【怪奇小説】ヒトデ男の恐怖~ブレイク・スルー~

12月 23, 2023

~ブレイク・スルー~
「うーむ……」
井戸の底でモヤシは悩んでいた。目の前にあるのは五十センチから一メートルくらいの木の棒や枝の断片が数本。井戸の底や、拡張した横穴の中からかき集めてきたものだ。いずれも、長年の間に井戸の中に落ちてきたものであろう。じょうぶなものもあれば朽ちてもろくなっているものもある。長い枝が二本あったのだが、それはモヤシがせんじつハシゴに使って折ってしまった。
「井戸の中にあるものを使って、どうにか数メートルの高さからスマホをかけなくてはならない……」
これは難問だ。ワラやツル、それにロープの切れ端みたいものは少しあるので、それで棒を縛って長くして、先にスマホを縛りつけようかとも思った。しかし、これでは繋がっても電話口から話すことができない。またハシゴを作るには、木の長さも強度も足りない。
「ふむ」
モヤシがうなってると、兄が奥から出てきた。モヤシは事情を話した。
「なに、携帯があるのか! それをもっと早く言わんか! だから、お前は鳥頭と呼ばれてるんだ、このマヌケ!」
自分の頭の良さをひけらかす目的で、いちいち、弟の低脳ぶりを罵倒する兄。毎日、こればっかりやられるので、モヤシは堪忍袋の尾が切れそうになっていた。しかし、兄の頭の回転が速いのは、くやしいが確かのようで、いっしゅんで解決方法を見つけた。
「そんなのかんたんじゃないか。俺に肩車して肩の上に立ってかければいんだ!」
モヤシは目を丸くして驚いた。さっそく、実行する。しゃがんだ兄の上に肩車で乗る。兄が立ち上がる。不安定なので壁に手をつきながら、おそるおそるモヤシは、肩の上で立ち上がった。これはいい。ハシゴに登った時より、高くなってる。
ポケットからスマホを出す。緊張で手が震える。充電も残り少ない。助かるだろうか。うまく繋がれば助かるかもしれない。
それにしても、腹の立つ兄だが、こうやって、兄弟で力を合わせて脱出ができたならば、それは最高にすばらしいことではないか。モヤシは初めて兄弟愛のようなものを感じた。今は異常な環境で追い詰められて生活しているので、このように嫌味なことばかり言う兄だが、ふつうの生活に戻ったら変わるのではないか……。
電源を入れる。
「立ち上がった。これはいいぞ。アンテナも一本立っている」
うれしそうに言うモヤシ。ふつうの生活か……。今では、その不満だらけだった、ふつうの生活ってのが、ほんとうに欲しくてたまらないものに感じる。
モヤシは条件反射で、着信履歴からデブにかけそうになった。
「おっと、デブたちにかけても、むこうも閉じ込められているんだな……。どこにかけたものか。お母さんは電話にはめったに出ないし、やはり、110番か」
モヤシが番号を押そうとすると、下から兄が叫んだ。
「おい、今なんて言った?」
兄はなにか怒っている。
「警察にかけるよ」
なにを言い出すんだ、と思いながらモヤシは答える。
「バッカモノ! 警察は国家の犬だぞッ! 善良で平和な私たち市民の敵だッ! 好戦的な軍国主義者の群れなんだぞッ! そんな初歩的なことも知らんのかッ! この鳥頭めッ! 鳥頭めッ! キサマ、さては公安のスパイだなッ?」
うわっ、変なスイッチが入ってしまった!
よりによって、こんな時に!
兄が下の方で、モヤシの足首をつかんで揺らすので落ちそうになった。
「兄さん、違います! 違います! 警察はたしかに百パーセント潔癖とは言えないでしょうが、でも、こういう時、助けを求めると、だいたいはふつうに助けに来てくれると思います!」
「ウルセーッ! 公安のスパイめッ! 甘言を言っても騙されんぞッ! 降りてこいッ! 総括してやるッ! 俺が、一流の活動家として鍛えに鍛え抜いた尋問のテクニックで、お前がスパイであることを自白させてみせるぞッ! もしほんとうに違うのならば、警察に助けを求めるなどという極右的な発想をする、その偏向した脳みそを再教育しなくてはならんッ! バカすぎて治らん場合は粛清あるのみだッ!」
「に、兄さん……、うわっ!」
肩の上から、引きずり降ろされるモヤシ。
「スマホをよこせ! かけるなら、セイブ愛地球本部だッ! または、全学連か革マル派でもいいッ!」
言うことがいちいち古い兄。
「そんなとこ、番号がわかりません!」
二人はスマホを奪い合って争う。
「番号案内で聞けばいいだろうッ?」
「だから、充電が少ないから、かけれないって言ってるでしょッ!」
必死の抵抗を試みるモヤシ。だが、力と暴力では兄にはかなわない。
「いいから、俺にスマホをよこせッ!」
「あっ……」
ツルリとふたりの手の間を滑って地面に落ちるスマホ。時間がスローモーションになったように感じる。こおりつく兄と弟。愚行すぎる兄弟喧嘩の果てがこれだ。さいわいにも、スマホは枯葉のかたまりの上に落ちた。すこしずれて、岩に当たっていたら絶望的だった。ホッとしたモヤシはスマホを持ち上げる。画面が暗くなっていたので、電源を入れる。入らない。
「充電切れだ……」
絶望のどん底に落とされるモヤシ。兄が逆ギレして、罵倒する。
「お前のせいだぞ、文二ッ! お前のせいだッ! お前のせいで俺は一生、井戸の底から出られなくなったッ! 責任は取ってもらうかんなッ!」
興奮した兄をモヤシは虫ケラでも見るような目で見た。このような愚者に兄弟愛の断片でも夢見ていた自分がバカだった……。

 
あらすじ
呪われた町、代田橋。ここでは今日も怪奇現象が勃発していた。どうやら河童のような生き物が、赤堤沼から現れて、人間を襲って食っているらしい。『ラーメン珍長』のコックで殺人鬼の珍保長太郎は事件の解明に挑む!
登場人物
珍保長太郎:『ラーメン珍長』店主
バカ:新実大介
ヒルアンドン巡査長:安藤正義
弱虫探偵団
モヤシ:坪内文二
キチガイ:今金弓彦
デブ:田淵哲
モヤシの母:坪内伊佐子
モヤシの兄:坪内拓也
中学生:唐木政治
中学生の弟:唐木将紀
ウルトラ:門前正月
旦那:中島圭太
奥さん:中島ルル
娘:中島グミ、5歳
小犬:モップ
元プロレスラー:三船龍太郎
大家:生源寺荘子
セイブ愛地球:環境保護団体