【怪奇小説】空手対幽霊〜完全なキチガイ〜

12月 23, 2023

〜完全なキチガイ〜
「ぎゃあああああぎゃあああああぎゃあああああああああああッ!」
男は絶望の叫び声を上げる女の、長い髪の毛を鷲掴みにし、元気よく引きずり起こした。べりッ! べりッ! という小気味良い音とともに、女の髪が幾束か頭皮ごと抜けた。
犠牲者の女子大生が、この廃屋に連れこまれたのが十二時間前。女はすでに五回、強姦されていた。ペニスで貫かれたのが三回。残りの二回は、庭から拾って来た木の太い枝で貫かれた。どの穴でもかまわないが、木の枝を入れられたことがあるだろうか……それはお世辞にも心地よいとは言い難い。
廃屋は大正から昭和初期に作られたと思われる洋館で、広い敷地の中に建っていた。周囲は高いレンガ壁で囲まれ、壁は厚いコンクリートでできていた。つまり、いくら泣き喚いても——いくら助けを求めても——誰にも聞こえない、ということだ。堅い樫材の床には、黒い染みがひろがっていた。変色した血である。美しい。この女の血だけではない。来た時には、すでに過去の犠牲者のものと思われる血の染みが、気の狂った現代絵画のように、部屋の床や壁にひろがっていた。亡霊たちの苦痛の叫び声が耳に聞こえるようだ。自分がもうすぐ、その亡霊の仲間入りすることは間違いがない。それを考えると、女は気が滅入った。
どうやら、ここは、この変態が使っている隠れ家らしい。安全だとわかり何度も使っているのだろう。いったい何人の女が、ここに連れこまれ、息絶えたのか……。
女が床に転がされた時、手に干し柿のようなものが当たった。あら、こんなところにおやつが……と思ったが、よく見るとえぐり取られた女性器だった。むしろ、昨日食べたおやつが口から出そうになった。ハエの蛹の抜け殻が表面にみっしりと付き、毛穴から陰毛がしょぼしょぼと、申しわけなさそうに生えていた。
もうすぐ、あたしの性器も干し柿のようになってしまうんだわ……。
女はこの時、自分の寿命があまり長くないことを理解した。女には父親、母親と歳の離れた弟がいたが二度と会えそうにはなかった。目を閉じると三途の川が見えた。
男は栗の渋皮を剥くように、女の目蓋をこじ開けた。うつろな目が見えた。UFOが墜落してできた、シベリア、ツングースカ地方のクレーターのように暗く深い。その穴の底に見えるのは地獄の炎か。そろそろ終わらせた方がいいのはわかっていたが、まだ致命傷は与えていなかった。だから、もう少し、この女で楽しむことができる。それを考えると男は喜びで胸が暖かくなった。
ところで、男は趣味と実益をかねて、歴代の連続殺人鬼のことをよく調べていた。彼らには共通の愚かな点がある。殺人衝動が押さえ切れなくなる周期がしだいに短くなるのだ。そのために、逮捕の危険が迫っているにもかかわらず、犯行に及んでしまう——捕まって当然だ。男は先達に学び、その轍を踏まないように心を強く戒めて、厳格に行動していた。男は勤勉で前向き、かつ努力家だった。愚かな人間は、連続殺人鬼にはなれない。なぜならば、一人目で捕まってしまうからだ。
「そろそろ十二時間か……」
男は女の全身をなめまわすように見た。終わらせるのは残念だった。女は頭の悪そうな短い桃色のワンピースを身につけていた。実際、頭が少しバカなのだろう。運動不足らしく、痩せてる割には豚のように腹の肉が出ていた。重そうな乳房がアンデスメロンのように、胸元からこぼれ出ている。股の間から、もじゃもじゃとジャングルのような汚い陰毛が見えた。尿の臭いが鼻をつく。女は臭かった。
女は暗く深い井戸の底に沈んでいた。精神のブレーカーが落ちているのだ。そこは冷たいが安全だった。男は女を深淵から呼び戻そう、と耳に口をあてた。男は肛門に唐辛子を入れられた鬼のように絶叫した。
「うがはあああああほげげげげげんげんげんげんげんげげげげげんッ!」
突然の大音量に、外でさえずっていたヒヨドリが驚いて飛び立った。床下で血の臭いを嗅ぎつけてやってきたクマネズミがあわてて逃げだした。女の瞳の焦点が戻った。すぐに激しい恐怖と絶望が女の顔に現れた。これで良し。男は満面の笑みを浮かべた。
「おかえり……」
男は言った。
「再開だ」
女は充血で真っ赤になった目を見開いた。瞳孔は見てる間にどんどん収縮し、針の穴のように小さくなった。女の反応の鈍さが男の気にさわった。
「聞こえてるのかッ! それとも俺の言うことなど聞きたくないと言うのかッ! なんとか言ってみろッ! それでも人間かッ!生きているのか、生きていないのか、はっきりしろッ! 俺にはわからんッ! 目の前にいる乳のでかい豚のようなものは、ほんとに人間か、それとも人間の皮をかぶった人形なのかッ! どうやら激痛を与えてテストしてみるしか方法はないようだなッ!」
突然の長広舌をふるいはじめる男。口の端から泡になったよだれが、だらだらとしたたり、女の顔にかかった。唾液の悪臭が鼻腔にひろがる。わけのわからない男だった。最初の数時間は女も対話しようと試みたのだ。しかし、それはまったく不可能だと、やがてわかった。
当時、世の中は女子大生ブーム。遊んでいる普通の女子大生である彼女は、気が強く口が達者だった。酒を飲み過ぎて前後不覚になり、レイプされそうになったことも初めてではない。しかしそのたびに、適当に相手の男を言いくるめて逃げてきた。そういうのは得意だった。昨夜、泥酔してこの男の車に乗せられ、空き家に連れこまれた時も、なんとかなるだろうと思っていた。だが、この男は別格だった。身体が目的ではなかったのである。
命が欲しいらしい。
どうしろというのだ……。
あげたらなくなるではないか……。
女は途方に暮れた。
心が折れてからは、ただの穴の開いた肉人形と同じだった。ただ、その穴の数はこれからもっと増える予感がしてならなかった。それを考えると憂鬱になった。女は宇宙人のような男の顔を眺めた。特に忌わしかったのは、女がどんな拒絶反応を示しても、それらがすべて、男の性的な刺激になるらしいことだ……。男の脳みその中の情報を伝達する神経のコードは、正常な人間とは違う場所に繋がっていたのだ。
「聞こえないのかッ? それなら俺がお前の耳をもっと良く聞こえるようにしてあげましょうッ!」
男は興奮すると敬語になるようだ。男は親切そうに、右手の人差し指をピストルのように立てた。それから全体重をかけ一気に女の耳の穴に人差し指を突き立てた。人差し指で人を刺すとは、正しい使い方すぎる。最初に悲鳴を上げたのは男だった。突き指をしたのである。しかし、女が感じた苦痛に比べると、それは大した痛みではなかろう。
「ぎゅああああああおああああッ!」
自転車に轢かれたヒキガエルのように、奇声をあげ女がのたうち回った。ワンピースがめくれ、不潔な肛門が剥きだしになる。大便の滓がついていた。屁の匂いがした。男は女の頭を押さえつけ、さらに人差し指を正しい使い方で、耳の奥にねじりこんだ。
「ぎゃばあああああああああッ!」
容赦なく、男の太い指が耳の穴を堀り進む。海底トンネルを掘る掘削機械のようだ。
「聞こえるかッ? 耳がよくなったかッ? この耳は反省してッ! 俺の魂から発せられる言の葉をッ! 聞いてやろうと言う気になったかッ?」
大声で罵倒し続ける男。女は頭を振って逃げようとしたが、男の力は底なしに強かった。信じられないことに、指が一本、根元まで全部入った。女の耳から暖かい水のようなものが流れ出た。滑りがよくなった。やはり、女の身体というものは、穴に棒状のものを差しこむと、濡れるようになっているのだろう。
男は耳の穴から脳みそにまで指を入れられるだろうか、と考えた。豆腐のようなものに指の先が当たる感触を想像すると、性器が激しく勃起した。しかしその願いはかなえられず、指先はいつまでも硬い骨の底に当たるばかり。せめて骨の隙間を広げてやろうと、男は孤軍奮闘した。
「もうすぐ、自分が死ぬとわかっている、というのは、どういう気持ちがするものですかッ?」
男は礼儀正しく訊ねた。訊ねただけで少し射精した。
「狂人ッ! 完全な狂人ッ!」
女は最後の力を振り絞って叫んだ。
「お…俺の頭が狂っていると言うのかッ?」
男は目の玉をひんむいて絶叫した。
「……知ってるよッ!」
女は貫通してない方の耳の鼓膜も、破れそうになった。
「そんなのは見りゃあわかるだろッ! お前は意外性がないッ! 俺を楽しませろッ! それでも被害者かッ! もっと面白いことを言えッ!」
男は理不尽なことを叫びながら、女の青白い頬に噛みついた。
「痛いいいいいいいいいいいいいいいいいいいんッ!」
今までも痛かったが、今度の苦痛はそれらとは別な次元の痛さがあった。
「面白いッ! その調子だッ! 八七点ッ!」
男は好物の肉をくわえた犬のように、女の頬に噛みついたまま、頭を左右に振った。ああ、神よッ! この狂人は、頬の肉を食いちぎろうとしてるのだ。顔の肉の裂け目が、次第にひろがった。皮膚が切れ、脂肪層の白い色、その下から人肉の赤い色が見えた。ユッケのようにおいしそうだった。
女はトラバサミにかかりバネの力で足首が切断された、野生動物のように絶叫した。悲鳴は空き家の分厚いコンクリートの壁に吸い取られ、外に漏れたのはほんのわずかな音でしかなかった。しかし、そんな小さな音でも、外で出番を待ち構えている屍肉昆虫たちの、敏感な鼓膜を震わせるには、じゅうぶんだった。


あらすじ
空手家の黒岩鉄玉郎は弟子と肝試しに廃屋に入る。そこで見つけたのは、女のミイラ。それは異常な変質者にレイプ殺人されてしまった女子大生だった。ところが黒岩鉄玉郎は、女ミイラを空手で粉砕する。激怒した女ミイラの悪霊は、彼らを呪い殺していく。空手対幽霊という物理的に不可能な戦いが始まった!
登場人物
黒岩鉄玉郎 : 空手家
如月星夜 : ホスト
田中康司 : 糞オタク
堀江 : デブ
結衣 : 風俗嬢
女子大生 : 被害者
青田寧男 : 新宿署刑事