【怪奇小説】空手対幽霊〜我ら昆虫〜

〜我ら昆虫〜
シデムシの幼虫は驚愕した。荒れ放題のじめじめと湿った庭から、毎日の巡回コースの餌場である廃屋の部屋の中に入ると、硬くて歯が立たなかったほ乳類の巨大な乾燥肉が、粉々に粉砕されているではないか。これは親が子供に食べやすいように、一度食べたものをゲロとして細かく食べやすくして与えるのと同じようなもの。さっそく、シデムシの幼虫も粉末となったほ乳類霊長目真猿亞目狭鼻下目ヒト上科ヒト科ヒト属のヒトを、口に含みばりばりと貪り食った。うまい。幼虫は死体食愛好家である身の上を、このうえない喜びをともなって感謝した。ヒト種の肉はなかなかにうまい。これが乾燥しておらず、成熟した腐敗状態で我々にとって喜ばしい副菜でもあるハエ種の蛆虫がわらわらと湧いているならば、格別な美味となるのだが……。しかし、贅沢は言うまい。我ら、昆虫。性欲と食欲のみで動き回る完璧なシステムである。余計な感情はない。ヒト種の中には自ら命を絶つ理解しがたい行動を取るものもいるという。なんという進化のレベルの低い種であろう。シデムシの幼虫は、黒光りする節のある身体を満足げにくねらせた。我は生きている。我は食べる。我は生殖する。我は死ぬ。我は子孫に食べられる。それ以上でもそれ以下でもなし。
異変に気付いたのはその時だった。ヒト種の粉——人肉骨粉とでも言うべきか——が、強烈な苦味を生じたのだ。おかしい、急にまずくなってきた。しかし、我ら昆虫、うまいまずいは関係ない。食えるものは食う。それだけのマシーンだ。シデムシの幼虫はためらわず貪り食い続けたが、苦味は増すばかり。まるで、この人肉骨粉が悪意を持って攻撃してきているかのようである。そんなバカな。中国共産党以上の合理主義者である我らは、超自然なものなど信じるわけがない。我ら、完全にて単純なシステム。しかし、何十往復もする遊園地のジェットコースターのような入り組んだ腸——常に納豆のような臭気をはなつ——の中で、人肉骨粉がうごめき飛び跳ねているような気がする。強烈な痛みがシデムシの幼虫の、身体の節のあちこちに分散している脳に届いた。我ら、昆虫……。死は恐れず。しかし、苦痛は苦痛だった。その点では女子大生もシデムシの幼虫も同じだ。シデムシの幼虫は、自分のやわらかな腹が限界まで膨れて破れるのを見た。ぬらぬらする腐敗臭のする黄色い内臓と体液と人肉骨粉が飛び出た。骨粉は意思があるかのように、うごめいていた。薄れゆく意識の中で、幼虫はダーウィンというひげ面のヒト種がにやにやと下卑た笑いを浮かべて、三途の川の向こう側で手を振っている姿が見えた。絶命する瞬間も昆虫なので悲しみはなかった。我ら昆虫、単純にて完璧な……。


あらすじ
空手家の黒岩鉄玉郎は弟子と肝試しに廃屋に入る。そこで見つけたのは、女のミイラ。それは異常な変質者にレイプ殺人されてしまった女子大生だった。ところが黒岩鉄玉郎は、女ミイラを空手で粉砕する。激怒した女ミイラの悪霊は、彼らを呪い殺していく。空手対幽霊という物理的に不可能な戦いが始まった!
登場人物
黒岩鉄玉郎 : 空手家
如月星夜 : ホスト
田中康司 : 糞オタク
堀江 : デブ
結衣 : 風俗嬢
女子大生 : 被害者
青田寧男 : 新宿署刑事


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神田森莉の本

死骨

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今から40億年前。ペルセウス人たちの宇宙船が故障し地球に不時着した。ペルセウス人は夢と現実のあいだを行き来する不思議な文明を築いていた。彼らは「感情波」と呼ばれる「人間」の感情の動きをエネルギー化して利用していた。そのバッテリーがゼロになってしまったのだ。

彼らはこの地球に文明が生まれ、たくさんの「感情波」があふれる日を待つしかなかった。いくら長寿のペルセウス人でも40億年は長すぎた。彼らはいつしか歪んだ心を持ち始め、人類の歴史に様々な恐怖を与えるようになっていた。より多くの「感情波」が放出されるように。

ホラー漫画家、神田森莉の長編SF小説。

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人の良いくまちゃんが世知辛い世間に翻弄されてダメになっていく姿を描きます。しっかりしてください。


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