【怪奇小説】空手対幽霊〜福祉界の、やくみつる〜

〜福祉界の、やくみつる〜
「いいなあ」
気の抜けた声がした。如月が既に死体になったような土色の顔でいぶかしげに見上げると、鉄玉郎がさわやかな顔で立っていた。
メールを見て、遅ればせながら来たようだ。
あたりは血の海。
腸の飛び出した女の死骸と、性器の破裂した男の死骸が、ごろんごろんと転がっているのである。
これを見ると如月が、棺桶に片足を突っこんでいるというか、むしろ、すでに死体と呼んで良い存在と化していることは、容易に察しがつく。
にもかかわらず、この男、鉄玉郎の平然とした顔……。
心が冷たいわけではない。単に如月の命に、興味がないだけなのだ。悪意があるわけでも、残酷でもなく……ただ、ない。
ある意味では天使。
如月はあの世から、一足先にお迎えが来たような気がしてきた。
「お前、もうすぐ死ぬのか」
天気の話でもするように鉄玉郎が訊ねた。
「オッス! 鉄玉郎さんッ! もうすぐ死ぬでありますッ!」
如月は犬のように腰を振りながらも、精一杯、威厳を持って答えた。
死を間近にし、聖人のような心持ちになってきたのである。
死ねば無である。
それは、すべての前科や犯罪歴が消えてしまうということでもある。好き好んであの世に行くわけではないが。俺はもうすぐ無垢できれいな身体に生まれ変わるのだ、と如月は思った。
俺は純白の処女だ。
「オマンコするのを止めないと、あと数秒で死ぬでありますッ!」
「なにやら、満足そうな表情をしているな」
少しイラついた顔つきで鉄玉郎が言う。
如月はその微妙な変化には気付かない。
「オスッ! 現世の欲望が消えて、聖なる存在になった気分でありますッ!」
この時ばかりは、顔の作りだけは整っているものの、心の醜さ、下品さ、下劣さ、低俗さが表情に出て、実にいやらしい如月の顔に、宗教的な透明感が溢れていた……。
神々しい。
ミケランジェロのピエタの彫像も顔負けだった。
後光すら射しそうである。
死は確実に罪人を浄化していた。
「糞のくせに、わかったような口を聞くなッ!」
突如、鉄玉郎は大激怒し、全体重をかけた右足の硬い革靴の踵で、如月の背骨を踏みつけ、完全に粉砕したッ!
あと数秒の命だったはずの如月は、むしろ即死しそうになった。
如月の背骨を通っていた神経は、すべて切断され、一瞬で首から下の身体がまったく動かなくなった。
あまりの痛みに、如月はのたうち回ろうとしたが、動くことさえできなかった。
その可哀想な如月に、鉄玉郎は阿修羅のごとく、罵声を浴びせかけた。
それでも人間か……。
「誰が死んで良いと許可をしたッ? 貴様はいっそ、ひとおもいに殺して下さい、と毎日願いながら死ねずに苦しみ、血の涙を流しながら、重度障害者として生き地獄の日々を、限りなく送るのだッ! 永遠にッ!」
さすが、鉄玉郎さんだッ!
神ッ!
いや、神以上の存在であるッ!
人間の生死を決める権限を持っておられるお方なのだッ!
鉄玉郎さんの許しを得ないで、勝手に殺されようとしたなんて、俺はなんと傲慢だったことかッ!
如月は、おいおい泣き出した。だいぶ、頭を打っているようである。
しかし、その涙を手で拭くことさえ、もはや如月はできない。一生、糞も尿も垂れ流しなのだ。
それは、どうでもいいが、如月は大いに鉄玉郎の偉大さに感銘を受けていた。宗教的開眼である。
でかいッ!
このお方はッ!
常軌を逸脱して、でかいぜッ!
イモ虫のようになった如月が、地面と同じ高さから、なぜか自分のことを惚れ惚れと見ているのを見て、鉄玉郎は如月の愚かさに呆れた。
本当にバカだとはわかっていたが、ここまで天文学的なバカだったとは……。
背骨を折られて感謝するなんて、まったく信じられん。
普通、怒るよな。
おそらく、稽古のたびに、なるべく頭を狙って打ち、脳に障害が残るようにしていた効果が現れたのであろう。
うむ。
大切なのは日々のこつこつとした努力だ。もうすでに、まともにものを考えられなくなっているのだな。良いことだ。
鉄玉郎としては、最後の門下生が死んで、月謝が入らなくなるのが、いやだっただけなのである。だから、背骨を蹴ってセックスを止めさせた。
しかし、イモ虫のようになってしまったのは、ちと、やり過ぎだったな。弱いものを暴行できる喜びで、つい力を入れ過ぎてしまったのだ。
はははっ。
まあ、楽しかったから良いか。
これからは『イモ虫拳法』とかなんとかいうものでも、適当にでっちあげて教えて行けば良いか。この男、バカだから、涙を流して感謝するぞ。
やはり、ホストをするような男は、みんな頭が日本人よりバカなのだ。
このバカは、これからは障害者年金を貰って生活するようになるだろう……。
しめしめ、これはうまい汁を吸えるぞ。
俺の確実な収入源だ。
世の中、金だ。
金さえあれば良い。
げらげらげら。
そうだ『福祉空手』というのは、どうだろう?
この手のイモ虫を集めて、さも、この世の弱者の役に立ちたいのだ、という顔をして、金儲けをしてやるのだ。障害者にも、身を守る力と強く生きる勇気を与えたい……、などと嘘八百の寝言を、マスコミの前で、ぺらぺらしゃべれば、有名文化人になれるかも知れないぞッ!
そうすれば、昼下がりのワイドショーでコメンテーターの依頼が来るかもな。『福祉の立場で……』
なんて前置きで弱者のふりをして、うんと辛口のコメントで溜飲を下げてやるッ!
わかったような顔で、偉そうに世の中の悪口を言うのは、さぞや、楽しいだろうなあ……やくみつるみたく。
げははははッ!
福祉界の、やくみつるを目指してやるッ!
チンチンが硬くなってきたぞ。そんな風になれば、収入は安泰だ。
金だ……。
大切なのは、金だ。
金さえあれば良い。
鉄玉郎の心に、迷いはなかった。一本筋が通った男なのである。
鉄玉郎は自分の将来の収入の確保ができたので、安心して幸せそうに微笑んだ。
それを見て、元ホストのイモムシ——如月は、鉄玉郎さんが自分を勇気づけようとして、微笑んでいらっしゃるッ!
と勝手に電波な解釈をして、感動の嵐に巻きこまれた。如月は尿のような涙を、いよいよ大量に目玉から流しだした。
俺を救うために背骨を粉砕してくださるとはッ!
さすが、鉄玉郎さんだッ!
こんな蚊を殺すのに、原子力爆弾を落とすようなやり方は、他の人間には思いつかんッ!
まったくもって、おそれいりやしたッ!
如月は宗教的な恍惚感に、射精しそうになりながら、鉄玉郎を見上げていた。
なにやら、イモ虫のようなものが、にやにやと泣きながなら笑ってるのを見て、鉄玉郎はにわかに不機嫌になった。むかついたので、オチンチンを出して、小便を如月の頭にかけた。
しゃあああああああ。
しゃああああああ。
大量の小便が養老の滝のように、如月の頭を濡らし、滴り落ちた。湯気が立ち、アンモニアの臭いがひろがった。鉄玉郎の小便は臭かった。
如月は鉄玉郎の行動に対し、一瞬、ふに落ちないような顔をしたが、さらに強烈な恍惚感に襲われ、オルガスムスに達してしまった。下半身に神経が繋がっていたならば、おそらく射精していたに違いない。愛に満ちた笑みを浮かべる如月。
聖水だッ!
鉄玉郎さんは、俺を浄めるために、聖水をかけてくださったのだッ!
如月は、顎の関節が許す限りの大きな口を開けて、おいしそうに小便を飲み干しはじめた。
こいつ、気が狂っていやがる……。
如月の飲尿を見て、鉄玉郎は吐き気がした。
次は如月のでかい口の中に、うんこをしてやろうと思ったが、残念ながら、店を閉めて出てくる時に、用を足してきたばかりだった。
思いきり、下痢の時だったら、良かったのに……。鉄玉郎は心の底から残念に思い、ため息をついた。
その時、足下に散らばっていた木の燃えかすのようなものが、ゆっくりと動いていることに、鉄玉郎は気がついた。
目を疑った。
齢、四十四歳。
老眼の度が増して来たのだろうか。
鉄玉郎は眉間に皺を寄せ、じっくり黒い粉を見つめた。ワニのような顔だった。
「やはり、動いている」
しかも、その燃えかすのような黒い粉は、何かの形を形成しようとしているかのように見えた。やがて、それは人の顔の形になった。
その顔は頬の肉がなく、そのために笑っているようにも見えた。


あらすじ
空手家の黒岩鉄玉郎は弟子と肝試しに廃屋に入る。そこで見つけたのは、女のミイラ。それは異常な変質者にレイプ殺人されてしまった女子大生だった。ところが黒岩鉄玉郎は、女ミイラを空手で粉砕する。激怒した女ミイラの悪霊は、彼らを呪い殺していく。空手対幽霊という物理的に不可能な戦いが始まった!
登場人物
黒岩鉄玉郎 : 空手家
如月星夜 : ホスト
田中康司 : 糞オタク
堀江 : デブ
結衣 : 風俗嬢
女子大生 : 被害者
青田寧男 : 新宿署刑事


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