【怪奇小説】ヒトデ男の恐怖~俺の人生、どうにもならん~

~俺の人生、どうにもならん~
ウルトラこと門前正月は、いきようようと帰って行った。世田谷の夕焼けが美しい……。早春の空気がさわやかだ。こんなに気分が良いのは、何年ぶりだろう。持病になってる足の痛みも今日はほとんどない。二十歳くらい、若返った気持ちだ。
門前は、足をへし折ったときのことを思い出していた……。
まだ二十代前半だった。それまで、その他大勢の役しかやったことがなかった、無名のアクション俳優の門前が、ウルトラ忍者の役で大当たりを取ったのだ。
さいしょは子供向けの番組ということで、あまりやる気のなかった門前だが、人気が出てみるとすべて違った。世間の自分を見る目が一変したのである。
これは驚いたね。
ふつうに近所のセブンイレブンに買い物に行けなくなった。最初は、気がついた子供に不思議そうに見られるだけだった。やがて、その輪に大人が加わるようになった。そのうち、まわりを取り囲まれて、身動きができないことも、しばしばになった。
仕方ないので、外出のときは変装して歩くようになっていた。
これが人気が出るということなんだなあ……。
子供向けということで甘く見て悪かった。
待遇もいきなり良くなった。テレビ局が送り迎えにタクシーを出すようになったが、門前はそれより、バイクで通うことを好んでいた。もともとは走り屋だったのである。
今思うと、あれは俺の機嫌をとるためにタクシーを出していたのではなく、怪我をしたりして撮影に支障をきたさないように、出していたのだな。アウトローを気取っていないで、素直に送り迎えされていればよかった。
根が真面目でいっしょけんめいな門前は、子供番組だと甘く見ていた自分をいましめて、心を入れ替えた。こんな、まだスタートラインに立ったくらいで、人気に天狗になり自滅するような、愚かな人間にはなりたくなかったのである。
門前は、ぜんりょくでウルトラ忍者の役作りに励んだ。さらに徹底的な脚本の読み込み。もっとも子供向け低予算番組だったので、ぎりぎりまで台本が届かず、しかも、届いた台本もアラの矛盾だらけのひどいものだったが。
しかし、門前は状況は悪くても、自分にできる最善のことはしようと努力した。おかげで、子供向けの番組だったにもかかわらず、大人が見ても楽しめるような、それなりに完成度の高いドラマになった。
現場のスタッフにも評判が良く、門前正月さんが出るだけで、番組の格が上がりますよ……、とまで言われたほどだ。
順風満帆。門前は遊びはしないので、スキャンダルとも無縁だ。ウルトラ忍者の次期シリーズの製作も、はや、決定されていた。
門前正月は、これから長い役者生活が始まるのだろうと思い、気を引き締めた。
長い栄光の茨の道が始まるのだ!
それは、輝かしくもあり、苦しくもあるだろう……。
俺は表面的な人気などには、踊らされはしないぞ。
もっと本物の役者だ。
本格的な演技のできる、アクション俳優になるのだ。
俺はまず、ウルトラ忍者での成功を足がかりにして、階段を一段づつ上がって、日本一の役者にのしあがってやるッ!
その翌日、門前はバイクで転んだ。
撮影所に行く途中だった。けっこう飛ばしていたので、死んでもおかしくはない事故だった。そんな転び方だった。門前は転倒したバイクから、ほうりだされ、空中をクルクルと回った。スローモーションで地面が近づいてくるのが見えた。門前は、これで俺は死ぬ……、と思った。
さいわい、怪我は骨折だけで済んだ。片方の足首が見事に折れた。門前は首の骨が折れなかったことを、神に感謝した。しかし、当面、アクションはできない。病院で、寝ていることになった。
せっかく、やる気になっているのに、ここでちょっと立ち止まるのは残念だったが、怪我をしたのだから、しかたがない。この際だから、入院してる間に、内外の演技の本を乱読して勉強することにしよう。退院するときには、一回り大きな自分になっていたい……。
それより、撮影現場を大混乱させてしまったのは申し訳なかった。それと、ファンの子供たち……。
ごめん。全国の子供たちよ。
君たちのウルトラ忍者は、宇宙の彼方の、病院のベッドで寝たきりだ。
しばらく、テレビの国からはおさらばするよ……。
翌週のことだった。
病院の個室でテレビを見ていた門前正月は驚愕した。
新番組『帰ってきたウルトラ忍者』が始まっていた。あっさり、門前正月は死んだことになっていたのである。出だしの数分で回想が語られた後は、門前はもういないことになっていた!
これには驚いたね。
おそらく、大急ぎで台本が書き直されて俳優が集められたのだろう……。門前の目には、かなりひどいできだったが、実際は、いつもより高い視聴率だったという。
門前正月と入れ替わるかたちで、見たことのない若い俳優が新しいウルトラ忍者『帰ってきたウルトラ忍者』になっていた。アクションも演技も、門前に遠く及ばないが、顔だけは、ずっと見栄えがよかった。
さて、問題は子供たちだ。熱狂的に門前を応援してくれていた子供たちは、これを見てどう思ったか。テレビ局に抗議の手紙を送り、『帰ってきたウルトラ忍者・ボイコット運動』でも、始めたのだろうか?
もちろん、そんなことはない。子供たちはみんな新しいものが好き。
みんな、いっしゅんで門前のことを忘れて、新しいヒーロー、『帰って来たウルトラ忍者』に熱中した。そして、大人たちが遅れて、それに加わった……。
門前正月は、当時を思い出して悲しい気分が湧き上がってきた。
退院したのは数ヶ月後。思ったより、骨折がびみょうな箇所で骨がうまくくっつかなかったのだ。困ったことに片足を引きずるようになった。これではアクションができない……。
だが、演技力なら誰にも負けん!と門前は意気込んでみたが、世の中はそんなに甘いものではなかった。演技派俳優なんて、掃いて捨てるほどいるのである。
ブランクはできたが、俺はまだ人気絶頂の俳優だ。
と門前は思っていたが、たちまち、厳しい現実にさらされた。周りにあれほど、たくさん群がっていた人々が、きれいに消えていなくなった! 入院直後は見舞客の対応で忙しいほどだったのに……。今では電話をかけても居留守を使われるほどだ。
いちばん悲しかったのは、コンビニに行く途中の道端で、色紙をもった子供に話しかけられた時だった。久しぶりにサインを求められたのか、と思って書こうとしたら、止められた。
「おじさん、昔のウルトラ忍者だよね。だから、帰ってきたウルトラ忍者の知り合いでしょ。帰ってきたウルトラ忍者のサインもらってきてくれないかな!」
と無邪気に笑うガキ。
門前はウルトラ忍者じゃなくてウルトラ悪魔になって、いけずうずうしいガキを、叩きのめしたくなるのを必死にがまんした。
俺はもう必要ないのだ……。
いらない人間なのだ……。
今の門前なら、わかる。あれはバブルだったのだ。実体のない泡が膨らんで、パン!と破裂しただけなのだ……。だが、当時の門前は途方にくれた。世の中に裏切られたような気分がした。まだ、若かったのだ。
それからは、吹かず飛ばず。引退はしてないが、芸能界の端っこの方に、ちょっとだけ引っかかっている、という状態。それが数十年続いた。『自称俳優』と言われてもおかしくない。結局、自分のキャリアを総括すると、最初に一瞬のピークがあっただけで、『自称俳優』レベルの低迷期の方が大部分になってしまった。
俳優を完全に諦めて十年近くなる。今では、ただの酒場のカウンターのハエだ。
「これを足がかりに、はるか上を目指そうと思っていたのに、実はその地点が俺の人生の頂点だったのだ!」
いつもの門前なら、ここで自己憐憫で泣き出しているところだ。落ち目になってからの門前は、深い憂鬱につねに覆われていた。こんな暗い顔の役者を使う人間などいないのは、あたりまえのことである。
本人もそれは頭ではわかっているのだが、憂鬱なものは憂鬱なもの。少しも楽しくないのに、にこやかに笑うことなどはできない。笑う演技をしても、少しも楽しそうに見えない。見てても陰惨な気分にしかならない。俺の人生、どうにもならん。
しかし、今日はウルトラーメンを食った。
俺は変わりつつある。
これはどうなってるのか。
俺は……。
今までの俺ではない。
俺の体の憂鬱な分子構造が一から組み立て直された感じだ。
新しい世界……。
俺の前に未知な世界が広がってる……。
それが見えるぞ。
ビジョンだ。
ビジョンでスピリッツ。
俺は、自分の過去の亡霊と正面から向かい合い、戦って勝ち、新しい人生を切り開いていきたい!
なぜならば、俺はウルトラ忍者だからだ。
本当は不滅の宇宙王者なのだが、その王者は俺の皮の下で、今まで眠っていたのだ。
戦うぞ!
俺は負けない!
俺は……!
俺は……!
不滅の王者ッ!
宇宙の帝王ッ!
「ウルトラーッ! 忍者ーッ!」
門前正月は沈んでしまった夕日の名残に向かって絶叫した。遠くを飛んでいたねぐらに帰るカラスが、カアカア鳴いて答えた。
それから、門前は、ウルトラーメンを発明した『ラーメン珍長』の店長を褒め称えたいと思いながら、赤堤にある自宅アパートに向かって、全速力で駆けていた。
 

 
あらすじ
呪われた町、代田橋。ここでは今日も怪奇現象が勃発していた。どうやら河童のような生き物が、赤堤沼から現れて、人間を襲って食っているらしい。『ラーメン珍長』のコックで殺人鬼の珍保長太郎は事件の解明に挑む!
登場人物
珍保長太郎:『ラーメン珍長』店主
バカ:新実大介
ヒルアンドン巡査:安藤正義
弱虫探偵団
モヤシ:坪内文二
キチガイ:今金弓彦
デブ:田淵哲
モヤシの母:坪内伊佐子
モヤシの兄:坪内拓也
中学生:唐木政治
中学生の弟:唐木将紀
ウルトラ:門前正月
奥さん:中島ルル
旦那:中島圭太
娘:中島グミ、5歳
小犬:モップ
元プロレスラー:三船龍太郎
大家:生源寺荘子