【怪奇小説】空手対幽霊〜山椒魚の黒焼き〜

12月 23, 2023

〜山椒魚の黒焼き〜
かつてノロマと呼ばれた肉の塊は、もぞもぞ動いていた。すでにスーパーの棚に並んでいる鶏ガラに近い姿なのであるが。
「生命力があるな」
飯塚がつぶやいた。俺は生命力がない、と思いながら。
「山椒魚のようですね、店長」
如月が答える。
「山椒魚?」
変なことを言いはじめるものだ、と飯塚は思った。
「うちの親戚が四国の四万十川のあたりに住んでおるのですよ。子供の頃、俺が近所中に神童だ、天才児童だと騒がれていた頃——もちろん嘘である——夏休みに泊まりに行ったことがあります。あの辺はでっかい山椒魚が出ますよ。地元の爺や婆は、それを捕まえて黒焼きにして食うんです」
如月はノスタルジーに耽った。
「山椒魚の黒焼きか……。あれは効くらしいな」
飯塚が好色そうに、ニヤリと笑った。
「もう、ビンビンですよ」
如月も大人の男同士の小粋な会話だと言わんばかりに、ニヤリと笑った。
「そうか、ビンビンか」
ごくりと生つばを飲みこむ店長。
「最近、すっかり下の方が弱くなってしまってなあ」
こんな気の弱い男であるが、一応風俗店店長をやっているので、新しい女と交わる機会は多い。しかし、それを十分に活用できる元気さとは、とんと御無沙汰していた。
「そうだ。このバカの黒焼きを作りましょう」
如月が天気の話でもするような口調で、とんでもないことを言いはじめた。
「そ……それはさすがにやり過ぎではないか」
小心者の飯塚の心臓が、再びばくばく言いはじめた。このままではノロマの心臓が停まる前に、自分が心臓発作で死んでしまいそうである。
もうリンチも、男らしさを競い合うのも、うんざりだから、早く帰って一人でオナニーをしてから寝たいッ!
と飯塚は心の底から願った。
「はははッ!」
明朗快活に笑い出す如月。店長の微妙な躊躇を感じ取ったので、やや睨みつけながら微笑んで言う。
「今までやっただけでも、日本の猟奇殺人事件の歴史に残るような残酷さですからね。証拠を残して逮捕されてしまったら、店長は責任者として確実に死刑ですッ! (だから、どうして俺が責任者になるのッ?と飯塚は心の中で、だだっこのように激しく抗議した)だから、ここはなんとしても死体を始末しなきゃ、まずいでしょうな。それとも店長は反省して、進んで警察に行き、死刑にしてください、とでも言いたくなってるのですか」
「断じてッ! そんなことはないッ!」
飯塚は血相を変えて否定した。
扱いやすいバカだ、と如月は思いながら「それならいいんですよッ! 死体は焼いてしまうのが一番です。指紋もなにも残りません。しかも、黒焼きッ! 身体に良いッ! エコロジーですがな、エコロジー。一石二鳥。環境にやさしいエコロジー猟奇殺人です。しかも、これで店長が死刑になるのを防げるんですから、人助けでもありますッ! 良いことずくめじゃあ、あーりませんか。もちろん人殺しは重大な犯罪でありますッ! どんな理由があろうと、けっして許されるものではない、と俺は思います。こう見えても、俺は案外、常識人なのですよ。しかし、このノロマ君のように、このまま生きていても、なんら世の中の役に立たない者もおるのですよ。まさに、もったいないから酸素吸うなですよ。このような役立たずのバカッ!ノロマッ!マヌケ!を黒焼きにして、資源として有効活用しようってんです。だから、罪も半分くらいにはなりますよね? 神様も片目をウインクして許してくださるでしょう。なんら後悔の念なく、これからも店長は枕を高くして寝られるって寸法ですな」
おお、さすがだ、と飯塚は説得されてしまった。本当はあまり理解できていないのだが、へ理屈でもこのようにとうとうと述べられてしまうと、なんとなくそうかと思ってしまうタチなのである。
このように頭の弱い者は、よりずる賢い者に騙され損をする、というのがこの世の仕組みなのだ。まったく嫌で不快な世の中ですね。早くこの地球が滅びてなくなることを、心の底から願います。
「確かにそれは良い考えだ。黒焼き案に大賛成。私は如月のような腹心の部下を持ったことを感謝するぞ」
死刑を回避できると思いこんで喜ぶ飯塚。
如月は店長の頭の悪さの呆れたが、顔色には出さないようにしてだめ押しを加えた。
「そのうえ、ビンビンですよ……」
ニヤリと笑う。
「そうか、ビンビンか……。うふふ」
好色な飯塚は、その効果を試す時を空想して楽しくなった。
かつて、ノロマと呼ばれたガラは、まだ生きていた。もうほとんど体内に血液はないだろうに、よく生きているなあ、と如月は思った。
深山の渓流に棲む山椒魚は、半分に裂いてもそのまま、けろっとして生き続け、手足や身体の欠けた部位がもう一度生えてきて、二匹に増えると言われる。
どうやら、このノロマの生命力も、山椒魚並みの強さのようだ。こりゃあ、バイアグラ以上の強力な精力剤ができそうだ……と如月は、駐車場の車から黒焼きのためにガソリンを抜きながら思った。
「そうだ、師承にも黒焼きを分けてあげよう。まだ『上海亭』にいるだろうか」
如月はスマホでお誘いメールを鉄玉郎に送った。
「単なるそこらにいるような男なら『これが生きた人間にガソリンをかけて黒焼きにした粉』と言われたら、ぎゃーぎゃー大騒ぎをし、警察に通報したりゲロを吐いたりと、器の小ささを露呈するに違いない。しかし鉄玉郎さんは違う。おそらく……いや確実に大喜びだ。例えそこが駅前商店街であろうと、その場でオチンチンを出して、オナニーを始めかねない人だからなあ……。いや、絶対にシコシコするねッ! そういう大人物だッ! 倫理も法律も超越した神のような存在ッ! 大物ッ! でかいッ! 超大きくて黒く太いッ! まさに、鉄玉郎さんこそ男の中の男だッ!」
如月は今さらながら、鉄玉郎に惚れ直した。軽く同性愛の気があるに違いない。少し勃起していた。
硬くなった茎をスラックスの中で尖らせながら、如月はバケツに入れたガソリンを、ノロマの身体にかけた。
「ひゅうううう」
ノロマは気管から屁のような音を出した。悲鳴のつもりらしい。ガソリンのいやな臭いが、ベトナムの戦場のように、駐車場にひろがる。
雇われ店長の飯塚、鼻の先のない赤石は、緊張した面持ちで如月の行動を見つめた。死刑に相当するレベルの凶悪犯罪が、今まさに目前で行われようとしているのだから当然である。
ガソリンをかけられて、ぬるぬるになったノロマが、大ウナギのようにのたうちまわりはじめた。おぞましい……。その姿、もはや人間とは思えぬ。動く肉である。英語で言うとムービング・ミート。肉なら焼いてもかまわないのではないか……。
「ファイヤー」
一人、気楽な調子の如月がライターでノロマに点火した。爆発したような音がし、ノロマは炎に包まれた。突然、ノロマは物凄い早さで暴れはじめた。速回しのフィルムを見てるようだ。
死刑……。
意思の弱い飯塚の頭に、この言葉が浮かんだ。
死刑……。
赤石の頭の中にも、同じ言葉が浮かんだ。電気椅子か薬物注射で死ぬ自らの未来図が脳裏を駆け巡った。
焼肉……。
如月はそのままのことを思い浮かべた。人間を焼くと焼肉のような臭いがした。食欲が刺激された。
「人間て凄いなあ」
炎に包まれ苦しむノロマを見ながら、如月が感動したようにつぶやいた。
顔の肉をほとんど削ぎ落とされるという、人類史上かつて類を見ない苦痛を味わったノロマ。これ以上の苦痛はこの世には存在しないと思われたが、ガソリンをかけられ燃やされると、さらなる痛みを感じる余地がまだあったらしい。まさに、人間は可能性の塊である……。
如月は子供の頃、よく毛の長い毛虫に火をつけて遊んだ。その黒焦げになってのたうち回る毛虫の姿に、ノロマはよく似ていた。焼きノロマができあがった。シューシューと炭化した肉の燃える音が聞こえ、白い煙りが出ていた。
ところが……。


あらすじ
空手家の黒岩鉄玉郎は弟子と肝試しに廃屋に入る。そこで見つけたのは、女のミイラ。それは異常な変質者にレイプ殺人されてしまった女子大生だった。ところが黒岩鉄玉郎は、女ミイラを空手で粉砕する。激怒した女ミイラの悪霊は、彼らを呪い殺していく。空手対幽霊という物理的に不可能な戦いが始まった!
登場人物
黒岩鉄玉郎 : 空手家
如月星夜 : ホスト
田中康司 : 糞オタク
堀江 : デブ
結衣 : 風俗嬢
女子大生 : 被害者
青田寧男 : 新宿署刑事