【怪奇小説】ヒトデ男の恐怖~当たらずとも、遠からず~

12月 23, 2023

~当たらずとも、遠からず~
門前正月は、さっそうとパトロールを続けていた。先日、悪役プロレスラーに襲われていたキャバクラ嬢を救って以来、地域のパトロールが日課になってしまったのである。身体も心も調子も良い。ウルトラ忍者を演じていた二十代の頃に戻ったようだ。
あの頃は、役者としてウルトラ忍者をやっていただけだが、今は俺自体がウルトラ忍者だ。世界を、地球を救おうなどと大風呂敷を広げはしない。初老になってしまった今では、そんなことは不可能なことが身にしみて分かっている。
だが、代田橋の安全を守ることに協力することくらいは俺にできる。昔のように宇宙をベースに戦ったりはしないが、俺は今でもウルトラ忍者なのである。
「みんなの役に立ちたい!」
門前は美しい世田谷の夕焼けに向かって吠えた。これである。今までの自分に足りなかったものは。誰かの役に立っているという感覚。人間は一人では生きていけない。誰かが誰かとつながっている。
俺は現実には孤独な生活をしている人間で友人は一人もいない。だが、それは重要な点ではない。ウルトラ忍者として、人々を助けることによって、俺は孤独から救われた。ウルトラ忍者はすべての人間の友人だからである。
「全人類が俺の友人! 友達! 親友!」
前後左右、百メートル以内に誰もいないのを、すばやく確認してから、門前はちょっと大きい声で言ってみた。感動で涙が出そうになった。
俺の人生、充実してきた。これはなかなか、悪くないんじゃないかな?
「あっ、かわいそうなお年寄りがいる!」
代田橋の踏切の前の横断歩道。車の通行量が多いので、なかなか渡れないで困っている老婆がいた。歳を取って足腰が弱り、急いで渡ることができないのであろう。
「おばあさん、いっしょに渡ってあげましょう!」
「あら、今時、珍しい親切な御仁じゃこと……」
門前は信号が赤だったにもかかわらず、手を上げて横断歩道に飛び出した。ちょうど全速力で走ってきたのは大型の長距離路線トラック、日産ディーゼル・ビッグサム。熊本からサービスエリアでの休憩を挟みながら、二十三時間かけて走ってきたところだった。その間の睡眠時間はわずか三時間。うつらうつらしていた四十代の運転手は、とつぜん、飛び出してきた男を見て、血相を変えて急ブレーキをふんだ。
キッキッキッキッキッキーーーーーーーッ!
明太子と鳥肉を満載した重い大型トラックが、十本のゴムタイヤから摩擦熱による白い煙を出しながら突っ込んできた。
門前は少しもひるまなかった。かならず、車が止まるのを知っていたからである。ウルトラ忍者である、この俺が死ぬわけがない。不老不死の宇宙のポリスマン。今なら、アインシュタインの法則だって、ねじまげて変えてやる自信がある。
むしろ、轢かれて死んでもまったくは問題はないのである。俺自身の命はまったく小さなものだ。それより、俺が守ろうとしている、この宇宙の秩序こそが重大なものなのだ。
新入学した小学生のように手を上げていた門前だが、車がなかなか止まりそうにないのを見て、うでを車に向けて突き出し、指を広げた。止まれ、のポーズである。手のひらから、高周波エネルギーが噴き出しているイメージ。
「ウルトラ・ストップ!」
そう絶叫する門前と、大型トラックの高い座席にいる運転手の目が合った。完全に引きつっている運転手と、妙に落ち着き払っている門前。車は、きれいに門前の手のひらに当たる位置まで来て止まった。
「おばあさん、どうぞ、お渡りください」
「かたじけないことですのう……」
弱々しい老婆がカタツムリのようにゆっくり道路を渡る。鷹揚な心で老婆を見守る地域の宇宙戦士。身体中に力がみなぎっている。今なら、必要とあればこの暴走トラックを片手で持ち上げて、幡ヶ谷あたりまで、放り投げられる自信がある。
老人が渡り終えるのを見届けた門前。超能力でトラックを止めていた、うでを下ろして、自分も道路を渡る。
トラックの運転手は全身から脂汗を流していた。汗が流れているにもかかわらず、背筋に冷たいものが走っていた。
今のはいったいなんだ……。
あきらかに、車が止まれる距離ではなかった。これは確実に轢いてしまう。悪いのは、どう見ても、車道の真ん中で突っ立っている男だが、世間の目というものは大型トラックの運転手には冷たい。しかも、赤とはいえ、横断歩道の上で轢き殺したとなると、印象が悪い。これでは免許停止は確実。交通刑務所にも入れられるかもしれないな、と覚悟を決めた途端。
車がグッと何かの力で押さえられたかのように止まった。
あの速さと距離で止まれるはずはないのだ。驚きがすぎると、怒りが湧き上がってきたので、窓を開けて、このバカに怒鳴ってやろうと思った。しかし、後ろに車の渋滞ができつつあり、クラクションを鳴らされたので、運転手は仕方なくトラックをスタートさせた。
感動した老婆が、初老の男にたずねた。
「ありがとうございますだ。お名前はなんといいますかの?」
頭をブンブンを振る男。
「名乗るほどもない男です」
背を向けて立ち去ろうする。
「ただ、みなさんは私を……」
ふいに立ち止まって振り向いた。
「ウルトラ忍者と呼んでいますッ!」
老婆は目を丸くして驚いていた。よくわからないが、これは黄金バットのようなものかのう……、と見当をつけた。当たらずとも、遠からず。

 
あらすじ
呪われた町、代田橋。ここでは今日も怪奇現象が勃発していた。どうやら河童のような生き物が、赤堤沼から現れて、人間を襲って食っているらしい。『ラーメン珍長』のコックで殺人鬼の珍保長太郎は事件の解明に挑む!
登場人物
珍保長太郎:『ラーメン珍長』店主
バカ:新実大介
ヒルアンドン巡査:安藤正義
弱虫探偵団
モヤシ:坪内文二
キチガイ:今金弓彦
デブ:田淵哲
モヤシの母:坪内伊佐子
モヤシの兄:坪内拓也
中学生:唐木政治
中学生の弟:唐木将紀
ウルトラ:門前正月
奥さん:中島ルル
旦那:中島圭太
娘:中島グミ、5歳
小犬:モップ
元プロレスラー:三船龍太郎
大家:生源寺荘子