【怪奇小説】ヒトデ男の恐怖~ヘブン・アンド・ヘル~

12月 23, 2023

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~ヘブン・アンド・ヘル~
大家の二階。ヒトデ男の巣。二人の小学生、デブとキチガイはおびえていた。時々、ヒトデ男が入ってきて十個の目で二人を見て、舌なめずりをしては出て行く。保存用食料だが、おいしそうな若肉なので、だいじに取っておいてあるのだろう。
「やばいよ、どうにかしないと、俺たち、近日中にヒトデ男のディナーになるぞ……」
デブは、おなじみの馬鹿力を発揮して逃げようとしたが、身体に絡みついている蜘蛛の糸のようなものが、じょうぶで切れない。おまけに身体がしびれて頭がよく動かないのだ。すぐに眠くなってしまう。このまま、安楽な屍として寝たまま余生をおくりたくなる誘惑にかられる。
「おい、デブ。スマホは復活しないのか……?」
と、隣で同じく、がんじがらめになっているキチガイが言う。
「そうだ。忘れていた。ああ……、この糸に縛られていると、記憶がとぎれとぎれになるなあ……」
デブは水に濡れて動かなくなっているスマホをリックから出した。
「だめだ。動かない。これ、かんぜんに乾いたら、動いてくれるな?」
デブはスマホを、ヒトデ男に見つからないような位置で、かつ、高い場所に隠して、乾くのを待つことにした。
「動かなかった時は、俺たちが死ぬ時さ……」
虚無的な目でキチガイが言った。このガキは小学生のうちから絶望を抱えて生きていた。
あと、死体の山の中に、まだ生きている人間がいることを、彼らは発見していた。
「うう~ん」
大男が苦しみのうめき声をあげた。二メートルを超える筋肉質の巨体。ぐるぐる巻きになっている天然パーマの長髪、その中の怪獣のような異形の顔。
「おじさん、だいじょうぶかい」
キチガイが声をかける。
「だいじょうぶなわけがないだろう……。この糞ガキ……。ぶっ殺すぞ……」
男は地元で評判の悪い元プロレスラーの男だった。名前は三船龍太郎。モヤシ家の裏庭にヒトデ男が現れた時、当初は、この男が泥棒に来たのではないかと、隣近所では疑われていた。
最初、デブとキチガイは、生存している大人がいたので、これで俺たちは助かるぞ、と期待を抱いたのだったが……。全身の皮膚の色が土色に変色していて、あきらかに死にかけている雰囲気だが、怪我はしていないように見えたし、それになにしろ、ずいぶんと強そうだ……。
「うう~、糞」
うめき声をあげて三船が上半身を起こす。怪我がないように見えたのは表だけで、身体の裏側はひどいものだった。背中から臀部にかけての肉が、ほとんどなくなっている。それどころではない。骨の間から心臓が見えた。
「おじさん、よく生きているね……」
キチガイが小学生らしく、なんら、遠慮のない発言をする。
「このやろう。ぶっ殺すぞ……。これでも元プロレスラーだからな。自分より強いやつは、あまり見たことがない……」
と死にかけている三船がつぶやく。自慢ではない。たんに事実を言っているだけだ。いやな奴だが嘘つきではなかった。目の下がくまで真っ黒だ。巨大なゾンビだ。
「それは同意するよ」
とデブ。
「まだ、死んでない……、というだけだがな」
「それも同意するよ」
とキチガイ。
一言多い小学生を無視して三船は続けた。
「そこに女の子の死体があるだろう?」
「うん。俺たちの上級生だよ。家出したと言われてたんだけど」
とデブ。
「俺が来た時には、まだ生きていたんだ。もう半分くらい食われていたけどな……。あまりにも、ひどいありさまだったので、俺が殺してやった」
告白をする三船。
ゴクリと生唾を飲み込む、キチガイとデブ。
「それに気がついて、あの化け物が怒ったのなんの! ハッハッハッ……! 畜生、痛ててて。そのせいで、俺は殺さず、生かさずで、なるべく長く苦しめてから、殺すことにしたようだぞ。お前たちが見てるのが、その結果だ」
苦痛に耐える三船。
蒼い顔をしたキチガイが、意を決して聞いた。
「おじさんも楽にしてあげようか?」
ぎょっとしたデブがキチガイを見る。
「断る」
三船が答えた。
「俺はクビにはなったが、魂は今でもプロレスラーだ。どんな敵だろうと、最後まで戦う。この苦痛を全力で受け止めて生きてやる。プロレスラーというのは、三六五日、苦痛を受け止めて生きる仕事だからな……」
うんざりした顔で三船は続けた。
「それにしても、こんなひどい負け試合は初めてだ」
デブとキチガイは目を交わす。
「この人はあんがい、良い人なのかもしれないな」
能天気なデブがキチガイに言う。キチガイはもう少し、シニカルな見方をしていた。
「ケッ……」
ふてくされて異形の大男は向こうを向く。その目の端に光るものが見えたのは、目の錯覚だろうか?

 
あらすじ
呪われた町、代田橋。ここでは今日も怪奇現象が勃発していた。どうやら河童のような生き物が、赤堤沼から現れて、人間を襲って食っているらしい。『ラーメン珍長』のコックで殺人鬼の珍保長太郎は事件の解明に挑む!
登場人物
珍保長太郎:『ラーメン珍長』店主
バカ:新実大介
ヒルアンドン巡査:安藤正義
弱虫探偵団
モヤシ:坪内文二
キチガイ:今金弓彦
デブ:田淵哲
モヤシの母:坪内伊佐子
モヤシの兄:坪内拓也
中学生:唐木政治
中学生の弟:唐木将紀
ウルトラ:門前正月
旦那:中島圭太
奥さん:中島ルル
娘:中島グミ、5歳
小犬:モップ
元プロレスラー:三船龍太郎
大家:生源寺荘子