【怪奇小説】ウンコキラー〜死にかけ老人〜

〜死にかけ老人〜
この世には生きている人間と死んだ人間がいる。死んでいない人間はだいたい生きている場合が多い。だが、中には幽霊でもないのに生と死の中間くらいのポジションを保持しているものもいる。
珍保長太郎が『死にかけ老人』と呼んでいる大山田統一郎はその一人だった。年齢は知らないが80は越えていると思われる。
「バイタルチェックのお時間ですよ! このいまいましい死にかけたもうろくジジイッ!」
ミザリーこと神保千穂の完全にイライラした怒鳴り声が聞こえた。
珍保長太郎は老人ホーム『天国の門』に出前に来て帰ろうとしていたところだった。すると、どこかの部屋から、けんのんな声が聞こえてきた。珍保長太郎は不審に思って裏庭に回って窓から覗いてみることにした。
「ふがふが」
死にかけ老人が生きているだけでも苦しくてたまらないという調子で答えた。
どうやらこの老人ホームでは、毎日一回、健康チェックをするようだ。部屋の中には臭そうなベッドが4つあるが、老人は死にかけ老人一人しかいなかった。他の三人はすでにミザリーが息の根を止めてしまったのかもしれない。
こんな人間のクズでも看護師の資格があるのか……。
珍保長太郎はいきどおって考えた。大阪の漫才師のような頭を見ているだけで不愉快になる。警察は信用ができない。いっそのこと、自分が正義の使者となり勝手にこのババアを殺したほうが、世のため人のためなのではないか。
「首筋で脈を測りますよ! おや、もうほとんど死んでいるから、脈拍がゆっくりね。しかも、弱い……。これなら、ちょいと血管を止めたら、なにも苦しまないでキュ〜ッと死んで、しかも、自然死と思われてしまうのではないかしら? オホホホホッ!」
悪魔のような笑い声をあげるミザリー。今日も頭のリボンはピンク色だった。
「いやじゃあ、わしはまだ死にとうない。死にたくない。たとえ、どんなに弱って虫のようになっても、植物人間になっても、身体中にいろんなパイプや電線をつながれて老醜をさらしても、できるだけ生きていたいんじゃ〜」
泣きがなら訴える死にかけ老人。人生をあきらめてはいないようだ。
「なにを言うんだッ! バカものッ! 馬の糞!」
激怒するミザリー。
「えっ……」
どうしてここで怒られないとならないのか理解できない死にかけ老人。
「この世には生きたくても、いろんな理由で生きることができない人間がたくさんいるんですよッ! かわいそうにッ! 本当にかわいそうにッ!」
ろうろうとまくしたてる看護師の免許を持った介護士。
「それなのに、お前のような一切生きていく価値のない人間に限って長生きしたいなどと寝ぼけたことをほざくッ! ほざくなっ! これ以上、ほざくなっ! 私は長年の看護師と介護士の人生で、長生きすべき人間が死に、早く死んでほしい人間がいつまでも生きているというこの世の矛盾に、さいなまれてきました。世の中間違っていますッ! 早く死ねっ! 早く死ねばいいのにッ!」
「なにを言っとるのかよくわからん〜。ええ〜ん。ええ〜ん」
とうとう泣き出してしまう老人。
「それはつまり、お前が生きている価値がない人間だから理解できないということですッ!」
「ひ……ひどい! なんで断定するんじゃ〜。わしは虫も殺せない人間なのに〜」
いちいち、めそめそする老人。おそらく、心の中がもうろくして弱くっているのであろう。覗いてる珍保長太郎はちょっとイライラして、うっかりミザリーを応援したくなってきた。
「でも、あたしは介護士! 聖職です! 厳格な倫理基準に基づいて生きています。だから、さくっと殺したりはしません。しませんけど……」
冷血な顔で死にかけ老人の首に手をかけるミザリー。
「む……」
ぎょっとする無力な老人。もともと血色の悪い顔の血の気がさらに引いて群青色になる。
「脈拍が弱すぎて正確に測れないから、もっときつく首を絞めて血管の圧力を上げて測定するのは、医療的に正しいと思いますわッ! オホホホッ!」
きゅ〜ッと年寄りの首を絞めるミザリー。
「むく……むく……」
声にならない声をあげて、壊れた操り人形のように手足をばたばたさせる老人。
「それ、キュ〜ッとな! それ、キュ〜ッとな!」
にやにやと笑うミザリーの、意外なほど力の強い指が死にかけ老人の首に食い込む。
それほど力はあるように見えなかったが、看護師や介護士の生活を長くやってると、かなりの筋肉がつくのかもしれない。窓の外で、珍保長太郎は推測した。
「それほど力はあるように見えなかったが、看護師や介護士の生活を長くやってると、かなりの筋肉がつくのかもしれない」
例によって思ったことが、つい口から出てしまう珍保長太郎。やばいと思ったが、すでに手遅れ。ぎょっとした顔の部屋の中のミザリーと、老人の肩越しに目が合ってしまった。毒蛇が心優しいヘレン・ケラーに見えるほどの形相で、窓の外の珍保長太郎をにらみつける。
ひええええええええええええええええええええええええ。
珍保長太郎は真っ青になりカエルのように動けなくなった。だが、ミザリーはにわかに微笑みを浮かべて、首を絞めていた指の力を抜いた。
「ほほほっ。血圧はかなり低いけど正常なようね。身体中にがん細胞がひろがって手遅れになっている以外は健康そのものです。あら、ちょっとブラックジョークだったかしら。うふっ」
急に態度が豹変したミザリーにぼうぜんとする死にかけ老人。年寄りなので頭の切り替えが早くできないのである。
「お達者ですね」
ミザリーはにこやかに捨て台詞を残して出て行ったが、その前に窓の外の珍保長太郎を、睨みつけるのを忘れなかった。
じょじょじょよぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ。
恐怖のあまり珍保長太郎はおしっこを漏らした。

あらすじ
代田橋でウンコを口に詰めて殺す『ウンコキラー』による連続殺人が起きていた。犯人だと疑われたラーメン屋店主、珍保長太郎は真犯人を見つけるべく、孤独な戦いを始めた!
登場人物
珍保長太郎 :『ラーメン珍長』店主
バカ :新実大介
刑事青赤:
刑事青、青田剛
刑事赤、赤井達也
ミザリー、神保千穂
キャリー、小杉浩子
死にかけ老人、大山田統一郎

小説ブログランキング

ランキングに登録しています。

クリックが励みなりますので宜しくお願いします。

神田森莉の本

各書店で販売中です