【怪奇小説】空手対幽霊〜人権だから死ね〜

〜人権だから死ね〜
「情けない……」
何度思い返しても情けなかった。悲しみに胸が張り裂けそうになり、堀江はトランクスの端から顔をだしているチンチンを握りしめた。硬くなってきた。
情けないが、この時の回想以上のオカズはなかった。興奮と絶望。相反する感情に囚われながら、堀江は毎日三回ずつオナニーに耽っていた。
デブのオナニー。略してデブニーである。やはり、ホルモンに異常があるのだろう、精液の量はとても少なかった。しかも、なぜか精液からはバター臭がした。
「そういえば、フェラチオをしてもらえば良かったな」
堀江は心の底から悔やんだ。小学校時代より被差別人種であった堀江は、思い上がった心は持っていなかった。自分のような豚ならフェラチオをしてもらえるような機会は、もう一生ないに違いない、と状況を冷静に判断していた。見事な洞察である。しかし、口でやってもらえないことには変わりはない。
この2006年12月26日午後11時45分からの約一時間を、堀江はもう何百回も脳内でシミュレーションしていた。『今度はこうしよう』と堀江は思いたいところだったが、その『今度』という日が二度と来ないことを堀江は絶望的なまでに理解していた。
それが悲しかった。苦しくてたまらない。悲しみと絶望のあまり、堀江は全裸で駅前の雑踏に飛びだし、出刃包丁で通行人を何人も刺したくなった。
確かに俺は豚だが、そのためになぜここまで苦しまなくてはならないのか。
俺は不幸で可哀想で悲しい人間だ。
誰も同情してくれない。
太ってるからだ。
嫌悪されるだけだ。
悲しい悲しい。
ひどいひどい。
俺だって、人間のようにセックスしたり、正常位で挿入したり、バックから犬のように入れたり、女の口に突っこんで大量のザーメンを解き放ったりしたいのだッ!
なぜ、それがかなわんッ!
なぜ、できないのだッ!
憎いッ!
世の中のすべてが憎いッ!
ニヤニヤと幸せそうにしている世間のスマートで痩せているクズどもめッ!
今に思い知らせてやるッ!
今にでかいことを、しでかしてやるッ!
俺はこんなに虐待されているんだから、人間が数十人死ぬくらいの小さな仕返しをしても、許されるに違いない。
むしろ、当然の権利だッ!
世間の人間は、俺の前に洗い浄めた首を差しだし『いますぐ思い上がった私を殺して下さいッ』と列を作って並んでも当然なくらいだ。
死ねッ!
人権だからお前は死ねッ!
射精した。ちょっとだった。正常な精巣を持つ成人男性の射精量はスプーン一杯くらいだが、堀江は耳掻きに一杯くらいだった。精液が少ないと悲しいことが一つある。射精している時間自体も少ないので、快楽が一瞬で終わるのだ。
正常な男性よりも、気持ち良くないッ!
堀江はありとあらゆる面で不幸な自分を嘆き悲しんだ。くよくよした性格の豚だった。ため息をつきながら堀江は吹き出たわずかな精液をテッシュで拭いた。無意識に臭いを嗅ぐ。やはり腐ったバターのような臭いがしている。見えない死神が、隣で一緒に精液の臭いを嗅いでいる気がした。
トイレに入って小便と共に尿道に残っているザーメンを排泄し、出てきてから今日三食目のトンカツを食べる。トンカツはうまかった。左手の指がないので、ご飯の茶わんを持ち上げることはできなかった。犬のように口を近付けて食った。左手の指がないという生活は不便だった。しかし、もしこれが右手だったら、オナニーも満足にできなくなってるところだった。
堀江は右手ではなく、左手を粉砕してくれた、鉄玉郎さんの思いやりに感謝した。
「あれはたいした男だ」
もぐもぐとトンカツを頬張りながら、堀江はひとりごちた。堀江は鉄玉郎を崇拝していた。
口の中で豚の脂身とカリッとした衣とご飯が混ざりあう。法悦の瞬間である。気分が良くなってきた。弱者を差別するこの世の中で生きるのは、辛くてたまらなかった。でも、堀江には、鉄玉郎とトンカツという、心の支えがあった。ホモっ気はないが——たぶん——どちらも愛していた。トンカツを愛するのも獣姦に含まれるのだろうか。
「トンカツが好きでたまらんッ!」
堀江は感極まり、食卓をドンと叩き、叫ぶ。テーブルは中学校の時、授業で作った安っぽい折り畳みの自作テーブルだった。堀江は毎日三食——日によっては四食、五食——トンカツを食べていたが、これ以上体重を増やすと、外を歩くこともバイトを続けることも、困難になってしまう、ということは理解していた。当然、トンカツも禁止になるだろう。
これはいかんと始めたのが、空手だった。スポーツの種類はなんでも良かったのだが、道場が近所だったのだ。練習の後はさらに食欲が増して、トンカツを食べる枚数が増えた。しかも、味も、よりうまく感じた。そのために体重が減ることはなかったが、これ以上増えないようにする、という目的は達せられた。
「鉄玉郎さんのおかげで、俺はトンカツが食べられるのだッ!」
堀江は咆哮した。ソースのかかった衣が、口から飛び出し中学生テーブルの上に落ちた。堀江は拾って食った。鉄玉郎は堀江のトンカツと命を救った。堀江が崇拝するのも無理はない。
「鉄玉郎さんはトンカツだッ!」
これは堀江にとって最高の褒め言葉だった。神と同じ。そういう意味だった。


あらすじ
空手家の黒岩鉄玉郎は弟子と肝試しに廃屋に入る。そこで見つけたのは、女のミイラ。それは異常な変質者にレイプ殺人されてしまった女子大生だった。ところが黒岩鉄玉郎は、女ミイラを空手で粉砕する。激怒した女ミイラの悪霊は、彼らを呪い殺していく。空手対幽霊という物理的に不可能な戦いが始まった!
登場人物
黒岩鉄玉郎 : 空手家
如月星夜 : ホスト
田中康司 : 糞オタク
堀江 : デブ
結衣 : 風俗嬢
女子大生 : 被害者
青田寧男 : 新宿署刑事

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