【怪奇小説】ヒトデ男の恐怖~夜の行灯~

~夜の行灯~
代田橋駅前。汚いラーメン屋『珍長』。
珍保長太郎はいらついていた。殺した大家の死体が気になる。押入れの中に押し込んできたので、近所付き合いもなさそうだし、急には見つかることはないだろう。
しかし、その隣の赤堤沼で河童が出るという噂が広まっている。中学生がひとり消息不明になっているし、なにやらきな臭い匂いがする。赤堤沼に注目が集まるのはひじょうにまずい。
さらに金がない。大家を殺したので、とうめんは家賃の支払いはなくなったが、それでも、金がないことには違いはない。借金もある。どうにかして、もっと儲けないとならない。
「このラーメン屋を繁盛させるには、どうしたらいいのか?」
珍保長太郎は貧乏くさい店内をながめた。常連客のウルトラのおっさんがひとりで呑んだくれているだけだ。女性客がいた試しがない。
「女性に人気がないというのは困ったことだな」
人類の半分が来ないのだから、繁盛しないのも無理はない。室内の装飾のセンスが悪い。汚くて不潔。暗い。得体の知れない虫がいる。床が酸化した脂でべとべとしていて、歩くたびに靴の裏がくっつく。出てくるメニューが、どれも脂肪だらけでカロリーが高い。ひとかけらも女性受けする要素がない。
「……と言っても、ここをおしゃれなカフェバーみたいに改装しても、客が来るとは思えない。なにか根本的な部分で間違っている気がする。もちろん、改装する金もないが」
ぶつぶつと病人のように独り言を言い続ける珍保長太郎。
従業員のバカは、今日は店長の機嫌が悪そうなので、なるべく近寄らないようにしていた。
「キューリ。キューリをくれ」
常連客のウルトラのおっさんが珍保長太郎に注文をした。自称元俳優である。珍保長太郎は顔を見ているだけで腹が立ってきた。
このおっさん、確か出禁にしたはずなのに……。
まったく気にもしないで来ている。
しかも、やはり、長尻のくせに一番安いものしか注文しない。
「河童の正体は貴様だったのか!」
珍保長太郎はウルトラをどなりつけた。
「その会話はこの前したから、もう結構だ。いいから、そこのキューリを刻んで出してくれ」
ずうずうしいウルトラ。神経もウルトラ無神経なのであろう。
むかつきが止まらない珍保長太郎。わざと機関銃のような爆音を立てて、乱暴にキューリを切り刻んだ。小皿に乗せてウルトラの前に放り出した。
「キューリ!」
吐き捨てるように珍保長太郎は言った。
「これ、少しも刻みキューリじゃないよ。これじゃ、乱切りキューリじゃないか」
不平をこぼすウルトラ。
「いやなら出て行け。もう来るな」
客を喧嘩腰で睨みつける珍保長太郎。こんな調子だから、店が繁盛しなくて当然である。
一方、従業員のバカは雲行きがあやしくなってきたので、二人の会話を遠く離れたところから注目していた。トラブルになるようなら、介入しなくてはならない。
「客に向かってその態度はなんだ?」
腹をたてるウルトラ。小心者なので、あまり冗談が通じない。まして、珍保長太郎は冗談ではなく、本心で言ってるのだから、よけいにタチが悪い。
「なんだとはなんだ。このウルトラめ。腹が立ったんなら変身してみろ!」
「なにを!?」
ウルトラは自分がかつてウルトラ忍者を演じていた人気俳優だったという過去を誇りに思っていた。大事な宝箱である。ナルシストともいう。そこをからかわれては、黙っているわけにはいかない。箸を置いて睨みつける。
「おっ、怒ったのか。このウルトラ? お前の変身の仕方はどういう仕組みなんだ? 怒りのゲージがマックスに達したら変身するんか? そうら、変身してみろ、ニンジャ! ウルトラ~ッ! ニンジャ~ッ! ぎゃははははっ!」
珍保長太郎はおもしろがって、ウルトラの周りをくるくると舞い踊り始めた。人間のくずである。
「わなわなわな」
くやしがってウルトラが痙攣をする。真っ赤になって、こめかみに太い動脈が浮く。これでは変身する前に脳溢血で倒れそうだ。
「そうれ! 落ち目ニンジャ! 挫折ニンジャ! 人生終わりすぎニンジャ! あの人は今にでも出ていろニンジャ!」
おそらく珍保長太郎は自分の人生がうまくいかない八つ当たりを、ウルトラにぶつけていると思われる。
「て、店長。子供のイジメじゃないんですから、そのへんにしてくださいよ。なにやってんですか」
見かねてバカが注意する。もっともな話である。
「うおおおおおおおおおおおおっ! ニンッ! ジャーッ!」
とうとうウルトラが変身した。カウンター越しに包丁を掴んで、珍保長太郎に向き合う。
「ウルトラーッ!」
よくわからんが、これがウルトラ忍者の変身ポーズらしい。変な格好をして、包丁をかまえた。
「ニン……ジャーーーーーーーーッ!」
「うおっ!」
ウルトラがブチ切れたので、珍保長太郎もちょっと驚いた。
「や、やばい。やばい。110番!」
大慌ててバカが警察に電話をしようとする。1と1と0を押した瞬間に、店のドアが開いて、警察官が入ってきた。
「は、早い!」
入ってきたのは近くの交番のお巡りさん。ヒルアンドンこと安藤正義。絶妙なタイミングで入ってきたが、今日は非番でたまたま食いに来ただけである。
安藤は店長と常連客が包丁を持って戦っているのを見て、目を丸くした。
拳銃を持って来ればよかったか……。
「なにをやってるんだ?」
なんとなく先生に見つかった生徒のような気分になるウルトラと珍保長太郎。バツが悪いという表情である。ウルトラは自分が恥ずかしくなり、包丁をカウンターに置いて、金を払ってすごすごと帰って行った。
ウルトラと入れ替わったかたちで、今度は安藤が泥酔して呑んだくれた。この巡査長は酒癖が悪いのである。ほんとうは警察官として高い能力があるのだが、酒で失敗を重ね、地域課のヒラのまま、一生を終えようとしているところだった。
珍保長太郎は、安藤をヒルアンドンとは名付けていたが、この男があんがい観察眼が鋭いことに気づいていた。
この男には気をつけたほうがいい。
安藤は安藤で、珍保長太郎が何か隠し事をしているように感じていた。しかし、今のところ、それがなんであるかは、具体的は見えていなかった。飲食業の人間は、人には言えない過去を背負っているものも多い。あまり、気にはしていなかった。
珍保長太郎は安藤が酔っ払ってダメ人間になっていく姿を、静かに見つめていた。
この前、安藤に見つかりそうになった中学生のバラバラ死体は、早朝に玉川上水の暗渠に捨ててきた。玉川上水は都内では、ほとんどの区間が地面の下を流れている。しかし、この代田橋では、そういうわけか、十メートルほど地上に顔を出している。そこの暗渠の中に向けて死体を流すと、清掃などはしないので、まずは見つからない。さらに巨大な血に飢えた鯉や亀がうじゃうじゃいるので、あっというまに骨だけになってしまうことだろう。珍保長太郎は死体の処理にここをよく使っていた。
ラーメン珍長には安藤の他に客はいなかった。
「あの赤堤沼だがな。この前、いなくなった中学生の他にも何人かの人間が失踪してるんだよ。沼で消えたかはわからんが、あの近辺で……、ということだな。ウィー」
いい気分になってる安藤が、極秘のはずの捜査情報をぺらぺらと話し始める。酩酊すると口が軽くなってしまうのである。本人もそれはわかっているのだが、酒を断つことができない。もっとも、ラーメン珍長には十年くらい来ているので、ここで話したことは外には漏れないことはわかっている。珍保長太郎はあんがい口が固い。いざとなったときにゆするために、情報を取っておいているのである。
「それは偶然じゃないですかね。あの沼は雰囲気は不気味ですが、たんなるため池ですよ」
珍保長太郎が軽く流す。警察にはあの沼に注目してもらいたくない。
「ま、それはそうだが……。聞き込みに回っていたら、あそこに河童が出るなんて話も聞いたよ。はっはっはっ」
愉快そうに笑う安藤。これはいい。幽霊を信じないタイプのようだ。
「はっはっはっ。それはばかばかしいですね。この21世紀の世の中に、河童なんているわけないでしょう。あそこはただの汚いため池ですよ! 別に重要なことなんかなにもないですよ!」
丼を拭きながら安藤の相手をする珍保長太郎。ちょっと大した沼じゃないことを強調しすぎたようだ。安藤の目がキラリと光った。
「じゃあ、なんでお前は沼の周りの地面をスコップでならして回ったんだ?」
ガシャーン。
「うわっ」
動揺した珍保長太郎が丼を床に落とす。単純な人間なので反応がわかりやすい。
「おっと、この洗剤は滑りやすいな。やっぱり百均のやつは材質が悪いのかな」
脳卒中で倒れる寸前の人間のように赤くなっている珍保長太郎。こめかみに太い血管が浮き上がって、いまにも破裂しそうだ。
珍保長太郎は割れた丼の破片を集めながら、ちらりと肉切り包丁を見た。
泥酔はしていても警察官だから、武道の心得があるだろう。
簡単には倒せないと思う。
素直にとぼけることにした。
「なんの話でしょうか。別にスコップで泥沼の周りを平らにして歩く趣味はありませんが」
一瞬、冷徹な目で店長を眺めていた安藤だが、すぐに格好をくずした。やはり、かなり泥酔してるのである。
「いや、ただの冗談だよ。一応、気になったので赤堤沼の周りを一周してみたんだよ。すると、どういうわけが足跡がひとつもないんだな。近所の子供や犬の散歩をする人などが、入り込んでもおかしくはない場所なのに。そこが俺の注意をひいたとこだ」
「ああ、そういうことですか。それなら変なことではありませんよ。あの沼の水は腐っていて臭いですからね。下水みたいな臭いでしょう。それにマムシが出るらしいですよ。いまは朽ちてなくなりましたが、以前はマムシに注意!って看板が立ってました。だから、近所の人は誰も近寄りません」
「なるほど。そういうことか。それなら筋が通るな」
なっとくした様子のヒルアンドン巡査長。赤堤沼の話題はそれきりになり、一人でビールの杯を進めた。
ほっとした珍保長太郎。ようやくリラックスできたので、付けっ放しのテレビから流れているニュース番組を見ていた。
新しい知事が、老朽化した築地市場の引越し先である、豊洲の新市場のことを問題にしていた。豊洲新市場の地下の土壌から、致死量を超える水銀やベンゼンが検出されたという。
ぼけーと見ていた珍保長太郎だが、これを見て急になにかひらめいたようだ。
「これだ!」
テレビの中の小池都知事に向かって、大声で叫ぶ珍保長太郎。なにやらうれしそうな顔。従業員のバカと安藤巡査長はけげんそうな顔で、店長を見つめていた。
 

 
あらすじ
呪われた町、代田橋。ここでは今日も怪奇現象が勃発していた。どうやら河童のような生き物が、赤堤沼から現れて、人間を襲って食っているらしい。『ラーメン珍長』のコックで殺人鬼の珍保長太郎は事件の解明に挑む!
登場人物
珍保長太郎:『ラーメン珍長』店主
バカ:新実大介
ヒルアンドン巡査:安藤正義
弱虫探偵団
モヤシ:坪内文二
キチガイ:今金弓彦
デブ:田淵哲
モヤシの母:坪内伊佐子
モヤシの兄:坪内拓也
中学生:唐木政治
中学生の弟:唐木将紀
ウルトラ:門前正月
奥さん:中島ルル
旦那:中島圭太
娘:中島グミ、5歳
小犬:モップ
元プロレスラー:三船龍太郎
大家:生源寺荘子