【怪奇小説】空手対幽霊〜死出虫〜

12月 23, 2023

〜死出虫〜
何十年も手入れのされていない、荒れ果てた庭に、一番乗りしていたのは、クロシデムシの幼虫だった。林の中から、人間には聞こえない周波数を感じ、集まってきた。黒光りのする節のある腹を波立たせながら、早く死体の処理をしたい、とシデムシたちは考えていた。彼らは優秀な死肉処理係だった。もうすぐ、仕事に取りかかれるのは、間違いなかった。
裂け目のひろがっていた女の頬の肉は、ついに男に食いちぎられた。男は腹立たしげに、くちゃくちゃとガムのように噛んでいたが、すぐさま床に吐き出した。男は人肉を食うような変態を憎んでいた。そういう連中とは殺人鬼の品格が違うのだ。そもそも、人間の肉は食べものではない。それをレアだから……とありがたがって食うのは、まことに愚かしいと言わざるを得ない。
確かに、男も初心者の頃は、犠牲者の肉を食べようとしたことがあった。しかし、すぐに吐き出して、人肉を食う連中はバカである、と結論づけた。人間の肉は、まずかったのだ。
「カフリ! カフリ!」
女は人類があまり聞いたことのない音を立てた。なにかを叫んでいることは確かなのだが、奥歯の間から空気が抜けるので、なにを言っているかわからない。思わず微笑みがもれそうな、心温まる様子だった。
男は笑いながら反対側の頬に噛みついた。ふたたび犬のように激しく首を振り、勢いを利用して食いちぎった。女は股間から湯気を立て小便を漏らした。よく見ると糞便も漏らしていた。それはサツマイモのように肛門から突き出ていた。
男の股間の逸物は、大便を見て、激しく勃起した。発射寸前だ。配線の間違っている男の神経は、男の脳に間違った情報を送り続けた。脊髄から直接出ている神経根は快感に打ち震え、シュワン細胞が神経の伝達を早め、オリンピックの百メートル走のランナーのように快楽情報を伝達した。運動ニューロンが、歓喜のダンスを脊髄の中で踊り、ダラダラとよだれのように神経伝達物質を垂れ流し続ける。
「もうすぐッ! お前はッ! 極楽を味わうことになるッ! と同時にッ! 天国にッ! 逝ってしまうのだッ!」
男は叫びながら、歌舞伎の役者のように見得を切った。とんだ名優である。男はベルトを外し、ズボンとパンツを同時に脱いだ。シャツも脱ぎ全裸になる。糞尿にまみれ倒れている女の身体をまたいで、仁王立ちになった。小笠原諸島と鹿児島に生息するオオウナギのような黒々としたものが、股間にそそり立っていた。まさに日本男児らしい益荒男ぶり。男は鼻歌で君が代を歌った。
「ホクフクッ! ホッエンケンフクフクッ!」
いやですッ!
絶対にいやですッ!
と女は叫んだのだが、やはり空気が抜けてなにを言っているのかよくわからない。これまた、微笑ましい場面だが、男はにこりともしない。
「なにッ? もっと激痛を与えられてッ! 快感を得たいだとッ! 信じられんッ! まったくこんな頭のおかしい女は、見たことがないッ! だがッ、仕方がないッ。お望みとあればその願いをかなえてあげようッ! 俺はわがままな女の望む通りにッ、カメレオンのように姿を変える男なのだッ! 世間ではフェミニストと呼ばれておるッ!」
違うッ!
まったく違うッ!
月とツキノワグマほども違うッ!
と女は思った。
首をぶんぶん振って否定しようとしたが、その動きのために、かえって顔に激痛が走り、うめき声をあげた。あまりの苦痛に筋肉に痙攣が起こり、思わず首が上下に動いてしまった。
「了解したッ! まったく、信じられない変態ですねッ!」
男はバックから、カッターナイフを取りだした。女はそれを見て、泣きそうになった。男がなにをする気なのかはわからないが、いずれにしても、あまり歓迎のできないことであることは確かだった。
お願いだからッ!
これ以上痛いことはッ!
しないでくださいッ!
女の充血と膿で赤と黄色のだんだら模様になっている目は、そう訴えかけていた。
にたにた笑いながら、男はカッターの刃を出す。
キチキチキチキチキチッ。
神経に触る残酷な響きの音色が、コンクリの壁の部屋に響く。壁の外側では、腹を空かせたシデムシの幼虫たちが、黒光りする滑らかな身体を壁の窪みに押しつけて、食事の時間が来るのを待ちわびていた。
「よく切れーるッ!」
男は唐突にカッターナイフの刃を自分の指に当てて滑らした。鋭利な傷口がスパッと開いて血が吹きだした。
「とても痛ーいッ!」
当たり前だ。男は苦痛に身を震わせて苦しんだ。どうやら、この男の頭はあまり正常とは言えないようだ。
「いやあッほやらッあああああああああああッ!」
女は叫んだ。


あらすじ
空手家の黒岩鉄玉郎は弟子と肝試しに廃屋に入る。そこで見つけたのは、女のミイラ。それは異常な変質者にレイプ殺人されてしまった女子大生だった。ところが黒岩鉄玉郎は、女ミイラを空手で粉砕する。激怒した女ミイラの悪霊は、彼らを呪い殺していく。空手対幽霊という物理的に不可能な戦いが始まった!
登場人物
黒岩鉄玉郎 : 空手家
如月星夜 : ホスト
田中康司 : 糞オタク
堀江 : デブ
結衣 : 風俗嬢
女子大生 : 被害者
青田寧男 : 新宿署刑事