【怪奇小説】空手対幽霊〜神は時には極めて悪魔的〜

12月 23, 2023

〜神は時には極めて悪魔的〜
時間はすでに深夜一時。散歩=覗きを始めて、二時間近くが経過していた。身体はかなり疲れた。しかし、精子袋は田中を歩かせ続けた。断じて許してくれなかった。非情で無慈悲。股間でサタンが笑っていた。今夜は満月だ。
田中は井の頭線の線路に平行して走る細い小道を歩く。放置自転車だらけの駐輪場の横を通り過ぎた。ここ三十分ほど、誰ともすれ違っていない。これは良いことである。
線路脇の草むらで虫が鳴いている。月があの世から神がボクを見下ろし、かつ見下しているかのように、暗い夜空に浮かんでいた。気分の良い夜だ。お巡りのいない夜は良い夜だ。まさに覗き見日和。
田中は緩いズボンのポケットの中に手を入れ、チンチンを擦りながら歩いた。このまま、出してしまいそうになった。もったいないから、まだ出さない。
これだけ、犠牲を払ったのだから、フィニッシュは、それなりに価値のあるオカズであってほしい。田中は心の底から、そう願った。顔がほころびニヤニヤと笑っていた。
田中が他人といる時は決して、見ることのできない表情だ。一人は楽しい。田中は他者がいる時は、決して心の底から寛ぐことができない人間だった。
孤独な者よ。汝の名は田・中・康・司(二十九歳・神の子袋)それがボクだ。その時、民家の窓に女の影が映った。
「お……女だ、女だ。足を開くとマンコというものがついている女だ。まだ、生で見たことはないが……襞があって穴が開いているとか」
田中はすっかり良い気分になった。幸せだ。ボクは幸せだ。このファンタジーである。大切なのは。実際にそこでなにが見えるかではない。それによって引き起こされる性のファンタジーこそが男を欲情させるのだ。
民家の窓は、花壇か畑か雑草の生えた空き地かわからぬが、そんな場所の奥にあった。これは良くない。敷地に入り過ぎる。
もし、人に見つかった時に、ごまかしがきかない、かつ、逃げようがない。
男らしく撤退すべきか?
しかし、もう少しで射精しそうになっている男根が、そうはさせなかった。サタンだ。まさしくサタンだ。いつものことだが。
田中はまわりに、人がいないことを確かめてから——窓から覗いてる者がいないか、チェックすることも忘れるな——ズボンのチャックを下ろした。
ペニスは出さない。急に人が来た場合、仕舞えないからである。暗いから、ニョッキリとチンチンが突き出してさえいなければ、わからないだろう。
田中はパンツに手を入れて、直にチンチンを握りしめた。強く……。強く……。
「ううう……ッ!」
田中は呻いた。出そうだ。握っただけで、もう出そうだ。まったく、サタンは気持ち良い。
こりゃあ、覗きは辞められんッ!
田中は、花壇だか野菜だか雑草だか、わからないものを踏まないように、窓に近付く。幸い、多少大きめな木の茂みがあるので、通行人やお巡りが、通りかかった場合でも、じっくりと目を凝らして見られなければ、気付かれないだろう……。
この場所は、ぎりぎりで、安全基準に合格だ。まあ、下半身の政治的かつ生物的な圧力によって、いくらでも不正な合格はあり得るのだが。
窓にはカーテンがかかっていた。しかし、過剰に鋭敏な田中の変態的な目は、数センチの隙間が開いていることを見逃さなかった。
韓国語をあやつる神様は、ボクのことを好いているようだな……。
中を見て、いきなり射精しそうになった。田中はチンチンをしごく手を止めた。
若い女が下着だけで、股を開いて寝ていた。
若い……。
これは、若いぞ……。
顔はどうでも良い。奇形でなければいい。いや、もちろん奇形でもかまわない。差別はしない。マンコとおっぱいさえ、ついていれば良い。贅沢は言わない。
田中は性に関しては、平等主義者だった。ブスだろうがデブだろうが、興奮した。むしろ、崩れているほど、手軽にやれそうな感じがして、より興奮したッ!
やれないモデルより、すぐやれるブスであるッ!
デブブスをッ!
心の底から軽蔑しながらッ!
豚とやるようにッ!
パンパンとッ!
突き立てるッ!
考えただけで、興奮しますよね?
もっとも、手軽にやれると言っても、かつて一度も老若美醜人類動物を問わず、やったことはないのだが。デブブスは、初心者向けで良い。
しかし、この女の顔だが、残念ながらかわいかった。まあ、なにがあっても、この女と田中が友だちとして知り合い、つき合うような事態は、現世においては決してあり得ないのだから、関係ないのだが。田中はこの女に、話かける場面を空想してみた。
で、できない……。
話せないッ!
なにを話したら良いか、わからないッ!
わかっても、話かける勇気がないッ!
田中はその厳しい現実に気がつき、深く絶望した。終わってる。ボク、終わってる。もっと、不細工な女ならば、まだ安心できるのだが……。このアイドル並の、かわいい顔。色の白い女の顔を見ながら、田中は勝手に空想して、勝手に苦しんでいた。
これは夢で会っているようなものだ……。
夢の中で、いくら親しくなったとしても、現実の世界では、まったくの赤の他人なのだ……。
田中は壮絶な孤独感を感じた。いつも感じていることだったが。制服が壁にかかっていた。
高校生だッ!
女子高生ッ!
JKッ!
ぴちぴちしてるッ!
肌がきれいそうだッ!
つるつるしているッ!
良い匂いがしそうだッ!
5ミリの位置まで鼻を近付けて、犬のようにくんくん匂いを嗅ぎたいッ!
これは大量に射精しそうだッ!
歴史にッ!
残るッ!
大射精になるぞッ!
指でしごくと、すぐ出てしまいそうになるので、なるべく射精までの時間を延ばそうと——延ばせば延ばすほど、出た時に気持ち良い——田中は単にチンチンを強弱をつけて握るだけにした。それでも、電気のような快感が、竿の根元から腰の奥の方の神経まで、するどく走り伝わった。
覗きと言っても、実際は単に散歩して野外オナニーして終わるだけのことが多かったので、今日のような覗きの成功例は初めてだった。すぐに出すのはもったいない。
うんうん。
こんなすばらしいオカズが目の前にあるのだから、じっくり楽しんでから出さなくては……。
しかし、長く覗けば覗くほど、見つかり逮捕される確率は高くなる。その点を、ゆめゆめ忘れるなかれ。田中は強く心に刻みこんだ。
幸い、今日は通行人が少ない。まるでこの世には、ボクとこのパンツ丸出しの女子高生しか、存在しないようだ。この近辺だけ、えろえろな魔界空間ができているようだった。田中は突然、悟った。
神だ……。
神は存在する。
田中は帰ったら全財産を——貯金が僅かにあるくらいだが——例の韓国系キリスト教団に寄付しようと決めた。
神はッ!
今日はボーナスをッ!
お与えになってくれているのだッ!
田中は変態にしかわからない、強烈な宗教的体験に、身体を震わせた。ニョッキリの先から、透明な神のよだれが、たらたらとにじみ出た。指先がぬるぬると滑り、いやらしかった。
神もついていることだし、どうせなら、もっと刺激的なものを見てから、出したいッ!
田中は欲を出した。欲より精子を出して、さっさと立ち去れば良いものを。
田中はよく見ると、窓が少し開いていることに、気付いた。
まさかッ!
話が出来すぎていますよッ!
と思ったが、窓を手をかけてみると、そのままするすると、開くではないかッ?
ああッ!
神よッ!
神ッ!
神ッ!
そんなにボクに、一線を越えさせたいのですかッ?
ここから先は、犯罪ですよッ?
田中は神が慈愛に溢れた心優しい存在なのか、無慈悲で冷酷な存在なのか、判断がつかなくなってきた。
これは神が今日はボーナスだから、じっくり羽目を外して楽しんで下さい、とプレゼントしてくれているのか、または非情なる神が、自分を悪の獣道に引きずりこもうとしているのか……。
さらには、神がボクがその誘惑に耐えられるのか試しているのだ、とも考えられた。田中は判断がつかず、苦しんだ。
神=サタンであるッ!
田中は試練を経て、こういう驚くべき宗教的洞察に至ったッ!
自分で驚いた。
神よ……。
そんなにボクに、犯罪行為をさせたいのか……。
ああ、なんということだ。
なんという無慈悲……。
冷酷無情……。
血に飢えた殺人鬼め……。
神は時には極めて、悪魔的である……。
田中はなにがなんでも、犯罪行為はしないつもりだったが、悪質なる神の誘惑により、ついに一線を越えることになった。
悪いのは神です。
ボクは被害者です。
ボク、悪くないもん。
田中は自己憐憫のあまり泣きそうになったが、代わりにと言ってはなんだが、ズボンのチャックから、いつの間にか頭を出していた茎の先では、透明な涙がとろとろと溢れ出ていた。満月の光を反射して光るつゆ。
出したいッ!
これではなく白いセロリの臭いのする方の涙を出したいッ!
早く出したいッ!
今すぐ、出したいッ!
ボクは出すことを切望するッ!
強く願いますともッ!
と田中は思ったが、同時になるべく射精をする瞬間を先送りしたかった。
なんという矛盾であろう。盾と鉾。盾を処女膜、鉾を男性器に例え、処女膜は破ろうとしても、なかなか破れない……という、中国のありがたい教えである。昔の偉い人も考えることは、セックスのことばかりだったとわかる。
中国の偉人でもそうなのだから、自分が性欲に負けても仕方がない、と田中は思った。窓を開けて手を伸す。ベッドまでの距離は1、5メートルほど。届かない。
覚悟を決めて、田中は部屋に侵入することにした。誰でも一生に一度、大きな賭けに出る時があるという。
この田中の住居不法侵入がそれだ。
「ああ、神よ……。お巡りや通行人、隣人、家の人、そして女子高生本人に気がつかれませんように……」
信心深い田中は神に祈った。確かに田中の信じる神を、カルト宗教だの霊感商法だのと、根も葉もないでたらめを並び立て誹謗する者もいる。
しかし、大切なのはそれらの感情的なクレイマーたちの妄言には耳を貸さず、自分の信じている道を、あくまでも突き進むことだ。
愚かに、不器用に、まっすぐだ。これが田中の宗教的信念だった。
田中はニョッキリと、チンチンを突き出したまま、足音がしないように靴を脱いだ。部屋が土で汚れるのもまずかろう。
覗きにとって女性は、言わばおいしい蜜を恵んでくれる、マリア様のようなありがたい存在である。その慈悲の心に対しては、全力で敬意を払わなくてはならない……当然のことである。その当たり前のことができない変態が多い世の中の風潮を、田中は常に憂いていた。
また、靴を履いてないと、逃げる時が問題である。しかし、もし逃げるような事態になれば、どうせすべては破滅である。滅亡である。終わりである。
おそらく、ボクは小さな心臓が破裂して死んでしまうに違いない、と田中は考えた。それよりも、逃げるような事態が起きないように、細心の注意を払って行動することが肝心である。
田中は慎重に窓をまたいだ。硬くなったオチンチンが、サッシのレールに当たって気持ちが良い——女子高生様の部屋は、窓まで気持ち良いのだッ!
田中は歓喜にむせて涙がにじんだ。このまま窓にロデオのようにまたがって、大きな歓声を上げながら射精するまで腰を押しつけ振りたいという、猛烈な感情が突如沸き上がった。しかし、それではまるで変態なので、止めておいた——田中も変態ではあるのだが、それとは少し違う種類の変態と自分を考えていた。
部屋に入った。
ついに完全なる犯罪ッ!
田中は悪の道に少し踏みこんだことで、男らしい誇らしい気分になったことに気がついた。これは意外な感情だった。そういう誇りこそ、田中の人生にもっとも欠けている、かつ渇望しているものだった。
ボクは覗きで男になれるッ!
男の中の男、田中康司、二十九歳・童貞だッ!
田中はこの猛烈な男の誇りの喜びに、押し流されないように気をつけなくては……と強く自戒した。欲望のまま犯罪を犯すような人間は、田中がもっとも軽蔑しているものだった。
ボクは、そうはならない……。
田中は、そんな意思の強い自分に更に男らしさを感じ、最高の気分になった。鬱気味な田中の人生では、めったに味あうことのない感情である。
こりゃあ、覗きは辞められん、と田中は再び思った。股間の社会の窓からは田中の皮をかむったシンボルが、誇らし気に天を向いて突き出していた。
田中は慎重に両足を床につけて、しばし固まる。様子を窺う。部屋は女の子の良い匂いがした。濡れた犬のような田中の部屋の匂いとは大違いだった。足音を立てないように女子校生に近付く。ぐっすり、眠っているようだ。
突然、今、女子校生殺して犯せば、童貞を失うことができるッ!
という考えが頭に浮かんだ。首を絞めるか、空手の技を使って細い首を一気にへし折れば、ほとんど抵抗なく殺せるだろうッ!
今、レイプしなければ、ボクは一生童貞のままだッ!
雷が落ちるように、田中はそれが真実であることを理解した。
超自然的な予知能力などではない。田中は自分という人間を、客観的に理解できるタイプだ。残酷なまでに自分を突き放し、現実を見つめることができると言って良い。
論理的に考えて、自分が生身の女性と会話をして親しくなり、セックスまでたどり着ける可能性は100パーセントない。また極端に病的な小心者なため、風俗に行って筆を下ろすなどという恐ろしいことは、検討に値さえしない。
ゆえに導かれた結論は、次のような悪夢じみたものだった。
ボクは死んでる女性としか、セックスができない
あまりに厳しすぎるこの現実に、田中は吐きそうになった。
部屋の中は暗かった。部屋が明るく、ボクに光が当たり影ができたならば、それには角や尾が生えているのではないか、と田中は恐れた。
薄暗闇に、女子高生の白い肌が浮かび上がる。とてつもなく、いやらしい……。田中は顔を近付け、匂いを嗅いだ。ミルクのような匂いがした。若い女の匂い。これが歳を取ると、毛穴に詰まった老廃物が発酵して、加齢臭がするようになるのだ。これは腐る前の新鮮な牛乳だ。ボクの白い液を身体の上にかけたい。
よし、ここまでだ。
殺すのは止めることにした。考えてみると、まともな社会生活ができないほど、気が弱い人間に、『人殺し』などという、大それたことが、できるわけがないではないか。一瞬たりとも、現実的な選択肢として、それを検討していた自分の認識の甘さを、田中は苦笑した。
しかし、気が小さくて良かった……。
田中は自分のような超真面目人間にも、犯罪者になってしまうような陥穽があることに気がつき怖くなった。暗闇の向こう側から、悪魔に自分を見つめられたような気がした。
緊張がほぐれた。田中は自分があわやという事態に対して、大人の対応ができたことを、誇らしく思った。また性欲的にも、田中(薄いコウモリ)的レベルではじゅうぶんに満足した。
これでしばらくはオカズには、困らないだろう。すばらしい性的な冒険だった。船は嵐を巧みな舵さばきで乗切り、今から無事港に帰港するであろう……。
ありがたいことだ。
卓越した若手宗教家を自認する田中は、この世の万物に感謝することを忘れない。
こんなおいしい体験は、ボクの人生では、もうないだろう……。
悲しいことだが、大人の男ならば、その現実を認めるべきだ。
たぶんボクは一生、女の穴にチンチンを入れることなく、死んでゆくのだろうなあ……。
ははは……。
暗闇の中、田中は寂しそうに微笑んだ。ペーソスとユーモア。笑いとは辛い現実に立ち向かいための人生の武器である。現代というアウシュヴィッツに暮らしている田中(二十九歳・社会思想家)。
田中は改めて、風俗に行くことを考えた。知らないシステムの中に飛びこみ、まごまごとうろたえ……、ルールやしきたりもわからない世界で店員と巧みに慣れた会話を交わし……、それからようやく女性に会う……、初めてあった女性が退屈しないように、楽し気な会話を交わしつつ、さらに女性に快感を与えてやりながら性行為をする……。
なんという宇宙レベルの大変さだッ!
そんな手順の煩雑さを想像すると、とても風俗に行く気にはなれなかった。拷問に近い。風俗が楽しいなどという、人間の気持ちが知れない。ボクなら、むしろ逆にお金をもらいたいほどだ。


あらすじ
空手家の黒岩鉄玉郎は弟子と肝試しに廃屋に入る。そこで見つけたのは、女のミイラ。それは異常な変質者にレイプ殺人されてしまった女子大生だった。ところが黒岩鉄玉郎は、女ミイラを空手で粉砕する。激怒した女ミイラの悪霊は、彼らを呪い殺していく。空手対幽霊という物理的に不可能な戦いが始まった!
登場人物
黒岩鉄玉郎 : 空手家
如月星夜 : ホスト
田中康司 : 糞オタク
堀江 : デブ
結衣 : 風俗嬢
女子大生 : 被害者
青田寧男 : 新宿署刑事