【怪奇小説】空手対幽霊〜女子高生のひき肉〜

12月 23, 2023

〜女子高生のひき肉〜
結衣が成績の悪い女子高生だった頃——十年後にまだ制服を着ているとは思わなかったが——よく一緒に遊んでいたのが、ミサエという女だった。
ミサエはバカだった。結衣も負けじとバカだった。バカはバカを磁石のように引きつける。二人は仲が良かった。
ラッキョウが転がって、箸が目に突き刺さり失明しても、まだ笑い転げているお年頃と人は言う。
今になって思うと、あの頃はどこが面白いかわからないようなことで、げらげらと白痴のように笑っていた……よだれと鼻水を垂らしながら。
嗚呼、うら若き二人の笑いは塩辛い味だったァ!
あの頃は幸せだった。
と結衣は客の臭いペニスをしゃぶったあと、イソジンでうがいをしながら、よく思ったものだ。
別に今が不幸でも悪くもないのだが——頭は悪かったが、東京によくいる上昇志向のクリエイター志望などという身の程知らずな田舎者のバカとは違い、特に高望みをせず、そこらにある簡単に手に入る幸せだけで満足するという、楽しく人生を生きるコツを心得ていた。
だてに新宿育ちではない。しかし、なんとなく、人生の一番楽しい時間は、もう終わってしまった、という気がしてならない。
あの頃、二人が一番面白いと思っていたネタを教えてあげよう。
『モヘンジョダロってなんだろう?』
なんやそら?
吉本演芸場でこんなネタをやったら、怒り狂った大阪人に先の尖った割り箸をケツの穴に突っこまれてるところである……根元まで。
ところが当時、高校三年生だった二人には、笑い過ぎて横隔膜が痙攣を起こし、呼吸が停止し、苦しみにのたうちながら、やはりまだ笑い転げているというような、命が縮まるレベルの可笑しさだったのである。このことからも、二人の頭の悪さが証明されると言えよう。
1997年7月10日、午後4時46分。結衣とミサエは靖国通りをアルタの方向に歩いていた。
「モヘンジョダロって……プッ」
自分で言って吹き出してる結衣。そのあとをミサエが続ける。
「なんだろう?」
と叫んで爆笑して駆け出した。
バカなのに夏風邪を引いていた結衣は、鼻水が糸のように鼻から垂れていた。その長さ、およそ三十センチメートル。
青い巨乳がブルンブルン揺れている様は、たいへんエロティックなはずだが、その上で鼻水が糸を引いているとなると、硬くなったチンチンも萎える。
ミサエはなにかぶつぶつ言いながら、よだれを垂らし弛んだ笑いを顔に浮かべて交差点に飛び出した。なぜ、よだれが常に垂れているかは不明。たぶん、胃が四つくらいあって牛のように反芻しているのであろう。
ミサエも乳牛のような大きなオッパイをしていたが、腹もでぶりでぶりと景気良く出ていた。一部のマニアなら大喜びであろう。顔も牛みたいだった。
その胃袋はジャンクフードで常に満たされている。
モス・バーガー、マクドナルト・ハンバーガー、フレッシュネス・バーガー、ウェンディーズ・ハンバーガー、ファースト・キッチンのハンバーガー。
牛肉はうまい。牛女の共食いである。
場所はPePe西武新宿駅前の新宿大ガード東交差点。ホームレスが無感動に青春を謳歌している二匹の娘を眺めていた。
新宿通りを大形の長距離路線トラック、日産ディーゼル・ビッグサムが走ってきた。トラックは東京から二十三時間かけて熊本に行き荷を下ろし、今度は冷凍された明太子を満載して、再び二十三時間かけて東京に戻ってきたところだった。
この間の運転手(亀山益寛・三十五歳)の睡眠時間は、合計三時間。東名高速足柄サービスエリアで最後にとった四十五分の仮眠から、まだ目が覚め切らない。そのために、飛び出してきた女子高生に気がつかなかった。
左前輪のタイヤで轢いた。
ミサエは振り向いて結衣に『モヘンジョダロって……』と言おうとしたところだった。その『ダ』のあたりで背後から迫ってきた三軸のビッグサムの下敷きになった。
十三トンの重みが、ミサエの頭にかかり、一瞬の間につぶれて、牛のような顔に笑みを浮かべたまま即死した。寝不足の運転手、亀山益寛は慌ててブレーキを引いたが、ミサエの丸まると太った身体は車体の下を跳ねるように転がり、次は右後輪の二本のタイヤに踏まれた。十三トンの重みを受けて、ミサエの肛門から大腸と糞便と二十七分前に食べたファースト・キッチンのダブルチーズ・ベーコンエッグ・バーガーのどろどろに溶けた半固体が飛び出し道路を汚した。
亀山益寛の眠気は完全に覚めた。それからは、生涯、二度と安心して眠ることはできなくなった。
ビッグサムは五十メートル通り過ぎてからようやく止まった。亀山益寛は、窓から顔を出して五十メートル後方を見た。近くの飲食店が違法に捨てたのか、大量のひき肉が落ちていた。でも轢いたはずの死体は見つからなかった。
数秒後、そのひき肉の正体がわかり、運転手は噴水のようにゲロを吹き出した。女子高生のひき肉だったのである。
無表情に眺めていたホームレスは、鳥の糞のようなものが自分の身体にかかっていることに気がついた。ミサエの脳みそだった。ホームレスは手についた女子高生の脳みそを黙って見ていたが、特にどのような感銘も受けなかったので、小便臭いズボンで拭いて立ち去った。
結衣はそれから『モヘンジョダロってなんだろう』と聞いても笑わなくなった。


あらすじ
空手家の黒岩鉄玉郎は弟子と肝試しに廃屋に入る。そこで見つけたのは、女のミイラ。それは異常な変質者にレイプ殺人されてしまった女子大生だった。ところが黒岩鉄玉郎は、女ミイラを空手で粉砕する。激怒した女ミイラの悪霊は、彼らを呪い殺していく。空手対幽霊という物理的に不可能な戦いが始まった!
登場人物
黒岩鉄玉郎 : 空手家
如月星夜 : ホスト
田中康司 : 糞オタク
堀江 : デブ
結衣 : 風俗嬢
女子大生 : 被害者
青田寧男 : 新宿署刑事