【怪奇小説】ウンコキラー〜ウンコラーメン〜

12月 23, 2023

〜ウンコラーメン〜
呪われたラーメン屋『ラーメン珍長』。バカこと新実大介がまた来ていた。店長に襟足を掴まれ顔面から地面に叩きつけられたのに、こりもせずまた来るとは……。
翌日、なにごともなかったように、暖簾をくぐってバカが入ってきたときは、さすがの珍保長太郎も自分の目を疑った。それからはさらに来る回数が増えた。毎日来るどころか昼と夜に二回來する。まったく理解ができない。薄気味悪い。珍保長太郎はバカが少し怖くなってきた。
こういう尋常ではない神経の動きをする人間……。こういう精神異常者がウンコキラーなのではないだろうか?
「連日の真夏日でクソ暑いですけど、こういうときにラーメン珍長で食べるギタギタの背脂が3センチくらい層をなしてるラーメンほど、うまいものはないですな!かーっ!たまりませんな!」
脂汗をだらだら流して食ってるバカ。不潔な長い髪が顔の脂にくっついている。珍保長太郎は人殺しを見るような目で、誰も聞いてないのにペラペラしゃべってるバカを警戒して見つめた。
「この脂! この脂! ガッツリ! ガッツリ!」
ずるずるずる。
麺をすするバカ。
「うめぇうめぇ!」
「ブタのほうがよほど上品に見えるな」
がらがらがらがら。
そのとき、客が入ってきた。リーゼントの若い男が二人。前にも見たことがある。ヤンキーである。車体を低くした改造車に乗っている。いつの時代の話だ。さすが魔界都市、代田橋である。おそらく、現実世界とは時空の流れが違うのであろう。珍保長太郎はこの二匹に、暴走族1、暴走族2とそのままの名前をつけていた。
暴走族1は、なにかを注文しようと店長の視線を捉えた。だが、さきに珍保長太郎が口を開いた。
「ここはペットショップではない」
へんなことを言い出す珍保長太郎。けっして上機嫌とは言えないようだ。
「はあ……」
飛躍した会話に目を白黒とさせる暴走族1、2。やはりヤンキーなので知能は低いようだ。
「当店では猿にやるエサは置いていない」
いきなり客に宣戦布告をする珍保長太郎。凄みのある表情を浮かべたつもりだったが、凄みというよりは異常だった。目の玉が扇風機のようにくるくると回っていた。
催眠術をかけられそうになった暴走族1が我に返ってどなった。
「なんだらこったらぺんてこッ!」
気が違ったようにわめき散らしてるのでなにを言ってるかよくわからないが、文字にするとこんな感じだった。
「ウッキーッ! キキキキーッ! キキキキーッ!」
こちらは暴走族2。1よりさらに知能が低いようだ。
「キッココ! キッココ! キキッココッキッココーッ!」
猿山の猿にウンコを投げつけたくらいの騒ぎになった。
「ひょええ〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」
気の弱そうな声をあげたのがバカこと新実大介。クソオタクなので力が弱い。以前は店長を崇拝してるようなことを言っていたのだが、いざ、危機が訪れてみると逃げる気が満々である。問題がおこると真っ先に裏切るタイプだ。ラーメンドンブリを置いて、こっそりとカウンターの奥に隠れた。
「俺らはただラーメンを食いに来ただけなのに、この対応はなんだ! 俺は傷ついたぞ! ああ、傷ついたとも! こう見えても俺の心は繊細なんだ! あやまれ、コラッ! タコッ! こりゃあ、誠意を見せてもらって俺の心の傷が癒されるまでは帰るわけにはいかないな!」
と暴走族1。
「そうだそうだ。ちゅうーちゅうーたこかいな!」
と暴走族2。猿なので言ってることがよくわからない。
「やばい。店長が殺される! この調子だと、おそらく10分以内に確実に殺されてしまうだろう……」
がたがた震えてカウンターからのぞいているバカ。股間がちょっと勃起していた。
「いいから早くラーメンを出せ! ああん、お前、それが一生の仕事なんでしょ? いくら客が腹の立つことを言っても、へこへこして、たかだか数百円のために人間のプライドを捨てて、ラーメンを作る! それがお前のすべてだ!」
「そうだそうだ、すべてだ!」
暴走族1と暴走族2であるが、暴走族1のほうが言語中枢が発達していて、暴走族2のほうは愚鈍なようだ。長い年月の間にこういう役割分担が出来たのであろう。ヤンキーはこういう猿の上下関係のようなものを『友情』と勘違いする傾向がある。
「お前ら、猿に食わせるラーメンはウンコラーメンでじゅうぶんであるッ!」
絶叫する珍保長太郎。命の危機に瀕したオペラ歌手のようにろうろうとした大声が響き渡った。
「ウンコラーメン!?」
思わぬ語彙にない言葉を聞かされてとまどう暴走族1、2。もっともな話である。私も聞いたことはありません。
「ウンコラーメン!」
バカも興奮して真新しい言葉を口にした。それは甘美な味がした。香水の香りの中には、大便の香りと同じ成分のものが含まれているそうだが、それみたいなものだろう。
「バカが食べ残したラーメンの少し入ったラーメンドンブリ!」
ドン! と珍保長太郎はそれを暴走族の前のカウンターに置く。
ぴょーん!
それから猿のように身軽にカウンターの上に飛び乗った。
ぺろん!
薄汚れたズボンを降ろして臀部を出した!
「うわあっ、汚い尻だ!」
暴走族1暴走族2が、率直な意見を述べた。バカも同じ意見だった。
ブリッ! ブリブリブリブリ!
なんと、その肛門から太い大便が出て来た!
「太くて長い! 太くて長い!」
あまりの状況の異常さと大便の臭さにうろたえる暴走族1、2。
「サツマイモのように太いウンコだ!」
バカもわけわからなくなって大声を出す。お祭りに興奮する下町の人間のようである。
「ウンコ! 太いウンコ!」
自ら言わなくても良いこと叫びながら、珍保長太郎はドンブリの中にウンコをした。
ゴロン!
もちろん、そんな音は聞こえるわけはないのだが、『ゴロン』としか言いようがない風情の重量感のある大便が肛門を離れドンブリの中に横たわった。
「クジラだ……」
バカが意外なことを言い出す。
「知床のホエールウォッチングで見たゴンドウクジラのように雄大だ!」
バカは言ってから、あっ自分、今けっこう良いこと言ったな、と思ったが、もちろん、このようなバカの発言をまともに聞くような人間は地球にはいないので、誰も聞いていなかった。
「おいこら、ラーメン屋! だからなんだ! 太いウンコしたからって、えばんじゃねえ!」
とまどいながらも相手をする暴走族1暴走族2。ちょっと相手の行動が読めなくなって来たので、内心はおびえていた。
「男ならだまってウンコラーメンを食え!」
論理性もなにもないことを言い出す珍保長太郎。インドの神々の中にこういう凶暴なやつがいたような気がする。
グイッ!
むりやり、暴走族1にウンコラーメンを突きつける珍保長太郎。食わせようとしているようだ。もちろん、食うわけがない。変態ではないからだ。必死に歯を食いしばって食うまいとしてる暴走族1の口元に、珍保長太郎は何度も激しくウンコラーメンを叩きつけた!
ガキッ!
とうとう暴走族1の前歯が折れた。どうやら人間の歯よりラーメンドンブリのほうが硬いようだ。
「ぐあががががっ」
転がって苦しむ暴走族1。痛いだけではなくウンコが臭い。
「こんだらこっぺかーっ! アニキにあにすんだ!」
言語中枢の劣ってるほうの暴走族2が店主にとびかかった。おそらく、暴走族1のほうが言語担当、暴走族2のほうが肉体担当なのであろう。
「ああっ、とうとう店長が殺される! おそらく、手足を引っこ抜かれて生きたまま内臓をひきずりだされて、泣きながら慈悲をこうて謝ってるのにむざんに殺されるに違いない! 恐ろしい!」
バカが期待に胸をときめかせる。チンポコの先が先走り汁で濡れていた。
暴走族2はラーメン屋店主を捕まえようと、ゴリラのようなうでをのばした。相手はウドの大木のようなただのラーメン屋の店主。目標としては、逃げられる心配はない。まずは捕まえて、動けなくなるまで殴りつけてやろう、と暴走族2は頭の中ですばやく計画を立てた。
こういう行動は、手慣れたものだったのである。場数はふんでいる。ほんきで素手で殴り合った体験もないような一般人に負けるわけがない……と、暴走族2はたかをくくっていたのだが。
その伸ばしたうでを珍保長太郎は、さっと捕まえて素早くねじりあげた。バカの目からは、あまり力を入れてるようには見えなかったのだが、暴走族2のヒジの関節があっさりはずれたようだ。軟骨がねじ切れる嫌な音がした。
「意外なほど力が強い!」
驚嘆するバカ。もちろん、暴走族2も驚いていたが、こちらがヒジが変な方向に曲がってブランブランしているので、激痛であまり驚嘆してるひまはなかった。
「うんだらこら〜」
前歯が折れて顔がウンコだらけになっている暴走族1も、珍保長太郎にとびかかった。こちらはゴリラのような暴走族2より体格が劣り体重が軽い。あっさりと珍保長太郎にねじ伏せられた。なぜか、服をめくって暴走族1の背中をむきだしにする珍保長太郎。別に暴走族1の肌に唇をはわせて愛撫を始める気ではないようだ。そのかわり、靴の固いかかとで何度も背骨を狙って踏みつけた。
ガスッ! ガスッ! ガスッ! ガスッ!
「て、店長! たかがラーメン屋での客とのケンカなのに、確実に背骨をへし折って一生、歩けない身体にしようとしている!」
興奮して叫ぶバカ。見ているほうがおそろしく感じられて来た。バカはアングラ好きのネットオタクなので、グロサイトや死体画像も大好きなのだが、それでも店長の行動は常軌を逸していて、まともには見えなかった。
「不具者にしてやる! 不具者にしてやる!」
テレビで放送できないような言葉を叫びながら蹴り続ける珍保長太郎。
暴走族1はあまりのラーメン屋店主の狂乱ぶりに完全に心が折れた。痛みに苦しみながら有効な抵抗もできず、ただただ「背骨だけは折らないでください……」と泣きながら懇願していた。苦痛と恐怖で涙が止まらない。
「背骨を折ってやるッ! 集中治療室に送ってやるッ! 一生、車椅子で生活するような身体にしてやるッ!」
ぶくぶくぶくぶくッ!
狂犬病のように口の端から泡を吹いて、絶叫するラーメン屋店主。楽しそうに、げらげら笑っている。ちょっと怖い。
「あわあわ」
暴走族2は巨大暴力がとつぜん発現した修羅場にがくぜんとしていた。こちらは知能が低いので、思わぬ反撃にあってどうしたらいいかわからない。
「ライオンがウサギを襲ったら、そのウサギが世界一凶暴な殺人ウサギで、逆に食われそうになって、うろたえてるようなものか!」
バカはむしろ、暴走族1暴走族2が気の毒になって来た。
「俺の出刃包丁が血を求めて泣いている!」
絶好調な珍保長太郎はカウンターの奥に手を伸ばして出刃包丁を掴む。クルリと能役者のように回転して見得を切った。
「もうこれ以上何もしないでください!おれはもう半分くらい死んでいます!ええーん、ええーん!」
号泣する暴走族1。珍保長太郎は冷たく暴走族1を無視して、出刃包丁を構えて暴走族2の目を真摯に見つめた。今から愛を告白するように……。
「もうすぐ俺の出刃包丁は血まみれになる! その血はお前の血が良いか? この肉人形のようになって無抵抗に転がっている男の血が良いか?」
と暴走族2に究極の選択を求める閻魔大王のような珍保長太郎。
「あわわわっ。倒れてる男のほうにしてください!」
一瞬もためらわず、ついさっきまで『アニキ』と呼んで崇拝していた男の命を売る暴走族2。
これを見てもヤンキーの思ってる『友情のようなもの』が、じつは友情でもなんでもなく、単に猿山の力の順番争いの余録物にすぎないことがわかるであろう。
「なにを言うんだ! 俺を助けるか、警察に電話しろ!」
いつもは警察を敵に回し迷惑をかけているくせに、困ってる時だけ泣きつく暴走族の1。
「友人の許可が出たので、まずは背中を切り開く!」
魚を三枚におろすように背骨にそって皮と肉を切り開く珍保長太郎。仕事で長年やってるだけに、包丁さばきはたくみなようだ。
ずがががががががががががががががががががががががががっ!
「ギャアアアアアアアアッ!」
暴走族1の背骨がむき出しになった。これは痛いと思います。
「肉がはがされ背骨が完全にむき出しになったッ!」
見ればわかることをそのまま暴走族1に伝える珍保長太郎。親切な人なのかもしれない。
「痛い!ものすごく痛いッ!」
当たり前のこと言う暴走族1。暴走族1は目の玉がひっくり返り、白目をむいていた。痛みのあまり、このまま死ぬということもじゅうぶんありえる。
「脊髄、取り出し!」
珍保長太郎はあまり人類が発したことのない言葉を絶叫した。
「まだ、やるのかーっ!」
恐れおののく暴走族1。
グリュ!
珍保長太郎は暴走族1のむき出しになってる背骨の列の中から、一個の骨を選んで掴んだ。
バキッ!
手首をひねり、脊髄をへし折る。暴走族1の目玉が飛び出そうになったので、かなり痛かったことは間違いがない。
ズッポン!
イワシの塩焼きから小骨を取るように脊髄を一個抜いてから、すばやく、上と下の脊髄を繋げて隙間を戻した! だからと言って、元通りにはならないと思うのだが……。
「お前の背骨!」
わざわざ、本人に見せる珍保長太郎。自分の背骨のひとつを目の前で見たことがある人間は世界で暴走族1ただひとりではなかろうか。反応がないの珍保長太郎は同じ台詞を繰り返した。
「お前の背骨!」
「見せるなーっ!」
答えを求められてるように感じたので暴走族1は、残りの力をふりしぼってつきあってやった。
「お前の友人の背骨!」
続いて暴走族2にも見せた。
「もうじゅうぶんですっ! 満腹です!」
暴走族2は失禁して泣いていた。
「次は脊髄、一個ではすまないからな……」
なぜか、威風堂々と宣言をする珍保長太郎。満足したようだ。今日はインドの怒り狂った神々のようにあらくれてしまった。
ラーメン屋店長の許しが出たのように感じたので、暴走族1、2はお互いの身体をかばいながら店を出て行った。近くの路上に違法駐車してる改造車にたどり着ければ、命はなんとか助かるかもしれない。代田橋商店街の道路に点々と血のあとが残った。散った花びらのようだ。
「まるで早朝の歌舞伎町のような、のどかな光景だ」
なぜか懐古的な顔でつぶやく珍保長太郎。さわやかな表情をしている。
「す、すごいっすね! 店長! 俺、かんぜんに店長にホレました!」
隠れていたカウンターから出てきたバカが、発情した猿のように店長を見つめた。
「弟子にしてくださいッ!」
このままでは、今にも、ズボンを脱いで肛門を突き出すか、店長のズボンのチャックを開けてフェラチオを始めそうである。ほんとうに気持ちが悪い。
「お前の脊髄の数が正常なうちに俺の前から立ち去れ。さもなくば、もうすぐお前の脊髄は数が減ることだろう……」
ノストラダムスの大予言のように珍保長太郎は断言した。

あらすじ
代田橋でウンコを口に詰めて殺す『ウンコキラー』による連続殺人が起きていた。犯人だと疑われたラーメン屋店主、珍保長太郎は真犯人を見つけるべく、孤独な戦いを始めた!
登場人物
珍保長太郎 :『ラーメン珍長』店主
バカ :新実大介
刑事青赤:
刑事青、青田剛
刑事赤、赤井達也
ミザリー、神保千穂
キャリー、小杉浩子
死にかけ老人、大山田統一郎