【怪奇小説】ヒトデ男の恐怖~ウルトラ・エンド~完

~ウルトラ・エンド~
ラーメン珍長。
「バカヤロウ。この糞ったれが」
ヒルアンドン巡査こと安藤正義は、やさぐれていた。休職あつかいになったのである。今日は夕方、ラーメン珍長が開く前から店の前で待っていた。すでに家で飲んでいたそうで酔っ払っている。珍保長太郎はかなり嫌な顔をしたが、忙しくてかまってる時間がないので入れてやった。開店してからも、ずっと居座って飲み続けている。もうすぐ閉店時間だ。珍保長太郎は追い出そうかとも考えたが、復職してから警察の権力を使って、嫌がらせにきたらやっかいなので、がまんしていた。ここ数日、こんな感じで毎日来ている。
「おかしいじゃねえかよ……。世の中、間違っとる……」
くだを巻く安藤。珍保長太郎は冷たく無視をした。今日は一言も口を聞いていない。
予想どおり、モヤシの兄を射殺した安藤をマスコミは叩いた。日本では、どんなことでも、とりあえず警察を叩いておけば万全、という風潮がある。それに見事にはまった。他に大きな話題がなかったせいもある。
安藤はヒルアンドンというあだ名の通り、ボケッとしたしまりのない顔をしている。しかし、マスコミは優秀な調査力を発揮して、凶悪犯人にしか見えない顔写真を入手し、連日、テレビや新聞で流した。一応、目にモザイクはかかっていたが、ネット上では、いっしゅんでモザイクのない顔写真が流れた。珍保長太郎は、その写真を見て爆笑した。どこから見ても、賄賂でも受け取っていそうな悪徳警官に見えたのだ。
連日、北沢署と羽根木交番にマスコミと酔狂な野次馬が、有名な殺人警官を見ようと集まってきた。中にはぶっそうな連中もいて、手に手に完熟したトマトや生卵を持って待ち構えている。『セイブ愛地球』がらみの反戦活動家たちだ。もっとも安藤本人が来ても、写真と違ってあまりにも平凡な顔だったので気づかれないですんだ、というオチがついたが。羽根木交番前などは、道路がせまいので、大勢集まった野次馬のために、交通整理をしなければならなかったほどである。
安藤は、手順に問題はなかったはずなので、騒ぎが収まるのをまっていればいいさ、とたかをくくっていたが、すぐに考えが甘かったと思い知らされることになった。
署に帰った安藤は、地域課の課長に呼び出された。嫌な予感がする。課長の机の前に行き、しゃちほこばって用件を聞く。安藤は課長に、拳銃で撃つ前に、交番のドアを閉めて鍵をかけ、電話で応援を呼ぶべきだった、と言われた。安藤は課長が冗談を言ってるのかと思って目をのぞきこんだ。
「ほんきですか。相手は出刃包丁を振り回して、全速力で駆けてきてるんですよ。ガラスくらい割って入ってきますよ」
「そうなったら、警棒で応戦して時間をかせげばいいだろう。その間に応援が来る」
安藤はバカヤローッ!と怒鳴りたくなったが、それをやる人間は組織にはいられない。そのかわりに、ふんまんやるかたない、といった表情で不満を表明し、わざとらしく静かにドアを閉めて出て行った。
ラーメン珍長。
「ようするにだな、誰かいけにえが欲しかった、ということだな。マスコミと世間が満足するような。まったく、くだらねえな」
ぐたぐた言ってる安藤。珍保長太郎が無視していたので、バイトのバカが相手をする。
「ひどい話ですね。ヒルアンドンさんは、モヤシ君たちの救出では大手柄を立てたというのに……」
「安藤さんと呼べ、安藤さんと。でも、手順自体はやっぱり、そんな間違ってないんだから、数日間の休職ですんだ。でも、なんか、バカバカしくなってきたから、このさい、有給を取ってしばらく休むことにしたよ。誰も来ないような静かな北国の湖に行って釣りでもしようかな、と思う。ま、どうせ、マスコミの関心が他に移るまでは、出署しても仕事にならんだろうしな」
珍保長太郎は安藤に釣りの趣味があるとは初めて聞いた。顔はよく見るとはいえ、客と店主。べつに友人ではないからである。孤独な中年の男たち。
酔っ払ってる安藤は、今度はとりとめのない釣りの話をながながと始めた。珍保長太郎はもちろん、バカもまったく釣りには関心がなかったので、とうとう誰も聞かなくなった。そこは酔っ払いの悲しみ。無視されていることに気がつかず、話を続けていた。酔っ払ってよく目が見えないのである。
「店長、ウルトラーメンはできないのか……」
カウンターの反対端にひさしぶりにウルトラこと門前正月が来ていた。なんか、うらぶれている。もともと、うらぶれてはいたが、それに輪をかけて、さらにもう一段階、うらぶれていた。人類の限界を超えている。みすぼらしい、といっても過言ではない。
「できない」
簡潔に珍保長太郎が答えた。珍保長太郎は水銀ラーメンが好評だったので、その後、ふたたび豊洲市場に行ってみた。ところがなんということであろう。水銀に汚染されていた地下の土壌はすっかりコンクリートで塗り固められていた。なんという愚かな知事か。豊洲市場でいちばんの有効な資源である水銀に汚染された土壌を無にしてしまうとは……。珍保長太郎は開いた口がふさがらなかった。世の中、間違っとる。
「そうか……」
門前はあっさりと引き下がった。あきらめるのが早い。以前ならば、もっと、食い下がっていただろう。だから、嫌われていたのではあるが。脂が抜けたというか。もぬけの殻というか。淡白になったからといっても、けっして愛される人間にはならないところが、門前のユニークな人間性である。珍保長太郎には門前がすでに死んでいる人間のように見えた。
ウルトラ忍者でなくなった門前は、うつろな人間になった。空虚である。芯がない。自分がいない。しばらくして、以前のような、ただのアル中に戻った。落ち着くところに落ち着いた、というとこである。
ただ、昔のように生死をかけるほど、酒に溺れることはなくなった。この世のもの、すべてに関心が薄れてきた。むしろ、人当たりはよくなった。泥酔して他人にからむこともない。ニコニコと無害に微笑んで、ひとりで静かに飲んでいる。
だが、その変化に気づいたものはいなかった。この世に門前に関心をもっている人間はひとりもいなかったからである。
ウルトラ忍者ではなくなった門田正月は一切の無であった……。
ほろ酔い状態で門前は店を出ようと代金を支払った。泥酔するほど、飲むことはもうしない。カウンターの反対側で、地元で警察官をやっている男がなにやら長話をしているのが見えた。誰も話を聞いていない。この男もあわれなやつだ。なんという、むなしい世の中か……。今こそ、ウルトラ忍者に助けて欲しいと、門前は思った。だが、ウルトラ忍者がきても、こういう抽象的な問題では対処の仕方がないだろう。門前は自嘲して笑った。有能なカウンセラーの連絡先を教えて、去っていくくらいしかできないだろう。ウルトラ忍者が活躍するには、今の世の中は複雑すぎる。
門前は赤堤にある木造アパートに向かう。赤堤沼のわきを抜けて近道をしようと思ったが、立ち入り禁止になっていた。ここにカッパが出たとか人食いウニが出たとか、よくわからない話が耳に入ってきている。
ヒュウウウウウウウウウウウウウ。
こよみの上では春だが、夜風はまだ寒かった。ふらふらしながら門田は遠回りで帰る。帰っても誰もいない。今までの人生で誰かが家で待っていたことは一度もない。借金取りがまちぶせをしていたくらいだ。
ドクン、ド……ドクン。
心臓の鼓動がおかしい。動いたりとまったりしている。泥酔はしてないはずだが、酔って急に寒いところに出て、歩いてるのが悪いのか。門田の家系はみんな心臓が弱い。お迎えが来る日も近いかもしれない。
「そういえば、幻想か妄想かしらんが、俺も超能力を得たような気分になったときがあった。あれを再現できないだろうか……」
まわりに誰もいなかったので、門前は小声でつぶやいた。珍保長太郎と違って神経質なので、人前でブツブツと奇声を発しながら歩くようなことはしたくなかった。考えてみれば、あの時、俺はたしかに超人になっていた。思春期の若者のような万能感があった。たしかに俺は、あのトラックをとめられると思い、じっさいにとまったのだ。あれはウルトラ忍者のウルトラ・ストップという技だった。
「あの方面の能力をのばせば、この空虚さから逃れられるのではないか?」
門前はつかのま、神妙に考えた。だが、すぐに苦笑いを浮かべた。きっと、あれは幻想だったのだ。単なる偶然がもたらした奇跡だったのだろう……。そう、結論付けた門前だったが、酔いも手伝っていちおう実践してみることにした。
「ウルトラ・ストップ!」
手のひらを突き出した門前。もちろん、なにも起こらない。そもそも、とめる対象がないせいかもしれない。門前は笑って頭を振ったが、ひととおり、ウルトラ技を試してみることにした。
「ウルトラ・キック!」
歩きながら、さりげなく足を振り上げた。なにも起きなかった。
「ウルトラ・パンチ!」
なにも起きる気配はない。
「ウルトラ・カッター!」
もちろん、なにも起きる気配はない。
「ウルトラ・頭突き!」
歩きながら激しく中空を頭突きする。はんぱに酔いが覚めた頭の中で、頭痛がしてきた。やはり、なにも起きない。
自分のしてることがバカバカしくなってきたので、門前は次の技で最後にしようと決めた。そう思ったのだが、もうウルトラ技のネタが切れた。これは困った。ここで人生の句読点をつけて、きっぱりとウルトラ忍者のことは忘れようと、思ったのだが……。
仕方ないので、最後らしい適当な名前の技を作って繰り出すことにした。ま、酔っ払いのたわごとだ。意味はない。自分で言っていて、どんな技かわかっていない。門前は、じゃっかんさびしそうに笑いながら、最後の技を出した。力強く、両腕をひろげて前に突き出す。なぜか、急に体内に力がみちてくるのを感じた……。
「ウルトラ・エンド!」
門前の姿はこの世から消えた。


 
あらすじ
呪われた町、代田橋。ここでは今日も怪奇現象が勃発していた。どうやら河童のような生き物が、赤堤沼から現れて、人間を襲って食っているらしい。『ラーメン珍長』のコックで殺人鬼の珍保長太郎は事件の解明に挑む!
登場人物
珍保長太郎:『ラーメン珍長』店主
バカ:新実大介
ヒルアンドン巡査長:安藤正義
弱虫探偵団
モヤシ:坪内文二
キチガイ:今金弓彦
デブ:田淵哲
モヤシの母:坪内伊佐子
モヤシの兄:坪内拓也
中学生:唐木政治
中学生の弟:唐木将紀
ウルトラ:門前正月
旦那:中島圭太
奥さん:中島ルル
娘:中島グミ、5歳
小犬:モップ
元プロレスラー:三船龍太郎
大家:生源寺荘子
セイブ愛地球:環境保護団体
安倍晋三:総理大臣