【怪奇小説】空手対幽霊〜ローマ法王がフェラチオ〜

〜ローマ法王がフェラチオ〜
新宿区歌舞伎町二丁目。都立大久保病院やハイジアの近くにある一見ごく普通のラーメン屋『上海亭』。
黒岩鉄玉郎は、今日も新宿一うまいと一部の変質的マニアに言われるラーメンを客に出していた。うまいにも、かかわらず、あまり客が来ないのは、やはり鉄玉郎の殺気立った接客態度のせいであろう。
「『上海亭』に入った客の千人に一人は殺されラーメンのダシにされるという……」
という都市伝説もあるほどだ——2チャンネルの都市伝説スレッドに書いてあった。
もちろん人肉ラーメンが出る……などという非常識な話は、噂に過ぎない。
鉄玉郎は一度試してみたが、まずかったので、それ以来二度と作ってはいないのだ。
しかし、そんな都市伝説がいかにも本当らしく思われるのは、『上海亭』の雇われ店長、鉄玉郎の血も涙もない、冷酷非道な人格の賜物であろう。
鉄玉郎は運悪く暖簾をくぐって入ってきた観光客のお年寄りに向かって、カミソリを振り回して威嚇しているところだった。お年寄りは白目を剥き全身を震わせ、今にも卒倒しそうだった。
お名前は児玉光太郎さん、七十二歳。北海道小樽市色内町にある自宅から、中央バス、JR北海道快速エアポート、羽田空港行きANA七十八便、立川行きリムジンバスを乗り継ぎ、八時間かけて東京に住む長男の家に泊まりに来た。その帰りだった。
冥土の土産に、ひとつ歌舞伎町というものでも観光して行こうかのう、などと考えたのだが、本当に冥土の土産になってしまいそうな雲行きだった。
鉄玉郎が振り回してるのは、理容師が使うような、非常に薄い鋼製の刃を二つ折にした構造の業務用カミソリ。刃渡りは五センチ。非常に鋭い切れ味を誇っている。
ラーメン屋がこんなカミソリを使う意味はまったくないと思われるが、そこは常軌を逸したラーメン屋店長、鉄玉郎である……『この方が、殺人鬼に見える』という理由でよく使用していた。
シュッ! シュッ!
鉄玉郎はあくまでも調理で使っているふりをして、柄の長いカミソリを振り回した。カミソリは、お年寄りの顔の前十センチのあたりの空気を切り裂き、鋭い音を立てながら左右に行き来していた。
刃についていた長ネギ——『JAまつど』生産の矢切りネギ——の輪切りが飛び、お年寄りの額にくっついた。
恐怖に土色になっていた老人は、とうとう心筋梗塞を起こし、カウンターのイスの上から転げ落ちた。
「あうッ! あうッ!」
可哀想なお年寄りは、苦しそうに悶えていたが、心臓に向かう冠動脈の血流量が下がり、心筋が虚血状態になり壊死してしまった。ぴくぴくと、しばらくは夢を見ている犬のように手足を痙攣させていたが、やがて静かになり、完全に動かなくなった。
旅に病み、おそらく魂だけは故里に帰って行ったことだろう……。
良い話だ……。
膀胱頸部筋が弛緩したので、老人特有の臭い尿が流れ出し、床に水たまりを作った。
「小便を拭かなくては……」
まだ生暖かい老人の遺骸を見下ろしながら、鉄玉郎がうわ言のように言った。心の中では、別な考え事をしていたのだ。その視線は、決して冷酷なものではなく、むしろ暖かいと言っても過言でなかった。老人の死に単に興味がないだけなのである。ここは、歌舞伎町だからな。
「焼きホストか……」
鉄玉郎は、駐車場での人間の黒焼き粉の不審な動きについて考えていた。
「あの黒い粉は、ずうずうしくも、がさごそ動きくさりやがって、女の顔のような形になりあがったッ! ばかちょんめッ! 俺に口にオチンチンを入れてほしい……というメッセージだったのだろうか?」
さすが鉄玉郎先生である。ミイラ女幽霊の『これはあたしの仕業だ』というアピールをまったく理解していなかったのである。
次にミイラ幽霊女が復讐を遂げる時は、ちゃんと相手に口答で、はっきりと意図を説明したほうが良いだろう。
あの後、鉄玉郎は警察とかかわり合うとやっかいなので、後始末を如月に任せて、駐車場を立ち去った。
如月は、鉄玉郎に命を救われたという恩に報いた。まったく素晴らしい働きをした。
如月は、事件の後で警察に逮捕されたのだが、首の治療が終わって——というか、もちろん治りはしないのだが——取調べになったときに、頑として鉄玉郎が現場にいたことを認めなかったのである。
携帯メールの送信記録から、鉄玉郎に連絡をしていたことは、ばれていたが、幸いその日は遅くまで『上海亭』に近所の常連客がいて、犯行時刻に鉄玉郎が店にいたことを証言してくれたのだ。
取調べに同席した新宿署の刑事、青田寧男が、いかに残念がったことか……。
この残虐なホストによるレイプ猟奇殺人事件に、鉄玉郎が関係しているとわかれば、鉄玉郎を連行し、その痛い腹を突くことができたのだが……。
取り調べで、如月は何を思ったか、鉄玉郎が現場にいたこと以外は、すべて正直に自供した。弁護士もつけなかった。青田は、この男は進んで死刑になりたがっているのかッ?と目玉をひん剥いて驚いた。
実は如月は、事件で死を目前にまで体験したことにより、宗教的な開眼をしていたのである。聖人的な存在になった、と自分のことを考えていた。
罪は浄められたのだ……。
我は偉大なる聖者、如月星夜なるぞ。
おのれ、公僕ども。
頭が高い。
如月は首から下を固定され、エジプト・ミイラのような姿で車椅子に座っていた。
喜びと歓喜に満ちた情熱的な瞳に涙を浮かべながら、超自然的な邪悪なパワーに自分たちが操られ、やりたくもないのに女性たちと交わり、惨殺しなければならなかったという、歴史的な悲劇について、一万語を費やし切々と語った。
まるで戦争被害について語る沖縄の語り部のようだった。
その舌、止まるところを知らず。
尋問どころではなかった。刑事たちが、もういいかげん口を閉じろと、怒鳴りつけたくなったほどの、如月先生、独演会ッ!
ああッ!
先生は日の出から日が沈むまで、果てしなく永遠、何光年にも渡って精力的に、良く喋ったともッ!
全身麻痺のために弛んだ、しかしギラギラと光り輝く変な顔。その口の端からは、悪臭を放つよだれが滴り落ちた。
信心の足りない仲間二人が、自分のオチンチンを爆発させて死ぬという、まったく聞いたこともない悲惨な最期を遂げたその横で、聖者、如月居士は偉大なる神の力により、その魂を救われ、生まれ変わることができたのであるッ!
死にかけの蟹のように泡を吹きながら、如月は絶叫した。自分はその神のおかげで、ほぼ完璧に棺桶に両足を突っこんでいる状態から、救い出されたのだ。
つまり、俺は神により再生されたのと、同じであるッ!
これは人類ではイエス・キリストに継ぐ、二番目の快挙であるッ!
ローマ法王は、俺の足の水虫を舐めて、全力で祝福すべきであるッ!
舐め方の熱意によっては、股間の小鼠を舐めることも、許されるかも知れないぞよッ!
朕はチンチンが立っておるッ!
ああッ、一度死んだこの人生ッ!
残りは余生であるッ!
俺は退院したら、その神の布教のために、喜んで残りの人生を捧げる所存であるッ!
……というような、たわごとを如月は連日連夜、眉間に皺を寄せた刑事たちの前で大声で喚き続けた。
もちろん、限りなく現実的な刑事たちが『なるほど、ごもっともな、こってす。すみませんでした、先生。即座に釈放しますわい』 などと、感銘を受けて納得してくれるわけがない。精神鑑定の結果が出て、如月の責任能力に問題がないとなれば、死刑の判決が下るだろう、と刑事たちは見ていた。
なにしろホスト仲間と共謀し、客の女三人を強姦してから、腹を引き裂き、殺し、その末に仲間割れで殺しあいをしたのだ——これが刑事たちの考えた事件の全体像だった。
如月は自分の聖的な体験を真っ正直に語りさえすれば、愚かな警察官どもが自分らの間違いに気がつき、すぐにでも釈放されると思いこんでいたので、いつまでも留置所から出られないことが、不思議でならなかった。
面会にいった鉄玉郎は、如月の話を聞き、あまりの愚かさに爆笑しそうになった。しかし、鉄玉郎は、ぐっと堪え——肩が震えていたが——「うむ」と一言、重厚にうなずくだけにしておいた。
如月がすでに死人と同じ存在であるとこを見抜いていたのである——確実に死刑になるのだから、もう死んでるのも同じだ。
鉄玉郎は心優しい男だった。
「如月は死刑か。楽しみだな……」
ラーメン屋の床で冷たくなっていく、かわいそうな老人の遺骸を見ながら、鉄玉郎が独り言を言った。うれしそうだった。鉄玉郎は、如月が死刑執行される様子を空想した。
「どうにかして、死刑執行を見に行けないものか。如月のような面白いバカは、公開処刑にして客を集めてやれば良いんだ。絞首刑の前に、みんなでコブシ大の石を投げて、大怪我をさせるのも良いな。……せめて死刑間際の如月に面会できないものか。親族と弁護士以外は、会えないのだろうか。如月の親代わりの者です、と言ってもだめかな。日本の法律は間違ってるな。俺は如月の観察をしたい。死刑で確実に殺される身であることが、いかに恐ろしいことなのかを、この目で確かめ、舌舐めずりをしながら堪能したい。わざとらしく同情してやるのもいいな。ひっひっひっ。涙ぐらい流す芝居はしてやる。如月は頭がバカだから、騙されてるとも知らず、涙を流して感激するぞッ! ばーか、ばーかッ! お前の母さんデベソ。目薬を大量に用意しなくては。泣いているふりをしながら、じろじろ横目で観察してやる。ああ、堪えられないだろうなあ。確実に死にゆく人間を、既に死体と同じような存在として、眺める快感ッ! 最高の他人事だッ! ああ、これほどの快楽がこの世に存在しようかッ? 人間として生まれて良かったなあッ! あと、如月のようなバカに生まれなくて良かったなあッ! はっはっはっ! げらげらげらッ! たまらん、オナニーしたくなってきたぞッ!」
鉄玉郎が硬くなった性器を出して、しごいていると、新しい客が入ってきた。客は床に倒れてる老人の前で、オチンチンを握りしめているラーメン屋を見て、悲鳴を上げて逃げ去った。オチンチンの先から、精液が出ていたからである。


あらすじ
空手家の黒岩鉄玉郎は弟子と肝試しに廃屋に入る。そこで見つけたのは、女のミイラ。それは異常な変質者にレイプ殺人されてしまった女子大生だった。ところが黒岩鉄玉郎は、女ミイラを空手で粉砕する。激怒した女ミイラの悪霊は、彼らを呪い殺していく。空手対幽霊という物理的に不可能な戦いが始まった!
登場人物
黒岩鉄玉郎 : 空手家
如月星夜 : ホスト
田中康司 : 糞オタク
堀江 : デブ
結衣 : 風俗嬢
女子大生 : 被害者
青田寧男 : 新宿署刑事

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