【怪奇小説】空手対幽霊〜巣〜

12月 23, 2023

〜巣〜
その後、バブル景気が弾け、女子大生の価値は下がり、憂鬱な長い不況が日本列島を覆った。周囲に疎らな住宅しかなかった、この広い敷地を持つ空き家も、今では新興住宅地のど真ん中にあった。
経済はやがて、不況のどん底からは立ち直ったが、なぜか誰もこの家を取り壊し、きれいなマンションを建ててやろうとした者はいなかった。噂では、権利関係が複雑で手を出せないとか、祟りがあって関係者が不幸になるとか、いろいろ言われてるが、結局のところ理由は不明である。
さて、大正時代から昭和初期頃に建てられたらしい、この古めかしい洋館だが、なかなか丈夫にできていた。昔の大工は暇だったのだろう。
家のまわりは、人の背の高さほどのレンガの塀。ジャングルのような広い庭には、陰気な木が人の手を入れられず乱雑に育ち、今にも血に飢えたターザンが、出刃包丁を持って飛びだしてきそうな雰囲気だった。
生えているのはクヌギ、コナラ、ブナなど関東の雑木林に普通にある種類ばかりだが、なぜか変な磁場にでも影響されているのか、節くれだった枝はみな、ねじれ曲がっていた。
その呪われた林にすむ生物は、これまた嫌悪感をもよおす、下等なものばかり。
毒々しい黄色と黒色の縞模様のジョロウグモは、長い手足をピンと伸して、大きなクモの巣の上で、獲物が来るのを待ち構えていた。
湿った地面に穴を空けて住み着いているのは、ジグモ。15ミリメートルほどの黒くて小さないやらしいこの捕食動物は、太くて短い丈夫な牙を鳴らしながら、餌の地虫が通りかかるのを待っている。
彼らとほぼ同じ精神構造を持つ、ほ乳類ヒト科の捕食動物の一人の雄が、この廃墟を使わなくなってから、ずいぶん経つ。
黒くやわらかい腹を光らせたシデムシの幼虫は、もう何世代もおいしい御馳走にありついていなかった。彼らは大いに不満だった。大きな御馳走が、昔は何度もこの家の中や庭の土の下で見つかったものだ。とても、食い切れなかった。脂ののった、腐ったでかい肉。なんと食欲を刺激させる腐敗臭だったことか……。
往時は黒蠅、銀蠅、家蠅などの不潔なウジどもにも、食事を分け与えてやったものだ。もちろん、ウジどももシデムシの幼虫には、食料だった。つまり、彼らは同業者であり、同時に動き回るソーセージでもあるのだ。ウジはうまい。
庭は一年を通じて薄暗く湿っていたが、家の中は割合と乾燥していた。割れた窓から入ってきた枯葉や土埃が床に溜まり、風が吹き抜けるたびに舞い踊っていた。埃には乾いた血の粉、細かな骨、人糞などが混じっていた。
たまに、ねぐらを求めて、浮浪者が入ってくることがあった。だが、庭に一歩足を踏み入れた途端、二度とここを生きて出られないような不安感に襲われ、そそくさと出て行くのが常だった。正しい判断だ。浮浪者の野生の本能は、なにか、たちの悪いものが家の中にいることを感じとったのだ。
霊感のある者は、この家に決して近こうとはしなかった。霊感のない者も、家の前を通りかかるだけで、広い敷地全体に漂ういやな空気感に不安をつのらせる。私は霊などは信じないのだけど……と思いながらも、なぜか足早に家の前を通り過ぎて行く。数百メートルほど過ぎてから、ようやく胸の中から得体の知れない不安感が去ったことを知り、ほっと胸をなで下ろす。
空き家の中にいる、それは飢えていた。暗闇の底で、憎しみに身を震わさんばかりだった。最初は被害者であったそれは、長い時間の流れの中で、純粋に憎悪だけの存在となっていた。今では、自分がなにものであったかすら、なかなか思い出せない。ぼんやりと歳の離れた弟がいたような気がする……。
それは、ジグモのように暗闇の中で、牙を光らせて待ちかまえていた。愚かな獲物がやってくるのを……。ウェルカム。その憎悪の塊は、小声でつぶやいて愚か者を歓迎するだろう。しかし、その歓迎はあまり暖かいものではないだろう……。
悪意の生命体とでもいうべきそれは、いつも冷たい笑いを浮かべていた。なぜならば、頬の肉がないため、笑っているように見えるからだ。

あらすじ
空手家の黒岩鉄玉郎は弟子と肝試しに廃屋に入る。そこで見つけたのは、女のミイラ。それは異常な変質者にレイプ殺人されてしまった女子大生だった。ところが黒岩鉄玉郎は、女ミイラを空手で粉砕する。激怒した女ミイラの悪霊は、彼らを呪い殺していく。空手対幽霊という物理的に不可能な戦いが始まった!
登場人物
黒岩鉄玉郎 : 空手家
如月星夜 : ホスト
田中康司 : 糞オタク
堀江 : デブ
結衣 : 風俗嬢
女子大生 : 被害者
青田寧男 : 新宿署刑事