【怪奇小説】空手対幽霊〜スターへの階段〜

12月 23, 2023

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〜スターへの階段〜
「俺はすごいやつだ」
その夜、歌舞伎町の三流ホストクラブ『江戸男』のナンバーワン・ホストであり、我らがサイコ空手家、鉄玉郎の一番弟子である頭の悪い長髪、如月星夜は店内でひとりごとを言った。
一人で言って、満足したようにニヤリと笑う。
この糞虫めがッ!
まったく気持ちの悪いナルシストである。本名は西村紀幸という平凡な名前だ。『デビューが決まってて、これから芸能人になるんだ』
『いくつもの事務所からオファーがあって、どれに入ろうか迷ってるんだ』
と如月は馴染みの客によく自慢げに話している。
もちろん、全部嘘である。『デビュー』も『オファー』も、如月の頭の中にしか存在しない。しかし、如月は近い将来、それが実現すると信じ切っていたので、その時期を多少早めに言っておいても、あながち嘘にはなるまい、と思っていた。
俺は特別な存在だからな。
今はどうしたわけか、芸能事務所からスカウトの声はないが、なあにすぐ来るに違いない。
なぜならば、俺は特別な存在だからだ……。
顔も良い。
頭も良い。
スタイルも良い。
これ以上、なにか不足があるというのか。
ない。
ま、愚かな世間が俺に気がつく時が、まだ来ていないというだけだな。
最低の成績で辛うじて入学した北海道の水産専門高校で、如月はかなりもてた——その頃は『西村』だったが。全生徒420名中女生徒が52名しかいなかったにも、かかわらずだ。
その頃から、如月は絶望的なまでに頭が悪かったので、危うく卒業できなくなるところだった。だいたい、こういう職業学校は実技中心なので、成績は重視されない。
それなのに留年しかけたのだから、記録的なバカだったのだろう。まあ、そんなバカだから『今に芸能事務所から、スカウトが来て……』などというあり得ない寝言を信じこんでいるわけだ。
しかし、勉強はできないが、機転はきいた。こずるいのだ。口先三寸でその場をしのぎ、適当にごまかして生きるすべはうまかったのだ。『巧みな卑怯さ』と言っても良い。
田舎では冴えなかった劣等生は、東京に出てきてのびのびと生きられるようになった。ある種の才能が花開いた。
田舎者の如月は『東京はどんなにシャレた都会人がいる場所なのだろう』と恐れおののいて上京したのだが、来てみたら自分と同じような田舎者が集まって群れているだけの場所だったので、大いに安心した。
安心して増長した。増長して、自分を勘違いした。スターに登る階段を登っている途中にいるのだと、思いこんでしまった。
もちろん、そんな可能性はなかった。その辺がやはり、バカなのだろう。東京にはよくいる若者の一人だ。
若いバカ、二十二歳。
若いバカは歳を取ったバカよりは、ましである。しかし、遠慮がないので不快さは余計際立つ。
今は若いがもうすぐ腐ってくる。腐敗してくる。勘違いした夢が、嫌な臭いのメタンガスの泡を、ぶくぶくと吹き出して、腐りはじめるのだ。
東京はそういう人間で溢れていた。その一人に、自分がもうすぐなってしまうことに、如月は気付いていなかった。
その如月の勤めている三流ホストクラブ『江戸男』に、ぐずな新人が入ってきた。本名は辺見孝志。源氏名は紫雪之丈になった。
しかし如月は客のいない場では、ノロマと呼んだ。なにか失敗するたびに足蹴にした。ノロマは足蹴にされるたびに、イモムシを踏みつぶしたように、うごめいた。
そのうち失敗しなくても、店中の従業員みんながノロマを足蹴にするようになった。
面白かった。理由なく足蹴にされていても、ノロマはなにも抗議をしなかった。なぜかというと、やはりノロマだからなのだろう。
けっこう良い大学を出ているらしいので、頭は良いはずなのだが、どうも脳の神経の線が何本か足りないような感じがした。なにごとに対しても反応がニブい。話しかけても、一般の人間よりも返事が数秒遅れる。気持ち悪かった。
勉強はできなかったが、意地悪さや、ずる賢さにかけては、剃刀のように切れる脳みそを持っていた如月にとって、ただそこにいるだけで腹が立ってくる存在だった。
如月は必要以上に、ノロマにきびしく注意をし、暴力を振るった。
「如月さん、またノロマが……」
厨房で如月がさぼっていると、同僚のホストの赤石が御注進に来た。赤石は自分がホストとしては、ぱっとしない存在であることを自覚していたので、このようにことあるごとに、如月の機嫌を取って店の中での自分の居場所を確保しているのである。如月はそんな赤石を軽んじ、取るにたらない人間として軽蔑していたが、おだてられて悪い気はしなかった。
店の中を見ると、ノロマは客の女の前で無言で水割りを飲んでいた。まるで居酒屋でたまたま相席になった客同士のようだ。
「なにやってんだ、バカ」
如月は呆れてつぶやいた。ノロマはなにも話題を振れないらしい。女は良く来店してくれるたいへん気立ての良い風俗嬢で、客なのにまわりに気を使って雰囲気を盛り立ててくれる。こちらがすまなく思うような楽な客なのだが、その彼女ですら不機嫌そうにタバコを吸っていた。
「あっ、あのバカ。火もつけない」
「如月さん。こりゃあ、ちょっと可愛がってやらなくちゃいけませんねッ!」
わかったような顔で、赤石が如月を煽り立てた。


あらすじ
空手家の黒岩鉄玉郎は弟子と肝試しに廃屋に入る。そこで見つけたのは、女のミイラ。それは異常な変質者にレイプ殺人されてしまった女子大生だった。ところが黒岩鉄玉郎は、女ミイラを空手で粉砕する。激怒した女ミイラの悪霊は、彼らを呪い殺していく。空手対幽霊という物理的に不可能な戦いが始まった!
登場人物
黒岩鉄玉郎 : 空手家
如月星夜 : ホスト
田中康司 : 糞オタク
堀江 : デブ
結衣 : 風俗嬢
女子大生 : 被害者
青田寧男 : 新宿署刑事