【怪奇小説】空手対幽霊〜モヘンジョダロ〜

〜モヘンジョダロ〜
イメクラの控え室で、鉄拳会館門下生である結衣は、煎餅をばりばり食いながら、低俗なレディスコミックを読み耽っていた。どろどろとした嫁姑もの。風俗嬢はなぜか嫁姑ものが好きだ。
控え室は六畳ほどの部屋で、今日の出勤は四名。
この店は客引きの言葉に嘘はなく、若くてきれいな子——全員整形だが——が多かった。煎餅は同僚の女がストリップの地方営業で買ってきたお土産。結衣が同僚の地方営業のバカ話を聞いて、げらげら笑っていると、店のスタッフが彼女を呼びにきた。
『電車痴漢プレイコース』の客が来たと言う。
結衣は仕事道具一式——おしぼり、ローター、バイブ、アイマスク、ローション等——を入れたかごを持って、プレイルームに向かった。
プレイルームは四畳半ほどの広さで、中は電車の室内を模倣していた。その隣には三畳ほどのベッドルームがある。
結衣の設定は『電車の中の女子高生』である。パンツの見えそうな——というか常に見えている超ミニのスカートに制服。
本当は二十七歳だが、店では二十歳ということになっていた。顔は特に印象に残るようなものではなかったが、化粧をちゃんとするとそれなりになった。
肌は長年の風俗仕事で、だいぶ、がさがさになっていた。水に濡れたり乾いたりが激しい。それに不摂生な生活。溜まった疲れが皮膚に出ていると結衣は思った。
ちょっと頭の弱い巨乳の妹キャラというのが結衣の売りだった。妹キャラなどという可愛げのある女かどうかは微妙なところだが、確かに頭の回転は人より遅かった。深く考えたり同じことを長く考えるということが、子供の頃から苦手だった。
その代わり、発達したのが危険を予知する本能だった。やばいやつは顔を見るだけでわかった。一言二言話せば相手がどんな人間か、心の隅まで感じ取ることができた。
この能力があったので風俗業界では助かった。言わずもがな、だが、悪人が多いからだ。人間を見極められないと、最悪の場合、トラブルから殺され、指紋を溶かされ、歯を抜かれて、東京湾に沈められる。高校を中退して、エロ業界で働きはじめた結衣は、もうベテランだった。
見るのではなく感じるの。
やばい相手の時は、皮膚がひりひりとする……。
「初めまして、結衣です」
結衣は黒目ばかりが目立つ客に挨拶をした。とたんに全身の皮膚に静電気が走ったように、ひりひりとした痛みを感じた。やばい客であるという信号だった。しかし、結衣は心の中で首をひねった。
ぱっと見た目は特に危険そうな雰囲気はないのに。
気のせいかしら。
それから、結衣は客に店のシステム、プレイの流れ、ルールの説明をした。男は普通に受け答えができる。てきぱきとはしてないが笑顔はやさしそうで、決して怪しい素振りはない——極端に黒目がちな以外は。
結衣は先にプレイルームに入り用意をした。携帯プレイヤーのスタートボタンを押して、満員電車の効果音を流す。
西日暮里〜次は西日暮里〜。
降り口は左側です。
ガタンゴトン。
ガタンゴトン。
ガタンゴトン。
結衣は吊り革につかまり、アイマスクをして客が入ってくるのを待った。プレイ時間は四十五分。最初の二十分が電車で痴漢プレイ。それから、ベッドルームに行き、素股かフェラでフィニッシュである。
男が入ってきた。結衣は声はかけない。電車の女子高生が痴漢に話しかけてきたら、おかしいからである。痴漢プレイの最中は声を出してはいけない、というのが店のルールである。
男は結衣の後ろに立ったようだ。しかし、なぜか微動だにしない。初めてなので、どうしたらいいか、わからないのかも知れない。
結衣は痴漢行為を誘うように、ミニスカから出た大きな尻をくねくねと振って、セクシーに挑発してみせた。しかし、男は一向に触ろうとしない。
困ったわ。
でも、こういうプレイが好きな変態なのかもしれない。
新宿で風俗嬢をしていると、ありとあらゆる種類の変態に遭遇することになる。楽な変態なら問題はない。いくらでもゲームにつき合おう。
この男は触るのではなく、見るだけが好きな変態なのではないか……。
結衣はそう思った。
今頃、あたしの背後で音を立てないように細心の注意を払いながら、逸物を出してマスターベイションに耽ってるのではないか……。
結衣はその姿が目に見えるようだった。これは身体の楽な良い変態だ。結衣は疲れないように、なるべく吊り革に体重をかけて、身体をだらんとし、楽な客に当たった幸運な二十分間を満喫しようとした。男が静かにオナニーしていると考えると、チンチンの臭いまでしてきそうに感じた。鼻音を立てないように臭いを嗅いでみる。
枯葉のような臭いがした。再び、全身の肌がひりひりとして総毛立った。
やばいッ!
本能的に結衣が振り向こうとした時、男が耳元で嗄れた声で呟いた。
「モヘンジョダロって、なんだろう」
店のルールを破って、結衣は絶叫した。


あらすじ
空手家の黒岩鉄玉郎は弟子と肝試しに廃屋に入る。そこで見つけたのは、女のミイラ。それは異常な変質者にレイプ殺人されてしまった女子大生だった。ところが黒岩鉄玉郎は、女ミイラを空手で粉砕する。激怒した女ミイラの悪霊は、彼らを呪い殺していく。空手対幽霊という物理的に不可能な戦いが始まった!
登場人物
黒岩鉄玉郎 : 空手家
如月星夜 : ホスト
田中康司 : 糞オタク
堀江 : デブ
結衣 : 風俗嬢
女子大生 : 被害者
青田寧男 : 新宿署刑事

小説ブログランキング

ランキングに登録しています。

クリックが励みなりますので宜しくお願いします。

神田森莉の本

各書店で販売中です