【怪奇小説】ヒトデ男の恐怖~不老不死の薬~

12月 23, 2023

~不老不死の薬~
ウルトラこと、元俳優の門前正月は機嫌がよかった。
「店長! このウルトラーメンはまったく素晴らしいですね! 宇宙の歴史で一、二を争う、うまさですよ! 私はこれに出会って人生が変わりました。今までは、なにをやってもうまくいかなかった、この人生……。憂鬱で憂鬱で。死んだら墓碑銘には絶望と彫ろうと思っていたくらいですよ。ハッハッハッ」
ズルズルとウルトラーメンをすすりながら、門前はつまらない自分語りを続けた。珍保長太郎はかんぜんに無視していたが、門前は気にもしていなかった。こういう人っていますね。
「それがウルトラーメンを食った途端、人生の展望が開けました。ビジョンですよ、ビジョン! 一気に明るい未来を信じられるようになりました。私は無宗教なんですが、宗教的開眼をした、と言ってもいいくらいですよ!」
「そんなに褒めていただいて恐縮です」
店長が無視していたので、代わりにバイトのバカがしゃしゃり出て答えた。バカは自分のことのように喜んでいたのだが、店長がまったく喜ばないどころか、褒められば褒められるほど、機嫌が悪くなるのが、理解できなかった。
珍保長太郎は腹の中で激怒していた。
門前正月が毎日食うので、豊洲新市場の地下から盗んできた土の残りが少なくなってきた。これで大量殺人をぶちかましてやろうと思っていたのに、門前正月ひとりでほとんど食ってしまったじゃないか。
しかし、水銀は身体の中にたまればたまるほど、ひどい苦しみをもたらすと、ネットで調べたので、毎日、ウルトラーメンを出し続けていたのである。
これもひとえに、門前が苦しみ抜いて死ぬのを見たい、それだけの一念からであった。
それにしても、こんなに元気になってしまうとは予想外であった。
珍保長太郎は横目でウルトラを睨みつけながら思った。
考えてみると、昔の中国の女帝や日本の殿様、さらにはクレオパトラなども『不老不死の薬』と言って、丸薬にした水銀を飲んでいたことが知られている。長生きできると思って、毒薬を飲んでいたとは、皮肉な話である。やはり昔の人間は知能が低い。
しかし、まったく根拠がないものを、いくら非科学的な時代だったとはいえ、権力者の人間が飲み続けるものだろうか。実際にそれなりの短期的な効き目があったからこそ、『不老不死の薬』と呼ばれていたのではないか。
長期間飲むと死んでしまうが、短期的には水銀には人間を元気にしてしまう効用があるのかもしれない。水銀は身体にたまると脳の神経に作用することが知られている。なので、少量だと麻薬を服用したように脳の一部がおかしくなって覚醒化するのではないだろうか……。
なんでも新しいバイトを始めたとかで、金回りが良くなったらしい門前は、ビールも頼んでいた。ほろ酔いでいい気分になって、なんとウルトラ忍者の唄を大声で歌い始めた。あきらかに脳の一部がおかしい。
「オイラは宇宙の忍者だ、ビューンビューン! 火星、金星、どんと来い! 星の彼方からヒュンヒュンヒュン! イケてる兄弟、やってきた! 今だ、ウルトラ手裏剣! マッハ十五のスピードだぁ」
食い終わってさっそうと出て行く門前。
珍保長太郎は、今までの人生で、これほど、うんざりした気分になったことはなかった。自分で水銀ラーメンを食いたくなったほどである。
ウルトラと入れ替わるように、ヒルアンドンこと近所の交番の巡査長、安藤正義が顔を出した。
ちなみに巡査部長というは立派な役職だが、巡査長というのは長年働いてるともらえるという功労賞的なもので、なにか偉いわけではない。
「おい、あんたが弱虫探偵団だかホラー探偵団だか呼んでいた小学生たちまで、行方不明になったのは知ってるか?」
「ああ、河童に食われたようですね。河童のことなんか調べるからです。雉も鳴かずば撃たれまいに……、というやつですよ」
と、すげない珍保長太郎。
「言うことが、いちいち古いなあ。あんた、いつの時代の人間だ。それはともかく、今、三人の家を回ってきたところなんだ。どうも、親たちの話を聞くと、どこかに探検に行った気配がある。懐中電灯やリックサックがなくなっている。一人の子供なんか、拳銃の入手はできないか、と人に聞いて回っていたそうだよ。どんな危険な場所に行くつもりだったんだ」
ヒルアンドンは一息つく。
「ウチには寄りませんでしたね。たまに、うれしそうにホラー探偵団の活動報告をしに来たりするんですが。さいきん、じゃけんに扱っていたので、きらわれたのかも知れませんね」
珍保長太郎は大人なので一応心配しているふりをする。もちろん、ひとかけらも気にしていない。
「そうか。それが聞きたかったんだ。なんかわかったら、教えてくれ」
さっそうと去っていくヒルアンドン巡査長。北沢警察署地域課である。酒が入ってない時は優秀な警察官なのである。
 

 
あらすじ
呪われた町、代田橋。ここでは今日も怪奇現象が勃発していた。どうやら河童のような生き物が、赤堤沼から現れて、人間を襲って食っているらしい。『ラーメン珍長』のコックで殺人鬼の珍保長太郎は事件の解明に挑む!
登場人物
珍保長太郎:『ラーメン珍長』店主
バカ:新実大介
ヒルアンドン巡査:安藤正義
弱虫探偵団
モヤシ:坪内文二
キチガイ:今金弓彦
デブ:田淵哲
モヤシの母:坪内伊佐子
モヤシの兄:坪内拓也
中学生:唐木政治
中学生の弟:唐木将紀
ウルトラ:門前正月
奥さん:中島ルル
旦那:中島圭太
娘:中島グミ、5歳
小犬:モップ
元プロレスラー:三船龍太郎
大家:生源寺荘子