど、むやみやたらとうまいわ!
これはいったい、どうなってるの?
驚きのうまさというやつである。ところが驚いたのは、それだけではなかった。食べている間に、どんどん熱くなってきたのである。暑くではない。熱くである。
まるで、身体の中に原子力発電所があって、それが溶解してメルトダウンをしてしまったかのように、発熱していた!
ルルの身体は、ものすごい高周波エネルギーを発していた!
一人、歩く原子力発電所と化していた。
いや、グミもいるから、一人半くらいである!
コップの水がなくなったのを見て、バカが運んできた。手が奥さんのオッパイに当たる。
ジュッ。
「熱いッ!」
火傷を負ったバカが悲鳴をあげた。よく見ると、ルルは水を飲んでいたのではなかった。ルルの発熱により水が蒸発していたのである。
「いったいなにが起こっているんだ?」
バカはわなわなと震えた。もうすこし事情を知っている珍保長太郎は、興味深そうに、ことの進行を見物していた。
いったい、なにが起こっているの?
ルルも同じことを考えていた。ウルトラーメンは、するすると二人の胃袋の中に収まった。
フラッシュ!
とつぜん、嵐のような閃光が二人を襲った。もちろん、それは二人の頭の中だけで起きている現象である。大量の熱せられた水銀が、ルルと娘の脳の神経を、縄跳びのようにブンブン振り回し始めたのである。
あたしは……。
燃えているッ!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
ルルは立ち上がり、いきなり重たいテーブルをひっくり返した。
ドシャン!
ガシャン!
椅子を手に持って、ラーメン珍長のガラスを叩き割り始めた。
「うわっ!」
バラバラと割れたガラスが飛んでくるので、珍保長太郎とバカはカウンターの裏に避難した。
「あたしはやめた!」
宣言するルル。
「死ぬのを、やめたッ!」
ルルの目の中に紅蓮の炎が燃えていた。原子力発電だから、ものすごい高温である。ルルの中で核分裂が起きていたのである。
かわいそうに見えた親子は、オリンピックに出場する選手のように元気良く店を出て行った。ちなみに金は払ってない。
崩壊した店の中で珍保長太郎は途方に暮れていた。
「また、人を元気にさせてしまった!」
あらすじ
呪われた町、代田橋。ここでは今日も怪奇現象が勃発していた。どうやら河童のような生き物が、赤堤沼から現れて、人間を襲って食っているらしい。『ラーメン珍長』のコックで殺人鬼の珍保長太郎は事件の解明に挑む!
登場人物
珍保長太郎:『ラーメン珍長』店主
バカ:新実大介
ヒルアンドン巡査:安藤正義
弱虫探偵団
モヤシ:坪内文二
キチガイ:今金弓彦
デブ:田淵哲
モヤシの母:坪内伊佐子
モヤシの兄:坪内拓也
中学生:唐木政治
中学生の弟:唐木将紀
ウルトラ:門前正月
旦那:中島圭太
奥さん:中島ルル
娘:中島グミ、5歳
小犬:モップ
元プロレスラー:三船龍太郎
大家:生源寺荘子