【怪奇小説】空手対幽霊〜ボクの精液は美しい〜

12月 23, 2023

〜ボクの精液は美しい〜
というわけで、今日も田中はアパートの、敷地内に入らないと思われるぎりぎりの場所に立ち、部屋の中の秘密めいた声に耳をすませていた。
「うふふふ……ああん……うふふふ」
今にもばこばこと犬のようにやりそうな、媚びた女の甘えた声が聞こえてくる。
行けるッ!
行けるぞッ!
やれッ!
入れろ入れろッ!
……しかし。
「それじゃあ、おやすみ」
ガチャ。
女の声が止まった。がく然とする田中。電話だったのだ。硬くなったチンチンの根元の袋の中の精液が行き場を失い、田中はこの場でニョッキリを出して、闇雲にしごいて即効で射精してしまいたい欲求にかられた。
サタンの誘惑だ。
ああ……神よ。
田中はチャックを下げる寸前で踏み止まり、ズボンの上から逸物を強く握りしめて我慢した。
「せめて、女の声が聞こえているうちに、出しておけば良かった」
田中は後悔した。ボクの人生、後悔ばかりだ……。だめなボク。
もしここに、泥酔してあとで記憶がぜんぶなくなっているような状態の、ミニスカートの女が通りかかったら、確実に襲いかかってるだろう、と田中は思った。
抱きついて女の乳を揉みながら——今まで一度も揉んだことはないので、どんな感触かはわからないが——ニョッキリをズボンから出して激しくしごき、十秒で女の身体の上に射精ッ!
田中は、自分が一線を越えて、犯罪者の領域に入ろうとしていることに気付き、深くおびえた。そして、再び神に祈った。今度は神は聞いてくれなかった。たぶん韓国語の祈りでなくては、聞いてくれないのだろう。一時的に神の存在を見失い、田中は狂気の辺境を彷徨った。
「射精がしたい……」
田中の頭の中は、精液を発射する快感を求めることで満杯になっていた。動物の本能に支配されていた。
「ああ、出したい……。出したくてたまらない……」
こういう状態になったら、田中は自分を律することができない。田中は冷凍サンマのように硬直し、よだれを流した。目が欲望で赤く血走っている。
田中は鉄玉郎のような鬼畜に比べると、まったくもって無害な人間に見えるが、実はじゅうぶんな犯罪者の資質をもっていたのである。
最初から収穫がゼロだったならば、問題はなかった。
『今日は良い運動をしてしまった』
と苦笑をしながら家に帰り、オナニーの一回でもして寝ればいい。
だが、今日は……。女の媚声がトリガーとなり田中の中の性欲スイッチが入ってしまった。
「だって、本能だもの。ボクは悪くないでちゅう」
田中は小声でぶつぶつ言った。こいつ、気持ち悪い。
「射精したい……。射精したい……。女を覗きながら、射精をしたい……」
田中は息を荒くし、真っ赤になっていた。完全に発情している。不潔な汗の臭いが漂う。
今夜のクルージングは長くなりそうだ。田中は覚悟した。まあ、運動になるので、健康には良いだろう。
田中は場所を移動し、定点観測を続けた。チンチンの先がぬるぬるになっており、早く射精したかった。こうなると、ほんの僅かでも収穫があるまでは、止めることができない。淫乱な女子大生がヤリまくってるのが、毎晩覗けてウハウハ……なんていう都合の良い場所があるわけがない。
小心な田中が好むのは、通行人や警察に邪魔される心配のない場所だ。安全第一。うっかり、捕まって前科一犯になってしまったら大変だ。普通の社会での集団生活さえ、満足にできない田中である。もし刑務所のような荒くれ者ばかりの場所に入れられたら、いったいどうなることか。
それだけは、断じて避けなくてはならないッ!
ボクは弱虫なのだ。
そのためには、危険を犯すようなリスキーな場所で覗きをしないことが一番である。しかし、当然ながらそうなると、なかなかエロい場面に遭遇することは難しい。
……というか、実はほとんどなかった!
『覗き』といいながら、実態は健康的なただの深夜の長時間散歩だったのである!
ああ、なんと健全なことか。その間、ずっとチンチンをズボンの上から、握っていることを別とすれば。
空手もやってるし、覗きでウォーキングもしているので、ますます健康になってしまう。健康になれば、性欲も高まる。これ、当たり前のこと。精液がたくさん生産されて、玉の袋に溜まる。ぱんぱんに玉袋が膨らむ。精子風船のようだ。
海を越えて、北朝鮮にザーメンの雨を降らしてやる。ボクは歩く精子袋のようなものだ。むしろ、精子袋にボクは歩かされていると言って良い。それが人生だ。
「ああ、韓国の神様。ボクは他者の意思に操られているのです。いつか、犯罪者になってしまいそうで怖いです」
そんなことを考えながら、田中康司(二十九歳・薄くて黒い)は、夜の住宅街の中を彷徨っていた。


あらすじ
空手家の黒岩鉄玉郎は弟子と肝試しに廃屋に入る。そこで見つけたのは、女のミイラ。それは異常な変質者にレイプ殺人されてしまった女子大生だった。ところが黒岩鉄玉郎は、女ミイラを空手で粉砕する。激怒した女ミイラの悪霊は、彼らを呪い殺していく。空手対幽霊という物理的に不可能な戦いが始まった!
登場人物
黒岩鉄玉郎 : 空手家
如月星夜 : ホスト
田中康司 : 糞オタク
堀江 : デブ
結衣 : 風俗嬢
女子大生 : 被害者
青田寧男 : 新宿署刑事