【怪奇小説】空手対幽霊〜ボクの青春、腐ってる〜

12月 23, 2023

〜ボクの青春、腐ってる〜
次に気がついた時、田中は自分の部屋でコンピューターに向かって仕事をしていた。さすがに田中は驚いた。
「記憶が飛ぶというやつか」
激しい試合をする格闘家には、たまにある症状だった。本人はまったく無意識なまま、北町での練習を終えて着替えをし、コンタクトレンズを外して——使い捨てだったので、そのままゴミ箱に捨てた——いつもの冴えない(でも愛好している)赤いメガネをかけて、南町にある家まで自転車に乗って帰り、家族(父・母・祖母)に帰宅の挨拶をして、風呂に入り練習の汗を流してから、夕御飯を食べて、部屋に戻りパソコン(DELL XPS 720 Core2 QX6850)を立ち上げて、メールとSNSをチェックしてからサイト構築の仕事を始めたのだ。
「これはすごい……」
田中康司(二十九歳)は、自分が今一歩、大人の階段を登ったような気がした。男は男に生まれるのではない。屠殺場をくぐり抜けて、初めて男になるのだ。ひどい目にはあったが、良い気分だった。田中は良い気分でいることはめったにない。自分を変えたくて空手を始めて良かった。
田中は心優しい両親の元、甘やかされて育った。根性のない一人っ子である。元々、気が弱くかつ大人しく、親には反抗というものをしたことがなかった。小学校では先生のお気に入りの良い子だった。成績もよく優等生。しかし、そんな生き方が通用するのは、中学生になるまでだった。
そこから、いばらの道が始まったのである。
ああッ!
なんという煉獄の日々だったことかッ!
中学校から始まり、普通高校、三流の私立大学。世の中は、小学校の教科書で教えるような、牧歌的なものでは決してなく、血に飢えた野獣学園だったのである。
田中は良い餌食になった。毎日がアニメのようだった。猫がネズミをいたぶり、追いかけ回すのである。ただ、アニメとは違い、機転をきかせたネズミが、猫に反撃するシーンはない。
ただ、捕まり、前足で殴りつけられ、腹わたを引きずり出されて、悶絶死するのみッ!
それが田中の青春だった。
ああ、美しき学園生活ッ!
ボクの青春、腐ってるッ!
成績はみるみるうちに落ちた。
就職して社会人になれば変わるかと期待したが、大きな間違いだった。猫が成長して虎やライオンになっていただけのことだった。さらに、豹、ピューマ、レオポン、ライポン、熊にタヌキ、マムシにハイエナまでが加わっていた。しかしながら、田中はネズミのままだった。
日々、引きずり出される内臓ッ!
会社の床に、飛び散る鮮血ッ!
田中もがんばって一年と半年は会社に行った。しかし、現実の世の中ではテレビや本、漫画とは違い窮鼠猫を噛まなかった。
結局、田中はIT系の中堅会社を辞めて、家に引きこもった。両親は大いに失望した。
ああ、ニート。
人呼んで俺はニートだ。
俺の名前を知ってるかい?
ニート田中と言うんだぜ。
おかげで腹が出た。家にこもって動かないからだ。パパとママは甘かったが、お小遣いをくれなくなった。
田中は経済的な必要性もあったが、それよりも自分の尊厳の回復のためにインターネットを利用してのWEB仕事を始めた。計画では、これで一人前の収入を得て、男を上げてみせる予定だったが、世の中は甘くなかった。何年やっても、とても自立するほどの収入にはならない。しかも、単価が安いので、休日を取れないくらい忙しい。
しかし、実家住まいなので——三食風呂付き家賃無料——親が時々思い出したように小言を言うのを、気にしなければ問題はなかった。うむ、この暮らしは悪くないぞ。
インターネットの世界は、田中には向いていた。人と顔を合わせなくてすむからである。これほど、気楽で楽しいことがあろうか。この世の諸悪の根源は人間である。
ああッ!
この世に人間さえいなければ、どんなに住み良いことかッ!
アドルフ・ヒトラーの政策は間違っていた。かわいそうなユダヤ人や障害者を抹殺しても、この世が良くなるわけがなかろう。なげかわしい。
全人類を皆殺しにしなくてはッ!
愚かなナチどもめッ!
人類皆殺しはどうでもいいので、インターネットに戻る。単に文字を使ってのコミュニケーションならば、田中のようなネズミ並みの卑小な意気地のない人間でも、ウサギや鹿、マングースくらいには見せかけることができた。言葉上だけなら、いくらでも人格を偽ることができるのである。
まさにインターネット・マジック!
どんな糞人間でも、社会正義を勝手に代表して振りかざし、悪を糾弾するブログを発信することができる——自分の行いは一切棚に上げて、他人を糾弾できるのだ。
また、どんな腐れブスでもフォトショップで画像を加工し、乳の谷間でもちょいと出しておけば、ネット限定の人気アイドルになれる。ネットは病的な嘘つきばかりがいる。腐り切った世界だ。
驚くべきことに、田中はネットの世界では人格者として慕われていた。意気地がないだけで元々真面目でやさしかったし、頭は良いので機転のきいた警句を発する、まあまあの人気のブロガーになれた。一日のアクセスは八百を前後するあたりか。
穏やかな性格なので、ブログが炎上するような過激な投稿が書かれることはない。悪くいえば、毒にも薬にもならない。当たり障りのないどうでもいいことばかりの社会派ブログだった。
毎日、田中のブログを読むのを楽しみにしている、女性ファンも多かった……現実世界では、女性には気持ち悪がられるばかりで、見向きもされないのだが。
ただ、一度オフ会を開いたが、彼に会うことを楽しみに来ていた人々——意外と若い美人が多かった——は、生で彼に会ったとたん、あれっ? という変な顔をして早々に席を離れた。顔を見ただけで正体を見破られてしまったのである……この男は卑小なけちくさいネズミに過ぎないと。
それ以来、いくら話が出ても、オフ会は二度と開かれなかった。
ちなみにハンドルネームは本名の田中康司から取った『ヤスシックス』。最低である。
さて、ふと意識を取り戻した田中だが、自分が普通に仕事をしていたことに、気がついて苦笑した。今、手がけているのは出会い系のチャットサイトの構築である。クライアントはナンパ好きの個人で、CGI設置を含めて田中は三十万円で請け負っていた。
それなら、けっこうな収入になるではないか、田中ってニートとは言われてるが、実は案外しっかりした社会人ではないか? と誤解されるむきもあろう。しかし、このチャットサイト一つに既に二年以上の年月が、かかっていた。いまだ完成する気配はない。
基本的にクライアントが自分の性的幻想を満足させるためのサイトなので、次々と考えが変わり、いつまでも終わらないのだ。あれを直してくれ、ここを変えてくれ、と果てしなく要求が続く。永遠に終わらせるつもりはないのではないか、とさえ田中は、薄々感じてる。
おそらく自分のチャットサイトに対してさまざまな性的幻想を繰り広げること自体に、興奮をおぼえているのではないか……。それにつき合わされる田中も気の毒だが、結局、仕事のスキルがない人間は、こんな仕事しか取れないということである。
田中はチャットCGIのPHP文を開いてみた。無意識のうちに、いろいろとエディットをしていたようだが、特に間違いはしてなかった。
なかなかやるじゃないか。
これは、酔っ払いが、無意識のうちに家に帰り着くようなものか……。
田中は人間の潜在能力の神秘に深く心を打たれた。
次に常に立ち上がったままになっているアウトルック・エクスプレスのメールボックスを開いてみた。ネット上でかれこれ四年くらい親しくしている二十代前半の派遣社員の女性に——彼女はオフ会に来なかったのだ——メールを送信していることに気がついた。そのファイルを開いてみた。
「朋ちゃんって、おっぱい大きいんだねッ! 朋ちゃんのおっぱいをぺろぺろ舐めながら、マンコにチンチンを入れたいぉ! 最後は中に出しちゃうんッ! 朋ちゃんが泣いて拒んでも、中にボクの精液をどっぷり出して、妊娠させてやるんだぉ! 朋ちゃんが中絶手術を受けて、マンコの中から手足や頭のばらばらになった、キムチの漬けもののような胎児が引きずり出されてくるのを見たいぉ! そんな姿を想像しながら、ボク毎日オナニーにふけってるんだぉ! ボクの恥ずかしい姿を見てッ! 見てッ! 気持ち悪いボクを見てッ!」
メールにはデジタルカメラで撮ったらしい画像が添付されていた。実にいやな予感がして、それを開いた。
いきり立った自分のペニスから、どろりと大量の精液が滴り落ちている画像。
田中は吐きそうになったが、その前にあわてて彼女のツイッターを開いて見ようとした。アクセス・ブロックがかけられていて、見れなかった。
田中は口の中でゲロを吐いたが、外には出さず再び飲みこんだ。


あらすじ
空手家の黒岩鉄玉郎は弟子と肝試しに廃屋に入る。そこで見つけたのは、女のミイラ。それは異常な変質者にレイプ殺人されてしまった女子大生だった。ところが黒岩鉄玉郎は、女ミイラを空手で粉砕する。激怒した女ミイラの悪霊は、彼らを呪い殺していく。空手対幽霊という物理的に不可能な戦いが始まった!
登場人物
黒岩鉄玉郎 : 空手家
如月星夜 : ホスト
田中康司 : 糞オタク
堀江 : デブ
結衣 : 風俗嬢
女子大生 : 被害者
青田寧男 : 新宿署刑事