【怪奇小説】ヒトデ男の恐怖~最後の晩餐~
~最後の晩餐~
こうした調子で門前は、ボランティアで地域の見回りを続けた。あんがい、評判が良い。そのうち、名声が広まっていった。忍者がなんとか……、と言い出すのはよくわからないが、正義感のある篤志の人であると。
翌日は、商店街のシャッターにスプレーで落書きをしていたガキどもを叩きのめした。交番からかけつけたヒルアンドン巡査長は、いろいろな意味で驚いた。ひとつは、相手がよくラーメン屋で見かける、自称元俳優の初老の男であったこと。もうひとつは、このガキどもが強面の不良で三人もいたことである。
商店街のおっさんたちが出てきて、門前をヒーローのように褒め称える。ガキどもに、限度を超えた怪我を負わせていたので、ヒルアンドンはしぶい顔をしていたが、一応、感謝することにした。ヒルアンドンは警察官にしてはしゃれっ気がありすぎる性格で、ちょっとおもしろい気分になってきたので、百均で賞状を買ってきて、名前を入れて門前に送った。
門前はりりしい本物のヒーローのように、寡黙に一礼をして、賞状を受け取った。
俺は今や、警視庁からも公認された正義の味方である!
「あなたたち、何をしてるんですか!」
神田川沿いをパトロールしていた門前は、川に飛び込もうとしている母と子を見つけた。
「離してください! あたしたち、もう死ぬんです!」
人生に疲れ果てた感じの三十歳前後の女性のようだが、狂気に駆られた時の母親の力というものは、恐ろしく強い。さすがのウルトラ忍者も、飛び込み自殺をしようとして暴れる親子を止めるのには骨を折った。
しかし、驚いたのはその子供の方だった。女児のようだが、なんと顔がミイラのように包帯で、グルグル巻きになっていた。
話を聞いてみると、なんと暴力夫に化学薬品をかけられて、顔面がぜんぶ溶けて失明してしまったという。
「見ての通りで……。あたしたち、もうどうやって生きていったらいいか、わからないんです」
泣きながら女は告白した。
困ったのは門前。さすがのウルトラ忍者も、これには対処の仕方がない。魔法使いではないのである。門前は自分がまだまだ修行の足りない未熟者であると感じた。強面の悪人を倒すことは得意なのだが……。しかし、とりあえず、思いついたことがひとつあったので、それを告げた。
「代田橋の駅前に『ラーメン珍長』という店があります。そこでウルトラーメンという裏メニューを注文して二人で食べてみてください」
「ハア? ラーメンですか」
けげんな顔をする女。
「このラーメンは人生に希望と再生をもたらすものです! どういう仕組みになっているかは、とんと見当がつかないんですが。私も挫折者です。かんぜんに人生が終わったと思い込み、世の中の人たちを恨んでいました。ところがこのラーメンを食べて……」
門前は遠くを見つめた。絶望的だった日々。今では遠い昔のように感じる。
「人生大逆転しました! よくわかりませんが、とにかく、すべてがひっくり返ります! 私の言うことを信じなくてもいいですが、とりあえずウルトラーメンだけは食ってください。ウルトラ忍者に聞いた……、と言えばわかってくれるはずです」
「ウルトラ忍者?」
とつぜん、へんなことを言い出したので、女は不信感を感じた。だが、何を言ってるかはよくわからないが、こんなに熱心に勧めているのならば、おいしいのだろう。
中島ルルは自殺をやめる気はなかった。だが、死ぬ前に、娘といっしょにそのウルトラーメンとやらを食うのもいいと思った。最後の晩餐だ。
あらすじ
呪われた町、代田橋。ここでは今日も怪奇現象が勃発していた。どうやら河童のような生き物が、赤堤沼から現れて、人間を襲って食っているらしい。『ラーメン珍長』のコックで殺人鬼の珍保長太郎は事件の解明に挑む!
登場人物
珍保長太郎:『ラーメン珍長』店主
バカ:新実大介
ヒルアンドン巡査:安藤正義
弱虫探偵団
モヤシ:坪内文二
キチガイ:今金弓彦
デブ:田淵哲
モヤシの母:坪内伊佐子
モヤシの兄:坪内拓也
中学生:唐木政治
中学生の弟:唐木将紀
ウルトラ:門前正月
旦那:中島圭太
奥さん:中島ルル
娘:中島グミ、5歳
小犬:モップ
元プロレスラー:三船龍太郎
大家:生源寺荘子