【怪奇小説】ヒトデ男の恐怖~オタマジャクシは漢方薬~

~オタマジャクシは漢方薬~
ぶつかった相手は地元で評判の悪い中学生だった。
一年生で名前は唐木政治。わがままで乱暴者。
同年代には相手にされないので、いつも年下の子供をひき連れて遊んでいる。
モヤシたちも、前はよくわからないので、一緒に遊んでいたのだが、上の方から偉そうに命令ばかりするので、もうすこし知恵がついてからは、バカらしくなって無視するようになった。
なので、彼はモヤシたちを憎んでいるようだ。
「コラッ! 前をよく見て歩かんか! おや、よく見るとかつては友人だったモヤシたちではないか?」
わざとらしく驚いたふりをする唐木。獲物を狙う猫のように舌なめずりをしている。
困ったのはモヤシたちである。
まさに前門の狼、後門の虎。
前にはゴリラのような中学生、後ろには人肉を食らう河童。
ぜったいぜつめいのピンチとは、このことである。
「げげっ。やばい」
青くなるモヤシたち。もともと、弱そうな人たちなのであるが、それがおびえているので、虫けらをつぶすように簡単にこの世から消してしまえそうに見える。そういうオーラこそが、こういういじめっ子の大好きなものなのである。
暗闇の中で興奮した唐木の瞳孔が黒々と拡がった。
まるで満月がもうひとつ、現れたようだ。
気が気でないモヤシたち。今にもしょんべんがちびりそうだ。
「俺は今日はとても機嫌が悪いんだ……。家で親父に殴られてな。いつも、殴るんだが、今日は泥酔していてな。意識が半分飛んでるから、手加減はしないし、手元のコントロールなんてできないから、本当に殺されるところだった。俺がもう少し大きくなり強くなったら、逆に殺してしまおうと思ってるんだが、それまでは殴られるままだな」
興奮しているらしく口数が多い唐木。
「とにかく、大きくなる前に殺されるのだけは、避けようと思って生きているんだよ。そのかわり、お前らを殴って、うさを晴らしてやるッ!」
「ひいッ!?」
これはやばい。
かんぜんに目が座っている。
やる気だ。
脱兎のごとく逃げ出す子供たち。こういう時に、ようりょうが悪いのがモヤシである。もたもたしてるうちに、あっさり唐木に捕まってしまう。
「助けてッ! 命だけはお助けくださいッ!」
泣いて許しをこうモヤシ君。
「安心しろッ! 殺しはしない。まだ少年院には入りたくないからな。入るのは親父を殺す時にしようと思っている。殺しはしないし、入院するほどの怪我はさせたりしない……」
なぜかほっとするモヤシ。あまり頭は良くないようだ。
「ありがとうございます……」
感謝で目から滝のように涙が出てきた。
「ああッ! 死んだり入院したりしない程度に、徹底的に痛めつけてやるつもりだッ! 早く死なせてくださいッ!と頼みたくなると思うが、もちろん断るぞッ!」
「ゲゲーッ!」
三途の川が見えてきたモヤシ。
唐木はモヤシの襟首を捕まえて水際に引きずっていく。
「ギャーッ! ギャーッ!」
死にそうな声で泣いているが、ここらは夜はひとけがない。
「そうら、寒中水泳をしろ!」
唐木はモヤシを沼の中に放り込んだ。
ドボン。
「うわっ」
泥まみれになったモヤシが、じたばたする。
「はっはっはっ!」
高笑いをする唐木。這い上がってきたモヤシの頭を蹴りつけて、もう一回沼に落とした。
ドブン。
「ひいいいいいいっ! 死ぬ! 死ぬ! ぶくぶくぶく!」
泥水を肺の奥まで吸い込んでしまい苦しむモヤシ。喘息持ちであるモヤシは気管が弱い。たちまち、呼吸が困難になってきた。
「あわあわ」
茂みの陰にかくれて、キチガイとデブがおびえてる。
弱虫なことにかけては、モヤシに引けを取らない。
ここで、誰かに助けを呼ぶとか、通報するとかが思いつかないところが、まだ子供なのである。
沼の岸辺は水深が浅い。しばらくは浅瀬の泥沼が続き、それから急に深くなる。水面に月の光が反射して光っている。春先なので、オタマジャクシがにょろにょろ泳いでいた。
それを見て唐木はあくどいことを思いついたようだ。
「モヤシ! お前は身体が貧弱すぎるな。もっと健康になった方がいい。漢方というのを知っているか」
急に親切な人になって心配をする唐木。
「漢方? 詳しくは知りません……」
話の展開が見えないモヤシ。
「オタマジャクシは漢方薬として有名なんだぞッ!」
唐木が、すごくいやなことを言い始めた。
「うひーッ!」
想像がついたのでげんなりするモヤシ。
唐木は、地面に落ちていたネスカフェの空き瓶を拾って、たまり水の中のオタマジャクシをかき集めて入れた。
それをモヤシの鼻先に突きつけた。
モヤシは近眼なので近くの物が大きく見える。太陽の周りを回る惑星のような巨大なオタマジャクシ集団が、モヤシの視界いっぱいに広がった。
「漢方薬の生オタマジャクシ・ドリンクですッ! さあ、飲ませてあげますねッ!」
親切な人をふりをして強制する唐木。
「いっ……いりませんッ!」
必死に断るモヤシ。
「まあ、そう言わずに……、人の親切をむにするもんじゃありませんよ?」
ぐいぐいとネスカフェの瓶を、モヤシの口に押し付ける。
「むがあ」
とうとう、モヤシの口の中に泥水とともに、大量のにょろにょろしたオタマジャクシが流れ込んできた。
「にょろにょろ! にょろにょろ!」
動揺して、わけのわからないことを言い出すモヤシ。心が壊れてしまったらしい。これで一生、トラウマを持ったメンヘルになることは確実だ。
「吐くんじゃありませんッ! 吐いたら倍の量を飲ませますよッ!」
悪そうなお母さんのような口調になってからかう唐木。きっと幼児期にこういう拷問を受けて育ったのだろうということが、よういに想像がつく。
「ぐもっ! ぐもっ! ゴックン! ゴックン!」
漢方オタマジャクシ水を飲むモヤシ。少しも健康になったようには見えない。
「やばい! オタマジャクシを飲んでるよ! 本当に!」
心配そうに遠くから見守るキチガイとデブ。
助けてやりたいが、この弱肉強食の世界では、助けに入っても、力およばず、自分もオタマジャクシを飲まされてしまうことは確実だ。
「飲むだけじゃない! 健康のためにはよく噛んで飲まないとだめだぞッ!」
さらに恐ろしいことを言い出した唐木は、か細いモヤシの顎の骨をつかんで、強制的に咀嚼させた。
「モゴッ! モゴッ!」
まさに地獄のようである。モヤシの口の中で、次々とオタマジャクシがつぶれた。
つぶれたオタマジャクシの味は泥臭いことを知った。
そんなことは一生、知りたくなかった……。
「グヘーッ! グヘーッ!」
苦しむモヤシ。気持ち悪いあまりに、脳の神経が一部、故障をおこしたようで白目をむいて痙攣しはじめた。
「こりゃ、死ぬかもしれんな。ぐっはっはっ! オタマジャクシで人が死ぬとは誰も思わんから、これは過失致死で済むな。子供の遊びが行きすぎた、ということで、怒られるだけで終わるだろう。これは良い。つまり、合法的にこいつを殺していい、ということだッ! 合法的に楽しんで、こいつを殺せるッ!」
「うげえあ! うげえあ!」
「そら死ね! 苦しめ! もっと死ね!」
すごい勢いでモヤシの口を動かして、オタマジャクシを咀嚼させる唐木。
「もうがまんできん」
抑えのきかない性格のキチガイが、先を考えないで飛び出した。
「うわっ、よせよ! キチガイ!」
慌てるデブ。
これではキチガイまで殺されてしまう。
周りを見回したが、先ほど河童釣りに使っていた細い釣竿しか、目に入らなかった。
「こらっ! モヤシをはなせ!」
キチガイは身長が二倍、体重は四倍くらいあるゴリラのような唐木に飛びかかったが、もちろん、モヤシをはなしてはくれなかった。
「おや、お前も漢方薬を飲みたいようだなッ!」
唐木は、モヤシに輪をかけてひん弱なキチガイの口をやすやすとこじあけて、ネスカフェの中のオタマジャクシ水を注ぎ込んだ。
もちろん、強制咀嚼させることも忘れない。
「もげっもげっ!」
「それ! よく噛むんだぞ! オタマジャクシのはらわたがつぶれて、小さな腸がいっぱい出てきているのがわかるか?」
ぐちゃぐちゃ、といやらしい音を立てて、キチガイはオタマジャクシを食わされた。
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」
そのとき、釣竿を持ったデブが突進してきた。
デブは動きは鈍いが、体重が重いので、全力で突進してくるとなかなかの破壊力があった。しかも、たけり狂っている。
釣竿の先がうまい具合に、唐木の口の中に入った。
カポッ。
「ぐわっ!」
アインシュタインかニュートンの決めた法則によって、唐木はのけぞって沼の中に落ちた。
「モヤシ!」
「キチガイ!」
「デブ!」
貧弱な小学生たちは、俺たちもやればできるじゃないか、といった調子で一瞬盛り上がった。しかし、それも、つかの間。とうぜん、十倍返しが待っている。
泥の中から、唐木が立ち上がった。
常軌を逸しているようす。
「確実に殺すッ! 少年院を逆送されて成人刑務所に入れられるかくごはできたッ! 三人とも、拷問を加えて、痛い思いを限界まで味あわせてから、息の根を止めてやるッ!」
ゆらりと唐木が動く。
モヤシたちは時間がスローモーションになったように感じた。
モヤシは、ああ、こうして人間は死んでいくのね……、とまるで幽体離脱して自分の命を他人のもののように見下ろしている自分に気がついた。
その時である。
ざばーっ!
唐木の後ろの泥水の中から、何かが出てきた。沼の中の泥やアオミドロ、腐った水草などに覆われて姿はよく見えない。
黒い影のようなものが、唐木の頭に噛み付いて、そのまま、どんぶと沼の中に引きずり込んだ。
一瞬の静けさ。
それから子らは絶叫した。
「河童だーッ!」

 
あらすじ
呪われた町、代田橋。ここでは今日も怪奇現象が勃発していた。どうやら河童のような生き物が、赤堤沼から現れて、人間を襲って食っているらしい。『ラーメン珍長』のコックで殺人鬼の珍保長太郎は事件の解明に挑む!
登場人物
珍保長太郎:『ラーメン珍長』店主
バカ:新実大介
ヒルアンドン巡査:安藤正義
弱虫探偵団
モヤシ:坪内文二
キチガイ:今金弓彦
デブ:田淵哲
モヤシの母:坪内伊佐子
モヤシの兄:坪内拓也
中学生:唐木政治
中学生の弟:唐木将紀
ウルトラ:門前正月
奥さん:中島ルル
旦那:中島圭太
娘:中島グミ、5歳
小犬:モップ
元プロレスラー:三船龍太郎
大家:生源寺荘子