【怪奇小説】ヒトデ男の恐怖~ウナ太郎~

~ウナ太郎~
モヤシは井戸の底で生活を続けていた。兄に奴隷のようにこき使われていた。かわりに兄はまったく働かなくなった。高尚な思想を垂れ流しながら、見張っているだけ。少しでもさぼると木の棒で殴られた。
これが兄が崇拝している共産主義という社会のかたちなんだろうな。
モヤシは嫌悪感で身をふるわせたが、もちろん口には出さなかった。どうにかして、兄に殺されないように生き延びて、出し抜くことだけを考えていた。
仕事は多かった。暗闇の世界では生産量がいちじるしく低い。そのために、労働量を増やすことによって生産性を上げないとならないのである。
モヤシは横穴の一つで菌床を作っていた。ここにキノコを生やすのである。栄養がありそうな腐った葉っぱを集めてきて、土にまぜる。食い終わったキノコの根っこを埋めていく。モヤシの知識ではキノコは胞子でふえるはずなので、根っこを埋めても関係ないはずだが、兄が強硬に主張するので従わざるを得なかった。このへんの非科学性も共産主義社会っぽい。ま、キノコの専門家ではないのでよくはわからないが。環境の条件があえば勝手に生えてくるのであろうとは思う。
また、おどろくべきことに風呂があった。兄が風呂と呼んでいるだけで、正体は大きな水溜りだが、それでもじゅうぶんにありがたいものだった。横穴のひとつの奥が風呂になっている。石鹸が欲しいところだが、さすがの兄もそこまでは作れなかったらしい。見ていると確かに頭はおかしいのだが、創意工夫で井戸の底で生活環境をどうにか作って十年も生きているんだから、やはり、頭がずば抜けて良いというのは、ほんとうなのだろう。
この横穴だけ、斜め下に向かって掘られていた。井戸自体は枯れているのだが、近くに赤堤沼もあるし、深く掘ると水が出てくるようだ。
モヤシがジャバジャバと水溜りにつかっていると兄がやってきた。薄暗くて顔があまり見えないのが幸いだが、どうもさいきん、兄の目つきがいやらしい。男同士ですよ……、とモヤシは思うのだが、古井戸に十年も閉じ込められていると、性別の問題などは、ささいなことになってしまうのかもしれない。モヤシは身の危険を感じて、なるべく水溜りに深く潜った。
だか、今日はさいわい、兄の興味はほかにあるようだ。手に大きなミミズを持っている。ドバミミズと釣り師の間では呼ばれている丸々と太ったミミズだ。風呂のそばには、ちょっとした小川が流れていた。岩の間から水がにじみ出てきて、風呂まで繋がっている。
「ウナ……、ウナ……」
兄がドバミミズをブランブランさせながら、小川に話しかける。モヤシはとうとう兄が完全に狂ったか、と思った。これ以上、狂える余地があればの話だが。
ザバッ!
とつじょ、小川の水面が盛り上がったかと思うと、一メートルほどの大きなヘビのようなものが現れ、ミミズに食いついた。ドンブとまた水に戻る。ニョロニュロと大きな長い影が小川の中を泳いでいる。こんなもの、どこにいたんだ? あと、風呂に入ってきて、食われないだろうか。
「ウナッ! ウナッ!」
兄は嬉しそうに手を叩いて喜んだ。続いて目を丸くしているモヤシに話しかけた。
「これは俺の親友のオオウナギのウナ太郎だ」
「ウナギ?」
モヤシは生き物が好きな人間にありがちな傾向だが、大きな生物が好きだった。オオウナギも、もちろん図鑑ではおなじみだったが、生きてるのを見たのは初めてだった。魚というより、大蛇とか爬虫類に近い雰囲気だ。
そういえば、オオウナギがよく古井戸に住んでいるという話は聞いたことがある。確か、鹿児島の古井戸にも一匹いて、地元では有名なはずだ。
「ここに風呂を作って何年かたったころ、オオウナギがやってくるようになった。最初は驚いたが、人間を襲うようなことはない。あと、ずうたいが大きいので知能がけっこう高いようだ。俺がミミズをやると、なついてくるようになった」
モヤシは感心していた。
「大きいね……。蒲焼きにしたら何十人分になるんだろう」
「うん。実は俺も最初のころは食おうかと悩んだが、これだけ大きくなると、犬や猫みたいなペット感覚になって、愛着がわいてしまう。なので、食うのはあきらめた。ま、なにかで餓死寸前になるような事態がおきたら変わるとは思うが……」
気のふれた兄は遠くを見る。
「俺……、ウナ太郎がいなかったら気が狂っていたと思う」
静かにため息をつく。
再会して初めて見る、兄の人間的な姿だった。もうじゅうぶんに狂ってるじゃないか、というツッコミも頭に浮かんだが、顔には出さないように気をつけた。
ウナ太郎はしばらく水流の中でグネグネ動いていたが、やがて岩の間に潜って姿を消した。
昼間。この古井戸に日が差すゆいいつの時間帯だ。モヤシは急いで貴重な日光を利用して、服を干したり、植物の手入れをしていた。兄の姿は見えない。ウナ太郎とでも遊んでいるのだろう。ウナ太郎と兄の関係を見て、兄もまだ完全に人間性を失ってはいない、とモヤシは思うようになった。かなり異常な部分はあるが、どうにかして、いっしょにやっていけるのではないか。モヤシは、はかない希望を抱いた。
兄は創意工夫が得意だが、モヤシも、その弟だけあって得意だった。乾燥したワラで木の枝を縛ってちょっとしたハシゴを作った。長い枝は井戸の中になかったので、地上に逃げ出すなんてことは、無理だったが、多少は高いところに服を干すことができるようになった。
それで、ハシゴに登って洗った服を干していた時。
トウルルルル。
トウルルルル。
場違いな電子音が聞こえた。スマホだ。スマホは水に濡れたので干してはみたが、さすがに井戸の底では電波が届かないのであきらめていたのだ。モヤシはスマホをポケットから出す。そんなに深い井戸ではないので、この高さだと、かろうじてアンテナの印が一本立つようだ。
それより、かけてきたのは誰だ。ドキドキしながらモヤシは電話に出た。
「もしもし、誰だい! たすけてーっ! たすけてー!」
電話の向こうで大声で叫んでいるのはデブだった。
「生きていたのか! てっきり、ヒトデ男に食われたと思っていたよ!」
友との再会をよろこぶモヤシ。
「その声はモヤシ!」
三人はお互いの状況を、手短に報告しあった。お互いに窮地に陥っていたのがわかったのは残念だったが、それでも、生きてるのがわかり、声をきいたので、モヤシは急に百人力の元気が出た。デブもキチガイも同じだった。
続いて、脱出する方法を話し合おうとした瞬間、ハシゴを縛っていたワラが切れた。
「うわっ!」
ほんの数メートルの高さだったが、モヤシは地面に頭から激突した。
「いててて」
起き上がって、急いで電話をかけたが二度と繋がらなかった。上を見る。
「さっきの高さまで上がらないと、スマホは通じないんだ……」
モヤシはハシゴに使っていた枝を見た。落ちたショックでバラバラに折れている。

 
あらすじ
呪われた町、代田橋。ここでは今日も怪奇現象が勃発していた。どうやら河童のような生き物が、赤堤沼から現れて、人間を襲って食っているらしい。『ラーメン珍長』のコックで殺人鬼の珍保長太郎は事件の解明に挑む!
登場人物
珍保長太郎:『ラーメン珍長』店主
バカ:新実大介
ヒルアンドン巡査長:安藤正義
弱虫探偵団
モヤシ:坪内文二
キチガイ:今金弓彦
デブ:田淵哲
モヤシの母:坪内伊佐子
モヤシの兄:坪内拓也
中学生:唐木政治
中学生の弟:唐木将紀
ウルトラ:門前正月
旦那:中島圭太
奥さん:中島ルル
娘:中島グミ、5歳
小犬:モップ
元プロレスラー:三船龍太郎
大家:生源寺荘子
セイブ愛地球:環境保護団体