【怪奇小説】ヒトデ男の恐怖~お前もなかなかやるじゃないか~

~お前もなかなかやるじゃないか~
モヤシは自分のアパートの前で意識を取り戻した。兄といっしょに救急車に運び込まれるところだった。兄はまだ気絶していた。モヤシはヒルアンドン巡査と珍保長太郎に、赤堤沼の隣家の二階に、デブとキチガイが閉じ込められていることを伝えた。それだけなら良かったのだが、閉じ込めているのはヒトデ男という怪物であるという。
「ヒトデ男……? なんじゃ、そりゃ」
ヒルアンドン巡査こと安藤は驚いた。
「かわいそうに酸素不足で脳細胞が破壊されたのでしょう。こりゃ、一生、治らんな」
冷たく宣言する珍保長太郎。
「よくわからんが、いちおう、念のために見てくることにするよ」
今日はよく働くヒルアンドン。さっそく、警察用自転車に飛び乗って走り出す。どんな情報でも自分でチェックしないと、すまない性格なのである。
「無駄ですよ。キチガイの妄言です」
珍保長太郎はとめたが安藤は聞かない。今日はもう店は休むつもりだったので、珍保長太郎もいっしょに行くことにした。業務用自転車チンポ号に乗ってさっそうと走り出す。
荷台には岡持ちがぶら下がっているので、ふたり乗りはできない。もちろん、乗れる状態でもバカを乗せるつもりは、ひとかけらもなかったが。そういうわけで、店員のバカはあとから走って追いかけることになった。片目がすぐに取れるようになったので、その辺の百均で仮装用のアイパッチを買ってつけている。
大家の二階。ヒトデ男は、舌なめずりをしてふたりの小学生を見ていた。
「どっちの方から食べようかな」
ヒトデ男の一郎が言う。ヒトデ男は五人の身体がつながってできている驚くべき奇形人間だった。それぞれの頭に独立した知能があった。一番上にいるのが一郎だった。
「ひいいいいいいいっ」
おびえるデブとキチガイ。
「ここはやはり、太ってる方がうまいんじゃねえの?」
ヒトデ男の二郎が言う。ちょっと生意気なタイプだ。
「あわあわあわ……」
真っ青になったデブが脂汗を流してふるえる。
「なにいってんだよ、ボケカスがぁッ! 痩せてる方がよく締まってうめぇってのは昔っから決まってるだろうよ? ベランメエ!」
口の悪いヒトデ男の三郎が言う。江戸っ子らしい。
「うひゃあああ」
ヒトデ男の三郎と目が合って、キチガイが小便をちびらせそうになる。
「食えばぜんぶ肉でちゅう! 苦しませ抜いてから食うほど、うまみが増すでちゅよ!」
ヒトデ男の四郎は舌が短かったが好戦的な性格だ。さっそく、ふたりの小学生に拷問をしようと近づく。四郎と五郎はだいたい下にいるので、足の役目をしていることが多い。足と言っても手で歩くのだが。
「おたすけえ~」
ふたりの小学生は哀れな声で命乞いをする。
「うえええええええええええッうええええええええッうえッうえッ」
意味のない鳴き声を上げているのが、もう片方の足役のヒトデ男の五郎。残念ながら五郎には知性と言えるものはなかった。あるのは血に飢えた本能のみ……。
「もう、だめだあ……」
ジャアアアアアアアアアアアアアア。
ジョボボボボボボボッ。
ぜつぼうしたデブとキチガイはおしっこを漏らした。その時である。
バタン。
「警察だ! そこを動くな!」
ドアをあけて安藤が入ってくる。ドア越しに会話を聞いていたのだ。いちおう、警察手帳を広げて見せたが、このような相手にも見せるべきなのかは、よくわからなかった。むしろ、いきなり拳銃を抜いて入った方が良かったかもしれない。珍保長太郎とバカは廊下から覗いていた。
「なんだ、こりゃ」
安藤は目の前のもの、すべてに驚いていた。部屋中に死体が転がっている。新しいの、古いの、すでに白骨化したもの。それらが、なにか白い糸か綿のようなもので、おおわれている。信じられない。おそらく、ここで何年間にも渡って殺戮が繰り広げられていたのだろう。自分の管轄内でこのような大量殺人が行われていたとは……。それに、まったく気が付かなかった自分のうかつさが、くやしくてたまらない。
しかし、それより驚いたのは、このヒトデ男と呼ばれている双生児だ。こういうのはなんというのか。五人分の身体がつながってひとつになっている。警察官はまず相手の目を見て反応を探る。しかし、頭が五つもあるのでどの目を見たらいいかわからない。
そのために安藤の反応がいっしゅん遅れた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
とつじょ、ヒトデ男は側転して転がってきた。進軍ラッパのように五人で鬨の声を上げて迫ってくる。事態があまりにも異常だったので、安藤は拳銃を抜くのが遅れた。
ドスン。
「うっ!」
ガシャーン!
ヒトデ男に体当たりをくらった安藤は、窓ガラスを突き破って、二階から庭まで落ちてしまった。ヒトデ男は壊れた窓から、警察官を見下ろした。死んだか気絶したか。ピクリとも動かない。
「でああああああああああああああああああッ!」
珍保長太郎はいっしゅんの隙も見逃さなかった。頭より先に身体が動き、気がつくとヒトデ男に向かって全速力で走っていた。そのまま、背中を向けているヒトデ男に飛び蹴りをくらわした。
ドカーーーーーーーッ!
「ぐわっ!」
驚いて五人分の悲鳴をあげたヒトデ男もろとも、珍保長太郎は窓から飛び出して庭に落ちた。だが、ふたりとも――正確には六人ともだが――すっくと立ち上がった。身体はむだにじょうぶにできていると思われる。だが、ヒトデ男のいちばん下にいた兄弟は五人分の体重を受けて意識を失っていた。あと、四人。
ヒトデ男はすばやく攻撃に移った。ふたたび側転で転がっていくと防がれるかと思ったのか、今度は水平に回転しながら、地面すれすれに飛んできた。どうやってるのか? 珍保長太郎は保安官のバッチのようなものが、飛んでくるを見て驚いた。よく見ると、ものすごい速さで手を動かしている。とくに秘密があるわけではなく、ど根性で自分たちの身体を回転させて飛んでいるようだ。
ふいを突かれた珍保長太郎は避けきれなかった。回転体が足に激突する。その、いきおいで空中をクルリと回転する珍保長太郎。
「うわわわわっ」
そのまま、頭から地面に落ちる。
「くはあ。これは痛い。もう一度、やられると死ぬぞ」
珍保長太郎は立ち上がったが、脳震盪を起こしているらしく、足元がおぼつかない。
「これでとどめだッ! ヒトデーーーーーーーーーーーッ!」
よくわからんが、ヒトデーッ!というは、かけ声らしい。オーエス!みたいなものか。
ビュン! ビュン!
ふたたび回転する水平体となってヒトデ男が飛んできた。
「であああああああッ!」
勇ましいかけ声とともに飛び上がった珍保長太郎。ヒトデ男の真ん中に着地した。
「な、なに?」
驚きの声をあげるヒトデたち。
「うおおおおおおおおおッ! グルグルーーーーーーッ! グルグルーーーーーーーッ!」
円盤のように飛んでいるヒトデ男とともに、回転している珍保長太郎。かなり目が回っているようだ。
「であッ!」
ドガッ!
「であッ!」
ドガッ!
「であッ!」
ドガッ!
「であッ!」
ドガッ!
「であッ!」
ドガッ!
なんといっしょに回りながら、珍保長太郎はヒトデたちのひとりひとりの頭を正拳突きで殴り始めた。大男に脳みそを全力で殴られたら、たまったもんじゃない。
「ぐわああああああああああッ!」
それぞれの頭にダメージを負ったヒトデ男は、回転しながら家の壁に激突した。珍保長太郎はその前にすばやく飛び降りていた。地面に落ちたヒトデ男はしばらくでたらめに回転していたが、やがてひっくり返った。逆さまになった亀のようだ。
「勝ったな……」
ニヒルに笑う珍保長太郎。
「店長!」
二階にいた店員のバカが降りてくる。バカはヒトデ男の部屋で、蜘蛛の糸にからめとられていた子供たちを救出していたのだ。子供たちも降りてくる。衰弱はしているが、致命傷は負っていないようだ。珍保長太郎は子供たちを見て、微笑んだ。
「危ない、チンさん!」
子供たちが血相を変えて叫ぶ。珍保長太郎が振り返るとヒトデ男が復活して襲いかかってきていた。なんという、しつこさだろうか。しかし、今度はさらにふたりが意識を失っていた。壁に激突した時に頭を打ったようだ。残るは、ふたり。
ふいはうってみたもの、五人分の身体をふたりで支えているので、前のような攻撃の威力はなくなっていた。だが、執念だけは感じた。恐ろしいまでの怒りと憎しみだけが、このヒトデ男を動かしているのだろう。珍保長太郎は、いっしゅん、この怪物にあわれみを感じた。
ズルズルと身体を引きずりながら、ヒトデ男の生き残り、一郎と四郎は珍保長太郎の左右の足に噛み付いた。
「もう許さないでちゅッ!」
と右足に噛み付いているヒトデ男の四郎。
「絶対に殺してやるッ!」
左足に噛み付くヒトデ男の一郎。
「ギャアアアアアアアアアアッ! しつこい! まったく、お前らはしつこいぞッ!」
激痛に悲鳴をあげながら、敵の執拗さにあきれる珍保長太郎。しだいに、敵に対する尊敬の念が浮かんできた。だが、勝負は勝負。珍保長太郎は痛みを怒りに変えて、全力でパンチをヒトデ男のふたりの頭に順番に落とした。
ガッ! ガッ!
クリーンヒットした。至近距離だったので、おそらく即死していることだろう。珍保長太郎は勝負の冷酷さに血の凍る思いがしたが、チンポも少し硬くなっていた。仰向けにひっくり返ってピクリとも動かないヒトデ男。珍保長太郎は珍しく殊勝な気分になって、死体に向けて手を合わせて拝んだ。なんまいだあ。
「おおっりゃあああああああああッ!」
その時、ヒトデ男の一郎が、残る力をふりしぼって逆立ちをして、五人分の全体重を珍保長太郎にあびせかけた。まさか、まだ生きているとは思っていなかった珍保長太郎。目をつぶっていたので反応が遅れた。ヒトデ男もろとも、頭から後ろ向きに倒れる。
ガッ!
不運なことに珍保長太郎は庭にあったブロックに激突した。頭蓋骨にヒビが入る。
「ぐわあああああああああッ!」
脳天から悪役プロレスラーのようにビュービューと血を吹き出す。顔面血だらけ。悪鬼のようである。
「てっめえッ! ぶっ殺すッ! ぶっ殺すッ!」
もう目に血が入ってよく見えないのと、脳震盪を起こしてわけがわからなくなってるので、珍保長太郎はやみくもにヒトデ男を殴りつけた。ヒトデ男も半死で息も絶え絶えだと思うが、小さな手で珍保長太郎を殴り、噛みつき、頭突きを食らわした。下の足役の兄弟が息を吹き返したようで、ヒトデ男と珍保長太郎は立ち上がって、殴り合いを続けていた。
「死ねーッ! コラーッ!」
「ルセーッ! バカーッ!」
「アホーッ! 死ね死ねッ!」
「なんだコノヤローッ!」
子供たちとバカは、最初、店長を応援していたが、こうなると野獣同士のケンカのようなもので、どっちが正しいとかは、もう関係なくなってきている。自分たちの世界に入って、永遠に殴りあってる彼らを、子供たちとバカはあきれて見ていた。
「置いて帰ろうか……」
とうとうバカが見捨てる。
「ええと、ちょっと悪い気もするな」
気の良いデブがためらう。
「もうすぐ終わんじゃない?」
体力のないキチガイはもう地面にしゃがみこんでいる。
「おんどりゃあああああああああああああッ!」
珍保長太郎はこれで最後にするつもりで、気合の入ったカウンターをヒトデ男に入れた。ところが、燃えに燃えているヒトデ男も、いっしゅん、すばやくパンチを繰り出していた。
ドガガッ!
相打ちになる。クロスカウンター。時間が凍りついたようにふたりは動かなくなった。やがて、ゆっくりと揺れてから倒れる。もう戦う体力も気力もない。
珍保長太郎は、妙にすっきりとした気分になっていた。もうれつに運動をして汗をかいた。サウナに入ったようなものである。気分が良くなってもおかしくはない。それと同時に寛容な気分になっていた。
あおむけに倒れている彼ら。珍保長太郎はヒトデ男を見た。ヒトデ男の一郎も珍保長太郎を見ていた。
フフフフフッ!
ハハハハハッ!
どちらともなく笑い出す。やがて彼らは大爆笑を始めた。
ブハハハハハハハハッ!
笑いが収まったころ、珍保長太郎がヒトデ男に手を差し出した。
「お前もなかなかやるじゃないか」
ヒトデ男を代表して長男が返答する。
「お前もな」
彼らはがっしりと友情の握手を交わした。
驚いたのは、観客で見ていた子供たちとバカだ。
「あの人たち、なにしてんの? バカなの?」
子供たちが率直な疑問を口する。
「うん。バカに違いない」
と、バカはあきれて断言した。バカにバカと言われたら浮かばれない。
 
あらすじ
呪われた町、代田橋。ここでは今日も怪奇現象が勃発していた。どうやら河童のような生き物が、赤堤沼から現れて、人間を襲って食っているらしい。『ラーメン珍長』のコックで殺人鬼の珍保長太郎は事件の解明に挑む!
登場人物
珍保長太郎:『ラーメン珍長』店主
バカ:新実大介
ヒルアンドン巡査長:安藤正義
弱虫探偵団
モヤシ:坪内文二
キチガイ:今金弓彦
デブ:田淵哲
モヤシの母:坪内伊佐子
モヤシの兄:坪内拓也
中学生:唐木政治
中学生の弟:唐木将紀
ウルトラ:門前正月
旦那:中島圭太
奥さん:中島ルル
娘:中島グミ、5歳
小犬:モップ
元プロレスラー:三船龍太郎
大家:生源寺荘子
セイブ愛地球:環境保護団体
安倍晋三:総理大臣