【怪奇小説】空手対幽霊〜巣〜

〜巣〜
その後、バブル景気が弾け、女子大生の価値は下がり、憂鬱な長い不況が日本列島を覆った。周囲に疎らな住宅しかなかった、この広い敷地を持つ空き家も、今では新興住宅地のど真ん中にあった。
経済はやがて、不況のどん底からは立ち直ったが、なぜか誰もこの家を取り壊し、きれいなマンションを建ててやろうとした者はいなかった。噂では、権利関係が複雑で手を出せないとか、祟りがあって関係者が不幸になるとか、いろいろ言われてるが、結局のところ理由は不明である。
さて、大正時代から昭和初期頃に建てられたらしい、この古めかしい洋館だが、なかなか丈夫にできていた。昔の大工は暇だったのだろう。
家のまわりは、人の背の高さほどのレンガの塀。ジャングルのような広い庭には、陰気な木が人の手を入れられず乱雑に育ち、今にも血に飢えたターザンが、出刃包丁を持って飛びだしてきそうな雰囲気だった。
生えているのはクヌギ、コナラ、ブナなど関東の雑木林に普通にある種類ばかりだが、なぜか変な磁場にでも影響されているのか、節くれだった枝はみな、ねじれ曲がっていた。
その呪われた林にすむ生物は、これまた嫌悪感をもよおす、下等なものばかり。
毒々しい黄色と黒色の縞模様のジョロウグモは、長い手足をピンと伸して、大きなクモの巣の上で、獲物が来るのを待ち構えていた。
湿った地面に穴を空けて住み着いているのは、ジグモ。15ミリメートルほどの黒くて小さないやらしいこの捕食動物は、太くて短い丈夫な牙を鳴らしながら、餌の地虫が通りかかるのを待っている。
彼らとほぼ同じ精神構造を持つ、ほ乳類ヒト科の捕食動物の一人の雄が、この廃墟を使わなくなってから、ずいぶん経つ。
黒くやわらかい腹を光らせたシデムシの幼虫は、もう何世代もおいしい御馳走にありついていなかった。彼らは大いに不満だった。大きな御馳走が、昔は何度もこの家の中や庭の土の下で見つかったものだ。とても、食い切れなかった。脂ののった、腐ったでかい肉。なんと食欲を刺激させる腐敗臭だったことか……。
往時は黒蠅、銀蠅、家蠅などの不潔なウジどもにも、食事を分け与えてやったものだ。もちろん、ウジどももシデムシの幼虫には、食料だった。つまり、彼らは同業者であり、同時に動き回るソーセージでもあるのだ。ウジはうまい。
庭は一年を通じて薄暗く湿っていたが、家の中は割合と乾燥していた。割れた窓から入ってきた枯葉や土埃が床に溜まり、風が吹き抜けるたびに舞い踊っていた。埃には乾いた血の粉、細かな骨、人糞などが混じっていた。
たまに、ねぐらを求めて、浮浪者が入ってくることがあった。だが、庭に一歩足を踏み入れた途端、二度とここを生きて出られないような不安感に襲われ、そそくさと出て行くのが常だった。正しい判断だ。浮浪者の野生の本能は、なにか、たちの悪いものが家の中にいることを感じとったのだ。
霊感のある者は、この家に決して近こうとはしなかった。霊感のない者も、家の前を通りかかるだけで、広い敷地全体に漂ういやな空気感に不安をつのらせる。私は霊などは信じないのだけど……と思いながらも、なぜか足早に家の前を通り過ぎて行く。数百メートルほど過ぎてから、ようやく胸の中から得体の知れない不安感が去ったことを知り、ほっと胸をなで下ろす。
空き家の中にいる、それは飢えていた。暗闇の底で、憎しみに身を震わさんばかりだった。最初は被害者であったそれは、長い時間の流れの中で、純粋に憎悪だけの存在となっていた。今では、自分がなにものであったかすら、なかなか思い出せない。ぼんやりと歳の離れた弟がいたような気がする……。
それは、ジグモのように暗闇の中で、牙を光らせて待ちかまえていた。愚かな獲物がやってくるのを……。ウェルカム。その憎悪の塊は、小声でつぶやいて愚か者を歓迎するだろう。しかし、その歓迎はあまり暖かいものではないだろう……。
悪意の生命体とでもいうべきそれは、いつも冷たい笑いを浮かべていた。なぜならば、頬の肉がないため、笑っているように見えるからだ。

あらすじ
空手家の黒岩鉄玉郎は弟子と肝試しに廃屋に入る。そこで見つけたのは、女のミイラ。それは異常な変質者にレイプ殺人されてしまった女子大生だった。ところが黒岩鉄玉郎は、女ミイラを空手で粉砕する。激怒した女ミイラの悪霊は、彼らを呪い殺していく。空手対幽霊という物理的に不可能な戦いが始まった!
登場人物
黒岩鉄玉郎 : 空手家
如月星夜 : ホスト
田中康司 : 糞オタク
堀江 : デブ
結衣 : 風俗嬢
女子大生 : 被害者
青田寧男 : 新宿署刑事


創作ブログランキングに登録しています。 クリックが励みなりますので宜しくお願いします。

神田森莉の本

死骨

死骨

今から40億年前。ペルセウス人たちの宇宙船が故障し地球に不時着した。ペルセウス人は夢と現実のあいだを行き来する不思議な文明を築いていた。彼らは「感情波」と呼ばれる「人間」の感情の動きをエネルギー化して利用していた。そのバッテリーがゼロになってしまったのだ。

彼らはこの地球に文明が生まれ、たくさんの「感情波」があふれる日を待つしかなかった。いくら長寿のペルセウス人でも40億年は長すぎた。彼らはいつしか歪んだ心を持ち始め、人類の歴史に様々な恐怖を与えるようになっていた。より多くの「感情波」が放出されるように。

ホラー漫画家、神田森莉の長編SF小説。

くまちゃんウィルス1

くまちゃんウイルス(1)

人の良いくまちゃんが世知辛い世間に翻弄されてダメになっていく姿を描きます。しっかりしてください。


リンク