【怪奇小説】空手対幽霊〜蛇の目覚め〜

12月 23, 2023

〜蛇の目覚め〜
空き家を出て行く鉄玉郎の後ろ姿を見ている人影がいた。
新宿警察署刑事部、青田寧男だった。青田が、何件もの連続殺人に関係していると確信している血に飢えた殺人鬼、黒岩鉄玉郎は妙にすっきりした顔で出てきた。
さらに、その数分前には、青い顔をした子供が血相を変えて飛び出てきていた。
すわ、小児性欲変質者かッ!
と青田は色めき立ったが、すぐには中に入らなかった。
なぜならば、この廃屋は青田が数十年前の殺人鬼時代に、よく監禁と殺人に使っていた場所だったからだ。
現場で取り押さえてしまったら、鑑識係を入れなくてはならない。中を調べられることになる……。
それは非常にまずい。
床下や庭には何体もの死体が埋まっているし、最後に殺した女の死体は、一応ドアに釘を打ちつけ封印はしたが、そのまま放置してきた。
そのうえ青田のDNAを検出できる体液がまだ残っている可能性もある。鉄玉郎を挙げられないのはおしいが、自分が挙げられるよりはましである。
しかたがない。
今回は見逃してやろう。
「俺の青春……。古き良き時代だ」
じみじみと青田は人のいなくなった廃屋を眺めた。それにしても、鉄玉郎まで同じ廃屋を使っているとは……。やはり犯行に使いやすい場所というものがあるのだ。
またはその場所にこめられた呪いにより、犯罪者が引かれて集まってくるのかも知れない。
今では、青田は猟奇殺人を止めていた。
愚かな人間ではなかったからである。
それにしても、警察に就職したのは良いアイデアだった。皮肉なことに青田は優秀な警察官だった。犯罪者の内面に詳しいのだから、優れた警察官になるのも、当然とは言えよう。
実際のところ、犯罪者と警察官は、案外、似たようなパーソナリティーを持ってる。明と暗。たまたま、犯罪を行う側と取り締まる側に分かれているにすぎない。
基本的な資質は同じだ。ちょっとしたきっかけで、犯罪者の側にいってしまう警察官の数が多いことは、よく知られている。
青田は、かつて自分の犯した犯罪の、捜査の進み具合を、好奇心から調べてみたことがある。危なかった。思ったより、身近なところまで、捜査は及んでいた。
長期間に渡る連続殺人者の特徴として、安全に犯罪を犯せる状況が来るまでは、行動をしないという点がある。
彼らは普段はフレンドリーで良いやつが多い。ただし、あたりに誰もいないとなると、何のためらいもなく隠していた人格が表に出る……。
そういう訳で、青田は安全な日が来るまで、長い休眠に入ることにした。
今でも鮮明に、最後に殺したバカな女子大生との行為を思い出す。あれは、最高だった。青田はどんな細部でも完全に記憶ができる能力の持ち主だった。
女子大生の血の臭い。
尿の臭い。
肛門から不意をついて突き出たイモのような大便。
口臭に混じるすっぱい恐怖の臭い……。
「また、勃ってきたぜ」
青田は、今の自分が安全であることを知っていた。
人生も晩年だ。ほどほどの量の酒をたしなむように、これからは、自分にも多少の喜びを与えても良いんじゃないか。
そんなことを考えながら、青田は鉄玉郎が歩き去って、姿が見えなくなるのを待ってから、廃屋に入った。人の目を心配しなくて良くなったので、青田はスラックスのチャックを開けた。血に飢えたマムシのような黒々とした逸物が、鎌首をもたげた。
「俺の股間の毒蛇が、新たな獲物に噛み付きたいと言って、泣き叫んでいるようだな……」
青田は赤い顔で股間をさすった。
蛇は冬眠から目覚めてしまったようだ。おそらく獲物をむさぼり食うまでは、眠られないだろう。
俺は噛み付いて、思うがままに毒液を注射したい。
青田は廃屋の中を進んだ。歩くたびにスラックスから飛び出した大マムシがゆらゆらと揺れる。溢れた透明な汁で、おちょぼ口が濡れて光っていた。
青田は鉄玉郎が子供の肛門を犯した痕跡がないか、と室内を見回した。
肛門が裂けて血が流れ出たに違いない。
しかし、残念ながら、見つからなかった。
「尻の穴の緩い子供だったか……」
青田はひとり納得した。
肛門は出て行く場所で、決して、そこから入る場所ではない。だから、いくら時間をかけて、やわらかくし、ローションやゼリー、ヒマシ油やバター、マーガリン、ワセリンを塗ろうとも、肛門性交はやはり多少なりとも痛いものだ。
しかし、中には最初から肛門の穴が大きく緩い人間がいる。何もしなくても単に押し込めば入る。アナルセックス向きの人間である。
さっきの子供もそういう変態的な尻の持ち主だったのだろう。ちらっとしか見なかったが、その子供のアブノーマルな性質を知り、青田は心の底から軽蔑を覚えた。
青田は奥に進み、女子大生の死体を封じ込めた部屋の前に出た。ドアが壊され開いていた。
青田はそれを見てほくそ笑んだ。
「やはり同じ殺人鬼同士、考えることは同じだな。この部屋が一番外に悲鳴が漏れないと見当をつけたのだろう。この部屋で、ヤッたのか……。子供の裂けた尻から流れた血、恐怖で漏らした大便、発射したザーメンを拭いたティッシュなどが、落ちていないだろうか」
青田は期待に股間を膨らませて、中に足を踏み入れた。なぜか、ばらばらになったエロ本が、床に散らばっていた。
「女子大生の死体がないな。ネズミにでも引かれたか」
青田はそうひとりごちて、エロ本を踏みつけた。突然、センターカラーのグラビアのページが、熊狩りの罠のように青田に噛み付いた。
「ぎゃっ!」
瞬時に足首が切断され、青田は床に倒れた。
ばりばりばりッ!
信じがたいことにグラビアページは、青田の足首を骨ごとむさぼり食っていた。
どうやら、ハイエナのように丈夫な顎をした、エロ本だったようである。ザクトライオンで毎日歯を磨いているのであろう。
目に見えている光景は非現実的だったが、青田が足首に感じている痛みは、まぎれもない現実だった。悲鳴をあげるたびに切断面から、血が噴水のように吹き出す。
青田は出血を止めなくてはすぐに死んでしまうと思い、切り口のすぐ上のあたりの動脈を押さえた。たちまち、激痛が襲い手を離した。前よりも激しい勢いで血液の噴水が吹き出した。
しかし、止めないわけにはいかないので、痛みを覚悟の上、再び動脈を押さえた。予想通りの激しい痛み。
おまけに青田は血が止まりにくい体質だった。大量の血液が急に失われると人間はショック症状に落ち入る。当然、そうなると動脈を指で押さえてることはできなくなるので、青田は気を失うまいと必死にこらえた。
黒点が目の前をサイケデリックに舞う。
黒点はフクロウの目のように大きくなっていった。
青田は霞んでいく視界の隅に、溶けたイチゴパフェのようなものを認めた。さきほどは、なかったものだ。
泡立っている。
床板の隙間からそれは溢れ出てきていた。
溶けたイチゴパフェは、やがて女の顔に変わった。笑っているように見えた。
頬の肉がないので、常に笑ってるように見えるのだが、今回は本当に笑っていた。
あまり好意的な笑みとは言えなかったが。
青田は女の顔の数十センチ先に、自分の剥き出しのペニスがあることに気付いた。嫌な予感がした。もちろん、この世はすべて最悪のコースをたどって進むようにできているのだ。
ゼリー状の女の顔は、じりじりと股間に近づき、青田のものをくわえた。
青田は、チンチンを、出しっぱなしにしていたことを、大いに悔やんだ。しかし、すべては手遅れだった。
女の口はあっさりと亀の頭を食いちぎった。硬くなっていなかったので簡単だった。
それから千切れた茎をくわえて、しゃぶりはじめた。女は赤ん坊が母乳を吸うように青田の血液をちゅうちゅうと吸った。
青田は、こっちの動脈も止めなくては、と指で茎の血管を押さえようとしたが、すでに腕が重くて動かなくなっていた。血を失いすぎたのだ。
さらにいやなことに青田は気が付いた。
女のフェラはなかなかうまかったのである。
女は青田が部屋に入ってくる足音で目を覚ました。
てっきり鉄玉郎に殺されたと思っていたが、考えてみると最初から生きていないのである。
死ぬわけがない。
あたしは永遠だ……。
それから、女はその男が何者であるかを思い出した。その足音、その匂い。久しぶりの再会である。
ずいぶんと老けていた。
あたしは永遠だが、この男は、この先それほど長くはない。
いい気味ッ!
いい気味ッ!
でも、その短い余生を、さらに一瞬に変えてやるわ。
女は床板の隙間から溢れ出て、男の陰茎をくわえて先を食いちぎった。出血で弱っていた男は激しく動揺して苦しんだが、女を止めるほどの力はもう残されてはいないようだった。
ちゅぼ!
ちゅぼ!
男のものをくわえるのは久しぶりだった。こう見えても女は現役時代はかなりのテクニシャンだった。すっぽん映理という渾名があったくらいだ。
亀頭は女性のクリトリスに相当する。しかし、男の亀頭はすでにないので、快楽を与えるのは至難の技だった。
その証拠に、フェラをされているにもかかわらず、男の表情はどういうわけか、苦痛しか感じていないように見える。
しかし、そこは絶妙なテクニシャンのすっぽん映理である。男性の股間のパーツで快感を感じるのは、亀の頭だけではないのを熟知していた。
昔取った杵柄を魅せてやる。
ハモニカ!
女は男の茎を横にくわえ左右に動かした。
玉舐めッ!
いったん茎から口を放し、ちろちろと玉袋に舌を這わせる。それから痛くない程度に玉を皮越しにくわえて吸った。
肛門舐めッ!
女はさらに頭を下げ、男の肛門を舌の先でねぶった。風俗嬢のような女の高度なテクニックに、あちこち千切れて性欲どころではないはずの青田にも、快感がおとずれた。肛門が性感帯だったのだ。
女は男が感じているとわかり、頭を激しく動かして、ヌキにかかっていた。
これは悪くなかった。
男を支配している気分だ。
リモコンのコントロール・ボックスを手に持ち、男を操っているようなものだ。
女は自由自在に、男を身悶えさせていた。タコの吸盤のように男の茎に吸い付いた。
生暖かい血が、口の中に流れ込んでくる。もうすぐ、この血は冷たくなることだろう。男の茎の先から、命が流れ込んできている、と言ってもいい。
男が血を失うほどに、女は生命力が充実していった。身体中に精気が満ちあふれる。
若さを保とうと、処女の血の風呂に入った昔の女帝の気持ちもわかる。血は命なのだ。
男は腰を小刻みに動かしはじめた。イキそうなのだ。
女は男のものを一気に根元までくわえた。ディープ・スロートである。
どぴゅ!
どぴゅーッ!
女の口の中に血液に混ざって、白い精液が流れ込んだ。これは言わば、コーヒーにクリープを入れて飲むようなもの。
栄養満点である。
女はおいしそうに飲み干した。
青田はこんな激痛の中で射精した自分が信じられなかった。痛いが、気持ちよかった。この幽霊はテクニシャンだったのだ。
ペニスの先に傷があるのに、がまんしきれずオナニーした時のような、痛さと気持ち良さの同居した快感だった。
ただ、これはその数百倍の威力である。
女の口の吸引力は、掃除機のようにすごかった。
「バキューム吸血フェラか……」
青田はそうつぶやいて、あの世に去った。
残念ながら女のように蘇ることはなかった。



あらすじ
空手家の黒岩鉄玉郎は弟子と肝試しに廃屋に入る。そこで見つけたのは、女のミイラ。それは異常な変質者にレイプ殺人されてしまった女子大生だった。ところが黒岩鉄玉郎は、女ミイラを空手で粉砕する。激怒した女ミイラの悪霊は、彼らを呪い殺していく。空手対幽霊という物理的に不可能な戦いが始まった!
登場人物
黒岩鉄玉郎 : 空手家
如月星夜 : ホスト
田中康司 : 糞オタク
堀江 : デブ
結衣 : 風俗嬢
女子大生 : 被害者
青田寧男 : 新宿署刑事