【怪奇小説】ヒトデ男の恐怖~スチーム・ローラー~

2020年4月28日

~スチーム・ローラー~
シュッポ! シュッポ! シュッポ! シュッポ!
人間スチーム・ローラーである拓也は、軽快に路上を進んでいた。頭の中は明快、かつ、明晰。かつて、これ以上、曇りがなかったことはない。蒸気機関のことが強迫的に思い浮かぶ以外は。
「俺は誰が悪いか、わかった。これ以上、疑問の余地がいっさいないくらいわかったのだ。本来は俺が地上に凱旋した時に、政権第一党として日本を支配していたはずの、セイブ愛地球の草の芽をつんだやつは誰か? 俺が奇跡の生還者としてマスコミのヒーローとなり、銀座をキャディラックのオープンカーで凱旋パレードをするはずだったのを、じゃました陰謀家は誰か? 俺がセイブ愛地球の党首となって、日本の総理大臣となり、しいては、世界政府を築いて地球環境を第一とする愛のある国家を建設されると都合の悪い人間は誰か?」
ポーーーーーーーーーーーッ!
拓也は口から汽笛の音を出す。
「総理大臣であるッ! 決まっているッ! こいつが陰謀と策略を巡らして、俺がが地球の支配者になることを妨害したのである。安倍め。安倍晋三め。すべての謀略の根本である安倍晋三めッ! 断じて許さんぞッ! 安倍を殺せッ! 安倍を殺せッ!」
拓也はボイラーのように真っ赤に燃えていた。どんなことも可能だ。俺はなんでもできる。神をも超越する万能の存在。それが、環境保護活動家でセイブ愛地球の大幹部、坪内拓也だ。
今の俺のパワーならこの出刃包丁だけでも総理を暗殺できるだろう。しかし、敵も総理だけあって警備を厳重にしていることだろう。安倍を殺すのはかまわんが、仕事で警備をしているSPを巻添えにして殺すのはしたくない。無実の人間を殺すなんてもってのほかだ。それでは、血に飢えた狂人と同じになってしまう。俺を動かしてるのは狂気ではない。崇高な理想なのだ。愛だ、愛。愛による犯行だ。地球、および日本国に愛をもたらすために、今からちょっと安倍晋三を暗殺してくる。
なので、確実に殺せるように拳銃が欲しい。拳銃は警察官が持っている。この近くだと羽根木交番がある。ゆえに羽根木交番に行って警察官を襲って拳銃を奪い、総理官邸に行って安倍晋三を殺してくる。決まった。水ももらさぬ完璧な計画だ。俺は昔から、緻密な計画を立てることで、組織内では一目置かれていた。頭脳が常人よりはるかに良いのだから当然だ。俺の計画によって、環境破壊をする大企業をいくつも爆破し、地球を愛さない者はどうなるか、警告を送ることができた。
「良いことをしようとするのは気持ちが良い。俺は今、もうれつに感動をしてるぞッ!」
ヒルアンドン巡査長こと安藤正義は羽根木交番であくびをかみ殺していた。いかん、眠い。警察官でいて不便なことのひとつは、人前であくびができないことである。まったくばかばかしい。そんなこと、どうでもいいじゃないか、と思う。しかし、どうどうとあくびをしていると、わざわざ、それを新聞に投稿するような暇人がけっこういるのである。
それはともかく、今日は昼にラーメン珍長から出前を頼んだ。いつも量を少なめに、って言ってるのに、あの店長、かならず大盛りにしてくる。しかも、モヤシばかりだ。いやがらせのつもりかもしれない。あの男、底意地が悪いし、屈折したユーモア感覚があるからな。おかげで、午後が眠くてたまらない。いかん、意識が飛んだぞ。さらには幻覚まで見えてきた。
「蒸気機関車のマネをして走ってくるやつがいる……」
安藤は眠い目をこすった。幻想ではない。さらに手に包丁を持っているのが見えた。一気に、目が覚めた。
「シュッポーッ! シュッポーッ! 安倍を殺せッ! 安倍を殺せッ!」
あああ。こりゃ、けんのんなやつがきたぞ。安藤は交番の前に出て、路上を走ってくる人間蒸気機関車を待った。
「願いがかなうならば、この男が単なる害のない変人で、俺に包丁を突きつけたりしませんように……」
安藤は念じた。警察官とはいえ、血に飢えた殺人鬼ではない。西部警察以外の警官は、そんなに人を殺すのは好きじゃない。
「ぶっ殺してやるッ! 国家の犬めッ!」
男は出刃包丁を振りかざして全速力で走ってきた。速い。いや、速いなんてレベルではない。オリンピック選手をはるかに超える速度で接近してきた。どうなってるんだ。
顔が見えるような距離になって、安藤はこの男が数日前に救出した男であることに気がついた。モヤシと呼ばれている小学生と一緒に出てきた男だ。体格と雰囲気から、そのような予感はしていたのだ。十年間も井戸に閉じ込められていたのを、助けたんだから、感謝されても良さそうなものだが、そうは見えない。
また、安藤は救出したときに、この男の顔をどことなく見覚えがあるように思った。今日は風呂に入って散髪して、人間的な外見に戻っている。安藤はこの顔をどこで見たかを思い出した。
「くそ、連続企業爆破の指名手配犯人じゃないか」
セイブ愛地球という環境テロの走りのような組織。その実行犯だった。原子力発電や環境破壊をする大企業を中心に爆弾を仕掛けて、関係のない通行人を巻き添えにして何人も殺していた。安藤は地域課の巡査なのでくわしくは知らないのだが、その指名手配ポスターなら、今も交番の入り口のガラスに貼ってある。
相手の正体がわかって、にわかに安藤に緊張が走る。あと、二十メートル。出刃包丁を振りかざしてるとはいえ、住宅地で拳銃を撃ちたくはなかった。だが、手順通り抜いて、相手に向けて威嚇した。
「刃物を捨てろッ! とまらんと撃つぞッ!」
大声でどなる安藤。身体は見た目より鍛えられているので、声はでかい。十メートル。
「俺が総理になるのをじゃまするなッ!」
意味不明のことを返す男。いかん、完全に狂ってる。五メートル。頼むからとまってくれ、と願いながら、安藤は空に向けて威嚇発射をする。
パン。
思った通りまったくとまらない。四メートル。三メートル。安藤は冷静に男の腹に向けて三発の銃弾を放った。足や頭を狙うのでは外す危険がある。
パン。
パン。
パン。
実際の拳銃の音は映画のように派手なものではない。爆竹のような乾いた音がする。だが、音量はでかい。安藤は耳がキーンとなって、しばらく聞こえにくくなった。足元に血まみれになった男が倒れていた。血の海ができている。もう息はしていない。
安藤は自分の手順に非はなかったと思うが、これに対するマスコミの反応と、書かなくてはならない書類の山を想像して頭が痛くなった。

あらすじ
呪われた町、代田橋。ここでは今日も怪奇現象が勃発していた。どうやら河童のような生き物が、赤堤沼から現れて、人間を襲って食っているらしい。『ラーメン珍長』のコックで殺人鬼の珍保長太郎は事件の解明に挑む!
登場人物
珍保長太郎:『ラーメン珍長』店主
バカ:新実大介
ヒルアンドン巡査長:安藤正義
弱虫探偵団
モヤシ:坪内文二
キチガイ:今金弓彦
デブ:田淵哲
モヤシの母:坪内伊佐子
モヤシの兄:坪内拓也
中学生:唐木政治
中学生の弟:唐木将紀
ウルトラ:門前正月
旦那:中島圭太
奥さん:中島ルル
娘:中島グミ、5歳
小犬:モップ
元プロレスラー:三船龍太郎
大家:生源寺荘子
セイブ愛地球:環境保護団体
安倍晋三:総理大臣