【怪奇小説】ヒトデ男の恐怖~月夜に踊るセルロイドの人形~

12月 23, 2023

~月夜に踊るセルロイドの人形~
「ぐわああああああああああッ!」
「なんだ、こりゃ!」
「どうして俺たちの名前が書いてんだ?」
ホラー探偵団の子供たちは恐怖にかられ、パニックに陥った。
モヤシがいやなことを言い出す。
「河童は知能のない動物なんかじゃない。高度な知性を持ってる。あと、俺たちのことを見張っているんだ。河童を探しているのを知って、興味を持ったんじゃないかな。これは警告だ。この道を行くとこうなるぞ、と言っている。つまり、この方向で正しいということでもある」
「どうして名前まで……」
とデブ。
「こっそりと立ち話を聞いていたんじゃないかな。または、知らない間に部屋に入って、持ち物を調べたのかもしれない……」
推測するモヤシ。
「うわッ! 今も後ろに立って聞いているかもしれないぞッ!」
人を驚かすのが好きなキチガイが大声を上げる。ニヤニヤ笑ってる。バカな小学生である。三人は前後左右上下を確認したが、誰もいなかったので、とりあえずは安心する。
下水道の先は緩やかに上昇して地上につながっているようだ。
「どうする?」
三人は目を見合わせる。
「もちろん、行くとも。俺たちゃ、神の使徒だからなッ!」
キチガイが元気よく宣言する。モヤシとデブも反論はなかったので、先に進むことにした。彼らは地獄に足を踏み入れた。
地上への出口は鉄格子に覆われていた。ただ、こっちは固定されていなかった。持ち上げたら外れた。外は赤堤沼だった。雨量が多い時だけ、この下水口に流れ込むようになっているらしい。
トントントン。
トントコトン。
「な、なにか聞こえないか?」
モヤシが言う。
穴の中にいるうちから、なにか妙な音が聞こえていた。満月の夜。深夜。穴から顔を出して見ると、沼の周りで小さな子供たちが踊っていた。モヤシたちが目を丸くして驚いていると、月の光が当たってよく見えるようになった。
「セルロイドの人形たちが踊っている……」
あぜんとした表情で、モヤシがつぶやく。
「そして、タヌキが腹つづみを叩いている……」
とキチガイ。さすがのキチガイも軽口をたたく余裕がないようだ。モヤシたちは、人形たちを刺激しないように、茂みの陰に隠れながら、おそるおそる進んだ。
トントントン。
トントコトン。
「はあ~、ちょいなちょいな」
トンテケテン。
ストトントン。
「ああ、そいやそいや」
古ダヌキの腹つづみに合わせて、唄い踊る人形たち。
「妖怪の盆踊り、深夜の部か?」
モヤシが小声で言う。
「ああ~、すっとこといや、すっととい」
トンテケテン。
トンココロリ。
盆踊りというより、なにかの儀式のような雰囲気があった。楽しそうだが、根本的には厳粛な儀式。小さな者たちは沼の方を向いて、もくもくと踊り続けた。
「俺にはこの小さな人たちは良い人のように見える」
しばらく、儀式を見てからキチガイが言う。
「俺もそう思う。下水道の中に邪悪な絵を描き続けていたのは、こいつらではないな」
モヤシが同意する。
「沼の中になにか恐ろしいものが潜んでいるんだよ。それをこの者たちは、歌い踊って怒りを鎮めようとしてるんじゃないかな……」
月の光を浴びて、歌い踊るセルロイドの人形たち。それとタヌキの音楽隊。ぶきみな光景だが、ちょっとユーモラスで楽しそうでもあった。
「これ、他の人に言っても誰も信じないと思う」
とキチガイ。
「まったくだ」
モヤシが答える。
「そうだ。証拠を撮らなきゃ……」
ずぼらなデブだが、さすがに緊張して物音ひとつ立てないようにリックの中から、ビデオカメラを取り出す。金持ちだから最新式の小型だ。
「気をつけろよ。バレたら一巻の終わりだぞ」
「わかってる……」
いつものマヌケそうなデブと違って真剣そのもの。二度と手に入らないであろう、特ダネを前にしているからである。
デブは謎の儀式にレンズを向けてスタートボタンを押した。
ピッ。
電子音が夜空に響いた。
子供らは青ざめた。どうしてさいきんの機材って、みんな音を出すんだよ! 心の中で絶叫した。
いっせいに静まり返るセルロイドの人形たち。シーンという音が聞こえてきそうな雰囲気だ。とつじょ、いっせいにモヤシたちの方に顔を向ける。人形なので三六〇度、首が回る。
キシャーーーーーーッ!
ついさっきまで、あんなに愛らしかった人形たちの口が耳まで裂ける。思いもよらないほど鋭い、縫い針のような歯が並んでいた。
「や……やばい気がする」
「お、俺も……」
人形たちは全速力で走ってきた。
キキーーーーーーッ!
シャーーーーーッ!
シャーーーーーーーッ!
モヤシたちは脱兎のごとく逃げ出した。
「誰だよ! こいつらを良い人だって言った奴は!」
走りながらキチガイが叫ぶ。
「お前だよ!」
デブとモヤシが罵倒する。モヤシも同意していたのではあるが……。
彼らは沼の周りをクルクルと逃げ回った。人形とタヌキの邪教軍団は、カルト教団独特のなかなかのチームワークを見せて、モヤシたちが沼から出て行かないように、追い込んでいた。一部の人形はタヌキの背に乗って走っていたので、かなり速い。
キシャーーーッ!
ガブリッ!
ガブガブッ!
「痛ててててッ! やばいよコイツら!」
セルロイド人形に噛まれて絶叫するモヤシ。口は小さいが、大量にいて、鋭い歯で執拗に噛み付いてくるので、非常に痛い。アマゾン川でピラニアに襲われてるカピバラのように、子供たちは絶叫した。
「だから拳銃を奪ってこようと言ったろう!」
まだ言ってるキチガイ。
人形たちにたくみに追い込まれて、子らは仕方なく沼の中に入っていった。
ザバアアアアアアアアアアアアアッ!
すると水の中から、アオミドロと泥に覆われた、なにかが立ち上がった!
「ギャアアアアアアアアアアアアアッ」
前と後ろを塞がれて絶叫する子供たち。
それは子供たちに『河童』と呼ばれていたものだった。しかし、今日は月の光が明るい。しかも、至近距離。細部までよく見えた。
それは思春期くらいの五人の子供たちだった。五つ子。ただし、彼らには足はなかった。そして、中央の一つの腰でつながっていた。全体では星の形に似ている。どういうわけか、腰の真ん中に大きな丸い口が開いていた。さきほどのセルロイド人形と同じような細くて鋭い牙が生えていた。
さらに信じられないのはその口の中だった。舌があるべきところにはチンポコが生えていた……。場所が腰だから、人体構造としては、あり得る話ではあるが。
「ヒトデ男だーーーーーーーーッ!」
モヤシは絶叫した。ヒトデにしか見えなかったからである。残酷な肉食動物であることは口の構造から見ても確実だ、と動物に詳しいモヤシは判断した。
ヒトデ人間が、子供たちに襲い掛かった。小さな複数ある手で捕まえて、中央の口で噛み付くという作戦のようだ。
ブーン!
デブが、昼間、柔道小学生を倒した手段を思い出して、キチガイの足をつかまえて、ブンブン振り回してヒトデ男に投げつけた。
「うわあああああああああっ!」
悲鳴をあげるキチガイ。
ところが、このヒトデのような怪人、手の数がたくさんあるので、なかなか器用だった。ハッシと飛んできたキチガイをつかまえ、反動を利用して、逆に投げ返した。
ガツン!
頭から突っ込んできたキチガイが、デブの頭に激突した。目から火花が出るとは、このことだ。ウーンと、うなって、二人とも気絶した。
「うわあっ!」
絶対絶命のピンチ。ヒトデ男は次にモヤシに襲い掛かった。星の形の奇形に生まれた五人の子供たちは、十本の手を使ってクルクルと側転しながら、走ってくる。驚くべき走法だが、足はなくとも手がたくさんあるので、五人馬力で、オリンピック選手のように速い! パラリンピックに出たら優勝間違いなしだが、一度に五人で走ることになるので、団体競技にしか出られないかもしれない……。
「あの口で噛まれたら、死ぬこと間違いなしだッ!」
恐怖のあまり絶叫しながらモヤシは、ヒトデ男に追われて、赤堤沼の隣のボロ家の庭に出た。この家の押入れの中に、珍保長太郎が殺した大家の死体が転がってるのだが、モヤシは知るよしもない。
草木がぼうぼうと生えて収拾のつかなくなっている庭だ。ヒトデ男がイバラのようなトゲのある生垣に引っかかって、少し遅れた。形が複雑なので狭いとこを通れないのである。
「よし! これで逃げられるぞ!」
モヤシは後ろを振り向いて、希望を抱いた。次の瞬間、奈落の底に落ちていた。草に覆われていた古井戸の穴に気づかなかったのである。

 
あらすじ
呪われた町、代田橋。ここでは今日も怪奇現象が勃発していた。どうやら河童のような生き物が、赤堤沼から現れて、人間を襲って食っているらしい。『ラーメン珍長』のコックで殺人鬼の珍保長太郎は事件の解明に挑む!
登場人物
珍保長太郎:『ラーメン珍長』店主
バカ:新実大介
ヒルアンドン巡査:安藤正義
弱虫探偵団
モヤシ:坪内文二
キチガイ:今金弓彦
デブ:田淵哲
モヤシの母:坪内伊佐子
モヤシの兄:坪内拓也
中学生:唐木政治
中学生の弟:唐木将紀
ウルトラ:門前正月
奥さん:中島ルル
旦那:中島圭太
娘:中島グミ、5歳
小犬:モップ
元プロレスラー:三船龍太郎
大家:生源寺荘子