【怪奇小説】ウンコキラー〜昆虫採集家〜

〜昆虫採集家〜
老人ホーム『天国の門』。
それは東松原の住宅地の中にある。死に行く人々が、つかの間の時間つぶしをしている待合室のような場所だ。その裏は緑豊かな児童公園になっている。公衆トイレ、鉄棒、ベンチと大きな木々の茂みがある。
珍保長太郎は毎日、その公園から老人ホームのミザリーの動向を見張っていたが、夕方になると近所の保育園から保母に連れられた子供らが遊びに来るのがわかった。薄汚い身なりのおっさんが双眼鏡を手に立っていたら、いかにも怪しい。怪しい前に本人が恥ずかしい。
どうしたものかと思ったが、木の上に登って見張ることにした。これが案外、都合が良い。この季節、木々は豊かに葉っぱが生い茂り、下からは樹上の珍保長太郎の姿は覆い隠されてしまう。
木の上からは天国の門のいくつかの部屋の中が見えた。暇そうに子供のやるような、お遊戯をやらされている老人たち、大画面テレビでDVDを見ている老人たち。そして、世話をするキャリーやミザリーなどの、ブラック企業で働く介護士たち。
「おそらくミザリーがウンコキラーに違いない……。あの女はあきらかに反社会的な気質の異常性格者だ。同じく異常性格者である俺が言うんだから間違いはない。この手の異常者は犯行で気を使う。おそらく、男の犯行であるように見せかけて、捜査をかく乱するつもりなのだろう。または、ミザリーがほんとうは男である可能性もある。歪んだ性欲が異常な発散を求めることはよくある話だ」
珍保長太郎はザルのような推理を展開した。暇だったからである。
「連続殺人鬼は性欲をがまんできない。見張っていれば、いずれまた行動を起こす時が来るだろう……そこを捕まえてやる」
だが、ミザリーは意外と問題行動を起こさなかった。大原稲荷神社の殺人現場に趣味の悪いリボンを落としたことに気がついて、行動を控えているのかもしれない。そうなると長期戦になる。場合によっては何年も……。ほとぼりが冷めるまでは何年でも待ち、自分の身が安全とわかってから犯行を再開する連続殺人鬼も多い。
また、思ったよりミザリーが老人を虐待していないのがわかった。ラーメンを配達するたびに虐待を見かけていたものだが、もしかして、たまたま気が立っている時に出くわしたのかもしれない。腹が空いてイライラしていただけなのだろうか? こちらも警察に目をつけられないように行動を控えただけかもしれないが……。
一日のスケジュールはこうだ。朝早く出かけて行って木の上に登る。珍保長太郎は日がな一日、セミの声に囲まれて木の上で見張っていると、だんだん自分がセミになった気分がしてきた。夜の10時くらいになると、宿直の当番を残して、ミザリーら介護士たちが老人ホームを出てくる。珍保長太郎は近所のマンションに帰るミザリーの後をつけて部屋に入るのを見届けてから、自分もラーメン屋の屋根裏に帰った。
「うひょうひょ」
ある日のこと、木の上で珍保長太郎が変質者のような声を出した。変質者が変質者のような声を出してるのだから、そのままである。キャリーこと小杉浩子が着替えをしている姿を目撃してしまったのである。見事な貧乳だった。
「おっぱい、ボインボイン」
気持ち悪いことを、つぶやく珍保長太郎。ほとんどボインとは言い難いサイズなので、同時にウソツキでもある。必死に双眼鏡をワニのような目つきでのぞいているうちに、陰茎が勃起してきた。葉っぱのよく茂った木の枝の上なので、周りからはほとんど見えない。珍保長太郎は安心してチンポコを出して、こすりはじめた。
「ワンツーオナニー! ワンツーオナニー!」
珍保長太郎は、掛け声を出しながらではないとイケないたちだった。人それぞれ、意外な性癖をもっているものですね。家の中でマスターベーションをしてるような気持ちで、安心して登りつめる珍保長太郎。いきおいよく射精した。
ドピューッ! ドロドロッ!
汚くて臭い。汚くて臭い。
「この季節、上から水分が落ちてきたら、それはセミのおしっこだと思うことだろう。だが、それは俺の精液だ」
珍保長太郎はどうでも良いことをつぶやいて、満足感を味わった。ところが、意外なことに足元のすぐ下のあたりで悲鳴があがった。
「ぎゃっ」
嫌な予感がして下を見ると、顔面に精液をかけられた若者が、こっちを見上げていた。ベストを着て捕虫網やら虫かごやらを持っているから昆虫採集家なのだろう。彼は目を丸くして珍保長太郎を見上げている。こっちだって目を丸くしている。驚いてるのはお互い様だ。
「驚いたな、昆虫採集家とは……。この世にこんな人種がまだ存在していたとは。しかも、それがたまたまマスターベーションをしている俺がいる木を登ってくるとは。しかも、射精する瞬間を狙って……」
「あうあううう」
情けない声を出す昆虫採集家。なにか説明する必要性を感じたのだろう。
「お楽しみをじゃまするつもりはなかったのですが、この木はクヌギかコナラです。良い樹液がたくさん出るので美しい甲虫が集まってくるのです」
「しかし、出たのは樹液ではなく精液だったということだな」
意味のない発言をする珍保長太郎。逃亡生活で風呂に入らず臭い上に、追い詰められて目が血走っている。そんな不審な人物に、木を登ったら、たまたま出くわしてしまったのである。昆虫採集家は心の底から恐怖を覚えた。
「おしっこが漏れそうです……」
彼は蚊の鳴くような声で言った。その気の弱そうな学生時代は確実にイジメられていただろうという顔を見ていたら、珍保長太郎はやみくもな怒りを感じてきた。
「よし、殺そうッ!」
「ひっ!」
頭上の臭い大男が、ぶっそうなことを言い始めたので、昆虫採集家は絶望のあまり悲鳴をあげた。驚いて息を吸ったので、顔射されていた精液が口の中に入り、飲み込んでしまった。液体はセロリのような味がした。
「汚くて臭いッ! 汚くて臭いッ!」
昆虫採集家は泣いてわめき出した。
「これはいかん! 近所の人が駆けつけてくる!」
珍保長太郎はいっさいの憐れみも覚えずに、懐からサバイバルナイフを出して、全力で下にいる昆虫採集家の顔面に突き立てた。
ブスリ!
小気味の良い音がした。ナイフは鼻の穴あたりから突き刺さり、後頭部から刃先が少し飛び出した。
良い気持ちである。
快感が背筋を通って、天の神の足元まで届いた。おそらく、ミザリーも同じような快楽を求めて連続殺人をやめられないのだろう。同じ仲間である。
ガサッ! ガサガサガサッ! ボキッ! ボキッ!
葉っぱを撒き散らし、木の枝を折りながら、墜落していく昆虫採集家。
ドサッ!
死体が地面に落ちるような音がした。珍保長太郎は木を降りて死に様を見物に行った。瀕死だが、まだ息がある。
「チッ!」
本当に悔しそうに珍保長太郎は舌打ちをした。
「まだ生きてけつかる……」
公園に人が来ると困るので、珍保長太郎はちょっと苦労して、半死の昆虫採集家の身体を樹上に引きずり上げた。抵抗はしないが、だらんとしてるので重い。それから、先が折れている木の枝があったので、その鋭く尖った先端に身体を突き刺した。
プルプルプル。
昆虫採集家は、少しの間、ゼリーが揺れるように身体を震わせた。それから、かろうじて残っていた魂が、身体に見切りをつけて、天国に旅立っていた。
「さようなら。来世では虫に生まれ変わって幸せになれるといいな」
珍保長太郎は昆虫採集家の魂に祝福を送った。
「はやにえだ。秋になり葉っぱが落ちると、木の上の高いこづえに突き刺さってミイラになった彼が見つかる。さぞや、驚かれることだろう。楽しみだな」
珍保長太郎は自分の仕事を満足して見つめた。反省は少しもない。
「自分は連続殺人事件の犯人を探しているのである。犯人が捕まれば、今後殺されるはずだった人々の尊い命がいくつも助かるだろう……。その目的のためにならば、関係のない人間を数人殺すくらいは、誤差と言っても良いくらいである。むしろ、コスパが良い、と褒められて頭をなでられてもおかしくはないくらいだ」
珍保長太郎の中に矛盾は存在しなかった。まっすぐな魂の人間だったからである。
珍保長太郎は、それからようやく、先の濡れたチンポコをハンカチで拭いてズボンにしまった。いままで、ずっと出ていたのである。

あらすじ
代田橋でウンコを口に詰めて殺す『ウンコキラー』による連続殺人が起きていた。犯人だと疑われたラーメン屋店主、珍保長太郎は真犯人を見つけるべく、孤独な戦いを始めた!
登場人物
珍保長太郎 :『ラーメン珍長』店主
バカ :新実大介
刑事青赤:
刑事青、青田剛
刑事赤、赤井達也
ミザリー、神保千穂
キャリー、小杉浩子
死にかけ老人、大山田統一郎

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