【怪奇小説】空手対幽霊〜人間の刺身〜

〜人間の刺身〜
飯塚の心配そうな顔を見て、如月は心の底からこの気の弱い中年を軽蔑した。飯塚の気が変わらないうちに、如月は行動に出ることにした。
ちょいと店に戻り、厨房から刺身包丁を手に帰ってきた。ホストクラブ『江戸男』は和風がコンセプトの店で、メニューに寿司や刺身があるのだ。
「ノロマの刺身ッ!」
いきなり嬉しそうに叫びながら、如月はノロマと呼ばれる男の鼻を削ぎ落とした。ぐったりしていたノロマだが、身体に電気を流したように、声にならない声を出して転げ回って苦しんだ。そのぶざまな姿を見て、如月は己の優秀さを感じ、喜びで胸の中がいっぱいになった。
俺はこのバカを支配しているッ!
このバカの肉——略してバカ肉——を削ぎ落し切り刻むほどに、俺は自分の凄さを確信することができるのだッ!
うれしいッ!
これはセックスより、豪華な食事より、はるかに快感だ。
微笑みながら如月は、子分格の赤石に刺身包丁を渡す。
ぎょっとする赤石。
「お、俺もやるんすか、如月さん」
赤石は如月に訊ねた。
「うん」
普通に答える如月。赤石はわなわなと震え出した。
「す、すみません。できません。如月さん」
いくらナンバーワンの如月の命令であろうと、さすがにこれは聞く事ができなかった。人間として、当たり前なことである。
すると如月は、さくっと刺身包丁で、赤石の鼻の先を削ぎ落とした。
ぽとり。
地面に赤石の鼻先が落ちて転がった。赤石は自分の目を疑うように、それを見つめた。自分の見ているものを、信じたくなかったのだ。ごもっともだ。少し遅れて激痛が襲ってきた。赤石は痛みをこらえた。
「へへへッ! 削がせていただきますよ、ノロマの肉ッ!」
激痛から目尻に涙を浮かべながら、赤石は媚びた笑い声を出した。
態度をころりと変えた赤石の姿を見て、如月は心の底からバカにした。
愚かしいッ!
まったく俺以外の人間は、みな最低かつ劣等な人間ばかりだなッ!
しかし、それゆえに、俺の凄さが抜きん出るわけだから、世の中に劣等人種が溢れかえっていることをむしろ感謝すべきか……。
如月は優越感に浸った。幸せな気分だった。
「メーン!」
鼻の先のなくなった赤石は、おどけて剣道のような構えを取った。ちょっと泣いていたが。
それから長さ三十センチ程のその刺身包丁を、ぐったりして抵抗を止めている——人間を止めている——ノロマに、真正面から振り下ろした。
赤石は耳削ぎを狙っていたようだったが、一晩中働き、いいかげん酔っぱらって、そのうえ鼻もなくなり動揺していたせいか、手元が狂ってノロマにとっては、余計に悲惨な事態がひき起こされた。
赤石の振り下ろした切れ味の良い包丁は、ノロマの顔の左半分、頬の上から口の端のあたりまでの肉を、丸ごと削ぎ落としたのである。
「うひょーッ! うひょーッ! 顔削ぎイチバーン!」
赤石が躁病のような陽気さで、包丁を振り回し踊りだした。狂人の盆踊りのようである。鼻の先がなくなったので、やけになってるのかも知れないが、ホストだから基本的に頭がバカなのだろう——バカは陽気である。
その赤石の足下で、ノロマが顔を押さえてうずくまっていた。指の隙間から、赤い肉と白い骨が見えた。当たり前だが痛そうである。
楽しそうな赤石の様子を見て、如月も愉快な気持ちになってきた。バカはバカと共鳴するのである。
「肉削ぎアゲアゲ! 肉削ぎアゲアゲ!」
如月は今日はアッパーな気分のようだ。なんとなくお祭り騒ぎのようになってきた。
如月と赤石は、ノロマのまわりをくるくると舞い踊りながら、交代で包丁を持ち、次々とノロマの肉を削いでいった。ホストにしては、ややぽっちゃりした顔つきだったノロマは、見る見るうちに痩せ細っていったが、決して美男子には見えなかった。
またもや自分というものを持っていない店長の飯塚は、彼らの雰囲気に影響され、うきうきした気分になってきた。
一緒になって踊らなくては場がしらけてしまうのではないかと懸念して、高円寺の阿波踊りのように頭の上に手を上げて、ちゃんかちゃんかと踊りはじめた。ぶざまだった。その店長に、如月はニヤリと笑って、包丁を差し出した。切れということらしい。
しまった、気を使って踊らなければ良かったッ!
と店長は激しく後悔し、自己憐憫に浸り嘆き悲しんだが、やはり部下に男らしくない部分を見せるわけには行くまい……と包丁を手に取った。
それから、ノロマの贅肉をダイエットさせる、麻酔なし手術に加担した。飯塚は吐きそうになった。こみ上げてきたもので、口の中がいっぱいになったが、無意味な男らしさを見せ、グッ!と堪えて再び飲みこんだ。胃液で喉が焼けて痛かった。
「くふー。くふー」
ノロマは空気の抜けるような音を出した。すでに叫び声を上げるのは止めていた。叫ぼうにも、舌も喉もなかったのだ。肺から直接、空気が漏れていた。
「なかなか死にませんね、店長」
如月が感嘆したように言った。
「店長の血も涙もない肉削ぎ攻撃を受けても、まだ生きてるなんて……」
まるで俺が主犯格のような言い方をしているッ!
可哀想な店長の飯塚は、叫びそうになった。
俺、一回しか切ってないでしょッ!
しかし気が弱いので、そんなことは言えなかった。
俺がもっとバカで、頭に浮かんだことをなんでもすぐに、ぺらぺらと口に出してしまうような性格だったら、人生は変わっていただろうなあ……。
飯塚はこんな時に人生を振り返りはじめた。
もしかして俺、人生終わったのか?
それで走馬灯のように人生を総括する気分になっているのか。
ああ、もう、引き返せない罠に落ちてしまったのかしら。
飯塚の目の前が真っ暗になった。


あらすじ
空手家の黒岩鉄玉郎は弟子と肝試しに廃屋に入る。そこで見つけたのは、女のミイラ。それは異常な変質者にレイプ殺人されてしまった女子大生だった。ところが黒岩鉄玉郎は、女ミイラを空手で粉砕する。激怒した女ミイラの悪霊は、彼らを呪い殺していく。空手対幽霊という物理的に不可能な戦いが始まった!
登場人物
黒岩鉄玉郎 : 空手家
如月星夜 : ホスト
田中康司 : 糞オタク
堀江 : デブ
結衣 : 風俗嬢
女子大生 : 被害者
青田寧男 : 新宿署刑事


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今から40億年前。ペルセウス人たちの宇宙船が故障し地球に不時着した。ペルセウス人は夢と現実のあいだを行き来する不思議な文明を築いていた。彼らは「感情波」と呼ばれる「人間」の感情の動きをエネルギー化して利用していた。そのバッテリーがゼロになってしまったのだ。

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人の良いくまちゃんが世知辛い世間に翻弄されてダメになっていく姿を描きます。しっかりしてください。


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