【怪奇小説】ヒトデ男の恐怖〜闇にうごめくもの〜
~闇にうごめくもの~
なぜか、とつぜん、怒り始めて去ったラーメン屋店主を見送りながら、子らはあぜんとしていた。
「珍さんはなにを怒ってるのかな?」
モヤシが言う。
「あの男は頭がおかしいからな。きょどうふしんってやつだよ」
小学生なのにむずかしい言葉を知っているキチガイが言う。漢字は書けない。
「腹が減ったな」
常にストレスを抱えて生きているデブが言う。ストレスは人を空腹にさせるものだ。
とりあえず、彼らは藪の中に戻って河童釣りを再開した。
数時間後。
「釣れんな……」
もちろん、釣れるわけがない。
あたりはすっかり暗くなってきた。空には満月。
月の光をあびて、キューリの餌で河童を釣る子供たち……。詩的な光景である。
「キューリというのが間違ってるんじゃないかな」
モヤシが、ふと思いつく。
「どうして?」
デブとキチガイが聞く。
「考えてみると、僕たちの推理では河童は子供をさらって食ってるんだろう?」
モヤシは注目をうながして、人差指を立てる。
「ああ」
二人はうなづく。
「じゃあ、肉食だろう」
彼ら三人は見つめ合う。
「そりゃ、そうだな」
「野菜は食わんよな」
「でも、デザートとして食うかもしれんよ」
彼らは口々に勝手なことを言っていたが、釣り自体はかんぜんに諦める雰囲気になってしまったので、釣竿を引き上げて帰る支度をはじめた。
キューリは沼に寄付をすることにした。西友で買ったキューリだが、不潔な沼の泥水に浸かったので、持って帰って食うわけにもいかないだろう。
モヤシは身体を乗り出して沼にキューリを沈めた。腐った泥の臭いが舞い上がる。
モヤシはふと誰かに見られている気がした。
それも一人ではない。
複数の視線を感じる。
モヤシは神経が細い。腺病質というやつである。目に見えないものが見えたりするタイプである。
モヤシは対岸の藪のあたりをじっと目を凝らして見た。
何かが藪の中から、こっちを見ている気がする……。
「モヤシ、帰るぞ」
キチガイが声をかける。ハッとして振り向いたモヤシの顔色が悪かったので、キチガイとデブは、けげんに思った。
「どうしたんだい」
「いや、なんでもないよ」
彼らは三人とも怖い話は好きだが――だから、河童釣りに来ているわけだが――それでも、他人に幽霊が見えるとかいうと、たちまち、気持ち悪い人間と思われることを、モヤシは体験的に知っていた。
なので妙な気配がしたことは、二人には黙っていることにした。
だが、青い顔をしてふるえているモヤシを見て、残り二人にも怖さが伝染した。
やはり、夜中の暗い沼。ここは怖い場所なのである。
余計な空想に空想が重なる。
なんだか知らないけど、背筋が冷たくなってきた。
彼らはUターンして、そそくさ帰ることにした。
ボチャン!
そのとき、沼の中に何か大きなものが飛び込んだ音がした。
「ぎゃああああああああああああああああああああああッ!」
絶叫をあげる子供たち。全力で駆け出す。
現実か妄想かは、わからないが、なにものかが、沼の中を泳いで渡って来ている気がする。
「逃げろッ!」
「捕まるなッ!」
一目散に前を見ないでかけていたので、モヤシはそこに立っている者がいることに気がつかなかった。
ドシンと音を立ててモヤシはぶつかり、反動で尻餅をついた。
あらすじ
呪われた町、代田橋。ここでは今日も怪奇現象が勃発していた。どうやら河童のような生き物が、赤堤沼から現れて、人間を襲って食っているらしい。『ラーメン珍長』のコックで殺人鬼の珍保長太郎は事件の解明に挑む!
登場人物
珍保長太郎:『ラーメン珍長』店主
バカ:新実大介
ヒルアンドン巡査:安藤正義
弱虫探偵団
モヤシ:坪内文二
キチガイ:今金弓彦
デブ:田淵哲
モヤシの母:坪内伊佐子
モヤシの兄:坪内拓也
中学生:唐木政治
中学生の弟:唐木将紀
ウルトラ:門前正月
奥さん:中島ルル
旦那:中島圭太
娘:中島グミ、5歳
小犬:モップ
元プロレスラー:三船龍太郎
大家:生源寺荘子