【怪奇小説】ヒトデ男の恐怖~お前を肉便器にしてやる~

12月 23, 2023

~お前を肉便器にしてやる~
ゴロゴロゴロ。
にわかに空が暗くなってきた。さいきん、世田谷では滝のような夕立が降ることが増えた。大きな雨つぶがぱらついてきた。歴史的な大雨が降ってきたら、どうなるだろうか、とモヤシは考えた。水が上まで溜まるならば、脱出することができるが、たぶん半端な分量がたまって、モヤシたちは体力がなくなるまで、立ち泳ぎをすることになるだろう……。そのあとは死だ。想像がついた。たぶん、兄は力がつきそうになったら、モヤシを沈めてその上に立って生き延びようとするだろう。この兄ならぜったいにすると思う。
強い雨が降ってきた。モヤシは兄の顔を見たくなかったので、横穴の奥に引っ込んだ。兄も、さすがにがっかりしたらしく、反対側の横穴に入っていった。お互い、しばらく一人でいたいようだ。
モヤシが隠れたのは風呂のある横穴だった。ついでだから、服を脱いで、その風呂と呼ばれている水たまりに入る。意外と深さがあって、肩まで水に入れる。水はもちろん冷たいが、たまり水なので心臓発作をおこして死ぬような冷たさではない。風呂に流れ込んでいる小川の水量が増えてきた。外では、けっこうな雨になっているようだ。もう二度とその雨の中を歩くことはないのかもしれないが……。
ニュル。
小川の穴の中からオオウナギのウナ太郎が出てきた。ゆうゆうと泳いでいる。モヤシの存在はまったく気にしていない。モヤシは考える時間が必要だった。
兄との生活は限界だった。たぶん、このさき、どっちかがどっちを殺す……、という展開になるような気がする。モヤシはゆううつになった。暴力は嫌いだ。窮鼠猫を噛む、というが、追い詰められて暴力をふるうような局面が、ほんとうに苦手だった。暴力を振るっても、まったく相手に勝てないのはしかたがないにしても、そういう暴力を振るう自分が、あとでいやになる。
たぶん、兄との殺し合いが始まったら、自分もどうにかして出し抜いて兄を殺そうとするだろう。そういう自分が嫌いだし、その結果、負けてしまうのは、さらにいやだった。
「ああ、いやだ、いやだ。どうして僕の人生は一年中、追い詰められているのだろうか……」
風呂の中でブツブツ、不平をこぼしていると兄がやってきた。目つきがおかしい。
やばい、もう殺しに来たか……。
モヤシは風呂の周りを見て、武器になるようなものを探した。ウナ太郎くらいしか見当たらない。暗いのでよく見えなかったが、近くに来たら兄が下半身、裸なのが見えた。おチンチンが完全に勃起している。
殺しじゃなくて、こっちの方で来たか……。いや、両方、一度という可能性もあるぞ。
「文二、さっきは怒ってすまなかった」
暗闇の中で兄が口を開く。鼻息が荒い。
「俺は間違っていた。考えてみると文二はまだ小学生だものな。俺と同じ、高度な思想を持っていると考える方がおかしいよな。対等な存在と考えるべきではなかったんだ。自分の小学生時代を考えると、俺は神童と呼ばれて頭一つ上を行く活躍をしていたが、他の児童はみんな知能が低かった。哀れな連中だが俺は平等主義者なので、軽蔑を顔に出さないように気をつけて生活していたものさ、ハッハッハッ。ま、文二もその連中と同じ、ということだろう。おっと、これはバカにしてるんじゃないぜ。それがふつうって言ってんだ」
やっぱり、あやまりながらも、自分の頭の良さをひけらかして、他人をバカにし続ける兄。これはもう兄に根付いている本性なのだろう。天才少年、神童のなれの果て。モヤシは、もう腹が立たない。ただ、軽蔑があるのみ。兄は続けた。
「それでやっぱり兄弟だろ。俺たち。いがみあっていても、始まらない。愛し合おうじゃないか。やっぱり、ここから逃げ出すなんて無理な話さ。ならば、愛のある家庭をここに築いた方が、幸せってもんじゃないか? なあ、幸せだよ。文二は幸せについて考えたことがあるか。俺は子供の頃から、いつも幸せとはなんだろう……、って考えてきたんだぜ。どうやったら俺は他人より幸せになれるだろうって」
いっけん、良いことを言ってるようだが、勃起したおチンチンをブランブランさせたままなので、すべてがだいなしになっていた。モヤシは冷たく無視した。
「……おっと。誤解しては困る。別に俺はゲイじゃない。同性愛者には偏見はないけどな。でも、限られた資源って考え方もできるだろう? つまり、メスがいないんだからオスだけでつるむってのは、合理的な考えじゃないかと思うんだよ。どうかな、このアイデアは?」
やさしくたずねる兄。モヤシは冷ややかに答えた。
「僕も同性愛には偏見はないよ……」
それを聞いてホッと安心する兄。にわかに好色な笑みがこぼれる。
「そ、そうか。じゃ、じゃあ、いいんだね」
にじり寄ってくる兄を、モヤシは立ち上がって、手でとめた。うでを伸ばし手のひらを広げる。これは、門前正月がやれば『ウルトラ・ストップ』という技になるのだが、モヤシは知るよしもなかった。超能力はなかったが、兄は立ちどまった。
「男とか女とかは関係なく、僕は兄さんが大嫌いなんだッ!」
モヤシが絶叫する。たまりにたまった怒りが爆発する。
「な、なにをッ!」
ギョッとした兄だが、にわかに激怒し始める。
「ぶっ殺してやるッ!」
背後に隠していた『包丁』を出す。これは井戸の中に落ちていた鉄片を、硬い岩で研いだもので、切れ味は悪いが殺傷能力はじゅうぶんにある。
「いや、殺しはしないッ! ゲラゲラゲラッ! 手足の腱をこれで切断して歩けないようにしてやるッ! 肉便器だッ! 人権も選挙権もなにもない肉便器にしてやるッ! 縛りつけて動けなくして、精力発散のためだけに使われる穴の開いた肉の塊に残りの人生を変えてやるッ! ウンコもオシッコも垂れ流しだッ! ゲラゲラゲラッ! たぶん、そのうち、気が狂ってしまうだろうなッ! でも、もちろん、発狂しても、殺してはあげないッ! 気が狂ったまま、ちゃんとイモムシなどを食わせ、世話をして、犯し続けてやるッ! セックスの心配がなくなったら、この井戸の中の暮らしもけっこう悪くないんじゃないかな? ウウン、そうだろう?」
よだれをたらして笑いながら、襲いかかってくる兄。
「かんぜんに発狂しているッ!」
モヤシは悲鳴をあげて身をかわす。さいわい、兄は十年も穴の中にいたので、動きが鈍い。しかし、どこに逃げれば良いんだ?
兄の振り下ろした鋭い金属片が岩に当たって火花を散らす。兄が風呂に入ってきたので、モヤシは小川に飛び込んだ。びっくりしたウナ太郎が穴の中に逃げ込む。とりあえず、モヤシはウナ太郎の後を追ったが、もちろん狭い穴に入れるわけがない。小川の方は水深が三十センチほど。
「バカめ、それでも隠れているつもりかッ! だから、お前は鳥頭と呼ばれるんだッ! この鳥頭めッ! この鳥頭めッ! かわいい桃尻が丸見えだぞッ!」
モヤシは自分のケツを桃尻などと呼ばれる日が来るとは思ってもいなかった。絶望のあまり、舌を噛み切って死のうとも思ったが、雑学系の本で、舌を噛み切ると死ぬというのは、都市伝説で、少なくとも即死するというのはありえないと書いていたを思い出した。単に出血多量で死ぬか、噛み切った舌がのどに詰まって死ぬようだ。どっちみち、苦しんでから死ぬということだ。モヤシは、よけいな本ばかり読んでいる自分を後悔した。
ふと、顔に当たる水の流れを感じた。この穴はどこかに通じているかもしれない……。穴の奥の方にウナ太郎の顔が見えた。自分を導くために待ってくれているようだ。
モヤシは穴の口を広げにかかった。表面は泥に覆われているが、岩が積み重なっていて、その隙間から水が出てきているようだ。動きそうな岩からどんどん外していく。火事場のバカ力というやつで、非力なモヤシだが、いつになく力が出た。
泥をかき分けていくと、どうもこれは自然の岩が積み重なったものではないようだ。古い水道施設の一部かもしれない。大きな岩をどうにか外すとけっこうな隙間ができた。奥からいきおい良く水が流れ込んでくる。モヤシはその中に上半身から潜り込んだ。

 
あらすじ
呪われた町、代田橋。ここでは今日も怪奇現象が勃発していた。どうやら河童のような生き物が、赤堤沼から現れて、人間を襲って食っているらしい。『ラーメン珍長』のコックで殺人鬼の珍保長太郎は事件の解明に挑む!
登場人物
珍保長太郎:『ラーメン珍長』店主
バカ:新実大介
ヒルアンドン巡査長:安藤正義
弱虫探偵団
モヤシ:坪内文二
キチガイ:今金弓彦
デブ:田淵哲
モヤシの母:坪内伊佐子
モヤシの兄:坪内拓也
中学生:唐木政治
中学生の弟:唐木将紀
ウルトラ:門前正月
旦那:中島圭太
奥さん:中島ルル
娘:中島グミ、5歳
小犬:モップ
元プロレスラー:三船龍太郎
大家:生源寺荘子
セイブ愛地球:環境保護団体