【怪奇小説】青虫ラーメン〜血のソーセージ〜

〜血のソーセージ〜
ラーメン珍長。
オッパイデカ子がキチガイ病院に入って困ったことがひとつだけある。客が来なくなったのである。
「まるでバブルの後のようだ」
珍保長太郎は痴呆のようにひとり言を言った。がらーんとした店内を見渡す。もう夕方だったが、今日はまだひとりも客が来ていない。干涸びて生命が死に絶えた荒野のようだ。元に戻ったと言えば戻ったのだが、以前はそれでも豚野餌吉やオッパイデカ子のような舌の腐った常連客がすこしいた。
今では、それらの人々もいなくなった。これが『バブル』の特徴である。よくテレビの取材お断りという、えらそうにしている店があるが、あれは理由がある。
うっかりテレビに出てしまうと、瞬間的にお客が殺到する。能力を超えててんてこまいになる。
それはいいのだが、ふしぎなことに大混雑が終わった後は、前より客が減ってしまうのである。混雑で料理が荒れた、店の雰囲気が変わった……などと、それぞれに理由はあるのだろう。だから『テレビお断り』という店は、あんがい、ひじょうに正しい選択をしているわけである。
「客は嫌いだから来ない方が良い」
珍保長太郎は真空に向かって強がりを言ってみた。ブラックホールに吸い込まれるように反応はなにもない。客が来ないこと自体は良かった。客が来ないから仕事をしなくて良い。おかげで病み上がりの身体が休まり、血を吸うオッパイデカ子もいないので、みるみる健康になって来た。
ただ、それにはひとつだけ問題があった。あたりまえだが、金が儲からないのである。これはよろしくない。激安の廃屋のような代田橋の物件とはいえ、家賃はかかる。しかも、生きているのだが生活費もかかる。オッパイデカ子なら、そこらの男や、たぶん、貧窮したら犬や猫を襲ってでも血を吸えば生きていけただろうが、珍保長太郎は血を吸わなかった。
「とはいえ、こうまで金がないとなると、『血を吸う』という選択肢も考えるべきではないだろうか……。そういえば、人類は豚肉や牛肉を食っているが、あれの血はどうなっているのだろうか。たぶん、捨てているのではないか。この世には『血のソーセージ』というものもある。だから、食えないものではないはずだ。屠殺場に行って、どうにかこうにか言い訳を言って、屠殺人たちを納得させたら血をもらって来ることが可能なのではないか。いったい、どうやって説得したら、不自然にならず、『ああ、それはかわいそうですね。どうぞ、いらない血なのでただで持って行ってください』 と彼らに言わせることが出来るのか……想像もつかないが」
珍保長太郎は血を吸って生きることを真摯に検討してみた。しかし、直感ではあるが、あまり現実的ではない気がして来た。
次は近所の犬猫を襲って食べる計画を検討して見た。代田橋は猫が多い。10匹くらい減っても誰も気にしないはずだ。野良猫を減らすのだから都知事から感謝状をもらってもいいくらいだ。
「でも、まずそうな気がする……」
客が来ないとろくなことを考えない。珍保長太郎は、こういう境遇に自分をおとしいれた犯人は誰か、ということを考え始めた。人間のくずである。究極に言うと犯人は『神』だろうが、それではあまりに大きすぎて、感覚的に腹を立てることが出来なかった。そもそも、神を信じてないのだから、怒るときだけ、神を信じようと言うのは、むずかしい。
次に思い浮かんだのは、豚野餌吉の顔だった。これは良い。100%無実だったとしても、いくらでも腹を立てることができた。むしろ、冤罪で無罪なのに死刑にしてやって、苦しませてやりたいくらいだ。
犯人だったら死刑になるのはなっとくがいくだろう。しかし、犯行もしていないのに死刑になるとなると、その理不尽さによけいに苦しんでしまうに違いない。そう考えると冤罪というのはなかなか良いシステムだ。
とはいえ、この豚、殺されている。死んでいるんだから、残念ながら被害者と言っても、まあ許されるのではないか……しごく、残念なことではあるが。やはり、被害者というのは一番強い存在なのである。
公害、テロ、事件、事故、自然破壊。この世のすべての案件で、被害者が一番でかいツラをしているのは、よく見る光景である。そう、被害者は権力なのである。ただの人間のくずが、たまたま被害にあったというだけで、ばくだいな絶対権力を手に入れる。
被害者こそ、まっさきに死ねば良いのに……と珍保長太郎は、ニュースを見るたびに思う。繊細な心を持った詩人なのである。このゆがんだ社会のシステムのために、豚野餌吉は被害者という絶対権力を手に入れてしまった。顔や外見から考えると、ぜったいに犯人のはずなのに……。
「世の中、間違っている!」
珍保長太郎はそう確信してふんがいした。
「となると、やはり、悪いのはヤクザ悪左衛門か。あまり、おもしろくはないが、まあ、これが順当なところだろうな。つまり、ヤクザ悪左衛門のせいで、俺は屠殺場まで血を吸いに行くか、近所の犬猫を襲って煮て食うかの、二者選択を迫られているといううわけだ、うおおおおおおお、ようやく、なんとなく腹が立って来たぞ!」
珍保長太郎は、もうちょっと腹が立ったふんいきを出してみようと、手に持っていた包丁をまな板に突き立てた。
がすっ!
しまった。これで、また包丁がかけて切れ味が悪くなる。一休みしたら、必死に研がなくては。よけいな仕事が増えてしまったので、珍保長太郎は激しく激怒した。
「このくされ外道が……」
ノイローゼの動物園の白熊のように、包丁の突き刺さったまな板をもって店内をうろうろする珍保長太郎。その時、天の岩戸のように店の戸が開いた。
「ひいっ」
ここ数日間で初めての客が入って来たが、目を血走らせた珍保長太郎を見て、悲鳴をあげて逃げた。
「あっ、くそ。今日の初収入が! これもすべて悪いのはヤクザ悪左衛門!」
珍保長太郎は、ますます怒りをつのらせた。店の外まで駆け出して行き、命かながら逃げ去る客の背中にめがけて罵声を浴びせた。
「ばかやろう! ぶっ殺すぞ!」
珍保長太郎が措置入院になる日も近いかもしれない。


あらすじ
代田橋でまずいラーメン屋を営んでいる珍保長太郎。来店した地元の暴力団員と喧嘩になり、居合わせた客のひとりが死亡、珍保長太郎も重傷を負う。指名手配された暴力団員は、逆恨みして、珍保長太郎の女友達をシャブ漬けにして廃人にしてしまう。怒りに燃えた珍保長太郎の孤独な復讐が始まる!
登場人物
珍保長太郎 :『ラーメン珍長』店主
豚野餌吉 : 客
オッパイデカ子 : 謎の女
ヤクザ悪左衛門 : 暴力団
糞賀臭男 : 暴力団
歯糞全身男 : 暴力団
死神酋長:医者


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