【怪奇小説】青虫ラーメン〜すごい、星がいっぱいだ〜

〜すごい、星がいっぱいだ〜
暗い闇である。
そもそも闇は暗いものなので『暗い闇』などという概念を思い浮かべる時点でだいぶ脳に損傷を受けているのがわかる。珍保長太郎は精神の暗闇の中をさまよっていた。ねばりつくような闇が上下左右に広がる。
深い水の中を歩くように、珍保長太郎はゆっくりと彷徨していた。身体がうまく動かない。なにしろ暗いので目も見えてるんだか見えてないんだか、よくわからないが、なにかにつまずいた。
足下を見ると岩のようなシルエットが見えた。すると目は見えているようである。ところがその岩のようなもの、臭いのである。化石化したうんこか、と珍保長太郎は一瞬、思ったが、糞尿系というよりすえた脂のような匂いがする。古いラードの匂い。つまり、自分の店の厨房でよく嗅ぐ匂いである。
「これはなにか」
珍保長太郎が岩のようなものに顔を近づけた。すると、それが口を聞いた。
「ゆるせん〜。ぶひぶひ〜」
どこかで聞いた豚の鳴き声。なんと、これは豚野餌吉の頭だったのである。
「おのれ! 腐れ豚! 化けて出て来たか!」
珍保長太郎が迫力のない顔でせいいっぱい恫喝したが、なにしろ相手は幽霊なので、こたえるようすがない。
「お前の店に来てたせいで〜死んでしまった〜。おのれ〜ゆるせん〜。しかも、豚呼ばわりか〜。常連客だったのに〜」
うらめしそうに呪う豚野餌吉の頭。
「おのれ〜、幽霊岩めッ! 豚を豚と言って悪いのか!」
豚のくせになまいきを言う豚野餌吉の霊に怒る狂う珍保長太郎。身分知らずめ。全力で足で踏みつぶした。
ぶちゃ!
イチゴがつぶれるように中身と血をまき散らして、つぶれる豚野餌吉の頭。つぶれてからも、むにょむにょ動いていた。
「生きているときも気持ち悪かったが、死んでからも気持ち悪い……」
珍保長太郎は嫌悪感でげろを吐きそうになった。おびえて後ずさると、足がまたなにかに当たった。岩のようなものである。よく見ると、その岩のようなものが、伝染病でつぶつぶだらけになった病人の皮膚のように、あちこちに突き出ていた。暗闇にもう少し目が慣れて来ると、珍保長太郎は幽霊岩の大群に囲まれていることに気付いた。
「死ぬまで〜とりついて苦しめる〜!!」
豚野餌吉の頭の大群がいっせいに口を開いた。みにくい呪いのコーラスを聞かせる。あたり一面が豚野餌吉の顔である。一面にデブの顔が広がってることほど、世の中に恐ろしいものはないに違いない。
珍保長太郎はイアン・ギランのように絶叫した!
「むぎゃああああああああ」
目を覚ますと知らん部屋だった。ボーズの趣味の悪いスピーカーからディープ・パープルのハイウェイ・スターが大音量で流れていた。これまた古い趣味だな、と珍保長太郎は思った。ボーズのスピーカーは値段は高いが、低音が強調されすぎていてバランスはけっして良いとは言えない。
「目を覚ましたがったな、ラーメン屋!」
憎々しげな声が聞こえた。見るとヤクザ悪左衛門だった。
「ヤクザ悪左……もごもご」
珍保長太郎は思ってることがそのまま口に出そうになって、あわてて語尾を濁した。心の中では、いつも『ヤクザ悪左衛門』と呼んでいたが、本人に面と向かって言うのは、あまり良い結果になるとは思えない。
この世でヤクザと警察だけはシャレが通じないものだ。うそだと思うなら、今すぐ近所の交番に行き『気のきいたアメリカンジョーク』を一席、ぶってみるがよい。あまり、笑ってはくれないはずだ。
やがてBGMがハイウェイ・スターからスペース・トラッキンに変わった。スピーカーの趣味の悪いが音楽の趣味も悪い。珍保長太郎は手足が縛られていて動けないことに気付いた。
「お前のせいで俺は全国指名手配犯人になってしまったんだよ! このおとしまえ、どう付けてくれるんだ? エエッ!」
恫喝するヤクザ悪左衛門。手慣れたものである。恫喝と恐喝を商売にしているものだから、一瞬で自分の感情を気が狂ったアントニオ猪木のような状態にもっていくことができる。
や…やばい……。
この人、なにするかわからない。
珍保長太郎はコレラで死にかけてる人間のようにわなわなと震えた。困ったことにトイレに行きたくなって来た。40代に入ってから、膀胱の筋肉が弱くなって来たのか、珍保長太郎はやたらと尿が近くなった。
この目を血走らせ、暴力の衝動に舌なめずりをしているヤクザに、『すみませんがトイレを貸してください』 と言ったら、快く承諾してくれるだろうか……。そうとは思えない。珍保長太郎は部屋の中を見回し、トイレのドアを見つけ、うらめしそうに見た。
「近くにあるのに、すごく遠い……」
「なに!?」
珍保長太郎が意味不明なことを言うので、かっとして怒鳴るヤクザ悪左衛門。恐ろしい……。なにを言っても怒りの導火線の火を強くするだけらしい。
「まったくその通りだぜ! アニキはこの部屋から出られなくて、一日中古いロックを大音量でかけてうさをはらしているんだぜ! おっさんだからな!」
「そうだそうだ! それを毎日、聞かされる俺たちの身にもなってくれ!」
子分の糞賀臭男と歯糞全身男が後ろの部屋から出て来て文句を言う。たぶん、ここはヤクザ悪左衛門の組織が事務所として使っている部屋の一つではないか。ヤクザ悪左衛門は、ここに隠れ住んでいるらしい。
「今日はこれからお前を地獄のようなひどい目にあわせてやる」
悪魔のような顔と声で言うヤクザ悪左衛門。
「あわわわわ……」
どうやら、ヤクザ悪左衛門は拷問するために珍保長太郎を事務所まで運ばせたようだ。恐ろしすぎて尿意がなくなった。人間の身体はよくできているものである。それどころじゃないとわかると、対応してくれるのである。
ところで、オッパイデカ子は、どうなったのだろう。
「きえええええええええええええええ!」
部屋の反対側でキチガイの声がした。縛られて動けない身体で苦労して位置を変えて見てみるとオッパイデカ子だった。全裸でよだれを垂らしている。
「この女、完全に狂っちまったな! はっはっはっ!」
身の毛の凍るような残酷な声で笑うヤクザ悪左衛門。
「なにしろ、シャブを何本も打ってから、何度も中出ししましたからね!」
「泣きながら許しをこう、か弱い女性を犬のように犯すのは興奮するなあ!」
次々と罪状を自白する糞賀臭男と歯糞全身男。
「オッパイデカ子……」
思わず頭の中の呼び名で呼んでしまう珍保長太郎。
「えっ」
「えっ」
「えっ」
悲惨な場面で変なネーミングが聞こえて来たような気がしたので、耳を疑うヤクザ悪左衛門と糞賀臭男、歯糞全身男。
「本橋さん……!」
恥ずかしくなってあわてて言いなおす珍保長太郎。本名を思い出すのに若干、手間取ったが、うまくごまかせたと思う。
それでも違和感と疑問が拭えず、珍保長太郎をうさんくさい目で見つめるヤクザ三人。いかん、話題を変えなくては。ええと、そうだな。こういうときは一応、怒ったふりをしたほうが世間体が良いんじゃないかな、と珍保長太郎は思いついたので激怒した。
「このやろう! なんてことをするんだ! 人間のクズめ! それでも人間か!」
叫びながらなかなか怒ったふりがうまいじゃないか自分、と思う珍保長太郎。心の隅では、たまに大声を出すとストレス発散になって気持ち良いな、とも思っていた。
「くくくっ、苦しめ。苦しめ。自分の愛する女が肉便器にされた姿を見るのはどんな気持ちかね」
あくどい顔でにやりと笑うヤクザ悪左衛門。この男は、なかなか悪人の役割を果たすのがうまいな、と珍保長太郎は思った。心の中では、本当は、今夜の夕食をなんにするか、考えてるのではないだろうか。
「ひひひひっ。また立って来たぜ!」
ヤクザ悪左衛門はズポンとブリーフを脱いで太い男根を出した。珍保長太郎には背を向けていたので、中年男の汚い尻が見えた。レイプはいいんだけど、男の尻を見せられるのだけは勘弁してほしいな、と珍保長太郎は思った。男の尻を見てもまったく興奮はしない。ヤクザ悪左衛門は、おもむろにオッパイデカ子の上に乗ってチンポを挿入した!
「ひは〜ふへ〜!」
白目を剥いて感じるオッパイデカ子。シャブを打つと感度が良くなるらしい。とはいえ、エクソシストの悪霊に取り憑かれたリンダ・ブレアのように白目なので、まったく興奮できなかった。せめて黒目が戻ると良いのだが、と珍保長太郎は思った。
「どやっ! どやっ! いいんか? 感じるんか?」
興奮すると関西弁になるのがヤクザの特徴である。中にはふんいきを出すために関東出身なのに大阪弁を使うヤクザもいるとか。たぶんテレビの見過ぎなのであろう。
「本橋さん……!」
あまり興味はなかったが、空気を読んで、一応、叫んでみる珍保長太郎。そもそも縛られてるので、特に反抗はなにもできそうにない。
「どうだ、自分の愛する人がぼろきれのように目の前で犯されてる気分は!ぐわっははははっ!」
激しく腰を振りながら珍保長太郎に言うヤクザ悪左衛門。問題はここである。正常位で犯してると、男の睾丸がぶらんぶらんしてるところばかり目に入る。なにがうれしくて他の男のタマをずっと見せられないとならないのか……。日本のAVがモザイクをかけているのは本当はマンコを隠してるのではなく、男のタマを見せたくないからではないか。
「やめてくれーっ!」
珍保長太郎は、『これ以上、ぶらんぶらんしたタマを見たくない』という意味で言ったのだが、ヤクザ悪左衛門は別の意味に取ったようだ。
「くくくっ、彼氏の前で巨乳の女を寝取るのはたまらんな!」
とヤクザ悪左衛門。
いや、それちょっとニュアンスが違う、と珍保長太郎は思ったが、修羅場でいちいち訂正するのも変なので黙っていた。勘違いしてる方が幸せということもこの世にはあるだろう。
「ううっ、出る!出る!」
どっぷりと中出しするヤクザ悪左衛門。
「アニキ!次は俺も!」
「俺も俺も!」
と子分二人。
これは、アニキに自分の肛門にも入れてほしいと尻を差し出しているわけではなく、私もこの女性とセックスをしたいです、という意味である。
「あひいーあひいー」
次々と犯され中出しされるオッパイデカ子。
「うへえ、アニキの精液の量が多すぎてマンコの中の感触がなにもなくなってしまいましたよー」
と糞賀臭男の方。
「ひーっひひひっ。アニキは絶倫だからなあ」
こんな時でも、あおいそを言ってヤクザっぽい雰囲気を出すのを忘れない、けなげな歯糞全身男の方。この男はヤクザ稼業業界で忠実に生きているようだ。こんな人間の方が暴力団の世界でも出世するとか……。
昔は、広島のヤクザ戦争やら、仁義なき戦いやらで、バイオレンスな時代もあったようだが、今ではすっかり暴力団も保守化と企業化が進み、頭のやばい人間はむしろ歓迎されないそうである。嫌な世の中である。人類全員、全力で急いで死ぬべきである。
「出るっ出るっ!」
「ああああっ、出るっ! たくさん精液が出ますっ!」
糞賀臭男と歯糞全身男は順番に中に射精した。
「どうだ。愛妻が目の前でこのような目にあわさせれて地獄の責め苦をおっているに違いない! ぐわっはっはっ」
玉の中の精液をすっかり放出してやることがなくなったヤクザ悪左衛門とその子分の二人、糞賀臭男と歯糞全身男が勝ち誇った顔で、縛られて動けない珍保長太郎の回りに集まって来た。
いや、妻でも愛してもいないんだけど、と珍保長太郎は思ったが、訂正してもとくに利点はなさそうなので、だまっていた。
「……」
無言でヤクザ悪左衛門らを見つめる珍保長太郎。とくに言うべきことが思い浮かばなかったのである。とりあえず相手に合わせて苦しんでるふりをしたほうがいいかなあ、とは思ったが、なにも感じてないのだから仕方がない。
「……」
ヤクザ悪左衛門も『どうもこの男の反応が違うなあ』と怪訝に思っていたが、もちろん、知能が低いのでその原因がなんであるか、を考えることはできなかった。なんとなく、うまくいっていない気がしたので、腹が立って来て全力で珍保長太郎の頭を、握りしめた拳で殴った。
ボカッ!
知能によらない本能による行動だが、知性がなくても『うまくいっていない』という事態を把握できたのだから、たいしたものである。人間とは知性がない猿である。
珍保長太郎の視界に星が飛び散った。
暗闇に暗転。
その中に無数の星である。
死ぬかな、とも思ったが、無意識に口が開いた。
「すごい……、星がいっぱいだ」
満天の美しい星空の下、珍保長太郎は気を失った。とくに思う所はなかったが、また豚野餌吉が夢に出て来たらいやだな……とだけは思った。


あらすじ
代田橋でまずいラーメン屋を営んでいる珍保長太郎。来店した地元の暴力団員と喧嘩になり、居合わせた客のひとりが死亡、珍保長太郎も重傷を負う。指名手配された暴力団員は、逆恨みして、珍保長太郎の女友達をシャブ漬けにして廃人にしてしまう。怒りに燃えた珍保長太郎の孤独な復讐が始まる!
登場人物
珍保長太郎 :『ラーメン珍長』店主
豚野餌吉 : 客
オッパイデカ子 : 謎の女
ヤクザ悪左衛門 : 暴力団
糞賀臭男 : 暴力団
歯糞全身男 : 暴力団
死神酋長:医者


創作ブログランキングに登録しています。 クリックが励みなりますので宜しくお願いします。

神田森莉の本

死骨

死骨

今から40億年前。ペルセウス人たちの宇宙船が故障し地球に不時着した。ペルセウス人は夢と現実のあいだを行き来する不思議な文明を築いていた。彼らは「感情波」と呼ばれる「人間」の感情の動きをエネルギー化して利用していた。そのバッテリーがゼロになってしまったのだ。

彼らはこの地球に文明が生まれ、たくさんの「感情波」があふれる日を待つしかなかった。いくら長寿のペルセウス人でも40億年は長すぎた。彼らはいつしか歪んだ心を持ち始め、人類の歴史に様々な恐怖を与えるようになっていた。より多くの「感情波」が放出されるように。

ホラー漫画家、神田森莉の長編SF小説。

くまちゃんウィルス1

くまちゃんウイルス(1)

人の良いくまちゃんが世知辛い世間に翻弄されてダメになっていく姿を描きます。しっかりしてください。


リンク