【怪奇小説】空手対幽霊〜UFOなのはお前の首だ〜

12月 23, 2023

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〜UFOなのはお前の首だ〜
店のドアが開いた。
「いらっしゃ……」
鉄玉郎の顔が凍りついた。新宿署の刑事、青田寧男だった。
「捜査令状はあるのかッ!」
いきなり鉄玉郎は怒鳴りつけた。
「なんの話だ。それとも、まさか警察官がそばにいては、心が休まらないような後ろめたい事情でもあるのか? ああん? 空手の偉い大先生様よッ!」
青田は鼻の先で鉄玉郎をせせら笑った。花粉症らしく少し鼻水が垂れていた。
いちいち言うことがしゃくに触る。
まったく俺はこの刑事が苦手だ。
と鉄玉郎は思った。
相手がわざと挑発し、キレさせて暴力を振るうように仕向けてるのがわかったので、鉄玉郎は努めて冷静に対応した。
「なにをおっしゃいますか。お巡りさん。この黒岩鉄玉郎、四十四歳。清廉潔白。青天白日の身。先祖の霊にかけて、後ろめたいことなんぞ、なんらありません」
落ち着いた口調で言う鉄玉郎。
「なんでもないというふりをしてやがるな。だが、はらわたが煮えくり返ってるのが見え見えだぜ。お前のような異常性格者は、ガソリンの詰まった袋が歩いてるようなもんだからなッ! ちょっとの刺激で最後はどかんッ! ハイ、死刑台行きッ!」
俺はなんでもお見通しだ、と言わんばかりに偉そうに言う刑事。
お前だと……?
鉄玉郎の濁った瞳の奥に、紅蓮の炎が一瞬発火し消えた。
「あなたは失礼な人ですね、刑事さん。私はこう見えても、武道の道を極めた者。心はゆったりと大海原のごとく、動かざること山のごとく。最近話題の『キレる中年』のように、なんでもないことですぐカッとなるようなことは、決してございません。厳しい修行で鍛練しておりますからな。硬い黄楊の枝は一見じょうぶそうに見えますが、折り曲げるとあっさり折れてしまいます。ところが柔らかな柳の枝であれば、どんな世間の不合理な強風が吹きすさぼうとも、変幻自在に身体をしならせ、生き延びることができるのであります。言わば、私はそんな柳の枝の境地に達した人間……。こういう人間は強いです。どうですか。恐れ入ったでしょう?」
悦に入りとうとうと述べる鉄玉郎。自己陶酔してるらしい。
青田寧男は無視して店内を見回した。
こんなに良いことを話したのに、ちっとも感心してくれないので、鉄玉郎は激怒した。少しも柳の枝の境地ではないと思われる。
優れた武道家のありがたい精神論を聞いて、ちっとは人生の肥やしにしようという前向きな気持ちはないのかッ!
このクズめッ!
クソ虫めッ!
ちょうど手に持っていた大きな肉切り包丁を、ブーメランのように投げて青田の首をはねたくなった。
ああッ!
はねたいッ!
俺は全力でお前の首をはねてやりたいともッ!
手首のスナップをきかせて、肉切り包丁を投げる。くるくるくるッ!
なにかUFOのような音がするッ!
と振り向いた時は手後れだ。
青田の首は、ぴょーんとちょん切れて、回転しながら飛び上がるッ!
バカめッ!
UFOなのはお前の首だッ!
げらげらげらッ!
わっはっはっ!
あわれ、新宿署の悪徳刑事、青田寧男は歌舞伎町の汚いラーメンで、首を切断されて殉職なりッ!
良い気味だッ!
良い気味だッ!
げらげらげらッ!
わっはっはっ!
やってみたくなった。しかし、問題はこれをどうやって事故として、処理したらいいかということだ。
鉄玉郎は頭の中で、肉切り包丁が飛んできて首がはね飛んでも、おかしくない店内事故のシチュエーションを考えた。なかなか自然なのはなかった。
しかし、この点が解決したなら、すぐに実行してやる。すぐに包丁を投げてやる。俺はクイックネスの男なのだ。
その時は、たっぷり手首のスナップをきかせて……。
「豚肉高菜ソバ」
白昼夢に耽っていたので、鉄玉郎は青田がなにを言っているか、少しの間理解できなかった。気がつくと鉄玉郎のチンポは、激しく勃起していた。調理用白衣の上から、はっきりと長く硬いものが、突き出ているのがわかった。尿道口のあたりに染みが拡がっていた。
「閉店です」
鉄玉郎は無表情に告げた。
「俺は単に飯を食いに来ただけだぞ。新宿警察署に勤めている者が、地元のラーメン屋に食いに来てなにが悪い。地場産業の経済に貢献しようとしてるんだ。有り難く思え。感謝しろ」
偉そうに言う青田寧男。
「さて暖簾をしまうかな」
「もうちょっとは、了簡が広い男だと思ったが、見当違いだったようだなッ! 俺のかいかぶりだったかッ! まるで腐った女のようにケチ臭せえ男だッ! それでも男かッ! お前、ホモだろうッ? 男のふりをするな、このオカマ野郎ッ!」
な、なにをッ?
しかしここで挑発に乗ると、刑事が大喜びするのが目に見えたので、鉄玉郎はフリーズしたパソコンのように動きを止め、心の中で数字を十三数えた。鉄玉郎の腐った脳みその中の妄想では、青田が死刑台の首吊りロープに向かって、十三階段をゆっくり登って行く姿が見えた。
早く首吊れッ!
すぐ死ねッ!
秒速で死ねッ!
「豚肉高菜ソバですねッ? はい、よろこんでッ!」
口の端をひん曲げて、さも嫌そうに鉄玉郎は言った。
わかりやすいバカだな、と青田寧男は思った。
しばらく経って、豚肉高菜ソバが出てきた。青田はテーブルの上の割り箸を使わず、カバンからマイ箸を取り出した。青田は地球環境に優しい男だった。
「また、お前の道場の人間が死んだな……」
鉄玉郎は無言で、そっぽを向いたまま答えない。
「今度は自称WEBクリエーターのニート、二十九歳か。まったくお前の道場は世間の吹きだまりのような、ゴミみたいな人間しかいねえなァ。その社会のゴミが、何年も人の住んでいない廃屋に忍びこみ、よりによってパンツを脱いで、自分のチンチンを切断して自殺か……。まったく、こういう世間の負け犬どもの考える自殺のバリエーションのなんと豊かなことかッ! しかも、出血と同時に射精までしていたそうだ。器用なやつだな。どうやったら、そんな芸当ができるんだ? 武蔵野警察署の鑑識の連中は頭を抱えていたぞ。腹も抱えて笑っていたが」
「だから、なんだ。俺があのバカのチンポでも、食いちぎったとでも言うのか」
あまり頭の良くない鉄玉郎が、我慢できず突っかかると、青田はさも驚いたかのように、眉を釣り上げて叫んだ。
「そうかッ! ゲイかッ! やっぱり、お前ほんとにゲイだったんだなッ! そんな気はしていたよッ! ははあッ! 空手道場で筋肉を鍛えた後は、お互いのシモの筋肉も鍛えあっていた、というわけかッ! なるほど、そうかッ! オカマ同志の痴情のもつれによる、連続殺人事件だったんだなッ? ようやく、事件の全容が見えてきたぞッ!」
勝ち誇ったように言う青田寧男。
「そんなことはないッ!」
鉄玉郎の眉間の血管は、膨れ上がり、今にも血液が噴水のように吹き出しそうだった。
「断じてッ! そのようなことはないッ!」
必死な鉄玉郎の反応を見て、青田はもう一押しだとわかった。
もうちょっとで、キレる……。
そらッ!
早く俺を殴れッ!
シャブ中のように、暴れろッ!
「ケツに入れたのかッ?」
それを聞いて、キッと睨みつける鉄玉郎。
たっぷりとタメてからニヤリと笑い芝居気たっぷりに見得を切る青田。
「……それとも入れられたのか?」
キレるッ!
と鉄玉郎は自分の心の動きを、冷静に判断した。
十秒後ッ!
俺は確実にッ!
このバカの首を、へし折っているッ!
青田は鉄玉郎が自制をなくする瞬間を、今か今かと待ち受けていた。
こういう多少、武道をかじってた素人は『空手は凶器だ』などという寝言を信じていることが多い。たぶんキレたら確実に殺してしまうに違いない、などと考えて自分を押さえているのだろう。
だが、俺はプロだ。こういう頭のネジの足りない男と、渡り合ったことは何度もある。確実に自分は大きな怪我はせずに、この男を取り押さえることができるだろう。それは、わかっている。年の功より亀の頭だ。
それに銃もある。あまり抵抗するようなら、撃ってやろう。包丁を手に襲ってきたことにすれば、射殺しても問題にはならないだろう……。
青田はさりげなく、背広の下の手錠の位置を確かめた。安心できる重さだ。さあ、プロの技を見せてやる。いつでもこい。
逮捕術や柔剣道で鍛え上げられたプロの凄みを、素人の自称武道家に見せつけてやるッ!
お前のちっぽけなプライドを、粉々に打ち砕いてやるッ!
殴ってきたところを体をかわし、取り押さえて手錠だ。
わざと痛いように、肉に食いこませてハメてやる。
お前にハメハメだッ!
俺はこの瞬間が楽しくてたまらないので、警察官をやっているのだ。
偉そうにしていた社会のカスが、まったく無力になる瞬間ッ!
これが力の行使だッ!
俺は力強いのだッ!
しかも、その力は国家によって承認されているのだ。
なんでもできるッ!
俺は無限大ッ!
確保したならば新宿署に連行だ。
公務執行妨害で取り調べる。
そうなったら、もうこっちのものだ。
どうにでも料理できる。
取調室は密室なんだ、密室。
密室の中で、自分は危険なやつだ(プッ)と勘違いしてる素人犯罪者と、プロ中のプロの警察官と、その同僚の三人きりだ。
どういうことになるか、わかるか。
ああ、わかるよな。
どうにでもコントロールできるということだ。
なにが人権だ。
ばーか。
死刑台の上で、最後の心臓の鼓動が止まって天国の向こう側が見えた時に、板垣退助にでも直訴しやがれ。
がははは。
最近は別件逮捕については、上層部からの指導がうるさいが、なあに、うまくやれば良いだけのことだ。
まあ、数週間は帰れないと思えよ。
留置場に着替えは用意してあるから、安心しろよ。
すっげえ、ださいデザインのトレーナーだ。
汚らしい犯罪者なんだから、格好わるくて当然だよなッ!
それも処罰のうちだ。
罪人は生き恥をかけッ!
お前らは苦しむのが仕事だ。
一生苦しみ続けるんだぞ、お前。
わかっとんのか?
ああん?
俺の警察官人生のすべての技量を駆使して、自供に追いこんでやるからな。
もし自供が取れたら、そのまま一生塀の向こう側だ。
次に家に帰る時は、死刑執行された後の死体だぞ、お前は?
だから……。
早く……。
手を出せって……。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
雄叫びをあげる鉄玉郎。なにをするかと思えば、いきなり犬のように四つん這いになったッ!
それから、コンクリートむきだしの床に、自分の頭を叩きつけはじめたッ!
ごすッ!
ごすッ!
ごすッ!
ばりんッ!
布に包まれた柔らかいものを、ハンマーで叩くような、生理的に嫌な音が、店の中にこだました。確実になにか固いものが割れた音がした。コンクリートが割れたのでなければ、それは鉄玉郎の頭蓋骨である。
血まみれの頭で、ゆらりゆらりと柳の下の幽霊のように揺れながら、鉄玉郎は立ち上がった。
さすがの新宿署のベテラン刑事、青田寧男も生まれて初めて『殺されるッ!』という恐怖心を抱いた。
「ああ、すっきりした」
しかし、鉄玉郎は穏やかに微笑んだ。
「刑事さんもいかがですか? コンクリ頭突き体操を。ぼかぁ、想像がつくとは思いますが、幼い頃からたいへん気が短いのですな。何度、怒ってはいけない場面でブチ切れて、後悔したことか……。子供の頃は、ぼくが暴れるたびに、両親が頭を掴んで、何度も地面や壁に叩きつけたものですよ。痙攣して血を吐いても止めてくれません。気を失い心臓が止まってから、ようやく止めてくれました。なあに、子供は元気ですから、一時的に死んでも、そのへんに転がしておけば、また心臓が動きだして、けろっとして起き上がります。はははっ。ありがたき親の愛。厳しい躾ですな。今では、ぼくも大人になりましたが、キレそうになると、このように自分で頭を床に叩きつけて、自分を押さえるのですッ! こう見えても客商売をしている社会人ですからね。子供のようにキレていては、商売になりませんわッ! まあ、ぼくくらいの腕力があれば、いくらでも簡単に人は殺せるんですが、このような効果的なガス抜きの方法を心得ているため、幸いなことに今まで、死刑になるような大きな犯罪を犯さずに済んでいるというわけですッ! はっはっはっはっ! 愉快なり、愉快なり。コンクリ頭突きで陽気暮しですわいッ!」
障害をもって生まれた子供のように、高らかに笑う鉄玉郎。
それを見て、青田は別件逮捕に持ちこむ機会を失ったことをさとった。残念ながら、今回は敵が一枚上手だったようだ……。
青田は出てきた豚肉高菜ソバを食べて、代金を払って店を出た。豚肉高菜ソバはうまかった。
それにしても、よく人が死ぬ……。
と鉄玉郎は考えた。
刑事が食べた食器を洗う。不愉快だったので、ちょっとチンチンを出して、口が触れたあたりに、擦りつけてやったッ!
門下生が死ぬのは、かまわない。
虫けらと同じだからだ。
しかし、おかげで月謝がすっかり減ったのは痛いッ!
人間の命より金ッ!
当然のことである。人間はたくさんいる。死んでも取り替えがきく。しかし、金は……。減った金は帰って来ない。
重大な問題だッ!
ええい、実に腹立たしい。いったい誰か知らんが、俺の大切な——月謝を月に九千円払う——門下生を殺して歩いている者がいたならば、たいへんな後悔をさせてやる。
門下生の残りは、糞生意気な髪の長い自称ナンバー1ホストが一人。人格のすべてが嫌いなので、まっ先に練習中の事故に見せかけて殺そうと決めていたのだが、これで殺しにくくなったではないか。
ああ、腹立たしい、腹立たしい。
胸くそが悪いわい。
法律的、かつ倫理的に、殺してまずい理由があるわけではないが、やはり、人が一人もいない道場というのは、人が集まりにくいからな。活気がないというか、道場には呼び水のようなものが必要なのだ。カモ猟のデコイのようなものか。
知能の欠片もないあのホスト男は、人間性や命の価値を考えても、木でできたデコイと同じようなレベルの存在だ。デクノボウだ。
そうだ、今度さりげなくカモ猟に連れて行ってはどうだろうか。『さりげなく』で『カモ猟』というのは、どう考えてみても無理がある気がするが、なあに、かまうもんか。武道の修練のために、カモと猟師の命をかけた駆け引きを、雄大な大自然の中で学ぶのだ、割り勘で……などと嘘八百を並び立てれば騙せるだろう。
あいつはバカだ。
頭が悪い。
もともと悪かったが、フルコンタクト空手の長所を生かして、なるべく脳みその細胞が破壊されるように、頭を殴ってきた。
もっとバカになった。
誤解してはいけないが、これは決して鉄拳会館だけで行われている非情な行為ではない。もともとバカな門下生が練習を積み重ねるほどに、さらに頭を打ちバカになっていくというのが、空手界のシステムなのである。
バカだから誰が見てもただの頭のおかしい人殺しである俺を、師承だなどと勘違いして崇拝してくれる。完璧なシステムだ。すばらしい。
空手に感謝ッ!
しかし教祖、師承、家元、親方、親分、先生などを頂点とする伝統集団は、どれもこれも多少はこういう仕組みに頼って、成り立っているものである。
鉄玉郎には、生まれついての、リーダーの資質があった。
それにしても、誰がなぜ門下生を……。
新宿署の青田が俺を疑うのも、無理はなかった。自分で言うのもなんだが、俺ほど怪しい人間はいないからな。あの男は俺に輪をかけた下衆野郎だが、頭は悪くない。
誰か俺に恨みでもある者がいるのだろうか……。鉄玉郎はしばし考えてみた。心当たりがありすぎて、特定できない。さすが市井の殺人鬼として、桁外れの人生を歩んできた俺だけのことはある。
「復讐かッ!」
鉄玉郎は宙を睨んで叫んだ——神のいるあたりを。
「誰か知らぬが、闘いを挑むなら、我は受けて立つぞッ!」
ちょうどその時、出勤する前に御飯を食べに来た風俗嬢が、店に入ってきた。カウンターの中で、見えない敵に向かって包丁を振り回し絶叫するコックの姿を見て、風俗嬢はその場で失禁した。


あらすじ
空手家の黒岩鉄玉郎は弟子と肝試しに廃屋に入る。そこで見つけたのは、女のミイラ。それは異常な変質者にレイプ殺人されてしまった女子大生だった。ところが黒岩鉄玉郎は、女ミイラを空手で粉砕する。激怒した女ミイラの悪霊は、彼らを呪い殺していく。空手対幽霊という物理的に不可能な戦いが始まった!
登場人物
黒岩鉄玉郎 : 空手家
如月星夜 : ホスト
田中康司 : 糞オタク
堀江 : デブ
結衣 : 風俗嬢
女子大生 : 被害者
青田寧男 : 新宿署刑事