【怪奇小説】ヒトデ男の恐怖~新・帰ってきたウルトラ忍者~

2020年5月7日

~新・帰ってきたウルトラ忍者~
「キャアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
門前正月は絹を引き裂くような悲鳴を聞いた。赤堤にある自宅アパート近くのため池の横だった。
「なにごとかッ!?」
いつの間にか、門前はヒーローの顔になっている。見ると、キャバクラ嬢風のギャルが、雲を突くような大男に襲われている。
このデカブツの顔は見たことがあるぞ。
確か、以前はプロレスラーをやっていたとかいう地元のチンピラだ。
前に飲み屋の噂話で話題になったことがある……。
最低の男らしい。
この虫けら野郎めッ!
門前は、なんらためらいもなく、二人の間に割って入った。
「やめたまえ、君!」
驚いたのは元プロレスラーの方だった。特に力があるようにも見えない初老の男が、自信満々のようすでキャバクラ嬢の前に立って、睨んでいる。元プロレスラーの名前は三船龍太郎といった。
気でも狂っているのだろうか……。
最初に考えたのはこういうことだった。次に考えたのは。
殺していいだろうか……?
三船は、チラリと横の汚い沼を見た。
殺して、ここに重石をつけて沈めておけば、見つからんだろう。
三船はそう決断した。
「なんやこら、タコッが! ブッ殺すぞッ、テメェ!」
二メートル数十センチはあるであろう三船が、上の方から、門前に怒鳴りつけた。長く汚らしいパーマ頭が揺れている。
だが、小柄な初老の男は、いっこうにひるむ様子はない。
キャバクラ嬢が後ろから門前に抱きついた。香水が臭い。門前は吐きそうになった。
「この人、ストーカーなんです! 店の客だったんだけど、いつも帰りを待って、つけてくるんです。警察に何度も相談したんだけど、相手にしてくれなくて」
「うむ、そうか。恋人同士の痴話喧嘩などでは、ないのだね。それなら、心置きなく、この木偶の坊を叩きのめせる」
胸を張って答える門前。ちょっと目つきがラリっている。
「叩きのめせるだと? しゃらくせぇ! やれるもんなら、やってみろ!」
そう怒鳴りながら、三船が突進してきた。
スッと体を移動させる門前。
「アッ!」と思った三船だが、相手が消えたことに気付いた時は遅かった。目の前にあるのは、汚いドブ沼。
ドンブ!
と、頭から沼に突っ込んでいた。
「グワアアッ! ギャアアッ!」
激怒して泥沼の中でゴジラのように咆哮する三船。
「殺すッ! 絶対に殺す! 苦痛のあまり、泣き喚いてるところを、生きたまま、手足を引っこ抜いて殺してやる!……お前も!」
元プロレスラーの三船龍太郎はリング上で相手を殺した過去がある。激怒すると止まらなくなる性格なのだ。プロレスはエンターティメントなので、ルールとお約束がある。
だが、カッとなって頭に血が上ってしまった三船龍太郎は、相手の選手を血祭りにあげてしまった。エンターティメントどころではない。手足の骨をぜんぶへし折ってから、力任せに胴体から引っこ抜いてしまったのだ。信じられない事態に観客は阿鼻叫喚。勝手に一人で勝ち名乗りをあげて、意気揚々とリングを降りたところで駆けつけた警察に逮捕された。もちろん、プロレス界からは、永久追放になった。
だが、三船龍太郎の猛り狂った野獣の血は、一般人になってからも止まるすべをしらなかった。彼の中には過剰な何かがあって、自分でも止めることができないのだ。
相手の意外な身軽さを見て、こいつは拳法の達人かもしれん、と三船は思った。
これは本気でやらなくては痛い目をみるぞ……。
目つきがマジになった三船を見て、初老の男が妙な動きを始めた。伸ばした両腕を空中に円を描くように、ゆっくりと動かした。
「スーーーーーーッ!」
呼吸を大きく吸う初老の男。それから、すばやく上下に手足を突き出し、戦いの構えをとった。
三船は目が点になった。
な、なんだ。
これは……。
拳法の構えというにはコミカルすぎる。
この動き……。
そうだ。
これはむしろテレビだ。
仮面ライダーやウルトラマンの変身ポーズみたいじゃないか?
判断に迷った元プロレスラーが攻撃をためらっていると、門前がアッ!と驚くような高さに飛び上がって叫んだ。
「ウルトラ忍者ーーーーーーーーーッ!」
それからは、怒涛の嵐が押し寄せてきたようなものだった。元プロレスラーがいる泥沼に飛び込んだ門前は、次々と猛烈な技を繰り出した。
本職のプロレスラーだった者が手も足も出ない!
本当にリングで人間を殺してしまった凶悪レスラーが、なすすべもなく、赤子のように悲鳴をあげて泣いていた!
「ウルトラ・パンチ!」
門前の突きが大男の顔面にめりこんだ。
「ウルトラ・キック!」
門前の蹴りで大男の睾丸がつぶれて生殖不可能になった。
「ウルトラ・頭突き!」
門前の固い頭が激突して、大男の脳みそがクリームソーダのようにシェイクされた。
「ウルトラ・チョップ!」
門前の手刀が大男の脳天にめり込んで頭蓋骨にヒビが入った。
「ウルトラ・水流!」
泥水が口に入ったので、門前はそれを大男に吹きかけた。かろうじて立っていた大男は、それにとどめをさされて、どうと倒れた。泥まじりの半ば腐った水しぶきがあがる。顔面から沼に倒れたまま、ピクリとも動かない。もう、呼吸もしていない。
「ありがとうございます。あたしのヒーロー!」
水からあがった門前にキャバクラ嬢が抱きついた。デカパイなので、乳が腕にあたる。やっぱり、香水が臭すぎる。しかし、門前は、ちょっと勃起した。
「いいえ。当然のことをしたまでです」
謙虚に答える門前。
「あたし……。お礼がしたいんですが。あたしにできることと言えば……」
キャバクラ嬢が門前の勃起に気付いて言った。股間に目をやってから門前の目を見つめる。瞳が濡れている。この女は実はちょっとした変質者だった。暴力にあうと興奮してしまう性的嗜好。股間がきゅーんとしてしまうそうだ。その部分が暴力的な元プロレスラーの劣情をかきたててしまったらしい……。
門前も正直言って、ムラムラしていたのだが、あえてきっぱりと断った。
「お礼には、およびません」
女に背を向けて立ち去っていく。
「あ、あの……。せめて、お名前は?」
「俺の名前は……」
背中を向けたまま、男が答えた。
「ウルトラ忍者!」
肩で風を切って行く初老の男を見て、女はポカンとしていた。よくわからなかったのだ。
門前正月は股間がこわばっていたので歩きにくかった。だが、女の誘いを断ったのは見栄を張ったわけではない。ヒーローは気持ちいいのである。セックスよりもずっと……。
そんな気持ちは忘れていたなあ。
と門前は若い頃の自分を思い出していた。
あの頃も、やろうとすればいくらでも女は手に入ったものだが、それより正義のヒーローである方が、ずっと満足感があったからな。
これは一種の性欲の発散なんじゃないかな。
正義のヒーローである、ということは。
いや、性欲どころではないな。
人間の持つ、すべての欲望を満足させることができる。
ヒーローであるということは……。
ヒーローになりたがって、犬死する人間が多いのもわかるな。
これは麻薬と同じだ。
門前正月は貧相な自分のアパートに入って行った。部屋で一人になると、やみくもに性欲が湧き上がってきた。
「こんなに勃つのは久しぶりだな。風俗に行っても、もう歳でぜんぜん硬くならなかったからな。人生このまま終わるかと思ったが、股間までウルトラ元気になってしまった」
門前はパジャマに着替えるためにズボンを脱いだ。トランクスから陰茎が突き出て天を向いている。いつまでたっても、柔らかくならない。長さも太さも、いつもの倍くらいある。
「やっぱり、あの水商売女、ちょっと惜しかったな。口説いたら簡単にやれたと思うが。今なら、絶対、あの女を何度でもイカせてヒイヒイ言わせる自信がある。俺はウルトラ・チンポになっていたんじゃないかな」
とりあえずチンポをブランブラン揺らしてみた。とくに変化はない。
「これもすべてあのウルトラーメンの効果だ。あれは、すげぇ! また食いに行かなきゃな」
門前は好色そうにニヤリと笑って布団をかぶった。冬物の分厚い布団が、陰茎のためにピラミッドのように盛り上がっていた。門前は、朝まで眠れない夜を過ごした。

あらすじ
呪われた町、代田橋。ここでは今日も怪奇現象が勃発していた。どうやら河童のような生き物が、赤堤沼から現れて、人間を襲って食っているらしい。『ラーメン珍長』のコックで殺人鬼の珍保長太郎は事件の解明に挑む!
登場人物
珍保長太郎:『ラーメン珍長』店主
バカ:新実大介
ヒルアンドン巡査:安藤正義
弱虫探偵団
モヤシ:坪内文二
キチガイ:今金弓彦
デブ:田淵哲
モヤシの母:坪内伊佐子
モヤシの兄:坪内拓也
中学生:唐木政治
中学生の弟:唐木将紀
ウルトラ:門前正月
奥さん:中島ルル
旦那:中島圭太
娘:中島グミ、5歳
小犬:モップ
元プロレスラー:三船龍太郎
大家:生源寺荘子