【怪奇小説】ヒトデ男の恐怖〜弱虫探偵団〜

12月 23, 2023

~弱虫探偵団~
珍保長太郎は赤堤沼の前で、地元の子らに会った。
「あっ、珍さん」
子らが声をかける。
「うわっ!」
愛車、チンポ号に乗ろうとしていた珍保長太郎は、ふいに藪の中から声をかけられたので絶叫してしまう。
無理もない。今、ひとり人を殺してきたところだ。
ひとめにつかないように帰ろうとしていたら、子らに見つかってしまったのだ。
「こんなところでなにをしているのだ?」
このガキどもめ。
最悪のタイミングで現れやがったな。
証拠を隠滅するために全員、殺すしかないかもしれない。
「河童釣りだよ」
「河童?」
子らの答えがあまりにも、すっとんきょうだったので、珍保長太郎の中の殺意が萎えてしまった。
三人いる子らのひとりが、百均で売ってるような安そうな釣竿を持っている。このへんだと、下高井戸のキャンドウで買ったのだろうか。
そして、その釣竿から伸びた糸の先にはキューリがぶら下がっていた。
「バカな小学生……」
珍保長太郎は、そのまま思ったことを言った。
「えっ」
三人組は驚いた顔をしている。おそらくバカなのだろう。
「お前たちはバカに違いない。俺は確信を持って、ここに断言する」
きっぱりと珍保長太郎は言い切った。
「おい、断言されちゃったよ……」
困惑する子ら。
「どうするモヤシ」
「この赤堤沼に河童が出るという噂があるんだよ」
子らの中でモヤシと呼ばれている、貧弱そうな男の子が、説明役を買って出たようだ。ちなみに残り二人はキチガイとデブと呼ばれている。テレビでは放送できない名前である。
「さいきん、このへんで小学生が消息不明になったんだ。家出してどっかに行ったんじゃないか、とか言われてるけどね。彼女は自立精神がおおせいで、親とは喧嘩ばかりしていたから。でも、僕たちは真相は違うと思っている……」
モヤシは深刻そうな顔でへんな間を空けた。
稲川淳二にでもなったつもりなのだろう。ほんとうに頭が悪そうだ。
「河童に食われたんだよッ!」
とつぜん、演劇的な効果を狙って大声を上げるモヤシ。
もちろん、ひとかけらも話に引き込まれていない珍保長太郎は、まったく反応しない。完全にしらけた目つきで、子らを見ている。
モヤシはがっかりしたが、先を続けた。
「夜中にここを通るとね、出るそうなんだよ。なにものかはわからないけど。沼の中から、ヌーッとなにかが出てきて、あとをつけてきたりするそうなんだよ。その人は、駆け出して逃げたので無事だったそうだけど」
また深刻そうな顔をしてモヤシが間を空ける。
「……いなくなった子は、逃げるのがちょっと遅かったんじゃないかな」
モヤシは珍保長太郎の反応を待った。
憮然とした表情をしている。
怖がるとか、あきれるとかいう反応は予想ができたが、憮然というのは困った。話が受けてるのかどうかわからない。
「やばいよな。ぜったい殺されてるよ」
間が持たないので、子らの間で勝手に反応することにしたようだ。
「沼に引きずり込まれて、食われてるよ」
大げさに騒ぎ立てるキチガイ。名前の通り目つきがおかしい。多血質というやつだな。
「今頃は河童の胃袋の中だな」
おどろおどろしく答えるモヤシ。
「もうウンコになってるんじゃないかな」
いつもボケ役を引き受けているデブがボケる。
ボケてはいるが死んだ魚のような目をしている。チャールズ・マンソンのような目だ。太った人間は、長年、メディアの世界では、ひょうきんなイメージを持たされているが、現実には心の冷たい悪人が多い。
「河童のウンコは河童ウンコ!」
キチガイが意味のないことを言う。
「うひゃひゃひゃひゃ」
小学生はウンコが好き。彼らは大笑いをして、ぐるぐる走り回った。
やはり子供だから頭がバカなのである。まだ、脳みそが成長していないので、知能が低いのでしょう。
勝手に盛り上がってるガキどもを横目で睨みながら、珍保長太郎は困っていた。
沼に河童が出るなどという噂があるとは……。
これはいかん。
この噂はどれくらいの規模のものなのだろうか。
このガキどものような、バカな物好きが集まってきて、赤堤沼の調査などを始めたら……。
いかん。これはまずいな。
沼の隣には、いかにも探検心をくすぐるような廃屋に近いボロ家がある。
集まってきたバカのひとりが、このボロ家の中も探検してみたい、と思うかもしれない。
そんなことをされたら、首の骨が折れた腐った大家が見つかって大騒ぎだ。
クソ。
クソ。
まずい流れだ。
大家は人付き合いがほとんどないから、安心していたのに……。
「おい……」
珍保長太郎がなにか言おうとする。
「なに?」
子らはようやく反応があったかと、期待して珍保長太郎を見る。
「むぐむぐ」
珍保長太郎が声にならない声を出して、発言を途中で、にごした。
おい、あの家の二階にはなにか怪しいものがいる気配があるぞ。
危険だからぜったいに入ってはいけないぞ!
と脅してやろうかと思ったが、それはむしろ油に火を注ぐことにしかならないと気づいて、とっさにやめたのだ。
「バカやろーッ! 死ねッ! とにかく死ねッ!」
行き場のない激情にかられて珍保長太郎は、子らに大声で罵倒をあびせた。
さっぱり意味のわからない子らは、きょとんとしていた。
説明をするわけにもいかない珍保長太郎は、憮然として愛用の業務用自転車、チンポ号にまたがって去って行った。心の中は不安で、はち切れんばかりだった。
 

 
あらすじ
呪われた町、代田橋。ここでは今日も怪奇現象が勃発していた。どうやら河童のような生き物が、赤堤沼から現れて、人間を襲って食っているらしい。『ラーメン珍長』のコックで殺人鬼の珍保長太郎は事件の解明に挑む!
登場人物
珍保長太郎:『ラーメン珍長』店主
バカ:新実大介
ヒルアンドン巡査:安藤正義
弱虫探偵団
モヤシ:坪内文二
キチガイ:今金弓彦
デブ:田淵哲
モヤシの母:坪内伊佐子
モヤシの兄:坪内拓也
中学生:唐木政治
中学生の弟:唐木将紀
ウルトラ:門前正月
奥さん:中島ルル
旦那:中島圭太
娘:中島グミ、5歳
小犬:モップ
元プロレスラー:三船龍太郎
大家:生源寺荘子