【怪奇小説】ウンコキラー〜天国の門〜
〜天国の門〜
出前である。珍保長太郎は愛用の業務用自転車に出前箱をぶら下げて走っていた。この業務用自転車というのが、ひたすら重い。重いがじょうぶなので、よほどのことがないと壊れない。珍保長太郎は気に入っていた。名前をチンポ号と名付けた。人前ではなかなか言いにくい名前である。
戦前から存在する歴史的な建造物である和田堀給水所の横を通って羽根木の住宅街に入る。貧困な代田橋界隈のスラム的な雰囲気がだんだんと少なくなり、閑静な住宅地になる。このまま、まっすぐ行って代田に入るとこんどはちょっと金持ちっぽい雰囲気に変わるのだが、途中で曲がって東松原商店街の方に向かう。小かん寿司を通り過ぎたところで右に曲がって、しばらく進むとあるのが、目的地の老人ホーム『天国の門』である。
「入るときには生きているが、出るときは死んだときだ」
珍保長太郎は、ここの門をくぐるたびに警句のようなものを吐かずにいられない。
「遅いじゃないの! この腐れラーメン屋ッ!」
愛のある言葉で迎えられた。相手は天使のような人柄で知られている介護士のミザリー。外人が働いているわけではなく、珍保長太郎が勝手にそう名付けているだけだ。本名は神保千穂。職員は名札に名前が書いてある。
「ああ、すいません。うちの生麺がストライキを起こしていまして、説得するのに時間がかかりました」
珍保長太郎は機転のきいたことを言おうとして、意味のないことをつぶやいた。
ミザリーはあまり感心してくれなかったようだ。
「ただでさえまずいのに、こんなもの伸びてしまったら、すでに人間の食いもんじゃないよッ! 犬の餌以下だよッ! 犬だって匂いを嗅いで、嫌な顔をしてまたいで無視するよッ! 犬マタギ、とでも名付けたいところだねッ!」
全力で嫌味をぶつけるミザリー。心の中は憎しみだけでできているのであろう。頭は大阪の漫才師でしか見ないようなおばさんパンチパーマ。そこになぜか派手な大きな色のリボンをつけている。以前はいつもムラサキ色だったが、今日はピンク色だった。
ピンクちゃん、とでも呼んで欲しいのか……。
珍保長太郎はちょっといらいらしてきたが、口では「むう……」とうなっただけだった。余計なことは言わず出前箱から、ラーメンドンブリをいくつか出す。老人ホームの奥の方でミザリーを呼ぶ声がした。
チッ!
いまいましそうに舌打ちをするミザリー。怖い。
「また、大山田さんだわ。この死にかけ老人めッ! ほんとうに早く死んでくれないかしら。人間なんて生きていても意味はないのにッ!」
「すると人間の命など虫けらほどの価値もないというのですか?」
珍保長太郎は、さりげなく聞いた。
「なに!?」
ギロリと身の毛の凍るような顔で睨みつける漫才師のような頭のオバサン。
「よけいなことを言ってないでラーメンは『憩いの場』に運んでおけッ!」
ミザリーは奴隷に命令するように言った。
「ははあ」
平伏する珍保長太郎。
ミザリーは奥の方に去っていった。ラーメンドンブリを運びながら、珍保長太郎は厳しい目つきでミザリーの後ろ姿を見ていた。
こういう人の命をなんとも思わないような人間が連続殺人をするのではないだろうか。
「この女がウンコキラーではないか?」
珍保長太郎は小声でつぶやいた。ウンコキラーは男と思われているが、性的に異常な好みのある女が男のふりをしている可能性もあるのではないか……。猟奇殺人鬼には性的倒錯者も多い。
ワニのような目つきで珍保長太郎は根拠のない推理を重ねた。
奥の『憩いの場』。
「いつもありがとうございました」
こちらでは、すがすがしい声に迎えられた。若い介護士の小杉浩子である。
「どういたしまして、こちらこそ」
ミザリーの毒気にげっそりしていた珍保長太郎は愛想よく答えた。
「いつも出前を頼んでくれてありがとうございます。まずいラーメンしか作れなくてすみませんね。もう人生にやる気がないんですよ」
「ええ、ほんとうにまずくて……。いえ、安くて量だけは多くて満足していますよ。私はけっこうたくさん食べるので」
「ははあ」
珍保長太郎は話しているだけで、すがすがしい気分になった。可憐な野の花のようだなと思った。まだ、20代か。気は優しそうだが、ちょっと神経質そうな線の細さがある。もっと無神経なずうずうしいタイプでないと、こういうブラック体質な介護業界では生き残るのは難しいのではないか? と珍保長太郎は、この若いスタッフを見るたびに思うのだが、余計なお世話というものだろう。
珍保長太郎は小杉浩子に『キャリー』という呼び名をつけていた。ミザリーと対ということである。
あらすじ
代田橋でウンコを口に詰めて殺す『ウンコキラー』による連続殺人が起きていた。犯人だと疑われたラーメン屋店主、珍保長太郎は真犯人を見つけるべく、孤独な戦いを始めた!
登場人物
珍保長太郎 :『ラーメン珍長』店主
バカ :新実大介
刑事青赤:
刑事青、青田剛
刑事赤、赤井達也
ミザリー、神保千穂
キャリー、小杉浩子
死にかけ老人、大山田統一郎
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