【怪奇小説】ヒトデ男の恐怖~お前も目を見えなくしてやる~

12月 23, 2023

~お前も目を見えなくしてやる~
勢いよく『ラーメン珍長』を飛び出していった、中島ルルとグミの不遇な母娘。水銀ラーメンを食ったせいで、身体の中が原子力発電所のように熱く燃えている。
「どこだ……! バカ夫はどこだ……!」
目を血走らせて代田橋商店街を進軍していくルル。身体の高温のために、髪の毛が爆発したように逆立っている。気のふれた歌舞伎役者のようだ。怒鳴りながら歩いている。そのあとを、散歩中のダックスフンドのように追いかけているのは、娘のグミ。薬品によって顔面は溶けただれている。目も鼻も耳もない。ケロイド状になった皮膚があるだけ。そこにポツンと口が開いている。唇も存在していないので、ただの穴と呼ぶ方がふさわしいが……。
「ぎょっ! ぎょっ!」
よくわからない奇声をあげながら、グミは速足の母親を追いかけていた。しかも、どういうわけか四つ足歩行である。もう人間ではない。すこしも人間には見えない。
「ぎょっ! ぎょっ!」
「バカ夫はどこだ……! バカ夫はどこだ……!」
異形のもの、二名の行進。この世のものとは思えない。
通行人は驚いてふたりを見つめた。
「ママ! あの人たちなに? サーカス?」
むじゃきなそのへんの子供が声を上げる。
「シッ! だめですよ。見てはいけません!」
あわてて子供の目と口を押さえる母親。怒らせると呪われるかもしれない……。なにかの病気がうつるかもしれない……。さいわいにも異形のもの二名は、彼らには目もくれず通り過ぎた。ホッと胸をなでおろす母親。
恐ろしいものだった。なのかはわからないけど、あまりにも凶々しい。人間というには凶々しすぎる。塩があったらまきたいところだった。
ルルとグミは代田橋商店街を抜けて、甲州街道にかかっている歩道橋を渡った。少し進んで左に曲がる。沖縄タウンに入る。沖縄タウンと名乗ってはいるが、沖縄関係の店は数軒しかない。ただのさびれた古い商店街だ。
思った通り、夫の圭太は、行きつけの店で呑んだくれていた。圭太は夫婦喧嘩の果てに、娘をかたわにしてしまってから、ますます酒に溺れるようになった。おかげで工場も首になっていた。
「ばかやろう……。このクソどもが……」
誰に向かってということもなく、怒りをぶつけている酔っ払い。
「圭太さん。今日はこのへんにしたほうがいいんじゃないですか」
マスターの八田は圭太のヤンキー時代の後輩だった。おかげで圭太は顔が効く。だが、圭太は毎日やってきては呑んだくれて、しかも酒代をちゃんと払わない。他の客に誰彼となくケンカを売る。おかげで、八田の飲み屋は、すっかり売上が落ちてしまった。
それでも先輩後輩ということで、八田は表だっては圭太をじゃけんにすることはなかった。
「なんだと、このやろう。俺にケンカを売る気か。上等だ。表に出ろ」
八田に食ってかかる圭太。舌なめずりをしていた。圭太は、仕事はなにもできない無能な男だが、ケンカだけは昔から得意だった。これ以上の楽しみはない。
「冗談じゃありません。ケンカなんかしません。圭太さんとケンカなんかしたら、一瞬で殺されますよ」
高校生時代の習慣から、今でも圭太にはゴマをすってしまう八田。おだてられて、いい気になってニヤリと笑う圭太。
「ま、俺よりワルなやつは関東にはいなかったからな。あのころは道を歩いているだけで、よその学校のやつらまで、俺にお辞儀をしたもんだ。ハッハッハッ!」
機嫌がよくなった圭太を見て八田は安心する。怒らせて備品などを壊されたら困る。さらに困るのは、本当に手がつけられないほど、暴れ始めた場合で、そうなると先輩といえども警察に通報しないとならないだろう。そうなると圭太さんのことだから、一生恨んでゆるしてくれないだろう。人を憎むと相手が破滅するまでやめないのが圭太のやり方だ。だから、関東でいちばん恐れられていたのである。八田は圭太の恨みを買った相手がどうなったか、そばでよく見ていた。そうなるのだけはさけたかった。家も近所だし、おそらく、もう、ここでは商売ができなくなるだろう。
「その通りですよ。今でもヤンキーの間では圭太さんは伝説になってるそうです。圭太さんの名前を出すだけで、みんなションベンちびるらしいですよ……」
八田は客をおだてるのがうまい。圭太が入りびたるようになる前は、けっこう店は繁盛していた。
「そうだ。俺もションベンしなきゃ……」
ふらつく足元で圭太は店の奥にあるトイレに入った。かんぜんに泥酔している。その後ろ姿を見ながら、八田は顔をしかめた。圭太さんは先輩だが、このままでは店がつぶれる。どうやったら、圭太さんを怒らせないで、出禁にできるかな……。八田はしばらく考えてみたが、まったく解決策は見つからなかった。
チリンチリン。
飲み屋のドアが開く。見ると圭太の奥さんだ。
ありがたい。
これで連れて帰ってもらえる。
八田は、そう思ったが、すぐに、ふたりがこのまえ別れたというのを思い出す。奥さんの目つきが、尋常ではないのが気になった。
「クン、クン、クン……。圭太の匂いがするぞう」
どういうわけか、奥さんは四つん這いで入ってきた。八田は奥さんを高校時代から知っている。すごい美人でみんなのあこがれの的だったが、今の姿は山姥か、なまはげのようだった。
奥さんは飲み屋の床を犬のように嗅いで回った。やがて、圭太が座っていた椅子に鼻を当てた。
「ここだ……」
ニタ~リと笑う奥さん。おいおい、どうなってしまったんだよ。まったく。八田は驚いたが、このくらいのレベルで驚いたと言えるのは、続いて入ってきた娘の姿を見るまでだった。
「ぎょっ! ぎょっ!」
爬虫類のような鳴き声をあげながら娘が入ってきた。人間とは思えないが、奥さんといるんだから、これが圭太の娘さんなのだろう。それにしても、この姿はいったい……。いや、見た目だけじゃなくて、行動のすべてが。いったい、何が起きているのか。
「ぐあっぐあっ!」
奥さんが呼応した。
「ぎょっ! ぎょっ!」
娘が答える。
「ぐあっぐあっ! ぐあっぐあっ!」
「ぎょっぎょっ! ぎょっぎょっ!」
母と娘の合唱が始める。ここはどこの星なんだ!? 常識人である八田は気が狂いそうになった。
そこに、圭太がトイレから出てきた。泥酔しているのでチンチンを出したままだ。ワルを気取っているが包茎だ。ふたりの姿を見て、ぎょっとする。
「うわっ!」
奥さんは八田がいるカウンターの中に駆け込む。ちょうど刺身の盛り合わせを作ろうとしていたので、刺し身包丁が置いてあった。それを手にとって出てくる。
「お前も同じ姿にしてやるッ!」
もうぜんと圭太に飛びかかる。だが、そこは関東一のワルと呼ばれていた圭太。ケンカだけは得意なのである。すっと身を引いて包丁をよけ、ルルの手首をつかまえた。ベロンベロンに酔っ払っているにもかかわらず、驚くほど動きは速い。
「あっ!」
圭太が驚きの声をあげる。肉体労働者でケンカ慣れしている圭太。一方のルルは拒食症に近い極端なやせ形だ。やつれ果ててると言ってもいい。それなのに、ルルはやすやすと圭太の手を振りきり、逆に腕をねじ上げた。
「痛てててててッ!」
たまらず悲鳴をあげる圭太。腕が折れそうだ。ミシミシと骨にヒビが入る音が聞こえてきた。後輩の八田は、圭太が悲鳴をあげるのを初めて聞いた。これは驚いた。圭太が劣勢に立たされるのは見たことがない。
「であッ!」
ルルは強烈な回し蹴りを圭太の背骨に当てた。
バキッ!
いやな音が店中に鳴り響いた。
「せ、背骨が折れたッ!」
グンニャリとコンニャク人間のように二つ折りになって床に崩れ落ちる圭太。背後に回ったルル。圭太の髪の毛をつかんで顔を上を向かせて、細長い刺身用の包丁を振りあげる。
「お前も目を見えなくしてやるッ!」
ルルは情け容赦なく包丁の先端を圭太の目玉に突き立てた。
ブシュー!
鮮血がほとばしる。
「ギャアアアアアアアアアアアアアッ」
悲鳴をあげる圭太。鉄工場で鍛え抜かれた筋肉質の身体だが、いくら暴れてもルルの手を振りほどくことができない。ルルは筋肉など、ほとんどないように見えるのに。
グルグルグルと眼孔の中で細い包丁を回すルル。そのたびに圭太の身体が苦痛のあまりバウンドする。
グリン!
とうとうルルは圭太の目玉をえぐり取ってしまった。もう片方の目にも同じことをする。
「見えない……、なにも見えない……」
紐のような神経の束でつながった眼球をふたつブランブランさせながら、圭太はうめいた。顔面が血で真っ赤に染まっている。絶叫、絶叫、また絶叫。
「きょせいしてやるでちゅッ!」
追い討ちをかけるように娘のグミが飛びかかった。顔面にあいているたったひとつの穴、口を大きくあけていた。乳歯のような小さな歯がぎっしりとつまっていた。なんと恐るべきことにグミは圭太のチンポコを食いちぎった。恐怖のあまりすっかり萎縮して、子供の口に入るくらい小さくなっていたのである。間髪を入れず、玉袋の中の睾丸も食いちぎる。右の玉。左の玉。
「うまいでちゅーッ!」
モグモグ。
と、血を口からしたたらせて咀嚼するグミ。
ブチン、ブチン。
これは睾丸がつぶれる音だろうか?
「もう男じゃなくなったーッ!」
圭太は絶叫して気絶した。目も見えない。セックスもなくなった。これは圭太のようなマッチョな世界観で生きている人間にとっては致命的だった。これからは、もう昔のように、いばることはないだろう。場合によっては、もう正常な精神ではいられないかもしれない……。
「なかなか、やるじゃない。グミも!」
感心したルルが褒め称える。
「ぎょっぎょっぎょっ!」
うれしそうにグミが鳴き声をあげる。
「あたしたち、強く生きていけそうね!」
なんとなく幸せそうな親子のふんいきが店内に広がる。よかった。よかった。しかし、マスターの八田はそれどころではなかった。恐怖のあまりジーンズの中にウンコをもらしていた。

 
あらすじ
呪われた町、代田橋。ここでは今日も怪奇現象が勃発していた。どうやら河童のような生き物が、赤堤沼から現れて、人間を襲って食っているらしい。『ラーメン珍長』のコックで殺人鬼の珍保長太郎は事件の解明に挑む!
登場人物
珍保長太郎:『ラーメン珍長』店主
バカ:新実大介
ヒルアンドン巡査長:安藤正義
弱虫探偵団
モヤシ:坪内文二
キチガイ:今金弓彦
デブ:田淵哲
モヤシの母:坪内伊佐子
モヤシの兄:坪内拓也
中学生:唐木政治
中学生の弟:唐木将紀
ウルトラ:門前正月
旦那:中島圭太
奥さん:中島ルル
娘:中島グミ、5歳
小犬:モップ
元プロレスラー:三船龍太郎
大家:生源寺荘子
セイブ愛地球:環境保護団体