【怪奇小説】ヒトデ男の恐怖~柔道一直線~

12月 23, 2023

~柔道一直線~
世田谷区代田橋小学校。放課後の体育用具室。
モヤシはホラー探偵団のメンバーであるキチガイとデブに、家の裏に『河童』が出たことを報告した。
「ええーっ、河童が?」
「ああ、暗くてよく見えなかったけど、赤堤沼にいたやつだと思う」
モヤシの大発見にふたりは色めき立った。小学生なので頭が単純なのである。
「思ったより我らが河童は行動範囲が広いようだな……」
床にモップをかけながらキチガイが言う。
彼らは今日はここの掃除当番なのである。見張りの教師がいなくなったので、だらだら掃除するふりをしてるだけであるが。
「それでだな。今晩、下水道を調査しないか?」
モヤシが発案する。
「それはいい!」
「河童の巣が下水管の中にあるかも!」
キチガイとデブは盛り上がった。暗黒大陸アフリカの奥地やアマゾン川流域を、未知の生物を求めてさまよう探検隊のような気分になってきた。
「まず、必要なのはおやつと武器だな」
とモヤシ。
「銃だ。敵が襲ってきたときにそなえて銃かライフルがいるぞ」
キチガイがけんのんなことを言い出す。頭がおかしいのである。
「それは……、ハードルが高いんじゃないかな?」
まともなことを言うモヤシ。
「交番を襲撃すればいんじゃないか。ヒルアンドンがいるときを狙って。あのお巡り、いつも寝てるから、腰のベルトからこっそり拳銃を持っていけば、わからないよ!」
断言するキチガイ。興奮で眼球が飛び出しそうになっている。
「いつもラーメン屋に来てるおっさんだろ。たしかにぼんやりはしているけど、そのアイデアが成功するほど、ぼけてるようには見えないな」
否定するモヤシ。
「そうだ。そうだ」
デブも反対に回る。キチガイの言うことを聞いていたら、いくつ命があっても足りない。
「そうかよ。銃があるとかっこいいと思うけどな。このいくじなしどもめが」
ふてくされるキチガイ。
しかし、心配はご無用である。頭が悪いので、三分もすると、怒っていたことなど、すっかり忘れているからである。
この人の頭は、新しい情報が入ると、そのまま、古い情報が押し出されてしまう仕組みになってる。
「おいこら! なに、さぼってんだ!」
とつぜん、怒鳴り声が聞こえた。
「うわあっ!」
あわてて、掃除を始めるホラー探偵団の子ら。だが、声の主は先生ではなかった。
「はっはっはっ! 先生かと思ったか。ばーか、ばーか!」
と頭の悪いことを言って、高笑いしているのは、大柄な小学生だった。
六年生。モヤシたちより一学年上である。
名前は唐木将紀。赤堤沼で河童に食われた唐木政治の弟である。柔道をやっていて、兄と同じようにたちが悪い。
「風の噂で聞いたのさ。兄貴が最後に会ったのはお前たちだそうだな。赤堤沼でなにをやっていたんだ?」
小型のゴリラのような体躯で、モヤシらにつめよる唐木弟。
モヤシたちは、唐木弟が大嫌いだったのと、怖くてびびっていたので、無視をしていたが、無視をされて、ああ、そうですか……と引き下がるような相手ではもちろんない。
唐木弟はモヤシに顔を接近させた。その距離、五センチ。ギョロリとした目玉で睨みつけた。蛇に睨まれたカエル状態である。おしっこが漏れそうになった。
「おまえ、兄貴を殺したのか?」
じゃじゃー。
一気におしっこが漏れた。
「こ、殺していません」
「じゃあ、誰が殺したんだ? 今金か、田淵か! 兄貴は今のところは消息不明ってことになってるが、もう死んでいる。俺にはわかる。兄貴はタフだから、生きているなら、どうにかして連絡をよこすはずだからな」
キチガイの本名は今金弓彦で、デブは田淵哲である。
唐木弟はモヤシの服の襟を掴んで揺さぶる。振れば答えが出ると思ってるようだ。
「くはーっ、くはっ。かっ! それは、かっ……」
モヤシは、やったのは河童だと言いそうになったが、このゴリラ脳みその六年生が信じるとは思えないし、自分たちの発見を横取りされるような気分になったので、やめた。
「かっ……なんだ?」
「それは神様しか、ご存知ないでしょう」
とっさに気のきいたことをいうモヤシ。
気のきいたことを言ったつもりだったが、相手はあまり感銘してはくれなかったようだ。
「ふざけんじゃねぇっ!」
ボカッ! いきなり、強烈なパンチがあごに飛んできた。
「うげはッ!」
頭から空中を一回転してマットレスの上に倒れるモヤシ。やばい、よけいなことをいって、怒らせてしまった。
「殺してやるッ!」
小型のゴリラのような唐木弟が、モヤシの上に全体重を乗せて飛びかかる。
「くへッ!」
これだけで死にそうになるモヤシ。モヤシと呼ばれてるくらいなので、貧弱なのである。唐木弟はモヤシの胴体を足で挟んで締め付けた。
「くへっくへっ! くっくっくっくっ!」
息が止まりそうになった。
相手は小学生とはいえ、本格的な柔道家である。柔道の小学生の部で優勝したことがあるとか。
唐木弟は胴体を締め付けたまま、後ろから腕をモヤシの首に回した。
足の太ももくらいある太い腕で、一気に締め付けた。
「……! ……! ……! ……!」
アナコンダ殺法!
モヤシがじたばた苦しんで暴れるほど、唐木弟の腕は首に食い込んだ。
とうとう、酸素が足りなくなってきて、モヤシの体はピクピクと痙攣を始めた。
「や、やばい! このバカ、ほんきで殺すつもりだよ!」
青ざめるキチガイ。いつも威勢だけはいいのだが、実戦力はあまりにも弱い。
デブの方は図体だけはでかいが気が弱い。つまり、誰もモヤシを助けるものはいない。
「お前たち! なにやっているんだ?」
その時、体育用具室のドアが開いた。
体育の教師だった。騒ぎを聞いて、駆け付けたらしい。かなり怒っている。
「掃除をさぼって、なにをしとるのかーっ!」
床に転がっているモップを見て教師は激怒した。
「せ、先生。助けてください」
キチガイとデブが、これで救われたとばかりに、体育教師にすがりつく。
「ばっかもーん! 掃除をさぼってプロレスごっこをしていたくせに、助けるも屁もあるかッ!」
怒り狂っている体育教師に論理は通じない。これは世界の常識である。
ボカッ!
ボカッ!
「あうう」
「ひぎゃあ」
それどころか、助けを求めて泣いているキチガイとデブに順番に鉄拳制裁を加えた。
「これで少しは反省したか!」
ハアハアと痴漢のように息を荒くしている体育教師。ジャージの股間が少し勃起していた。
「先生。これはプロレスじゃありません。柔道です」
モヤシの首を絞めている唐木弟が冷静に声をかけた。
「なに!? ……よく見ると君は唐木将紀くんじゃないか。我が、代田橋小学校の誇り。おそらく、将来はオリンピックに出るであろう逸材……。こんなところでなにをしてるのかね」
「遊んでるわけじゃないですよ。坪内くんが教えて欲しいというので、柔道をコーチしていたところです」
急にきりっとした顔になっていう唐木弟。この人は先生のお気に入りなのである。
なっとくした、という顔になった体育教師。
「そうか、なるほど。けっこう、けっこう。それなら、授業の一環、延長、予習、復習と捉えることもできる。感心である。さいきん、小学校の体育授業に柔道が取り入れられるようになったが、なにしろ指導できる者が少ない。唐木くんのような生徒が自主的にコーチしてくれると助かるよ!」
それから首を絞められているモヤシを見る。すっかり血行が止まって青黒くなっている。
しかし、体育教師というものは目が曇っているので、少しもこれが助けるべき事態とは気づかなかった。
「おい、坪内。お前はいつも本ばかり読んでいて、見込みのない生徒だと思っていたが、ちょっと見直したぞ。この調子で、唐木くんに特訓を続けてもらったならば、体育の成績を上げてやってもいいぞ。がんばりたまえ!」
すっかり満足して意気揚々と引き上げる体育教師。
バタン。
無情にもドアが閉まる。
「あああ……」
声にならない声をあげるキチガイとデブ。あまりにも無能すぎる教師に絶望をする。
「大部分の教師は敵だが、体育教師だけは俺の味方だ。さて、処刑を続けるぞ」
ニヤニヤと笑う唐木弟。
そろそろ、とどめをさすことにするか。
モヤシを締め付ける力を倍増させた。骨が軋む音がした。
首の骨が折れるか、背骨が折れるか。
楽しみだ。
モヤシはカルシウム不足で骨が細かった。
「お前たちが兄貴を殺したというのは、見当がついているんだ。兄貴はいつもお前らをイジメていたからな。弱虫の反乱でも起こしたんだろう? だが、殺しは殺しだ。兄貴は死んだ。だから、お前らの一人を殺す。これで一対一だ。殺しても合法ということだな。ぐふふふっ」
この論理が裁判官にも通じるとは思えないが、唐木弟の頭の中の世界では、これで合法なのだろう。小学生の考えることなので仕方がない。
クルリ。
モヤシは白眼をむいた。
それと同時に痙攣していた手足が動かなくなった。
死んだ。
モヤシは夢の世界をさまよっていた。
川が流れていた。川の向こうにはきれいなお花畑がある。そこにいたのは、モヤシの兄の坪内拓也だった。ちょっと昔のアイドルみたいだが、確かにかっこいい。拓也がモヤシを呼んでいる。
行かなくちゃ。
会いに行かなくちゃ。
モヤシは川に足を踏み入れた。
「うわーーーーーーーっ!」
火事場のばか力。とつじょ、デブはキチガイの体を掴んで持ち上げた。キチガイは小柄なのである。
「ばかやろーっ!」
罵声とともにキチガイの体を、全力で唐木弟に投げつけた。
ゴスッ。
いやな音を立てて、ふたりの頭蓋骨が激突した。その瞬間、両者とも気を失った。
唐木弟の力が抜けて、モヤシは束縛から解放された。
「くはーーーーっ! けほけほけほ!」
息を吹き返したモヤシ。完全に死んではいなかったようだ。
「モヤシ! モヤシ!」
デブはモヤシを揺さぶって意識をはっきりさせようとする。
「ふあわ……」
まだ意識は黄泉の国にあるようだ。
だが、ふらふらながら、立ち上がることはできたので、唐木弟が気絶しているうちに逃げ出すことにした。同じく気絶してるキチガイは、デブが背負って運んだ。
秘密基地。
校舎裏に古い土管が放置してある。ホラー探偵団では、ここを秘密基地と名付けていた。
小型ゴリラ、唐木弟の魔の手を逃れ、彼らの意気込みはあがっていた。
「ビクトリーッ!」
土管の中にキチガイの歓声が響いた。頭を打った衝撃でまだ目の焦点が左右ちゃんと合っていない。
だが、最高の気分ではあるようだ。
今夜の探検が楽しみだ。
 

 
あらすじ
呪われた町、代田橋。ここでは今日も怪奇現象が勃発していた。どうやら河童のような生き物が、赤堤沼から現れて、人間を襲って食っているらしい。『ラーメン珍長』のコックで殺人鬼の珍保長太郎は事件の解明に挑む!
登場人物
珍保長太郎:『ラーメン珍長』店主
バカ:新実大介
ヒルアンドン巡査:安藤正義
弱虫探偵団
モヤシ:坪内文二
キチガイ:今金弓彦
デブ:田淵哲
モヤシの母:坪内伊佐子
モヤシの兄:坪内拓也
中学生:唐木政治
中学生の弟:唐木将紀
ウルトラ:門前正月
奥さん:中島ルル
旦那:中島圭太
娘:中島グミ、5歳
小犬:モップ
元プロレスラー:三船龍太郎
大家:生源寺荘子