【怪奇小説】空手対幽霊〜山椒魚の黒焼き〜

〜山椒魚の黒焼き〜
かつてノロマと呼ばれた肉の塊は、もぞもぞ動いていた。すでにスーパーの棚に並んでいる鶏ガラに近い姿なのであるが。
「生命力があるな」
飯塚がつぶやいた。俺は生命力がない、と思いながら。
「山椒魚のようですね、店長」
如月が答える。
「山椒魚?」
変なことを言いはじめるものだ、と飯塚は思った。
「うちの親戚が四国の四万十川のあたりに住んでおるのですよ。子供の頃、俺が近所中に神童だ、天才児童だと騒がれていた頃——もちろん嘘である——夏休みに泊まりに行ったことがあります。あの辺はでっかい山椒魚が出ますよ。地元の爺や婆は、それを捕まえて黒焼きにして食うんです」
如月はノスタルジーに耽った。
「山椒魚の黒焼きか……。あれは効くらしいな」
飯塚が好色そうに、ニヤリと笑った。
「もう、ビンビンですよ」
如月も大人の男同士の小粋な会話だと言わんばかりに、ニヤリと笑った。
「そうか、ビンビンか」
ごくりと生つばを飲みこむ店長。
「最近、すっかり下の方が弱くなってしまってなあ」
こんな気の弱い男であるが、一応風俗店店長をやっているので、新しい女と交わる機会は多い。しかし、それを十分に活用できる元気さとは、とんと御無沙汰していた。
「そうだ。このバカの黒焼きを作りましょう」
如月が天気の話でもするような口調で、とんでもないことを言いはじめた。
「そ……それはさすがにやり過ぎではないか」
小心者の飯塚の心臓が、再びばくばく言いはじめた。このままではノロマの心臓が停まる前に、自分が心臓発作で死んでしまいそうである。
もうリンチも、男らしさを競い合うのも、うんざりだから、早く帰って一人でオナニーをしてから寝たいッ!
と飯塚は心の底から願った。
「はははッ!」
明朗快活に笑い出す如月。店長の微妙な躊躇を感じ取ったので、やや睨みつけながら微笑んで言う。
「今までやっただけでも、日本の猟奇殺人事件の歴史に残るような残酷さですからね。証拠を残して逮捕されてしまったら、店長は責任者として確実に死刑ですッ! (だから、どうして俺が責任者になるのッ?と飯塚は心の中で、だだっこのように激しく抗議した)だから、ここはなんとしても死体を始末しなきゃ、まずいでしょうな。それとも店長は反省して、進んで警察に行き、死刑にしてください、とでも言いたくなってるのですか」
「断じてッ! そんなことはないッ!」
飯塚は血相を変えて否定した。
扱いやすいバカだ、と如月は思いながら「それならいいんですよッ! 死体は焼いてしまうのが一番です。指紋もなにも残りません。しかも、黒焼きッ! 身体に良いッ! エコロジーですがな、エコロジー。一石二鳥。環境にやさしいエコロジー猟奇殺人です。しかも、これで店長が死刑になるのを防げるんですから、人助けでもありますッ! 良いことずくめじゃあ、あーりませんか。もちろん人殺しは重大な犯罪でありますッ! どんな理由があろうと、けっして許されるものではない、と俺は思います。こう見えても、俺は案外、常識人なのですよ。しかし、このノロマ君のように、このまま生きていても、なんら世の中の役に立たない者もおるのですよ。まさに、もったいないから酸素吸うなですよ。このような役立たずのバカッ!ノロマッ!マヌケ!を黒焼きにして、資源として有効活用しようってんです。だから、罪も半分くらいにはなりますよね? 神様も片目をウインクして許してくださるでしょう。なんら後悔の念なく、これからも店長は枕を高くして寝られるって寸法ですな」
おお、さすがだ、と飯塚は説得されてしまった。本当はあまり理解できていないのだが、へ理屈でもこのようにとうとうと述べられてしまうと、なんとなくそうかと思ってしまうタチなのである。
このように頭の弱い者は、よりずる賢い者に騙され損をする、というのがこの世の仕組みなのだ。まったく嫌で不快な世の中ですね。早くこの地球が滅びてなくなることを、心の底から願います。
「確かにそれは良い考えだ。黒焼き案に大賛成。私は如月のような腹心の部下を持ったことを感謝するぞ」
死刑を回避できると思いこんで喜ぶ飯塚。
如月は店長の頭の悪さの呆れたが、顔色には出さないようにしてだめ押しを加えた。
「そのうえ、ビンビンですよ……」
ニヤリと笑う。
「そうか、ビンビンか……。うふふ」
好色な飯塚は、その効果を試す時を空想して楽しくなった。
かつて、ノロマと呼ばれたガラは、まだ生きていた。もうほとんど体内に血液はないだろうに、よく生きているなあ、と如月は思った。
深山の渓流に棲む山椒魚は、半分に裂いてもそのまま、けろっとして生き続け、手足や身体の欠けた部位がもう一度生えてきて、二匹に増えると言われる。
どうやら、このノロマの生命力も、山椒魚並みの強さのようだ。こりゃあ、バイアグラ以上の強力な精力剤ができそうだ……と如月は、駐車場の車から黒焼きのためにガソリンを抜きながら思った。
「そうだ、師承にも黒焼きを分けてあげよう。まだ『上海亭』にいるだろうか」
如月はスマホでお誘いメールを鉄玉郎に送った。
「単なるそこらにいるような男なら『これが生きた人間にガソリンをかけて黒焼きにした粉』と言われたら、ぎゃーぎゃー大騒ぎをし、警察に通報したりゲロを吐いたりと、器の小ささを露呈するに違いない。しかし鉄玉郎さんは違う。おそらく……いや確実に大喜びだ。例えそこが駅前商店街であろうと、その場でオチンチンを出して、オナニーを始めかねない人だからなあ……。いや、絶対にシコシコするねッ! そういう大人物だッ! 倫理も法律も超越した神のような存在ッ! 大物ッ! でかいッ! 超大きくて黒く太いッ! まさに、鉄玉郎さんこそ男の中の男だッ!」
如月は今さらながら、鉄玉郎に惚れ直した。軽く同性愛の気があるに違いない。少し勃起していた。
硬くなった茎をスラックスの中で尖らせながら、如月はバケツに入れたガソリンを、ノロマの身体にかけた。
「ひゅうううう」
ノロマは気管から屁のような音を出した。悲鳴のつもりらしい。ガソリンのいやな臭いが、ベトナムの戦場のように、駐車場にひろがる。
雇われ店長の飯塚、鼻の先のない赤石は、緊張した面持ちで如月の行動を見つめた。死刑に相当するレベルの凶悪犯罪が、今まさに目前で行われようとしているのだから当然である。
ガソリンをかけられて、ぬるぬるになったノロマが、大ウナギのようにのたうちまわりはじめた。おぞましい……。その姿、もはや人間とは思えぬ。動く肉である。英語で言うとムービング・ミート。肉なら焼いてもかまわないのではないか……。
「ファイヤー」
一人、気楽な調子の如月がライターでノロマに点火した。爆発したような音がし、ノロマは炎に包まれた。突然、ノロマは物凄い早さで暴れはじめた。速回しのフィルムを見てるようだ。
死刑……。
意思の弱い飯塚の頭に、この言葉が浮かんだ。
死刑……。
赤石の頭の中にも、同じ言葉が浮かんだ。電気椅子か薬物注射で死ぬ自らの未来図が脳裏を駆け巡った。
焼肉……。
如月はそのままのことを思い浮かべた。人間を焼くと焼肉のような臭いがした。食欲が刺激された。
「人間て凄いなあ」
炎に包まれ苦しむノロマを見ながら、如月が感動したようにつぶやいた。
顔の肉をほとんど削ぎ落とされるという、人類史上かつて類を見ない苦痛を味わったノロマ。これ以上の苦痛はこの世には存在しないと思われたが、ガソリンをかけられ燃やされると、さらなる痛みを感じる余地がまだあったらしい。まさに、人間は可能性の塊である……。
如月は子供の頃、よく毛の長い毛虫に火をつけて遊んだ。その黒焦げになってのたうち回る毛虫の姿に、ノロマはよく似ていた。焼きノロマができあがった。シューシューと炭化した肉の燃える音が聞こえ、白い煙りが出ていた。
ところが……。


あらすじ
空手家の黒岩鉄玉郎は弟子と肝試しに廃屋に入る。そこで見つけたのは、女のミイラ。それは異常な変質者にレイプ殺人されてしまった女子大生だった。ところが黒岩鉄玉郎は、女ミイラを空手で粉砕する。激怒した女ミイラの悪霊は、彼らを呪い殺していく。空手対幽霊という物理的に不可能な戦いが始まった!
登場人物
黒岩鉄玉郎 : 空手家
如月星夜 : ホスト
田中康司 : 糞オタク
堀江 : デブ
結衣 : 風俗嬢
女子大生 : 被害者
青田寧男 : 新宿署刑事


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今から40億年前。ペルセウス人たちの宇宙船が故障し地球に不時着した。ペルセウス人は夢と現実のあいだを行き来する不思議な文明を築いていた。彼らは「感情波」と呼ばれる「人間」の感情の動きをエネルギー化して利用していた。そのバッテリーがゼロになってしまったのだ。

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