【怪奇小説】ヒトデ男の恐怖~川口浩探検隊ではない~

12月 23, 2023

~川口浩探検隊ではない~
元、極悪レスラー三船龍太郎はドブのような沼の中で息を吹き返した。脳震盪だ。現役時代はなんどもやっていた。毎日、頭を強打する生活を送っていたので、気絶するくせがついてしまったのだ。職業病というには、忌まわしすぎる。これで死んだ奴が何人もいるのだ。
「ブハッ」
三船は口の中から泥水を吐き出した。ひどい味と匂いだ。腐った植物と土の匂い。舌の上に、なにかいた。三船は口の中から、それをつまみ出した。ミミズだ。指のさきでニョロニュロと暴れていた。三船は、つまらなさそうに、ポイと捨てた。
二メートルを超える大男は、ぼうぜんとして泥水の中に座りこむ。激怒しようかと思ったが、脳に酸素が行き渡っていなかった時間が多すぎたので、怒る気力がわかない。目がよく見えない。酸素が足りない時におこる視野狭窄というやつだ。望遠鏡で覗いたように、世界が丸く小さくなっている。その中に、なにか泥のかたまりのようなものが見えた。
頭に酸素が回って、視界が良くなると、それにはたくさんの目玉が付いていることがわかった。
「アッ!」
と、叫んだ時には遅かった。三船龍太郎は、それに飛びかかられて、再び、汚い水の中に沈んだ。
代田橋、和泉町の貧困アパート。
頭の悪い小学生の三人組。モヤシとキチガイとデブのホラー探偵団の面々は、それぞれの親に適当な言い訳をしたり、こっそりと部屋を抜け出してして、モヤシの家の裏庭に集合していた。
デブこと田淵哲の家は、過保護で小金持ちだった。赤ん坊の頃から、身体が弱かったので、甘やかされて、おいしいものばかり食っていたから、こんなデブになってしまったのである。
キチガイと呼ばれている今金弓彦の家は、遺伝子的に異常のある中流階級。親戚一同、みんな、だいたい四十歳くらいになる前に、狂い死しているから、大したものだ。根っから頭がおかしい一族なのだろう。
「いいか、みんな。今回の探検は命がけだ。河童が移動に使っていると思われる、この下水道を探検する」
偉そうにモヤシが言う。別にリーダーではない。リーダーシップを取るには、あまりにも弱々しくて、なさけないイジメられっ子なのである。
「もちろん、わかってるとも。この中で河童が待ち伏せしているかも、しれないからな。……クソッ! やっぱり、途中で交番を襲って拳銃をうばってくればよかったかな?」
キチガイは、できもしない妄想をずけずけと言う。現実と空想の境目があいまいなのである。
「だいじょうぶだ。準備はばんたんだ。代田橋のサンクスでおにぎりとおやつを買ってきてあるからな」
食物のことしか、頭にないデブが、ピントの外れたことを言う。しかし、これはデブならではの計算ずくの言動なのである。つまり、食物のことしか頭にない無害な人間だから、イジメないでくださいね、という無意識下のアピールなのである。裏表のある人間、デブ!
「おにぎりがあるから、どうだって言うんだよ。敵が襲ってきた時に、投げつけて逃げろ、とでもいうのか。このマヌケ!」
さっそく、キチガイが噛み付く。この男は、威勢はいいが、小柄なので、おどろくほど、ケンカは弱い。
「ばあ~。イジメるなよぅ。ばあ~。ばあ~」
デブがなさけない声を出す。『ばあ~』というのが、よくわからないが、デブだから空気が漏れるのであろう。
「こら、ケンカをしてる時じゃないぞ。さらに、地下の下水道だから、いきなり滝や急流になったり、迷子になって出られなくなったりと、何が起こるのかわらないからな」
とモヤシ。
「バカヤロー! 怖いもんなんか、あるか! 俺たちゃ、ホラー探偵団だッ!」
威勢のいいことを言うキチガイ。ピンチになると真っ先に逃げ出す人間なのであるが……。
「おおッ! 行くぜッ! 地獄の底ッ!」
一同、おおいに盛り上がって穴に入っていく。昼間に難敵である柔道のジュニア大会の優勝者、六年の唐木将紀を倒したので、意気揚々になっているのである。
この先、どんな恐怖が待ち受けているかも、知らずに……。
下水の口。直径は一メートルほど。沖縄タウンとも呼ばれているこの一帯は、かつてはドブ川が流れていた。それを戦後に埋め立ててできたのが、この土地である。かつてのドブ川は、地下の暗渠の中を流れている。それにつながっているのが、この下水口である。
モヤシたちは、懐中電灯を手に暗闇に入っていった。金持ちのデブなどは、サバイバルグッズ、果てはビデオカメラまで、リックに入れて持ってきたらしい。
ところが、あっさりと三メートルも行かないうちに、柵にぶちあたった。明かりで照らしてみると、柵は金属製で古い。だいぶ、錆びているが、錠だけ新品が付いていた。
「そういえば、この前、変質者が出た時に、町内会のおっさんとおばさんらが、この入り口でガヤガヤと話をしていたな。鍵をつけていたのか……。ほんとは変質者じゃなくて、河童なんだけど」
「こうすればいんだよ」
気のふれたキチガイがぶきみに笑う。
「ていやッ!」
ガシャン!
キチガイは、なんらためらうことなく柵を蹴り破った。
「ハッハッハッ! むかうところ敵なしッ!」
無意味に威勢よくキチガイが断言する。ほんとうの敵がいないところでは、強いのである。
モヤシは、あとで探検がばれて、この器物破損で大目玉を食らうことになったらどうすんだよ、と思ったが、キチガイの目つきが尋常ではなかったので、口に出すのはやめた。狂犬に諭しても無駄である。
狭い穴をしばらく進む。ゆるい下りの傾斜が続く。それからちょっと大きな下水道に合流した。元のドブ川だ。たぶん、排水は昔よりきれいなのだろう。思ったよりは臭くない。
チュー!
「ギャーッ!」
デブが絶叫する。なにかと思ったら、猫くらいの大きさがありそうなネズミだ。明かりに驚いて逃げるところだった。
「なに食ったら、こんなに太るんだ」
モヤシが疑問を抱く。
「ここには、食うものがいっぱいあるのか? ……たとえば、人間の死体とか。うひ」
自分で言って怖くなるモヤシ。気が小さい。
「下水道というと、白い巨大なワニだよな」
キチガイがよけいなことを言い出す。
「迷い込んだホームレスなどを食って、知らない間に大きくなっているだよ……。最後は道路のアスファルトを突き破って、結婚式場を襲う……」
「ちょうど良い三匹の生き餌が来たんで、今頃はディナーのお皿の用意でもしているところだよ。おまけに一匹はけっこう肉付きが良い」
モヤシが答える。二人はデブを見る。青ざめるデブ。
「やっぱり、拳銃を奪ってくればよかったんだよ。または、手榴弾とかさ。アメ横で買えるんじゃねえの?」
心配になってきたデブが言う。それは残り二人も同じだった。敵を追いつめているはずの者が、いつの間にか、追われている獲物になっている……。そんな心境の変化だった。
いらん考えが出て行くように頭をふるモヤシ。
「行こう。我々の追ってるものはアリゲーターではなく河童だ」
ザー、ザー。
「水量が増えてきたな」
下水の流れる速さが増し、高さがひざくらいになった。
「これは、やばい。びしょ濡れじゃないか。匂いは中にいるから、鼻が慣れてしまってあまりしないけど、これ、外に出たらけっこう臭いんじゃないの」
帰ってからのことを心配し出すモヤシ。
「ま、きれいに見えても下水だからな」
とキチガイ。
「これを母さんにどう言い訳したらいいか、悩んでるところだよ。臭くて泥まみれだぞ。先週、沼に落ちた時はどんなに怒られたか……」
「先のことなんか、くよくよ考えたって仕方ないよ。どうにかなるって。それより、俺たちは重大な使命を帯びて行動してんだかなら!」
とキチガイ。
「なんの使命だよ?」
モヤシは、またキチガイが、へんなことを言い出したぞ、と思う。
「そりゃ、神に授かった使命だよ! いいか、人間というものは思わぬ展開で、想像を絶する過酷な試練を与えられたりするわけだよ。大きな河の流れの中に、おれたちは立っているんだ。人間はやるべきことを持って生まれて来る。俺たちは今、その使命をまっとうしつつあるんだ。成功するか失敗するかは、実のところ、重要ではない。むしろ、死んだ方が、神の栄光に近づくだろう。聖人というわけだな。ありがたいこったよ。俺は早く死にたいね。この邪悪な運命の鍵を握ってるのはローマ法王とフリーメイソンなんだ。俺は知ってる」
キチガイの目が異様な光をおびる。
モヤシは、キチガイが何を言ってるかよくわからなかったので、黙って下を向いて歩いていた。
「小さな下水に見えるけどな」
とりあえずデブがぼけておく。
モヤシが、浅瀬に転がっていた白いものに気がついた。
「骸骨だッ!」
驚いて叫んだ。
「骨だ! 人骨だよ! やっぱり、河童がここで夕食を食べていたんだ! マンホールとかから、人間を引きずり込んで、ここで食事をしてたんだ!」
それを見たキチガイが絶叫する。
「やばい、やっぱりおれたち食われるよ! 餌のほうから、自分の台所にのこのこやってきたぞって、どっかから覗いているよ! 舌なめずりしている音が聞こえないか?」
急に怖くなってきた子供たち。デブとキチガイは震えていたが、モヤシは白骨に懐中電灯を当てて熱心に観察している。
なっとくしたようで、ポンと手を叩く。
「動物の骨だ」
「えっ?」
「よく見てみろよ。これが頭の部分だ。顎の形が人間とは違うだろう? 牙があつて、長くなっている」
解説をするモヤシ。モヤシは動物好きなのである。図書室でよく動物図鑑を眺めている。
「ほう」
感心するふたり。
「タヌキか、それともハクビシンじゃないかな。きっと迷い込んで出られなくなったんだよ」
「ハクビシン? それって、そこのラーメン屋の珍さんがよく口に出している空想上の動物だろう。珍さんはハクビシンの妄想に取り憑かれているらしいぜ。頭、おかしいからな」
とキチガイ。
「外国から来た動物で、さいきん、増えているらしいよ。区の広報誌で見た」
区の広報誌は、みんなに読まれてるようだ。
下水道の中は思ったより、脇道が多く入り組んでいた。なるべく大きな道を選んで進んだが、迷路のようになっていて、彼らはたちまち方向感覚を失った。左右だけではなく、上下にも脇道があるので、余計にわかりにくい。
どうでもいい白骨の話を雑談しながら、頭の弱い小学生たちはジャブジャブと下水の中を進んでいった。今、歩いてる脇道は水量が少なくて泥が多い。先のほうから、泥が多く流れてくるようだ。
その泥の上に子供たちは足跡を発見した。
「こ、これは……」
無数の小さな足跡。大きさは小柄な人間くらいか。
「なんだろうか?」
モヤシは、奇妙な点に気づいた。
「これ、足じゃなくて手じゃない?」
「アッ、ほんとうだ! 足跡じゃない。手の跡だ。土の上に、たくさんの手の跡。なぜか、足の跡はひとつも見えない」
「逆立ち人間かな?」
一応、ぼけ係を自認してるデブがぼけた。しかし、これはちょっと怖くなった。
「意味がわからないよ……」
「何者だよ……」
だが、ほんとうに怖くなるのは、それからだった。
彼らは落書きを発見した。色のついたチョークで描いてある。稚拙な子供の描いたような絵だ。
「人殺しの絵ばかりだ。どの絵も、どの絵も、殺人のシーンばかり描いている……」
モヤシがおびえながら言った。
「狂ってる……。誰が描いたか知らないが、これを描いたやつは完全に頭がおかしい」
自分が狂ってるのを差し置いて発言するキチガイ。
「憎しみにあふれているのを感じるよ……。ここは、怖い場所だ。ほんとうは人間が入ってきたりしては、いけない場所なんだ」
霊感のあるモヤシが、いやなバイブを感じて震えだす。脇道は緩やかに上に向かっていた。誰かが何年もかけて、これらの憎しみのかたまりのような醜い絵を描き続けていたようだ。手だけで足のない者が……。恐ろしい。ほんとうに恐ろしい気配を感じるぞ。
「あわあわ」
一人で先を進んでいた命知らずのキチガイが何かを見つけて、泡を食っていた。残りのふたりも、何事か?とかけつける。彼らはいやなものをみた。
惨殺されているらしい三人の子供の絵。そこに矢印が引いてあって、稚拙な字で、それぞれの名前が書いてあった。
坪内文二
今金弓彦
田淵哲
と。

 
あらすじ
呪われた町、代田橋。ここでは今日も怪奇現象が勃発していた。どうやら河童のような生き物が、赤堤沼から現れて、人間を襲って食っているらしい。『ラーメン珍長』のコックで殺人鬼の珍保長太郎は事件の解明に挑む!
登場人物
珍保長太郎:『ラーメン珍長』店主
バカ:新実大介
ヒルアンドン巡査:安藤正義
弱虫探偵団
モヤシ:坪内文二
キチガイ:今金弓彦
デブ:田淵哲
モヤシの母:坪内伊佐子
モヤシの兄:坪内拓也
中学生:唐木政治
中学生の弟:唐木将紀
ウルトラ:門前正月
奥さん:中島ルル
旦那:中島圭太
娘:中島グミ、5歳
小犬:モップ
元プロレスラー:三船龍太郎
大家:生源寺荘子