【怪奇小説】空手対幽霊〜奴は生きている〜

〜奴は生きている〜
「ま……まだ、生きている」
如月たちは驚嘆した。ハンバーグや肉をコンロにかけたまま忘れてしまい、黒焦げの炭の塊に変えてしまった体験があるだろうか?
如月たちの目の前にあるのが、まさにその状態の物体だった。
純粋な炭素。元素記号はC。このCが元素記号のくせに、まだ動いてるのである。
ゆっくり……。
ゆっくり……。
「なぜ……死なんのだ」
気の弱い店長は、自分の理解できない超自然現象とでも言っても良いような出来事が、目の前で起こっていることに、恐れおののき失禁した。
尿の臭いに如月は気付いた。おおかた、リンチの時にノロマが漏らした尿だろうと思い、水たまりの先を見たら店長の飯塚だった。如月は改めて店長と言う人間を軽蔑した。
俺はこの程度でビビルような柔なオカマ野郎じゃねえぞッ、コラッ!
俺は……ビッグマーン!
偉大な、でっけえ男だッ!
北海の狂える巨大なシロナガスクジラじゃーッ!
「もっと燃やしたれッ!」
絶叫する如月。ガッツのある若者だ。怒りのアドレナリンで、如月はすばやく動いた。
怒りが俺のエネルギーだ。
腹が立つ。
腹が立つ。
ばかやろう。
くそったれめがッ!
死ねッ!
死ねッ!
全人類、今すぐ、死ねッ!
と物騒なことを喚きながら、如月は調理場に行き、業務用の携帯ガスバーナーを持ってきた。店でカツオのたたきを作る時に、外側を焼くためのバーナーだった。
「この黒焦げのッ! 腐れノロマッ! いつまでも、生きているんじゃねえッ! 炭素のくせに、生意気だッ!」
如月はガスバーナーに火をつけた。調節が最強になっていたので、あやうく自分が黒焼きになるところだった。
危ない危ない。
髪についた火を消しながら、如月は冷や汗を流した。他人の命はまったく価値はないが、自分の命はこの地球の上に一つしかない貴重なものだ。大切にしなくては……。
如月は業務用の強力なガスバーナーで、ノロマの黒焼きを作りはじめた。
すでに表面はガソリンの火力で炭になっていたが、今度はじっくり中まで焼くつもりだった。表面はカリカリ、中はしっかり焼けてる、が料理の基本である。
業務用ガスバーナーを持つ手が熱くなってきた。火力が強すぎて、素人が扱うには危険な代物だった。ノロマの内部の芯の部分まで黒焦げになった、と如月は判断して火を止めた。
如月は長い足を振り上げ、その黒い塊を踏みつけて粉砕した。
「あちちちちッ!」
これだけ高温で焦がすと、単に炭が燃えているのと変わらないので、薄い靴だったら火傷をしているところだった。
如月は徹底的に、ノロマだった炭の塊を細かく砕いた。粉、粉、粉。
「気のせいか……まだ動いてる……」
そんなバカな。
如月は自分の目を疑った。
いつのまにか如月はノロマを恐れていた。一方的に暴力を振るい、命を奪ったのは自分なのに……。
むしろ、如月はノロマに支配されているような気がした。
究極のSMになると、Sの人は逆にMに支配されているような奇妙な心理状態になると言う。それと同じようなものだろうか?
目の錯角ではなかった。
粉は動いていた。
三人は無言で、動く粉を見つめ立ち尽くした。
時刻は深夜三時少し前。歌舞伎町の雑居ビルに挟まれた奥まった駐車場は、気味の悪い静けさに支配されていた。
「集団催眠だッ!」
如月は叫んだ。負けを認めたくないのだ。驕り昂り、自信過剰ではあったが、実際はその人生、常に負けてきた。いくら口先では偉そうなことを言ってても、社会的な地位では地方の職業高校出身という学歴のない無能な若者の一人に過ぎない。
これが如月の現実だった。学歴社会の日本で、人生の勝利者になれるわけがない。最初から負けが保証されているのである。将来はない。
しかし……と如月は思った。
今度こそ、勝ってやる。
なぜならば、俺は凄いずば抜けた人間だからだ。
社会の規範のルールとは違う別な土俵で戦うことを許されたスペシャルな人材なのだ。
そこらの小物とは違うのだ。
本来は百戦百勝の勇者なのだ。
それがほんの少しのボタンのかけ違いから、このようなことになっているのだ。
俺は新宿の三流のホストクラブのナンバーワンで終わるような人間ではないッ!
俺は勝つッ!
必ず勝ってみせるッ!
なんに勝ち、なんに負けようと言うのか……。如月の狡猾ではあるが、抽象的な思考能力など皆無に等しい脳みそでは、具体的な考えが思い浮かぶわけがなかった。
ただ、今負けたら、俺はこのまま一生負け続けることになるだろう、という直観的な認識はボンヤリと感じていた。おそらく、それは正しいだろう。
そうとも。
今、負けたならば、この先近い将来に待っているはずの、芸能界入りの話もなくなるに違いない……。
如月はそんな気がしてならなかった。そんなただの負け犬となった自分の将来の姿を一瞬想像してしまい、如月は鳥肌が立つほど絶望的な気持ちになった。
これが俺の未来であるはずがないッ!
そんなことは、絶対にあってはならないのだッ!
「集団催眠なのか? これ、確実に動いてるぞ」
思春期の青々しい蹉跌と葛藤に苦悩する如月に関係なく、デリカシーのない店長の飯塚は、ただ見たままのことを口に出した。王様は裸だと言う子供か。
粉は風に逆らって揺れていた。黒い粉の中に、白い燃え残りの小さな骨片が散らばっていた。
飯塚は粉に顔を近付け、詳しく観察した。気は小さいのだが、もしかしてこの粉が飛びかかってくるのではないか、などという空想力は皆無なのである。鈍いのだ。
指先で触ってみた。指の先が黒くなった。ここまでは、ただの炭のようである。差し迫った危険はないようだ。
「動いていない」
如月は押し殺すような声で言った。
「えっ?」
飯塚と赤石が、疑問の声を上げた。
「おいッ! これは断じてッ! 動いてないのだッ! 動いてはならないのだッ! 目の錯角だッ! 焼いた人間が、動くわけがなかろうッ?」
如月は二人を睨み罵声を張り上げた。彼らを恫喝すれば、現実が変わるかのように……。
「で……でも」
鼻の先のない赤石が、なにかを言おうとした。
「あんだッ? コラッ! 次はおめぇが黒焼きかッ?」
如月が冗談を言ってるようには見えなかったので、赤石は背筋に冷たいものが走った。
先ほどからトイレに行きたいのを、がまんしていたのだが、尿を飛び越え一気に脱糞しそうになった。
「これを動いてるなんて言うやつはァ……」
如月は一瞬、間を置いてから吐き出すように絶叫した。
「男たァ、言えねえッ!」
如月は赤石に詰め寄り、顔を近付け、目と目を合わせた。赤石は恐ろしさに震え、肛門から大便の先が5センチばかり飛び出してしまった。
それから如月は店長の飯塚にも、接吻をしそうな距離にまで顔を近付け凝視した。気の弱い飯塚は、部下に脅され、短いペニスから先ほど失禁した残りの尿を20CC漏らした。飯塚のパンツの中は、夏の暑さでアンモニアが醗酵し、寝たきり老人の寝床のような臭いがしていた。
「死んだものは死んだものッ! 焼けば人は死ぬッ! これ社会の常識ッ! 死んだものは動かねえッ! それは神様だって、御存じなこったッ! だッかッらッ! こいつは、動いてないッ!動いてませんよッ! 動かれて、たまるかッ! ばーろーッ! 断じて、動いとらんからなッ! これを動いてるなんて言うやつは、めそめそした女モドキだッ! 心霊だ、超自然だ、などと言うやつは、みんなオカマ野郎であるッ! そうじゃろがッ? 顔を思い浮かべろッ! 霊能などと、ほざくやつはッ! 全員ッ!ホモだッ! 違うかッ?」
如月は赤石に問う。
「ち……違いません」
直立不動で答える赤石。どこかからウンコの臭いがした。如月は満足そうに笑った。今日もホスト業界の神聖な上下関係は守られた。これでこそ美しい日本だ。如月は愛国者だった。
「これは動いていないなッ?」
念を押す愛国者。
「ハイッ! 決して、動いてないでありますッ!」
赤石の声に反応したのか、粉がすっと三センチくらい横に移動した。赤石は見なかったことにした。
「店長も動いていないと思ってますよねッ?」
如月は店長の男意気も、試してみることにした。
「えーと、う……うん。動いてないようだな」
飯塚の目の前で粉は挑発するように律動を繰り広げていた。しかし、飯塚は如月の目の中の、狂ったような光が気に入らなかったので、求められてると思われる答えを言った。
「よし。我々は全員、男ですッ! はははッ! 明日からも股間にオチンチンを下げていることを、許されてもいいんじゃないでしょうか。もし、今、ほんの少しでもためらう者がいたら、ぼくは刺身包丁を使い、この場で即席の性転換手術をおこない、三分後にはそいつを女性に変えてあげよう、と思っていましたよ。まったく、親切なぼくだ」
如月の目にはユーモアのかけらもなかった。赤石と飯塚は、如月が本気で言っていることを知っていた。
如月はなにもためらわず、元ノロマの黒い粉の山に、ずぼっと手首まで入れた。赤石と店長は、一瞬大惨事を予想して目に見えてうろたえた。
なにかが皮膚を噛み、ちくちくする……。
と如月は思った。だが、たいしたことはない。手の平に粉を乗せて立ち上がる。
「ビンビンですぜ、店長。山椒魚でも、あれだけ効果があるんです。ましてや、このノロマ先生のような、非人間じみた生命力のあるバカの肉ならば、その効果……なん倍もッ! なん倍もッ!です」
如月はニヤリと笑った。
それを聞いて、ことの成りゆきに引きまくっていた、店長の飯塚の、好色な部分がムクムクと顔をもたげた。急にうれしそうな顔になる。
「そうか、ビンビンかあ」
如月は粉をばりばり飲みこんだ。大胆な如月の行動に飯塚と赤石は目を見張った。
味はまずかった。生々しい人肉を食うのは、完全な狂人のやることだが、これは炭の塊と同じだ。じゃりじゃりするだけだ。ただ、どうもこの粉のひと粒ひと粒が、あり得ない話だが動いている気がする、と如月は思った。
大きめのミジンコを大量に飲みこんだら、こんな食感がするのだろうか。喉越し不愉快。良薬口に苦しとは、よく言ったものだ。
昔の日本人もよくこうやって、気に入らないやつを殺しては、黒焼きにして食っていたことだろう。俺の行動は美しい日本の伝統だ。天皇陛下万歳。
平然と人間の黒焼きを咀嚼する如月を見て、飯塚と赤石は驚愕していた。如月の歯は、お歯黒の芸者のように真っ黒くなっていた、エキゾチックな魅力ではある。
率先して人肉の粉を口にするなんて、一般人には決してできないことだ、と如月はうろたえてる赤石らを見て思った。自分が誇らしかった。俺はこいつらとは違う。
これで一線を越えた。
俺は芸能人にきっとなれるッ!
いや、もはや芸能人だッ!
テレビに出てないだけの芸能人と言って良いのではないか。努力不足のテレビ局のスタッフが、見つけることを、まだできていないだけなのだ。悪いのは、不勉強なテレビ局。
なにしろ、顔も度胸も、すべて持ち合わせている、天性の大スターの俺だ。あまり、安売りはしない方がいいかもしれないな。最初に声をかけられた時は、即座に断ろう。鼻の先でせせら笑ってやるぜ、マスゴミさんよ。
二回目、三回目も断ってやる。あまり、しつこいと、キレて怒ってやるのも、いいかも知れないな。如月は黒い歯を見せながら、にやにや笑った。そうこうしてくうちに俺は芸能事務所のスカウトマンの中で、伝説になって行くのさ。
『あいつは、手強いぜ』
『芸能界にまったく興味がないらしい』
『生まれも育ちもいいらしいからな』
『しごく残念だ』
『如月星夜さえ、スカウトできれば、事務所の将来は安泰なんだがなあ』
『如月星夜ッ! あいつは一人ジャニーズ事務所だッ!』
などなどなど。
スカウトマンらのひそひそ話が、耳に聞こえるようだぜ。そのうわさ話を聞いて、大手の芸能事務所が動きだす。
それも社長自ら、手にカステラを持って、俺のアパートにやって土下座ッ!
大物業界人が犬のように這いつくばって、俺様に懇願だッ!
しぶしぶという感じで『みなさんに何度も来させるのは悪いし、しばらくは我慢してタレントとかいうものでも、やってみましょうかね』と、ようやく承諾する。
こうなったら、鳴り物入りで芸能界入りだ。スターボも二十一世紀の石原裕次郎も目じゃないぜ。売り出しは、博報堂あたりの大手広告代理店を巻きこんで、七十億円くらいはかけてやってもらう。
賢くやらなくちゃな。
すでに俺は伝説になっているのだから。
最初は『すごい……』という噂だけ流して、なかなかマスコミの前に、顔を出さない方がいい。俺は神格化してくる。芸能人を飛び越えて神だ。俺、ゴッド。
如月はそんな半年後の自分の姿を想像して、体中に力がみなぎっていた。股間ももっこり腫れ上がっていた。スラックスの中に一リットルのペットボトルが入っているようだった。
「す……すげえ」
如月の股間の強ばりを見て、赤石が思わず口に出した。黒焼きの効き目は絶大だった。ニヤリと人魚のような目で如月は笑い、店長に言った。
「ビンビンでっせ」
その凄まじい効果を目にして、店長は興奮した。
「おお、これはッ!」
好色な笑みを浮かべる飯塚。
「でっけえ……」
如月は股間の膨らみを誇示して、月に向かって吠えた。
「俺は、でっけえ男ッ!」
最高の気分だった。俺の中心が熱い、と如月は思った。客のおごりでスッポン鍋を食べた後に、このように身体が火照ったことがあったが、これはその比ではなかった。溶鉱炉だ。
いや、原子炉と言っても過言ではないッ!
身体の中心で、燃料棒が今にも核分裂を起こし、メルトダウンしようとしているッ!
俺は極太のキノコ雲を、地球の裏側まで、吹き出してやるッ!
今が白亜紀ならば、巨大な恐竜どもは、俺の白いキノコ雲のおかげで、絶滅だッ!


あらすじ
空手家の黒岩鉄玉郎は弟子と肝試しに廃屋に入る。そこで見つけたのは、女のミイラ。それは異常な変質者にレイプ殺人されてしまった女子大生だった。ところが黒岩鉄玉郎は、女ミイラを空手で粉砕する。激怒した女ミイラの悪霊は、彼らを呪い殺していく。空手対幽霊という物理的に不可能な戦いが始まった!
登場人物
黒岩鉄玉郎 : 空手家
如月星夜 : ホスト
田中康司 : 糞オタク
堀江 : デブ
結衣 : 風俗嬢
女子大生 : 被害者
青田寧男 : 新宿署刑事

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